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プロローグ

過去作品です。

次作、『メインヒロインに物語を丸投げしてみた』の方が完成度は高めです。

それでも良い方は、ぜひ少しでもお読みください。


 プロローグ 変態と美少女は、奇跡的な出会いをしました



「この公式を使えば、三辺の長さが分かっている三角形の角度を求めることができます」

 柔らかな日差しが降り注ぐ午後の四時限目では、数学の授業が行われていた。お昼ご飯のあとの一発目の授業ということもあって、三分の一にのぼる生徒が睡魔と闘っていた。


「なるほど……これを使えば……!」


 そんな数学の授業中、教室の一番窓側・一番後ろという絶好のポジションに座っている百崎才人ももさきさいとは、誰にも気づかれない声量でそう呟いた。

 一番窓側・一番後ろの席とは、全中高生が渇望する神の席である。不正、カンニング、内職、携帯電話、ゲーム、居眠り、その他ありとあらゆる行為が先生の目を盗んで行えるその席は、まさに神の名をつけるにふさわしい。席替えが年に何度か行われる学校では、そのたびに生徒は勝利の涙を流し、あるいは敗北の血涙を流すことになる。

 百崎はそこで、神の席で何をやっているのか。答えは単純。数学である。

 彼はいたって真面目なのだ。

「何か質問や、分からないところがある人はいますか?」

 スカートタイプの黒いスーツを着た女の先生が、顔にかかるつやつやとした黒髪を手で払いながら生徒たちの方を振り返った。

「はい! 先生!」

 大きな声を上げ、挙手をしたのは百崎。先生が目で言葉を続けるように促すと、


「先生のパンツの長さを教えてください!」


 その瞬間、教室中に『またかコイツ……』といった変な空気が漂い始めた。

「はいっ!?」

 先生が素っ頓狂な声を上げる。しかし女性なら当然の反応だろう。セクハラで逮捕されても文句は言えないレベルの発言なのだから。

「説明不足でしたね。正確に言うなら、先生を正面から見たときのそのデルタゾーンに存在するパンツの長さ――もちろん三辺とも、を教えてほしいのです」

「な、なんで、そんなことを知りたいんですか!?」

 頬を朱に染め、多くの動揺を混ぜた返事が百崎のもとに送られる。

「なぜ知りたいか……ですか? そうですね、簡潔に述べると、女性のデルタゾーンの角度を知りたいからです。パンツを三角形に見立て、先生が今教えてくれた定理を活用することによって、俺は女性を無理に脱がせることなくその角度を求めることができる。けれども今は授業中、隣の女の子に訊くわけにもいかない。ですがちょうどいいタイミングで先生が質問の時間を設けてくれたので俺――」

「ストップ、スト―――――――ップ!! 分かった、分かったから!!」

 百崎の暴走を止めるために先生は叫んだ。先生と生徒という立場を完全になくした、本気の制止であった。教卓の角を握りしめ、真っ赤な顔をして肩を震わせている先生を見た百崎は、事態を把握したのかさすがに口を閉じる。

 数秒の沈黙ののち、先生は落ち着きを取り戻した。再び教師然とした顔で百崎を見据える。

「百崎君。先ほどの質問には答えられません。それと今後はこのような質問はしないように! いいですね!」

 右手の人差し指をピンと立て、変態に警告をした。

「……すみません。今度は二人っきりの時に質問しますね。さすがに時と場所を考えていませんでした」

「二人っきりの時でもダメです! ――はい、この話は終わり! 授業に戻りますよっ!」


 先生と百崎へんたいの騒動は瞬く間に学校中に伝わったが、誰も気に留めることはなかった。百崎の変態行動はすでに周知の事実であり、これまでに何度もこのような騒動を起こしているからだ。最初こそ話題に上ることはあったが、今では『ああ、またアイツね』と言われる始末である。


   ◇   ◇   ◇


「今日も疲れたなぁー」

 放課後。自宅への帰路についていた百崎は、呟くと同時に今日の数学の時間のことを思い出していた。先生に質問し、注意され、クラスメイトから様々な視線を浴びたあの瞬間。

(先生の赤くなった顔、可愛かったなあ)

 しかし百崎が一番に思い出したのは、先生の羞恥に染まった顔であった。その他のことなどどうでもよくなっていた。というかあの顔が反則的な可愛さすぎて他の記憶が掻き消されてしまった。

