052・加入手続きとご挨拶と
―マナ視点―
「大丈夫ですか、マナ様?」
「ええ……ありがとう、ミーナ」
私はストレージルーム内のリビングで、ミーナとリディアに介抱してもらっているわ。まさか一緒にお風呂に入ってるだけじゃなく、既に、その……関係も持ってたなんて、衝撃的すぎるわよ……。
「みんな、そろそろギルドに着くって」
え?ギルドって……ああ、そうだったわ。私とユーリが大和達のレイド、ウイング・クレストに加入する手続きをするためだったわ。
「手続きはそんなにかからないでしょうから、行くのは大和、マナ、ユーリの三人でいいわよね」
「ですね」
「ジェイドや獣車も見てないといけないし、大勢で行く意味もないしね」
確かに加入手続きは、レイドメンバーと新加入者がいれば問題なく行える。だけど問題が起きる時は起きるわ。私が懇意にしているレイド、ホーリー・グレイブだって、リーダーのファリスの与り知らないところで加入したチンピラハンターがいて、フロートの人、特に女性に迷惑をかけていたし、プリム達も遭遇したと聞いている。もちろんそいつらはレイドを脱退させられたし、勝手にレイドに加えた男には騒乱罪が適用されて、ライセンス剥奪の上で投獄されたわ。フィールのことがあるから、王家としても騎士団としても、少しピリピリしてるのよ。その男の場合は単純で、Pランクになったことで最近調子に乗ってて、その結果好き勝手するようになってただけだけど。
「それはそうだけど……その……」
「お姉様、正式に婚約したのですから、恥ずかしがる必要はありませんよ?」
「それはそうなんだけど……やっぱりその……恥ずかしいわよ」
私に言い寄ってくる男達は多かったけど、同時に高嶺の花として崇められてもいたから、無茶なことをしてくる輩は少なかったわ。いないわけじゃなかったけど、そんなバカどもは返り討ちにしてたし、ファリスやラインハルト兄様が出てきてくれたこともあったわね。その私が自分の意思で婚約して、その人と一緒にギルドに来たんだから、イヤでも注目を浴びちゃうじゃない。
「少しは慣れないと、この先大変よ?」
「そうですよ。それに大和さんなら、マナ様が心配なさるようなことがあっても、何も問題はありませんから」
まあそうなんだけどさ。Hランクハンターにケンカを売って、タダで済むわけがないもの。ファリスやホーリー・グレイブには伝えてあるし、ギルドマスターやトライアル・ハーツも知ってると思うから、そんなことする輩はいないと思いたいけど。
などと考えていると、獣車が止まった。もう着いちゃったの!?
「行きましょう、お姉様!」
ユーリはニコニコしながら、私の手を掴んで立ち上がった。
「いってらっしゃい」
「ちょ、ちょっと!」
プリム達に押されて私は大和に抱き着く形になってしまったけど、そのまま獣車を降ろされてしまった。大和も照れて恥ずかしそうにしてるけど、慣れてしまってる感じがするのが少し腹立たしいわね。私はこんなに恥ずかしいっていうのに!
「行きましょう、大和さん、お姉様!」
ユーリは嬉しそうに、大和の腕に自分の腕を絡めている。我が妹ながら、すごく積極的よね。私は恥ずかしくて、顔から火が出そうだけど。慣れる日が来るのかしらね、これって。
―大和視点―
ハンターズギルドに入って要件を告げると、俺達はギルドマスターの部屋に通された。通常、レイド加入手続きは受付で済ませるんだが、今回はマナとユーリというこの国のお姫様の手続きになるわけなので、ギルドとしてもそういうわけにはいかないようだ。
「お待ちしておりました、マナリース殿下、ユーリアナ殿下。このたびはご婚約、おめでとうございます」
マナとユーリに向かって一礼しているエルフの女性が、ハンターズギルド アミスター本部のギルドマスター、シエーラ・クモンさんだ。先日依頼を受けた際に、俺達も会ってはいるが、アミスター本部のギルドマスターが女性だとは思わなかったから、失礼ながらもけっこう驚いたもんだ。
「ありがとうございます、ギルドマスター」
「それにしても、ユーリアナ様のことは以前から伺っていましたが、まさかマナリース様まで彼と婚約されることになるとは。ファリスから聞いて、少し驚きましたよ」
「言わないでください……」
ハイエルフに間違われることもあるほどに白い肌を真っ赤にして、マナが照れている。ミーナに近い反応だけど、それ以上に初心みたいだな。
「大和君もおめでとう。それで、他のみんなは?」
「獣車にいます。手続きが終わったら、少し外に出てこようと思ってるので」
「獣車ということは、噂のヒポグリフを召喚したのね?」
シエーラさんの目が輝いた。王都では稀にヒポグリフを連れた商人を見ることがあるそうだが、やはりというか、当然一匹だけだ。俺達みたいに二匹も連れている人はいない。まあフロライトはルナと一緒にストレージルームにいるから、一匹みたいなもんだが。
「一応ですけどね。で、レイドを組むわけですから、互いの実力と戦闘スタイルぐらいは把握しておこうと思ったんですよ」
「なるほどね。それじゃあ時間も時間だし、今日は外で野営でもするつもり?」
「ええ。それも含めて、知っておくべきことだと思いますから」
俺達が登城したのは昼前で、そこから式典に参加して昼食を食べてからジェイド達を召喚してギルドに来たわけだから、遠出するには少し時間が遅い。だから王城でも外で一泊してくることは伝えてあるし、状況次第じゃ無断で泊まることもあったそうだから、何の問題もなく許可が下りたよ。まあこれは建前で、今回はアルカに泊まるんだけどな。
