009・緊急討伐依頼と魔法付与
ライナスのおっさんと話をした次の日の夕方、俺とプリムはマイライト山脈の麓に来ていた。マイライト山脈に出没したという魔物の討伐依頼を受けたからだ。数日は町に戻れないが、これは依頼内容によっては普通にあり得ることだ。
「それにしても、なんだってそんな魔物がこんなとこに出たかね?」
「わからないけど、魔力が強い場所でもあるんじゃない?それより問題なのは、この依頼を握りつぶしていたギルドマスターよ。何年も放置してたなんて、信じられないわ」
そう、俺達が受けた依頼の魔物はエビル・ドレイクという竜の一種だ。もともとマイライト山脈には、フェザー・ドレイクという羽毛を持つ小さな竜の亜種が生息していたのだが、エビル・ドレイクはそのフェザー・ドレイクが魔力によって禍々しく進化してしまった異常種だという話だ。異常種の強さは元の種とは別格で性格も凶暴、好戦的になっているため、生半可なレベルや実力では容易に命を落とす。そんな魔物の存在を何年も放置しておくなど、正気の沙汰ではない。当然これはギルドマスターの責任問題だ。
「確かPランクの上位なんだっけか?」
「らしいな。普通の、異常種に普通も何もないだろうが、エビル・ドレイクはPランクでも上位の魔物だそうだが、それが何年も放置されてたんだから、Aランク相当に危険度が跳ね上がってても不思議じゃないってライナスのおっさんが言ってたぞ」
希少種や異常種は、存在が確認されたらすぐに討伐隊が組まれる。放置しておけば魔力も高くなり、倒すのも難しくなる。被害も広がるのだから当然の話だ。
それなのに、よく何年もエビル・ドレイクを放置してきたもんだ。今回はたまたまフィールに来た商人がエビル・ドレイクらしき魔物を見かけ、慌ててギルドに駆け込んだのが発端だ。
だがこの件は、ライナスのおっさんも頭を抱えた。数年前にエビル・ドレイクが目撃されたが、いつの間にか姿を消しており、討伐されたという噂も聞かなかった。生体はまだ不明な点があるが、フェザー・ドレイクの異常種だからそこまで違いがあるとも思えない。同一個体なのか別個体なのかの判断もつかないが、それでもエビル・ドレイクが目撃されたという情報を無視することはありえない。通常ならまずは生息しているかを確認し、その後で討伐隊を組織するのだが、今フィールにいるハンターはライナスのおっさんから見ても信用が置けない。騎士団を動かすにしても、多くは無理だ。かといって王都や他の町に救援を依頼するにしても時間がかかる。だから俺達に直接依頼してきたわけだ。調査と、可能ならば討伐を、ということで。
「もしかしてと思うけどそのエビル・ドレイク、従魔なのかもしれないわ」
「従魔?」
「ええ。固有魔法の一つに召喚魔法っていうのがあるの。契約した魔物を召喚するから召喚魔法って呼ばれているわ。その召喚魔法の劣化版、従魔魔法っていうんだけど、それを使えば誰でも一度だけ魔物と契約を結んで、召喚することができるようになるの」
なるほど、魔物と契約して、必要な時に召喚する魔法があるのか。それに契約した魔物を呼び出すだけなら、維持するための魔力なんかは必要なさそうだな。余談だが召喚魔法で召喚された魔物は召喚獣と呼ばれ、従魔魔法で召喚した魔物は従魔と呼ばれる。まあどちらも契約者の魔力によって強くなるから、明確な違いはないそうだが。
「つまりエビル・ドレイクは、ギルドマスターの従魔の可能性があると?」
「ええ。それなら人を襲ったりしていないことも説明できるから。どうやって契約したのかっていう疑問が残るけど」
「異常種っていっても、ある日突然、成長した姿で虚空から生まれるわけじゃないだろ?多分子供のエビル・ドレイクを見つけて、それと契約したんじゃないのか?」
「それしかないかな」
異常種は子供でも討伐対象だからな。だが子供なら脅威度はワンランク下がるから、そこそこの実力があれば無理やり契約することも不可能じゃないと思う。これは何がなんでも討伐しなけりゃな。
「それにしてもフェザー・ドレイクはおろか、魔物すら見かけないんだが。これ以上の探索は危険だぞ?」
既に日が落ちかけているため、これ以上山道を歩くのは危険が伴う。森や山は魔物のテリトリーだから昼間でも危険だが、夜になるとさらに危険度が跳ね上がる。そんなんじゃおちおち寝てもいられない。
「そうよね。こんなとこで夜明かしもできないし、下りましょうか」
「だな」
俺達は山を下り、少し開けた場所にテントを張った。
「それじゃ先に寝かせてもらうぞ。何かあったらすぐに起こしてくれよ?」
「わかってるわよ」
晩飯はパンとレイク・ラビットの肉を使ったシチューだ。ラビットといいながらも鶏肉のような味がしてとても美味い。レイク・ラビットは湖のほとりに生息しているから、フィールではポピュラーな食材でもあるが、保存には向かないという欠点がある。まあボックス・ミラーがあるから、その点は問題にならないんだが。定番だと干し肉とかの保存食しかないんだからな。
食べ終わって食器を水魔法で洗い、ボックスに収納すると、俺はテントに入った。先にプリムが見張りをし、途中で俺が交代するということになったのだから、俺がいつまでも起きているわけにはいかない。それにしても野宿は覚悟していたが、こうまで魔物に出くわさないとは思わなかったな。これもエビル・ドレイクの影響かもしれない。なるべく早く見つけて討伐しないとな。
あ、そうだ。交代するときに、前に使ってた鋼鉄の槍を借りよう。試してみたいこともあるし。そんなことを考えながら、俺は瞼を閉じた。