「おお神よ。私と彼女を引き合わせてくれたことに感謝いたしますぞ」

 百崎は両手を組み合わせて天上にいる神様に祈りをささげた。

 視界の左側に多種多様な商店を見据えながらいつもの通学路を歩いていると、不意に弁当屋とヘアサロンの間の小道から一人の少女が姿を現した。

「ん?」

 少女は体の向きを変えると、百崎の方に向かって歩いてきた。

 百崎はその少女の全身を視界の中央におさめる。そして思わず息を呑んだ。

 とぉぉぉぉんでもない美少女だった。

 背丈は百崎の頭一つ小さいくらい。顔の輪郭はまるで二次元の絵のように整っており、目もパッチリと大きく、どこかのフィギュアを思わせるほどである。ややウエーブのかかった肩までの髪は、なぜかピンク色。けれどもその少女には、日本人が黒髪であるのと同じくらいよく似合っていた。服装は上は黒のブレザーに、下は赤いチェック柄のスカートというどこかの学校の制服のようなものだった。

 そんな美少女は、雪のような白い手でスマホを持ち、画面を食い入るように見ていた。

「おおぅ……」

 百崎は無意識のうちに息を漏らした。な、なんだあの二次絵少女は! 可愛い。ものすごく可愛い。誘拐されてもおかしくない、独り占めしたいレベルの可愛さではないか!

 百崎の両目はその少女に固定された。固定されるのが運命だった。理性が視線を外せと訴えても、本能が、欲望がそれを許さない。いつまでも眺めていたいという渇望が、胸の内からあふれかえっていた。

「…………おっと」

 どうやら気づかぬうちに立ち止まっていたらしい。百崎は五パーセントの意識を足に持ってくると再び歩みを始めた。

 両者の距離が徐々に近づき、肩が触れ合うほどの近さですれ違う。

 その瞬間、少女から放たれる何ともいえない良い香りが、百崎の鼻孔をくすぐった。

(生きてて良かったぁー――――――!!)

 体中に快感が駆け巡る。美少女の良い香りなんて滅多にかげるものではない。男として生まれてきたのならば、この香りを存分に味わうべきだ。それをしない奴はゴミ同然。ゴミクズである。鼻をもぎ取って火山に捨ててくるべきだ。

 謎の美少女の背中を目で追いながら、百崎はその場で何度も深呼吸をした(少女のあとをつけてしまうとストーカーで捕まる恐れがあるのでそれはできない)。残り香が消える最後の瞬間まで鼻に空気を送り込んだ。

「ありがとう、見知らぬ美少女よ」

 少女の背中にそう声を掛けてから、百崎は振り返った。

 見慣れた通学路、いつもの帰路。昨日と変わらない自宅への一歩を踏み出そうとして――


 ――聞きなれない爆破音が、百崎の耳に飛び込んだ。


「――ッ!!」

 再び振り返る。音の出所を探そうとして素早く首を動かす。

 上方。十数メートル離れた雑居ビルの四階から大量の煙が出ているのを百崎は確認した。

 何かは分からないが、爆弾のようなものが爆破したということだけは容易にイメージできた。穏やかだった商店街に多くの悲鳴が響き渡る。

 逃げなきゃ、と思った。しかし見てしまった。

 ビルの真下を通るさっきの少女の姿と、今にも落ちそうな四階の窓枠を。

「くそっ!」

 百崎は地を蹴った。通学用の鞄を捨て、いつぶりかの全力疾走をする。

 少女は爆破に気づいていないとでもいうのか、まったく慌てる様子もなく平然と歩いていた。普通ならこの音量で気づかないはずがない。だがそんなことを気にしている余裕も、なぜかと訊く余裕もなかった。

 窓枠が重力に引かれて落下を始める。

 そこでようやく少女が上を見上げた。自分に向かって落ちてくるのに気づいたらしい。

(間に合えっ!)

 百崎は奥歯を噛みしめる。こんなところで一人の美少女を失うのは俺が許さない。絶対に助ける。少女一人助けられないようでは男として失格だ!

「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」

 足のギアを上げる。速く。速く。もっと速く。この際足が千切れても構わない。それであの子を助けられるのならば。

 少女に向かって右手を伸ばす。せめて窓枠の落下地点から外してあげようとし、

 ――少女が無造作に右手を上げた。

(んぇ!?)

