1:プロローグだよ全員集合(前)
プロローグの前編になります。
お楽しみください。
「あのー……俺もそっちに行ってもいいです?」
「駄目」
「アッハイ」
眼前で繰り広げられる神々の茶番劇は、俺の心にダイレクトなダメージを与えてくる。
見目麗しかったり、焔を全身にまとっていたり、仮面で顔を隠してカラスを肩に乗せている御仁たち。
その人らは端っこにいる俺たちを華麗にスルーして、カースト最底辺の数名を外した29人全員をご満悦に眺め回している。
「なぁ、ヤス。これって例のアレかな」
「もちろん。アレであるな」
ヤスこと鈴吹恭人は、まるで人生終了です、みたいな顔をしてメガネをかけ直す。
「異世界転生ってやつ」
「そっかー」
俺はふんふんと頷くと、もういちど円卓の中心にいる29名に視線をやる。
とてもうれしそうにしているやつもいれば、不安と興味半分のやつもいて、あるいは目にくだらねえと書いているような不良もいる。
「聞いていい?」
「なんであるか」
「俺たち、なんでハブられてんの」
「それをワガハイに訊く時点で、いろいろ終わっておる」
「いや、そうなんだけどさぁ。現実逃避したいじゃんかよぉ。神様からお前ら(゜⊿゜)イラネってなんだよそれ」
おもわずこの神聖な場所にツバを吐いてやりたくなる。吐いたら焼き殺されそうなのでやっぱ止めるが。
「向こうでの不良品が、こっちでダイヤモンドというわけにもいかんのだろ」
ヤスが死んだ魚みたいな目で円卓のほうを見やる。
円卓の中央ではクラスカースト上位の小鳥遊が飛び上がってガッツポーズしていた。なんか貰ったらしい。
剣? あれ剣か。やばい。すごい欲しいんだけどアレ。
「ヤス。俺たちどうなっちゃうのよ」
「……コンビニの廃棄商品の末路は知っておるか?」
まるでリア充のせいで成仏できぬアンデッドでございという顔で俺に囁きかけるヤス氏(18)。
「ぴっ、ぴっ、ぴっ……ビニール袋にまとめて……裏の物置にポイッであるぞ」
「くそっ! 俺たち人気のない海苔弁のごとく320円かよ! なんて時代だ!」
近くに建っている円柱を殴る。痛いのですぐ止めた。
そのうち、連中の賑やかな声がこちらまで届いてくる。
「ジュン! 見ろよこれ! 俺のスキル【白銀竜の加護】だって!」
「は? んなの大したことねえから。俺のは【王者の凱旋】だし」
なるほど。みなさん神々からプレゼントを受けてご満悦だ。
俺とヤスはというと……なにも貰ってない。あるのは童貞の誓いだけ。
「レイジ。ひとつ尋ねたきことがある」
「なーに」
「ああいうスキルのなかには、無論……女子をちょろまかす系のアレも入っておるわけだ?」
「うん、そーね」
「ぐやじいいいいいいいいいい!」
突然その場で胸をかきむしるように倒れ込むヤス。メガネの縁から血の涙を流しつつ、俺のほうを睨みつけた。
「じゃんでう゛ぉれたちのほうにはこないのだぁぁぁぁぁ!」
「たぶん、そんな姿ばっか見せてるからじゃねえかなぁ……」
ちょっと遠い目をしてみると、ヤスはますます発作を激しくし始めたので、非モテの恨みで死ぬかなと思った。
意外と死ななかった。
「恭人、礼史」
ふと、イケボイスが俺たちの前方から投げかけられる。
ヤスの発作が瞬間に停止した。ぎぎぎとまるで錆びた扇風機みたいに、ヤスの顔がそちらへと向く。
「小鳥遊? なにしにきたんだお前。えんがちょされるぞ」
「ワガハイ、お前さんになにするか分からんのである。早く離れたほうがよいな」
肝心の小鳥遊クリスはその端整な顔を苦笑に歪めて、俺たちのリアクションを受け取った。
地毛の金髪にハーフらしい顔立ち。物腰は柔らかくて、人嫌いしないタイプ。
いいやつだ。こっちが死にたいぐらいには。
「いや、俺も止められたんだけどさ。でもお前らだけここってすげえ差別じゃん」
「うん」
「そうであるな」
「だからお前らになにかできたらな、と思って」
「おにゃのこ」
「ん?」