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「おはよう、大和」
朝日が昇ってしばらくすると、プリムがテントから出てきた。まだ眠そうだが、意識はしっかりしているようだ。普段はすさまじく寝起きが悪いからな。
「おはよう、プリム。よく眠れたか?」
結局、夜の間も魔物は一匹も出なかった。おかげで試したいことに集中できたから別にいいんだが。
「おかげさまでね。それで、できたの?」
なるほど、プリムもこっちが気になってたのか。まあ前に使っていたとはいえ、自分の槍だから当然か。
「一応成功した、といっていいかな。少し設定を変えた刻印化プログラムが使えたから、多分大丈夫だと思う」
俺は二種類の刻印具を持っている。一つは腕時計状だ。この世界も一日は24時間なので、既に時間は合わせてある。
そしてもう一つが多機能情報端末状。俺の世界では学校の教科書や参考書なんかは、全て刻印具に組み込まれている。そのため刻印具を持っていない日本人はいないと言っても過言ではない。
さて、ここで不思議に思うことがあるだろう。俺がこの世界に来て、そろそろ一週間になる。刻印具は電子機器だから、当然電池が切れれば使うことができなくなる。
だがその問題は、何十年も前から既に解決されている。刻印具は刻印術を使うことを大前提に製造されているため、いざというときに電池切れで使えませんでした、ではお話しにならない。つまり印子(魔力)を流すことでも使えるように作られているわけだ。
さらに俺が持っている多機能情報端末状刻印具は、特別製でもある。印子による簡易充電ができ、探索系を投影することもでき、刻印化プログラムをフルスペックで使うことができる。試作品だからということで、採算度外視で作られたわけだから、かなり高性能な刻印具というわけだ。さすがにこの世界じゃインターネットには接続できないが、既に取り込んであるデータの閲覧は問題なくできる。武器や防具をオーダーしたときにも活用したしな。 そんなわけで俺は、ある程度魔法が使えるようになったこともあり、前から試したかった魔法付与を、プリムの槍を借りて試すことにしたわけだ。
「フレイム・ランスを少し調整して付与してみた。試してみたが穂先が燃えて貫通力も増してる。その分武器の耐久力が心配なんだが」
刻印術を刻印化された商品は数多いし、即席で作ることもある。魔法付与も根本的には同じだと考えた俺は、プリムの槍にフレイム・ランスの魔法をイメージしてそれを刻印にして刻み込んだ。ヘリオスオーブに流通している魔法付与の魔道具とは違うと思うが、おそらくそんなかけ離れたものでもないと思う。
「へえ。ちょっと試させてね」
「ああ」
プリムが俺から槍を受け取り、槍に魔力を流すと、穂先が赤く輝き、真っ赤な炎が宿った。いい感じだ。
「すごい……!そんなに魔力を流してるわけじゃないのに、こんな強い炎がでるなんて……」
「魔法付与はまだ見たことないから何とも言えないが、普通は違うのか?」
「ええ。この槍みたいに武器に纏わせるか放つかのどっちかね。だけど魔力の消費がすごいらしいの。それに同じ魔法を付与させた武器でも、効果が違うことが普通らしいわ。多分だけど魔法が形になってないから、余分な魔力を消費してるってことだと思うわ」
それはあり得る話だな。魔法の漠然としたイメージを付与させてるから、どうしても余計なイメージまで付与させてるんだろうな。
ん?なんか騒がしいな。こんな山ん中で、朝っぱらから誰だ?
「オークか。丁度いいから試し切りさせてもらうわよ!」
現れたのはオークが3匹だった。多分気配を感じたか何かで来たんだろうが、運の悪いことで。
そのオークさん達はプリムが手にする炎の槍で、あっという間に燃え尽きてしまった。おい、素材まで燃やすなよ!?
「ご、ごめん……」
「いや、いいけどな。それでどうだった?」
「貫通力がすごく増してたわ。それに炎を飛ばすこともできたから、これは戦術の幅が広がるわね」
「ということは」
「ええ、成功よ!」
「なら次はどんな魔法を組み込むか、だな。一つだけ組み込んでもそれなりに使えるだろうが、できるなら複数の属性も付与させてみたいし」
「それはいいわね。町に戻ったら今使ってるミスリルの武器で試しましょう」
「ああ」
プリムはとてもいい笑顔だ。尻尾もすごい勢いで振られている。今回鋼鉄の槍を借りたのは、実戦で使うには厳しくなってきていたからという理由がある。と言ってもまだ刃毀れもしてないし、痛みもそれほどではない。リチャードさんが見立ててくれたように、プリムの魔力に耐えられないというだけだ。ある意味そっちの方が問題だが。
「それじゃご飯食べたら探索しましょうか」
少し残念そうに鋼鉄の槍をボックスにしまうプリムだが、本人も納得してるからな。損傷はないし、フレイム・ランスを付与した槍だから、売ればかなりの値がつくはずだ。まあ簡単に売ることはしないだろうけど。
「そうだな。それからフェザー・ドレイクがよく出る場所を探すのが無難か」
「それがいいかもね。はい、大和」
「サンキュー」
いずれは刻印具を使わずに魔法付与ができるようになりたいもんだが、初めての魔法付与に手ごたえを感じた俺は、一つの達成感とともにプリムからパンを受け取った。
魔法付与については勝手なイメージです。さあエビル・ドレイク、異常種です。強いです。スネーク・バイトの連中なら瞬殺レベルです。大和とプリムはどうするのか!?