095・バリエンテの現状
俺達は教皇庁の大広間で、教皇様、フリッグ枢機卿と夕食中だ。枢機卿はもう一人いるが、ここ数年のバリエンテの状況を憂い、現在バリエンテの中央府ベルジュに行っているらしい。
「それじゃあ俺達が属性魔法を奏上したことは、バリエンテ、ソレムネ、レティセンシアには伝えないんですか?」
「はい。レティセンシアはアバリシア神帝国の属国となってしまっており、悲しいことにアバリシア正教への改宗が行われているようなのです。そのため殺されてしまった神官や司教も少なくありません」
アバリシア神帝国はグラーディア大陸を武力で統一した際、国教であるアバリシア正教に無理やり改宗させている。それはレティセンシアも同様なのだが、アバリシアがフィリアス大陸に軍を派遣したという話は、今まで聞いたこともない。いったいどうやってレティセンシアを落としたってんだよ。
「レティセンシアって、フィールへの侵略が明るみになってから、バレンティアやリベルター、トラレンシアからも経済的な制裁を受けてるって聞いてるけど?」
「ハンターズギルドも協定を見直したから、国力はかなり低下してるわね。ソレムネとは不平等同盟を結んでるけど、そのせいで国民生活は貧窮してて、そのくせ皇家や貴族は何の対策もしてないから、お父様も動くべきか悩んでるわ」
「ああ、年が明けたらラインハルト殿下に譲位するから、今から動くと中途半端になる。だから動けないのか」
「ソレムネと同盟を結んだバリエンテも、どうやら戦争に向けて兵を集めてるって噂があるから、そっちの方も警戒しなきゃいけないしね」
そっちの問題もあったか。バリエンテ内も暴獣王の圧政とハンターの暴動によって、多くの国民が犠牲になっている。ソレムネの内情は知らないが、そっちも荒れてるような気がする。
「それで、どうしてバリエンテとソレムネにも伝えないんですか?」
「ソレムネ帝国はバシオン教を信仰していません。いえ、昔は信仰していたのですが、先々代の皇帝が宗教は不要として、国内の教会を全て排斥してしまったのです。以来ソレムネ帝国は無宗教の国となり、バシオン教はもちろん、アバリシア正教やバレンティアの聖母竜すら敵視していると聞きます」
そういうことね。なら確かに、バシオン大神殿で奏上した魔法を伝える義理もないな。というかソレムネって、ハンターズギルドすら排斥したいんじゃなかったか?あの国はいったい何をしたいんだよ。
「確かソレムネって、ハンターズギルドまで排斥したいって感じだったわよね?あの国って、いったい何がやりたいの?」
「私が聞きたいわよ」
「私も噂程度しか聞いたことがありませんが、ソレムネ帝国は魔導具を用いた兵器を開発しているとか」
ルディアもマナも、政治的な話は苦手としている。というかマナはお姫様なんだから、それはどうかと思うぞ。
逆にユーリは、どちらかと言えば文官系なので、そういった話はアミスターの王城でけっこう聞いていたから、各国の状勢にも詳しい。さすがに俺達と行動を共にするようになってからは、情報を入手できなくなっているから、それまでの情報になるが。
「魔導具か。ソレムネに客人が現れたっていう記録とか噂ってないのか?」
「ソレムネに?いえ、ソレムネに現れた客人はいなかったはずですよ」
「そのはずです。最も多いのがアミスター王国、次いでバリエンテ獣人連合国ですが、アミスター王国から割譲される以前の記録もあります。ですからフィリアス大陸南部に集中している、と思っていいでしょう。三百年ほど前ですが、バシオンにも現れたと言われていますから」
フィリアス大陸南部か。だけどそれはわかってるだけで、北部やグラーディア大陸にも現れてる可能性はあると思うんだが。
「記録を信じる限りですが、北部に現れたことはないようです。グラーディア大陸についてはわかりませんが」
ないのか。ひょっとしたら客人がからんでるんじゃないかって思ったんだけどな。
「でもママが、大和の前に来た客人はサユリ達だって言ってたよ?」
