007・実は女王様でしたか
「今日はこんなところか」
「そうね」
ハンター登録を済ませてから三日が経った。あれから俺達に絡んでくるような馬鹿はおらず、俺達は町の周辺で適当に魔物を狩りながら依頼をこなしていた。属性魔法もコツをつかめばさほど難しくなく、刻印術と組み合わせたりしながら試行錯誤を繰り返している。
「それにしても、魔法に指向性を持たせるだけで、こんなにも使い勝手が良くなるなんてね」
魔法を教えてもらったとき、俺は違和感を感じた。無属性魔法は体系化されているが、属性魔法はそうではない。単純に魔力を使って炎を起こしたり水を生み出したりするだけで、あくまでも戦闘の補助という扱いに過ぎなかった。これははっきりいって効率が悪いし、魔力の消費も馬鹿にならない。
だから俺は、プリムに魔法に形と指向性を持たせることを提案した。つまり刻印術のように属性魔法も体系化させてみようと考えたわけだ。プリムも俺の刻印術を何度か見ていたこともあり、その提案を受け入れ、得意としている火魔法を使って試していたが、やはり予想通り、効率が良くなり、魔力消費も抑えられるようになった。
「無属性魔法みたいに名称を決めておくとイメージもしやすくなるし、楽に発動できると思うぞ」
「それは言えるわね。それじゃ、細い矢状の魔法をフレイム・アロー、槍みたいに貫通力を持たせたのをフレイム・ランス、広範囲を薙ぎ払う竜巻みたいなのをフレイム・ストームにしようかしらね」
わかりやすくていいな。ちなみに俺も風魔法で同じものを試している。
「ならこっちは風魔法だからブラスト・アロー、ブラスト・ランス、ブラスト・ストームってとこだな」
いずれは複数の属性で魔法を作ってみたいもんだな。刻印術じゃ実用化されてるから、魔法でも十分可能性はあるし。
「他の属性も早めに試したいわね」
「だな。とりあえずアロー、ランス、ストームを基本系ってことにすれば、他の系統や新しい魔法への応用も難しくないと思う」
プリムにはE級刻印術をいくつか教えている。とは言っても刻印術を使うには生まれ持った刻印か刻印具が必要だからプリムには使えないが、魔法を形にするヒントぐらいにはなると思う。
「それじゃボックスに入れて帰りましょうか」
「だな。今日は大物だから、査定もかなり期待できるな」
「ホントね。いるとは聞いてたけど、実際に遭遇するとは思わなかったわ」
倒した魔物の群れをボックス・ミラーに収納すると、俺達はフィールに帰ることにした。この分なら夕食の時間には間に合うだろう。
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「こ、これを……お二人で倒したんですか!?」
ギルドではカミナさんが目を丸くしていた。今俺達がいるのはハンターズギルドの鑑定室。鑑定室と言ってもかなり広い。サッカーグラウンドが2面は入るんじゃないだろうか。
「ゴブリン・ナイトにゴブリン・プリースト、ゴブリン・メイジまでいるのかよ……」
「お、おい!あれってゴブリン・クイーンじゃないか!?」
「マジか!?」
「俺、ゴブリン・クイーンなんて初めて見たぞ……」
何を隠そう、俺達が遭遇したのはゴブリンの群れだった。群れの王でもあるゴブリン・キングは、俺達がフィールに来る前に倒されたそうだが、正直どうやって倒したのかが疑問だ。ゴブリン・キングは部下のゴブリン達に常に守られているから、単独討伐なんてほぼ不可能だって聞いてるぞ。
「キングを失ったクイーンの群れを、たった二人で倒すとはなぁ」
「そのゴブリン・クイーンって何なんなの?」
ゴブリン・キングはゲームとかでよく聞くが、クイーンは初耳だ。俺は両手を組みながら難しい顔で唸っているおっさんに質問を飛ばす。あ、このおっさんはライナス・マグレガーといってハンターズギルド フィール支部のサブマスターをやっている。ちなみにギルドマスターは、数日前から王都に出かけているんだとか。
「ゴブリン・クイーンはゴブリン・キングの番いだ。普段は巣穴から出てくることはないし、積極的に人間を襲うこともない。だが番いのキングがいなくなれば、途端に狂暴になる。新しいオスを見つければ、また大人しくなるんだけどな」
なるほど、メスのゴブリンなのか。確かに生物なんだから、ゴブリンにもメスはいるよな。
「少し前に番いと思われるゴブリン・キングが倒されていてな。だから俺達も警戒してたんだが、お前さん達が倒してくれたわけだから、しばらくはこの辺りも静かになるだろう。キングを失ったクイーンは、Pランク相当の魔物になるからな」
そんな上のランクだったのか。まったく気付かなかったな。ちなみにゴブリン・キングはGランクの魔物ということになっているが、キングにしろクイーンにしろ、常に護衛のゴブリンがいるからキングだけを盗伐するのはほぼ不可能とされており、実際のランクは一つ上となっている。
「ところでキングを倒したのって、なんていうレイドなんだ?」
「パトリオット・プライドっていうレイドだ。この町のトップハンターでランクはG。今はギルドマスターの護衛で王都に行っている」