クリスの笑みが停止する。ヤスが舌をべろべろ出しながら、中指を立てていた。
「お前さんは相当に神様が愛されてるようだしなぁ。自慢のスキルを活かして、おにゃのこを引っかけてきてほしいのであるよ」
「うわっ、俺も引いちゃうぞそれは」
「黙っていろ!! どうせ貴様も同類であろうが!」
否定はできないのが悲しい。たしかに非モテ二匹だ。
「おらっ、おにゃのこ寄越せよ。寄越せであるぞぉぉぉぉぉ!」
クリスがなにか言おうとしたそのとき、背後から現れたのは、肩口までの赤髪を流した今風の女子高生だ。
彼女――アズサの口がずばっと開かれる。
「きもっ」
一刀両断。ヤスの顔が引き攣った。
「わ、ワガハイをキモいだと……!」
「飢えすぎなのよ、あんたら。うちのクリスに変な言葉教えないでくれる?」
どこかキツめの顔立ちを嫌悪で歪め、俺たちの顔をきびしい視線で一瞥する。
待って。俺はただの二次被害なの。震源地は横の変態なんだってば。
「おー、おー。なになに? そこの底辺どもとなに遊んでんのさ」
「首突っ込むなってのヨシキ……」
やれやれとうんざりしたような口調と、明るくも人を小馬鹿にしたような口調。
対照的なふたりが現れたのはアズサのすぐあとだった。
黒髪をひとつまとめにしたクールな風貌の男と、茶髪に口元だけ笑みを浮かべている男。
「ヤス。なんか序盤でエスターク3体出てきたんだけど」
「安心しろ。ワガハイのもバグっておる」
「なに話してんのよ。というか、あんたら自分の立場分かってる?」
いまだ嫌悪の視線を向けながらも、俺たちを現実に引き戻そうとアズサは言葉を続けた。
「ここがどういう世界かよく分かんないけどさ。すっごい神様がいて、私たちを助けてくれるって言ってるの」
「であるな」
「らしいね」
「……クラス31名のうち、29名だけはね」
「へえ、そいつはひどい神様もいたもんだ。なぁ、ヤス?」
「まあ、ワガハイたちには関係あるまいよ。その不幸なふたりを除いてははな」
HAHAHAと隙あれば現実逃避しようとする俺たちに、黒髪を後ろでまとめた男がため息を付く。
「正直、僕らはお前たちがどーなろうとしったことじゃないんだけどさ。もうちっと考えようぜ」
「いいじゃんいいじゃん。こいつらおもしれーし、そのまんまにしとけよ」
ぎゃははと耳障りな笑い声をあげるのは先ほどヨシキと呼ばれた男である。
チャラい。カースト上位。話がうまくて、女子を喰うのが趣味と豪語する。死ねよお前。
「ヨシキ、サトー。向こう行ってなよ。ここは私とクリスだけで大丈夫だから」
「んなわけにもいかねーべ。アズがこいつらに襲われたらどーすんのよ」
「こいつらにそんな度胸あるわけないじゃん」
お願い。そういうこと真顔で言わないでくれる? すごい傷付いた。
「ま、たしかにそうだけどさ」
「言いすぎだよ。あんま気分がいいもんじゃないぜ」
クリスがむっとした声で言う。ヨシキは「めんごめんご」と某スキーヤーみたいな謝罪をして場を取り成した。
ほんと金玉にC4ボム仕掛けたいんだけど。だれかやってくれませんかね? 板チョコあげるから。
「んでさ。話っていうか、俺たちから提案があるんだけど」
「おにゃ「いい加減に黙らないと舌引っこ抜くから」……ハイ」
「相方が悪いことしたね。その提案、教えてくれよ」
クリスの顔がどこか晴れやかになり、俺青春してる、みたいな雰囲気を醸し出す。
「ああ。物は相談なんだけどさ……俺たちの『介添人』にならないか?」
「お前を介護するのはちょっと無理かな」
「いや、介護人じゃないから。介添人、ね」
ヨシキがげらげら笑い出す。サトーがうんざりした顔をして、アズサの眉間にシワが寄った。
「その「介添人」ってのはさ。どうやら『英雄』……俺たち29人のことらしいんだけど、その手助けをするために存在するんだって」
「へー」
鼻くそほじってるときみたいな声を出すヤス。すぐにアズサからガン付けられて真面目な青年に更正した。