「それなんだよなぁ」
ガイア様は俺やサユリさん達がヘリオスオーブに飛ばされてきた際の波動?揺らぎ?とやらを感知したって言ってたし、それより前の客人も同様だろう。ということはソレムネの魔導具に、客人は関与してないってことでいいんだろうか?なんか嫌な予感はするんだよな。
「大和が警戒するのもわかるけど、今考えても仕方ないわよ」
「そうね。注意だけはしておくべきでしょうけど、アミスターも調査ぐらいはしてるはずだから、それを待っててもいいと思うわよ」
そうするしかないか。
「それで教皇様。なぜバリエンテにも伝えないんですか?あの国は、普通にバシオン教を信仰していたはずですが?」
「内政が混乱しているからです。今の状況で体系化された属性魔法を伝えてしまえば、国民の方々の犠牲が多くなってしまいます。そのようなことは、神々も望んではおられません」
もっともだ。そんな国に体系化された属性魔法を伝えたりすれば、間違いなく国が教会を抑えてしまう。そうなったら一般人やハンターは教会に行くことができなくなるし、バシオン教の立場も悪くなってしまう。そこまでは考えてなかったな。
「やっぱり獣王を討つしかない、か」
「落ち着け、プリム。討つだけなら難しくはないだろうが、その後をどうするかっていう問題がある。レオナス王子が王位に就くにしろ、アミスターに任せるにしろ、準備ができてからでないとバリエンテの人達に迷惑がかかるし、最悪の場合こっちが犯罪者になる」
「大和さんのおっしゃる通りです。それに無法を働いているハンターの問題もありますから、ハンターズギルドの協力も不可欠です」
ユーリの言う通りだ。獣王が倒れればハンターを抑えていた戦士団だって混乱するし、歯止めが利かなくなるだろう。そんなことになれば、真っ先に犠牲になるのは国民だ。それは避けなければならない。
そういやレオナス王子はバリエンテにいるはずだったな。一度グランドマスター経由で連絡を取った方がいいかもしれないな。
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「皆さん、道中お気をつけて」
「はい、色々とありがとうございました」
翌日、俺達は教都エスペランサを発つことにした。観光ぐらいはしてもよかったんだが、バシオン教国はバシオン教に関係する施設なんかがあるぐらいだから、熱心な教徒でもない限りはあまり面白みがないらしい。ハンターズギルドはあるが、そもそもバシオンには魔物が少なく、そういった土地をアミスターから割譲されて建国されているので、被害も少ない。一つだけ迷宮があるが、バシオンのトップレイドが攻略に乗り出していることもあって、数ヶ月以内に攻略されると目されている。
迷宮には行ってみたい気もするが、プリムのご両親の墓参りもしたいし、アルカをベール湖に降ろしたりもしなきゃだし、あと一ヶ月と少しで年が明けて、ラインハルト殿下が新王として即位し、俺達も結婚式を挙げる予定になってるから、あまり時間は取れないんだよな。
そういうわけで観光もせずにバシオンを発つわけだが、教皇様もこっちの事情は理解してくれたし、魔法の奏上はバシオン大神殿でしかできないので、足を運ぶ機会は増えることになるから、観光はその時でもいいかなと思ってる。面白みがないって話だが、俺は少し興味あるからな。
「さて、それじゃアルカに行くか」
エスペランサを出てしばらく進んでから、周囲に人気がないことを確認すると、俺はボックスから石碑を取り出した。
「そうね。プリムが暮らしてた村って、フィールからのが近いって話だし」
「え?そうなんですか?」
「ええ。私が暮らしてた村は、マイライト山脈の麓にあるわ。人口も100人いない寒村だから、バリエンテでも知らない人はけっこういるの」
