073・婚約のご挨拶はいつでも超緊張
翌日、午前中はハンターズギルドで簡単な依頼を受け、フラムのランクをCに上げてからリディアとルディアの実家、ハイウインド家に向かうことにした。昨日中に連絡はしてあるから、今日はお義父様もお義母様もご自宅にいらっしゃるはずだ。リディアとルディアだけじゃなく、婚約者達はしっかりと俺がプレゼントした婚約の髪飾りとブレスレットをしているし、短剣も腰に差している。準備は万端だ。俺の心以外な!
「大和、大丈夫?」
「……と思うが、今回は双子姉妹を二人ともだからな。ある意味ミーナの時より緊張する……」
俺が初めてお嬢さんを下さい、したのはミーナだからな。一応事前にご両親には認められていたが、とんでもない緊張感で自分が何を言ったかも覚えてないんだよ。しかも今回は双子姉妹を二人とも嫁にいただくわけだから、緊張度はミーナの時以上だ。姉妹というならマナとユーリもそうなんだが、こっちは俺が意図したもんじゃないから、逆に驚いてパニックになりかけた。もちろんフロートを発つ前に、しっかりと王様にご挨拶はしてきましたよ。俺の心のHPがゴリゴリ削られたけどな。
「そこまで緊張しなくても、お父さんもお母さんも楽しみにしてるんですから大丈夫ですよ」
「そうそう。まあ他に兄弟はいないから、家を継げなくなるのが申し訳ないけど、それはそれ、これはこれだしね」
リディアとルディアには、他に兄弟姉妹はいない。だから本来であれば、どちらかが婿を取って家を継ぐはずだった。だが俺がどちらもいただいてしまうために、ハイウインド家はお義父様を最後に途絶えることになってしまう。もちろん俺とリディア、ルディアの間に子供が生まれれば、養子にしてもらうなりして後を継がせることはできるし、俺もそのつもりでいるが。
「ラウス、大和がどうやって婚約の挨拶をするか、しっかりと見ておいた方がいいわよ。後々の参考のためにね」
「さ、参考ってどういうことですか!?」
プリムがラウスをからかっている。レベッカの両親はいないから、挨拶となるとフラムに、ということになるんだろうが、フラムが反対するはずはないから、参考も何もないと思うぞ。
「それでリディア、ハイウインド家でご挨拶をした後の予定ってどうなってるの?」
「明日以降の話ですけど、王城に行くことになっています。マナ様やユーリ様、プリムさんもいますから、竜王陛下の都合がついてからになると思いますが」
アミスターのお姫様であるマナとユーリ、継承権を失ったとはいえバリエンテ王家に連なる公爵家出身のプリムがいるんだから、そらバレンティアとしても竜王様が謁見することになるわな。
だが竜王陛下と聞いて、フラム、ラウス、レベッカの三人がビビってしまった。マナやユーリで多少の耐性が付き始めたばかりだから、これは仕方ないか。
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というわけでやって参りました、リディアとルディアの実家、ハイウインド家へ!竜騎士団副団長って聞いてたからミーナのとこみたいな屋敷を想像してたんだが、意外なことに一般的な民家より少し大きいぐらいの普通の家だった。なんでもバレンティアの騎士はアミスター同様貴族ではなく、質素を貴ぶことを良しとする文化でもあるため、大きな屋敷に住む騎士はいないそうだ。もちろん皆無というわけではなく、結婚相手が貴族や商人だったりすれば屋敷に住むこともあるから、これはケース・バイ・ケースに近い。
そんなわけで使用人もいないので、ドアから出てきた女性がリディアとルディアのお母様だということはすぐにわかった。よく見なくても二人にそっくりだから、間違えようもないんだけどな。
「おかえり、リディア、ルディア。元気そうで良かったわ」
「ただいま、お母さん」
「ただいま。お父さんは?」
「あなた達の帰りを今か今かと待ちわびているわよ」
久しぶりの再会だが、簡単に二人と話を終えると、お義母様は俺達に向き直った。
「ようこそ、バレンティアへ。お待ちしておりました、マナリース様、ユーリアナ様、プリムローズ様、ヤマト・ミカミ様、そしてウイング・クレストの皆様。ご無事のご到着、心よりお喜び申し上げます」
さすが騎士の奥さん。他国のお姫様もいるってのに、どっしりと落ち着いた感じでご挨拶してくださった。
「ありがとうございます。えっと、本日はお日柄も良く、じゃなくて!ええっと、その……」
ヤバい。テンパりすぎて何言ってんだかわかんなくなってきた。ミーナの時もそうだったが、やっぱり緊張感半端ねえよ、これ!
