6:惚れられました?
馬が蹄鉄を鳴らして駆ける音が聞こえる。
あれから時間が経ち、騎士たちが逃げた馬をなんとか回収して、馬車に異常がないかチェックし、無事に出発できたというわけだ。
それから一行はひたすら踏み固められた街道を進んでいる。
まあ、それはいいとしてもね。
「レイジ様。供はそれぞれ良き人柄の持ち主でした。きっとレイジ様にも感謝しているかと思います」
「いまさらですけど、えーと、お悔やみを……」
「貴方が来てくださって、本当によかった」
なぜか俺は馬車のなかに引っ張りこまれ、むっつりとした侍女を向かいに、
どこか高揚しているアリーヤに片手をやさしく掴まれて、先ほどから一方的に話しかけられている。
近くで見ると、ちょっとツリ目気味のぱっちり二重とか、女の子らしいふんわりとした心地良い香りとか、
いろいろたまらないものがありすぎて、なんかもう辛い。
「あの、シャエリルさん」
「アリスと呼んでください、レイジ様。親しいものはそう呼ぶのです」
うっとりとした顔でそんなことを言う彼女。
近くにいた侍女が衝撃を受けた表情で、顔をぷるぷると震わせている。
いや、でもマズくない。これ。
「じゃあ、アリーヤさんで」
「むう。分かりました。あなたがそうおっしゃるのでしたら」
「すいません。それで」
頬をリスみたいにふくらませるアリーヤことアリス。
小柄で華奢なのも相まって、すごくかわいい。
「俺、遠くから旅をしてきまして。この土地に来たのもこれが初めてなんですけど」
「あら? レダリーマーチには初めて?」
なるほど。この地方はレダリーマーチというのか。
「ええ。だから聖王国というのもよく分からなくて」
「そうですか。それは遠方から来られたのでしょうね……」
しみじみと俺の艱難辛苦に思いを馳せるアリス。
向かいでは、こちらを怪しげに観察する侍女の姿があった。
うーむ。
「わたくしも世間知らずですから、あまりよく説明できる自信はないのですけど」
彼女は申し訳なさそうにそう前置きしつつ、歌うような調子で続けた。
「ノイマール聖王国は、わたくしが属している『秩序の円/サークル』を中心に回っていると、よく言われます。宗教の国だと」
「秩序の円?」
「ああ、ごめんなさい。秩序の円/サークルというのは、秩序側の神を信仰する神殿の集まりですわ」
ふむ。各神を信仰する宗教勢力が、お互いに手を結んでいる組織なのか。
まあ、おなじ秩序の神々とくくられるみたいだし、争ってもいいことないもんな。
「ええと、代々の国王は秩序の円/サークルに認められて、その王座に就くのでしたね。ジョゼ」
「はい。聖女様」
「ですので、国王と秩序の円/サークルとは、共に力を合わせて、聖王国を治めているのです」
彼女は言葉を終えると、可愛らしく口に手を当てて、言った。
「あの、お役に立てましたか?」
アリスが蒼色のドレスをはためかせ、こちらを熱っぽい表情で見つめる。
たまらずに手を握り返したくなったが、となりに侍女がいるので、なんとか自制した。
それに、聞きたいこともまだある。
「あ、はい。もちろん。あと差し支えなければでいいんですけど……いま聖女様と呼ばれていましたよね」
「ええ。その、みんなそう呼んでくれるのです。恥ずかしいかぎりですが」
「聖女様は神に選ばれた証である聖痕をお持ちです。秩序の円/サークルにおいては相応の立場にあられるのですよ」
ジョゼと呼ばれた侍女が、向かいの席からこちらを牽制するように声を出す。
ただ最初に会ったときよりかは、いくらか声音が柔らかくなった。
……スキルのおかげかな?
「わたくしなど、ただの小娘です。いま思えば、供のものも……」
「そ、それは聖女様の責任ではありません。あの狼藉者たちのせいです」
アリスが哀しげに顔を俯ける。
それに侍女が気付いて、慌てて口を開いた。
俺は相手が傷つかないように、できるだけ落ち着いた感じで言う。
「あなた方は秩序の円/サークルというところの偉い人なんですよね。ならどうしてあんな連中が」
「……いまの国王陛下は、少し頼りないところがあります」
侍女がアリスに気を配りながら、複雑そうな表情で言う。
「一部の貴族や市民は、そういった弱みに付け込んで秩序の円/サークルを衰退させようとしているのです」
「だから要人の襲撃を? 大事件じゃないですか」
「ただの山賊かもしれません。王都に着いたら、レクリス隊長がきちんと報告をしてくれるでしょう」
きっぱりと侍女はそう言い張り、この件に関しては口を突っ込むなとばかりに閉口した。
ふと、空気を察したアリスが俺に向かって声をかける。無理に笑顔を作っているようだった。
「それにしても、レイジ様はすばらしい腕をお持ちでしたね。どこであのような技を習得されたのでしょう」
「あー……」
まさか混沌の神と契約しましたーなんて言ったら、ドン引きどころの騒ぎじゃないよな。
聞いたところ、秩序の神々に仕えてる聖女様とそのご一行みたいだし。
どーしよ。
「……故郷にいたとき、師匠に武芸を叩きこまれまして」
「まあ! それは求道の道ですわね! わたくしにはとてもできませんから、憧れてしまいます」
こちらの顔を見ながら、憧憬と親愛の視線を向けてくるアリス。
それがまた無邪気なものだから、俺としては恥ずかしさを通り越して罪悪感すら覚える。
「いや、そんなもんじゃないですけどね。相方と一緒に旅してたらはぐれちゃうし」
「それは……お辛いでしょうに」
「心配してくださるのはうれしいです」
えへへと彼女が微笑み、また頬に紅みがさす。
ほんとこの娘かわいいな。聖女と呼ばれるだけある。
「もうすぐ王都周辺です」
そんななか馬車の外からレクリス隊長の声が聞こえてくる。
王都――。この世界に転生してから、初めての街だ。
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