 最初は危機を感じて反射的に体が動いたのかと思った。しかし違った。少女は何かをしようと頭で考えてから、右手を上げたのだ。

 その右手から白い光が放たれる。それは一瞬で刀のような形に変化すると、パッと弾けて光は消えた。消えた光の中から、刀のような、ではなく本物の日本刀が姿を現した。

 右手で柄を握り、落下してくる窓枠を見据えるピンク髪の少女。

 窓枠が頭に激突しようとした、その瞬間。

 一閃。

 白刃が半円を描き、窓枠が真っ二つに分断された。

(まずっ、止められな――)

 少女を押し出そうとした百崎の右腕と、窓枠を切り飛ばした刀の切っ先が、斜め四十五度の角度で交差した。振り終わりとはいえかなりの速度をもった斬撃。人間のやわな肉体などではどうすることもできず、百崎の二の腕はいとも簡単に切断された。

 落下音が周囲に三つ発生する。二つは言うまでもなく分断された窓枠。そしてもう一つは人間の腕である。

「ぎゃああああああああああああああああああ――――――――――――――――っ!!」

「ええええええええええええええええええええ――――――――――――――――っ!!」

 二人は同時に絶叫した。百崎は悲鳴の声を、少女は驚愕の声を上げた。

「なななな、何でっ!? どうしてっ!? はわわわわわわっ!?」

 少女は狼狽して体をぶるぶるとさせる。日本刀を投げ捨て、百崎の右腕を拾いあげると、持ち主のもとへ詰め寄ってきた。

「ホイミ! ケアル! ザオラル! デス! レイズ!」

 右手で百崎の肩を掴み、切断面を必死にくっつけようとしながら何度も呪文を唱える。

「お願いだから治ってよぉぉぉぉぉ!」

 少女は涙目になりながら、それでも何とか腕を繋げようと悪戦苦闘していた。その泣き顔を見た百崎は、不覚にもその顔に萌えてしまう。

「大丈夫さ、お嬢さん。君が無事だったのなら、腕の一本や二本くらいどうってことないよ」

 百崎は損傷した腕をちらりと見た。これだけきれいに切れていれば血も――

 血?

 血が、出て、

 出 て い な い ?

「きゃっ!」

 少女の手から自分の腕を取り返す。切断面からは一滴たりとも血は流れていなかった。もちろん肩に繋がった方の腕からも。いや、それより。

 断面が、黒一色で染まっていた。肉も、神経も、骨も、まったく見えない。

「な、なんじゃこりゃあ!!」

 何ということだ。原因不明の病気にでもかかってしまったとでもいうのか。

 自分の理解を超えた出来事に、なかば放心状態に陥っていた百崎だったが、それをはるかに上回る理解不能な出来事が起きた。

「ごめんなさい」

 そう言って、謎のピンク髪の少女が自分に抱きついてきたのである。

 これには百崎も驚かされた。全然意図が掴めなかった。

(でも――)

 そんなことはどうでもよかった。

(おっぱいが。おっぱいが当たってる――――――――っ!!)

 そうなのだ。

 小柄な少女とはいえ、しっかりと感じられるほどのおっぱいがそこにはあったのだ!

 彼女が両腕に力を込めるたびに、小さいながらも確かな柔らかさが、百崎の体に伝わってくる。おっぱいの柔らかさだけでなく、彼女の女性としての体そのものの柔らかさ、匂い、体温、フェロモン、その他様々なものが複雑に絡み合い、溶け合い、百崎は何とも言えない気分になっていた。

 無理をして言葉に表すなら、『快感』と『興奮』。

(なんかもう、このまま死んでもいい気分になってきた…………)

 ずっとこうしていたい。このまま彼女の腕の中で、ずっと――――――――

 異変。

 それは突如として現れた。

 右手の感覚がある。斬られてなくなったはずの二の腕から先の感覚があった。

「え?」

 いい気分がいっせいに意識の奥に遠ざかる。百崎は右腕を持ち上げ、まじまじとそれを見た。

 少女が手から放った光と同じ光が、百崎の右腕にも存在していた。彼女の光が刀に形を変えたように、百崎の右腕の光も、二の腕から先の形に変化していた。それも新しく生えたように、断面からピッタリと腕が再生していたのだ。

 やがてその光はパッと弾け、中から肌色をした本当の腕が姿を現した。

「すげぇ……」

 思わず右手を握ったり開いたりしてみる。神経接続オールグリーン。傷、痛み、一切なし。斬られた箇所の傷跡も完全になかった。つまり、元通り。正確には『服』以外が、であるが。百崎の制服は片方が半袖、もう片方が長袖という奇妙なものになっていた。だが今はそんなことを気にしている暇はなかった。