「要件は承っております。こんな所で立ち話もなんですから、どうぞ中へお入りください。主人も首を長くして待っていましたから」
「あ、ありがとうございます!」
お義母様に案内されて、俺達は家の中に通された。通されたリビングは普通の広さだったから、俺達十人が入ると若干手狭な印象がある。だが今の俺には、そんなことを気にする余裕など微塵もない。
「おかえり、リディア、ルディア。ようこそいらっしゃいました、マナリース様、ユーリアナ様、プリムローズ様。狭い所で申し訳ありませんが、歓迎いたします。私がリディアとルディアの父、バレンティア近衛竜騎士団副団長、フレイアス・ハイウインドです」
「妻のカナメ・ハイウインドです。改めまして、ようこそバレンティアへ」
リビングには既にお義父様が待機していらっしゃった。翼があるところを見るに、飛竜系のようだ。竜なんて俺の世界にはいなかったから、いつ見ても種族の判別が難しいんだよな。
「そして、貴殿がヤマト・ミカミ殿ですね。いつも娘達が世話になっています。そしてこの度は、娘達と婚約したことを報告してくださると、竜王陛下から聞き及んでいますぞ」
「は、はいっ!ご挨拶が遅れて申し訳ありませんが、リディア、ルディアと婚約させていただきましたヤマト・ミカミと申します!本日は天候にも……じゃないっ!」
今日は曇ってるし、竜のねぐらを出た時、一瞬だがパラついてたんだから、天候が良いわけないだろ、俺!
「大和、テンパりすぎ」
「そうですよ。少しは落ち着いてください」
「わ、悪い……」
いきなりメインの話を振られたから、マジで前後不覚になってしまった。リディアとルディアに声をかけてもらわなかったら、何を言おうとしたのか自分でもわからん。少し落ち着こう。
「えーっと、まずはご報告をさせていただきます。俺……私はリディア、ルディアに結婚を申し込み、承諾をいただきました。そして遅ればせながらご両親にご挨拶をさせていただくため、バレンティアへ来たのですが、予定していた日より遅くなってしまったことをお詫びします」
またしても意味不明なことを口走ってる気がするが、知ったことじゃない。そんな余裕もないし、こうなったら誠意を見せるだけしかできないぞ。
「まあ。それでリディアもルディアも、綺麗な髪飾りと腕輪をしているのね」
カナメさんが二人を交互に見ながら、髪飾りと腕輪に視線を向けた。エドとマリーナ渾身の逸品だからな。同じデザインなのは申し訳ないが、色違いにしてあるからそこは勘弁してほしい。
「は、はい。友人に頼んで作ってもらいました」
「腕輪も髪飾りも、見事なものだな。そのご友人も、腕のいい職人なのですな」
ええ、一流です。だけど本人達に言うと調子に乗り出すので、絶対に言いませんが。
「アミスター国王陛下から竜王陛下に親書が届き、マナリース様、ユーリアナ様、天騎士の称号を賜ったディアノス殿のご息女ミーナ殿、そしてバリエンテの公爵家令嬢で翼族のプリムローズ様ともご婚約されたと聞き及んでいます。うちの娘達は騎士の家系でありながらも剣を取らなかった変わり者なので、嫁の貰い手がないのではないかと心配していましたが、大和殿が二人とも貰ってくれるのであれば、私達としても一安心といったところです」
「では?」
「娘達をよろしくお願いします、大和殿」
「は、はい!」
「あ、ありがとう、お父さん!」
「リディア、ルディア、幸せになるのよ?」
「はい!ありがとう、お母さん!」
カナメさんに抱き着くリディアとルディアを見て、全身の力が抜けた気がする。これで婚約の挨拶は全部終わったし、俺としてもほっと一安心だ。