俺とプリムは眉を顰めた。聞けばギルドマスターが出発したのは、俺達がフィールに到着した日だ。プリムはそれらしい集団とすれ違ってしばらくしてから俺の転移に遭遇したらしいから、タイミングが良すぎる気がする。
「確かにスネーク・バイトも奴らに従っていたから、お前さん達がそんな顔する気持ちもわからなくはない」
やっぱりかよ。そのスネーク・バイト、本当に緋水団と繋がりがあったことがわかり、ライセンス剥奪の上投獄されている。それもあって今フィールにいるハンターは、かなりピリピリしている。連中に協力してたレイドも少なくないらしいから、ほとんどのハンターが取り調べを受けているし、近いうちに王都から魔法審問官と騎士団がやってくるとも聞いている。あ、スネーク・バイトの処分もその時に通達されるんだとさ。かなりどうでもいいが。
「それより後で話があるんだが、時間は大丈夫か?」
「ご飯の後でもいい?」
「構わんよ。俺も飯を済ませてから、そちらに邪魔させてもらうぞ」
「了解。んじゃ換金済ませて戻るとするか」
「そうね。ゴブリン・クイーンの群れってことは、それなりに高いんでしょう?」
俺達が倒した群れはゴブリン・クイーンを筆頭にゴブリン・ナイト、ゴブリン・プリースト、ゴブリン・メイジ、ゴブリン・ソルジャー、ゴブリン・ハンターにノーマルゴブリンで、合計59匹。それに加えてゴブリンに遭遇する前に、1メートルはあろうかという巨大蜂キラー・ニードルを8匹、マイライト山脈に住む角のある鳥ホーン・バードを3匹、森に住む狼グリーン・ウルフを5匹倒しており、死体事持ち帰っている。
「もう少し……ああ、終わったみたいだな。まったく、お前らはこの辺りの生態系を乱す勢いで乱獲してくれるから、査定も大変なんだぞ。ほれ」
ライナスのおっさんは俺に一枚の羊皮紙を手渡してきた。これが今日の明細か。
「どれどれ。クイーンが10万エル、ナイトが2,500エル、プリースト3,000エル、メイジ5,000エルのソルジャーとハンターが800エル。ノーマルのゴブリンは100エルか」
「キラー・ニードルが120エル、ホーン・バードが200エル、グリーン・ウルフが70エル。キラー・ニードルの討伐依頼の報酬500エルがあるから、全部で169,710エルか。クイーンだけ飛びぬけてるわね」
「放置しておけば被害が広がるだけじゃなく、とんでもない数まで増えるからな。それもあってPランクの魔物に位置付けられてるんだよ」
納得である。ちなみに魔物のランクとハンターのランクはイコールではない。魔物の方がワンランク上になっているため、Pランクのレイドでも倒せるかどうかはかなり微妙だ。まあゴブリン・クイーンは、Pランクでも下の方の魔物らしいが。
「えっと、報酬はいつも通りお二人で分けられますか?」
「それでお願いします」
「わかりました。それでは一人84,855エルとなります。お確かめください」
確認しましたよっと。一気に稼げたな。
「それから今日の依頼とゴブリン・クイーン討伐で、ランクが上がっています」
「そうなの?」
「はい。ライブラリーを出してください」
「了解」
この三日で、俺達のランクはSになっているが、飛び級でランクアップしたわけではない。二日前に討伐依頼を大量にこなしてBランクになっただけだ。あれだ、スタンプカードのスタンプを押していったら一度にたまったから、2枚目のカードをもらったようなものだ。そして昨日、同じことをしてSランクになり、今に至るだけなのだ。
「今回の依頼と50匹以上のゴブリンの群れを倒されたことでミスリルに、そしてゴブリン・クイーンを討伐したということでゴールドランクとなっています。手続きを行いますので、血をいただけますか?」
Gランクになったか。問題のMランクを実質飛ばせたのは個人的に嬉しいな。ボックスからナイフを取り出すと俺達は指を少し切り、ハンターズライセンスに垂らした。するとライセンスに表示されているA-Sというランクを表す文字がA-Gに変わった。
「ランクアップおめでとうございます。三日でGランクになったのはお二人が初めてです」
「何人かAランクのハンターを見てきたが、その中でもお前さん達は飛びぬけてるな。本当に末恐ろしいよ」
スネーク・バイトを叩きのめして以降、俺達に絡んでくるハンターはいない。ヘリオスオーブでは17歳になれば成人として扱われるため、子供と見下されることはないが、それでも男女の二人組というハンターは少ない。実際、昨日この町に来たばかりの新人ハンターを食い物にしようとしていた連中もいた。確か幼馴染の少年少女の二人組だったな。その子達を狙った連中は俺とプリムが叩きのめしたんだが、その時にAランクだということが周囲にバレてしまい、助けた二人も驚いて逃げてしまった。以来誰も俺達に近づいてこようともしない。
「どうも。それじゃ宿に戻るとするか」
「そうね。それじゃライナスさん、待ってるわね」
「ああ。気を付けてな」
俺達はハンターズギルドを出ると、魔銀亭へ戻った。
はい、ゴブリン・クイーンのことですね。というかボチボチやると言ってたはずなのに、いきなり大物討伐とか、無茶苦茶ですねぇ。