「おい、お嬢さん。見ろ!」

 百崎は嬉しそうな声音で少女に話しかける。少女は百崎の背中にまわした両腕をはなすと、二歩後ろへ下がった。そして眼前に存在する元通りとなった百崎の右腕を見て、もともと大きな瞳だったものがさらに大きく見開かれる。

「治って……る?」

「そうだよ治ったんだよ! いやあよかったよかった!」

 百崎は少女の細い肩を掴もうとして、左手にまだ切れたままの右腕が残っていることに気がついた。

「そういえば、これってどうしたらいいんだろう。捨てるわけにもいかないし、かといって持っているのもどうかと思うんだが」

 百崎は少女の顔を見ながら言葉を続ける。

「どうしたらいいと思う?」

 返事はすぐには返ってこなかった。少女の視線はいずれとして旧右手に注がれていた。

 沈黙が流れる。答えに困っているのだろうか。確かに、人間の腕をどうこうするなんて経験はまったくと言っていいほどないから、言葉に詰まるのも無理はない。

「……そりゃ分からんよな」

 百崎は小さく呟く。さてどうしたものか、と思ったその時、少女がくるりと後ろを向いた。意図が分からず、声をかけようとした瞬間だった。

「ふひゃははははは!」

 ピンク髪の少女が、笑った。

 後ろを向いているので表情は見えないが、それは間違いなく笑い声だった。

「こいつが、こいつがいれば! ふひゃあ、……しまった笑いが。これで金に困らなくてすむかも!」

「…………………………………………」

 少女のあまりの変貌ぶりに、百崎は絶句するしかなかった。

「あたしの時代来ちゃう!? さんざんバカにされたけどついにあたしの時代来ちゃうううううぅぅぅぅぅ―――――――――っ!?」

「…………おい」

「ああ……、見える。見えるわ。みんながあたしを称賛し、崇める姿が」

「……おいっ」

「くっはぁ――――っ! 興奮してきたぁ! 希望が生まれるぅ!」

「人が声かけてんだろうがああああぁぁぁぁ!! 耳ついてんだろうがああああぁぁぁぁ!!」

 たまらなくなって、百崎は絶叫した。その大音量がようやく耳の穴に滑り込み、少女はビクッと肩を震わせた。ギギギ、と首を動かし、恐る恐るといった様子で振り返る。

「…………何でしょう?」

 若干引きつった顔をして少女が言った。

「何でしょう、じゃねぇよ! さっきから何をぶつぶつ言ってやがる!」

 百崎はビシッと指を突きつけた。

「え? あんた、あたしの心が読めるの?」

「そんなわけないだろ。声がダダ漏れだったんだよ」

「ああー、そういうことか……」

 少女は視線を明後日の方向へ向け、ぽつりと呟いた。

「あんた、俺の体に何が起こったのか分かるんだな?」

 少女が自分の体に起きた変化を知っていると言ったわけではないが、言葉の節々からそれを感じさせる箇所がいくつかあった。切れた腕が再生するなんて現象は、自分で突き詰めたら何年かかったって分かりはしない。しかし、知っている人に訊けば、それは一分とかからずに理解することができる。

「分かるわよ」

 百崎の考えはずばり的中していた。

「なら教えてくれ。何が起こったのかを」

「いいけど、一つ条件があるわ」

「何だよ」

「あたしの金になること」

「ちょっと何言ってるか分かんない」

「そこは『おk』って言うとこでしょうがあ! 流れ考えてよ!」

 今度は逆に、少女が指を突きつけてきた。

「分かった、いいだろう。金でも川でも、何にでもなってやる」

「言ったわね! 後悔しても遅いわよ!」

 少女はスカートのポケットに手を突っ込むと、髪と同じくピンク色をした平べったい物体――スマホを引っ張り出した。指を画面に這わせ、てきぱきと操作をする。

「一名様、ごあんなぁーい!」

 最後に勢いよく画面をタッチした。

 直後、少女の足元の地面が黒い円形状に変化する。それは時間とともに広がっていき、ついに百崎の足元にまで到達した。

「何をする気――でぇええええええ!?」

 落ちた。それはそれはもう、見事に落ちた。

 底の見えない闇に向かって、一人の変態と一人の美少女が落ちていく。

「行先は、マカイです♪」

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