「マナリース様、ユーリアナ様、プリムローズ様、遅ればせながら、ご婚約おめでとうございます。娘達がご迷惑をおかけするかと思いますが、ご容赦いただけますと幸いです」
「そんな心配はいりませんよ。確かに私達はプリムも含めて王家の出身ですけど、今はただのハンターです。そこには身分の上下はありません」
「そう言っていただけると助かります。狭い家ですが、我が家と思ってごゆっくりとおくつろぎください。私は城へ向かい、迎えを寄越す手配をしてまいりますので、これで失礼させていただきます」
そう言うとリビングを出て行ったフレイアスさんだが、背中が少し小さく見えた。娘を一度に嫁がせるわけだから、やっぱり寂しいって気持ちはあるんだろうな。
「大和さん、大丈夫ですか?」
「なんとかな。正直、異常種と戦ってる方がよっぽどマシだよ」
「それもどうかと思いますけどね」
「でも大和さん、カッコよかったですよ」
半分魂の抜けた俺に、ラウスとレベッカが話しかけてきた。本当に異常種と戦ってた方が楽だわ、これ。
「お疲れ様、大和。だけどこの後の予定はキャンセルね」
「ああ。今日城に行くってのは想定外だったが、近いうちに行くことにはなってたんだから、予定が早まったって考えればいいかな」
「それって、俺達も行かなきゃいけないんですか?」
「当然よ」
ラウスがとても緊張した表情をしている。見ればレベッカも同様だ。フラムも似たようなものだが、俺の婚約者でもあるわけだから、半ば諦めたような表情だな。
「と、当然って、何でですか!?」
「あなた達もウイング・クレストの一員なんだから、慣れておく必要があるってことよ」
だな。そもそも二人ぐらいの年齢だと、Sランクになってる時点で十分優秀だと判断されるわけだから、Mランクに片足を突っ込んでる時点で将来性も十分ある。それに俺達と一緒に行動することにもなるし、遅かれ早かれ招かれる機会はでてくるから、早めに慣れておいてもらいたい。
「それにしても迎えを寄越すって、思ってたより早いわね」
「そうね。お母さん、何か聞いてる?」
「ええ。アミスターやバリエンテの王家の方もいらっしゃるんだから、さすがにうちにお泊めするわけにはいかないでしょう?本当は昨夜のうちにお迎えにあがりたかったそうよ」
そういうことか。俺達はハンターとしてバレンティアに来たが、王様からすれば隣国のお姫様を伴って来たって見えるよな。
「なるほどね。それによく考えたら、うちじゃこの人数を泊めるのはちょっと無理だったかも」
「そうなのよ。お姫様方もいらっしゃるから、さすがにお母さんも抵抗があったわ。だからあなた達が竜のねぐらに泊まっていることは知ってたけど、迎えに行くべきかどうかはすごく悩んだの。結局、迎えどころか連絡すらしなかったんだけど」
確かにお姫様が三人いるが、そんなことは気にしないと思う。まあおかげで昨夜も楽しませていただきましたし、少しだけど緊張をほぐすことができたから、よしとしておこう。
ここでもあっさりと認められました。事前に話が通ってることもありますが、ヘリオスオーブではそれだけHランクハンターと繋がりができるのは大きいわけです。
ましてやバレンティア王家にお姫様はいないので、アミスターのようにお姫様を嫁がせるという常套手段が使えないわけですから、近衛竜騎士団の副団長の娘が嫁いでくれるのは、バレンティアとしても望むところなわけなのです。フレイアスお義父様の心情は別ですが。