「そ、その手助けというのは具体的にどういう話であるかな?」
「うん。あんまり教えてくれなかったんだけど。まあ、映画における脇役みたいなもんじゃないかなって思う」
「脇役、か」
脇役。香○照之とか阿○サダヲが頭に浮かんだ。いやいや、イヤだよそんなの。
「……んで、見返りは?」
「俺たちと一緒に転生させてくれるって。スキル付きで」
「マジであるか!?」
「こいつがっつきすぎだろ」
ヨシキが笑い始める。なんにでも笑いやがって。お前は女子中学生か。
「も、もしかしておにゃのこにモテモテのスキルも……!」
「ん、あー、いや。そこは俺たちが不要なスキルを与える形になるのかな」
「ざんねんでした。変態野郎」
アズサがふんと鼻であしらう。その瞬間、ヤスの膝ががっくりと崩れ落ちた。
「な、な、なんとぉ……」
「まあでも、冒険生活は楽しめるんじゃないのか? 英雄の脇役って形でもな」
わりかしと冷静なサトーがなだめようとするが、無意識に俺たちのプライドを逆なでしていた。
とくにヤスの心には効いたようで、まるで怨霊が千匹こもったような視線で、サトーを睨み付ける。
「おぬしらの脇役として……せっかくの転生ライフを送れ……と、そう言うのかぁ!」
「言い方が悪かったならあやまる。こいつら、あんまり空気読めないんだ」
慌ててクリスが頭を下げるが……ちがうぞ。こいつらはわざわざ合わせる必要を感じてないだけだ。
HAHAHA。
「断る! 貴様らの提案など金輪際受けん!」
「あら-、いいんだ。私は構わないけどね」
「おうおう。勇ましいねえ」
「……馬鹿が」
クリスはただひとり、なにも言わずに口ごもると、なにやら俺に向かって問いかけようとした。
が、俺の考えはもう決まっていた。
「提案はうれしいけど、いいよ。相方もいるし俺はここに残る。お前ら、さっさと行け」
「だけど」
「余計な気は遣わない方がこっちのほうも楽だ。このままネズミになるか、雑草か、細菌かもしれんけど」
まあ、それでも。
「俺たちの選んだ選択だからな、ヤス?」
「ふつうに無理である」
「ええ……」
なんか冷めた目で突き飛ばされた感がある。そんな漫才をやっているうち、クリスは決心が付いたようで、アズサになにか囁いた。
そして俺たちを憐れみの目で見ながら、円卓のほうへと帰っていく。
アズサがどこか複雑そうな顔で言った。
「生きてたら、また会おうってさ」
「いいやつだよな。イケメンだけど」
「イケメンではあるがな」
俺たちの様子を見て、相変わらずだとアズサがため息を付く。
彼女が視線を向ければ、もう馬鹿には付き合ってられんとばかりにサトーが肩を竦めて立ち去っていく。
ヨシキのほうは最後に俺たちの顔をしげしげと眺めると、にやっと笑みを残して回れ右した。
最後まで残っていたアズサは、ただ一言ぽつりとつぶやく。
「あんたたちのこと嫌いだったし、いまでもそうだけど……せいぜいうまくやんなさいよ」
「そらどーも」
手をぷらぷらと振ってやれば、アズサはかぶりを振ってほかの三人が待つところへ戻っていった。
やがて円卓の中心で、神々の一柱がクラスメイトたちに向かって厳かな声で告げる。
「29の使徒よ。我が英雄たちよ。聞け……そして答えよ」
場がしんと静まりかえる。俺たちがなにか茶化せる雰囲気じゃなかった。
完全にアウトオブ眼中というやつだ。
「世界を望むか」
その声が円卓に響いたとき、最初はだれも声をあげられなかった。
しかし次第にぽつぽつと声が上がってくる。いちばん大きい声が遂に言った。
「望みます」
「我が聖戦士よ。29人よ。では己らの手をかざせ。それが契約の証となろう」
まばらに上がっていく手。やがてそれらに釣られるように、すべての手が出揃う。
そして神々が一斉にひとつの言葉を唱和した。
――29の物語を語れ。
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