だから隠れるにはうってつけだったんだと、プリムは悲しそうな顔で漏らした。マイライト山脈を挟んでいるとはいえ、プラダ村の隣になるレイル村は、プラダ村と同じく五年前の流行病で多くの村人が命を落としている。プリムの祖父に当たる先代獣王はレイル村の復興にも尽力していたんだが、王位を簒奪したギムノスは取るに足らない村ということで支援を打ち切り、それどころか逆に重税を課してくるようになった。そのためさらに命を落とした人もいるそうだが、プリムがハイドランシア公爵家の財産を使うことで、辛くもレイル村の人達は命を繋ぎ止め、プリムを匿う手助けをしてくれていた。ギムノス獣王は重税によってレイル村を滅ぼすつもりだったようなので、畑も焼き払い、食料までも巻き上げてしまったそうだが、それが幸いして、以後レイル村にバリエンテの手が入ってくることはなかったから、プリムがレイル村を支援していたことも、その村に隠れ住んでいたことも、ギムノスが気付くことはなかったそうだ。
他にもいくつか地図から消えてしまった村があるみたいだし、ギムノスが王位に就くと同時に高ランクハンターを国家反逆罪として逮捕命令を出したせいで、地方都市はもちろん、中央府ベルジュの治安も悪くなっているから、リディアとルディアが無事にバリエンテを出ることができたのはある意味では奇跡に近いな。
「バリエンテの治安が悪いのは知ってたけど、そこまでだったんだ……」
「私達、運が良かったみたいね……」
出会ったばかりの頃、プリムからその話を聞かされたリディアとルディアは、真っ青になって驚いてたからな。俺やミーナもめっさ驚いたぞ。
「話を聞くたびに、獣王を討った方がいいって思うけど、どうしてレオナスは今まで動かなかったのかしら?」
そういえばそうだ。プリムの従兄でPランクハンターでもあるレオナス王子は、バリエンテの王子で、正当な王位継承者だ。ギムノスの王位簒奪は三年前だが、プリムはまだ成人してなかったからレイル村に隠れて暮らすことを余儀なくされていたし、そのせいもあって死んだと思われていた。だがレオナス王子は、当時からハンターとして活動していたし、当時はトラレンシア魔王国にいたそうだから、すぐにバリエンテに戻り、同志を募るなりすれば賛同者は多かったんじゃないかと思う。
「レオナスが起つことは見越してたと思うけど、ハンターだって謂れのない罪を黙って着せられるほど馬鹿じゃない。そもそもバリエンテはその名が示すように連合国だから、各地の貴族が獣王を止める役割も担っているんだし、レオナスが動けば貴族だって手を貸してくれるはず。それなのに、なんでレオナスが動かなかったのか、それが疑問だわ」
バリエンテは獣王が頂点ではあるが、その下に領地を治める領主が付き、獣王の独断を防ぐようになっている。
だが今のバリエンテは、完全に獣王の独裁国家となっており、領主達がどうなっているかもわからない。噂じゃいくつかの地域は獣王に反旗を翻しており、独自に獣王直下の戦士団と小競り合いを繰り広げているそうだが、獣王に降った領主もいるらしく、戦況は獣王側に傾いているらしい。
レオナス王子が動いていれば、そんな事態にはならなかったはずだとマナは言うが、俺も思う。
「それは私も知りたいけど、私はレイル村に入ってからはほとんど外の情報が遮断されていたから、バリエンテがどうなっているかもフィールに行くまで知らなかったのよ」
それは仕方がない。一つだけ確かなのは、レオナス王子がバリエンテに戻ったのはここ数ヶ月の話で、それまでは行方知れずだったということだ。確かトラレンシアからソレムネに渡った直後に行方不明になったはずだから、ソレムネが関与してることは間違いないんだろうが。
そのレオナス王子がバリエンテに戻っている以上、近いうちに何か動きがありそうな気がする。厄介だが俺としても避けて通るつもりはない。むしろ望んで首を突っ込むだろうな。
バシオン出立。まあ寄り道ですから。
バリエンテに向かうわけですが、雲行きがおかしい上にレオナス王子に不審な点が?
風呂敷広げすぎた気もしますが、何とか着地させないと……。