「確かにね。それでは手続きをしましょう。マナリース殿下、ユーリアナ殿下、そして大和君。血をお願いします」
「わかりました」
二人のライセンスに俺の血を、俺のライセンスに二人の血を垂らし、シエーラさんが魔法を使えば手続きは終了だ。無属性魔法らしいんだがギルドの登録用の魔法だから、隷属魔法と同じで普通に過ごしていれば使うことはないし、使えない。まあ、簡単に使えたりなんかしたら、それも問題なんだけどな。
「これで終わりになります。お二方とも、ライセンスの確認をお願いいたします」
シエーラさんに言われて、二人とも自分のライブラリーを確認した。あ、そういえば忘れてたが、まだ説明してなかったんだよな。
「登録されています!」
「確かにそうなんだけど……大和、あなたって……」
「ストップだ!ちゃんと説明するから、少し待て!」
危なかった。さすがに陛下や殿下より先に、シエーラさんに教えるわけにはいかないからな。まあライナスのおっさんやレックスさん、ローズマリーさんは知ってるんだが。
「お姉様、何かあったのですか?」
どうやらユーリは気づかなかったようだ。ウイング・クレストに加入できたことが嬉しいから、その一点だけに意識が集中されていたんだろう。それもそれで大問題だけどな。
「何のことかわからないけど、問題なく登録されているようですね」
何事かと眉を顰めたシエーラさんだが、さすがに王家のライブラリーを簡単に見るわけにはいかないようなので、気にしつつも今回は受け流すことにしたようだ。
「あ、はい。ありがとうございます、ギルドマスター」
「ありがとうございました!」
「いえ、これも仕事ですから。それで、大和君?」
「いずれ機会があれば、ってとこですかね。まだ陛下にも教えてないので」
「仕方ありませんね。何があったのかは気になりますが、個人の事情を無理に聞き出すことはできませんから、その機会を楽しみにしておきます」
まあバレたところで、今更俺をどうこうしようとは思わないだろうけど、いずれは話す必要が出てくるんだよな。アミスターの王家は客人の末裔だし、アルカのことも伝わってるかもしれないからな。
「すいません。それじゃこの後獣舎に行くことになってるので、これで失礼します」
「ええ。マナリース殿下もユーリアナ殿下も、お気をつけて行ってきてください」
「はい、ありがとうございます」
俺達は一礼してギルドマスターの部屋を出た。
「マナリース様、ユーリアナ様。ご婚約、おめでとうございます」
そこにはファリスさんと、もう一人男が立っていた。初めて見るけど、誰だ?
「あんたがHランクハンターのヤマト・ミカミか。俺はバウト・ウーズ。狼の獣族で、ランクはAだ。トライアル・ハーツのリーダーをやっている」
この人がラインハルト殿下が懇意にしているトライアル・ハーツのリーダーか。確かマルカ第二王子妃のお兄さんになるんだったか。というか、バウトさんも知ってるってことは、ラインハルト殿下かファリスさん経由ってことになるのか?
「私が教えたよ。トライアル・ハーツも何度かマナ様と一緒に狩りに行ってるから、知る権利はあるしね」
「久しぶりね、ファリス、バウト」
「ええ、お久しぶりです。お元気になられたようで、何よりですよ」
マナは顔見知りだし、そういえば最近まで城に引きこもってたから、ファリスさんと会うのも久しぶりなんだっけか。
「あはは、ごめんね。ちょっと色々あって、混乱してたのよ」
「簡単にですが、俺もラインハルト殿下から聞いていますよ。大きく落胆されてバリエンテから帰ってこられたと聞いていましたから、うちの奴らも心配してたんですが、まさかお元気になられたと思ったらご婚約までされるとは、思いもしませんでしたよ」
「言わないでよ」
バウトさんにそう言われて、マナが俺の後ろに隠れた。なんでこんなに初心なんだよ、この人は。
「初々しい反応されますね。そんなマナ様、初めて見ましたよ?」
「うう~……」
今度は俺の肩に顔を埋めた。マナの反応が新鮮すぎて、すげえドキッとするんですけど。
「まったく、ベタ惚れじゃないですか。こんな姿を見たら、ホーリー・グレイブやトライアル・ハーツだけじゃなく、フロートの男達の妬みが彼に集中しますよ」
それが一番怖いんだよ。マナに恋慕してたっていうハンターは、下はSから、上はPランクまでいるらしい。Sランクはまだ若い者も多いし、実力的に釣り合わないという自覚があるから、憧れてはいるがそれだけだ。Gはマナと同ランク、Pは上のランクだから、実力的には問題ないが、無理に迫るような真似はしていないらしい。問題なのはMランクだ。
Mランクはハンターではもっとも人数が多く、強さもレベルもバラつきが大きい。中にはGランクに匹敵するハンターもいるそうだが、素行が悪すぎると昇格できないから、もしかしたらPランクに匹敵する奴だっているかもしれない。つまりランク的にはMでも、レベル的にはG、もしくはPに該当する可能性だってない話じゃない。まあフィールの盗賊崩れみたいな連中で、マナやユーリ達に手を出したりなんかしたら、迷わず潰すけどな。
「お二人を含めると、確か……六人だったか。まだ若いのにそれだけの婚約者がいるハンターなど、俺は聞いたことがないな」
「私もよ。というかバウトだって、奥さんは三人いたでしょ?」
「二人だ。勝手に増やすな」
「だって今、もう一人と縁談が進んでるんでしょ?」
「なんで知ってるんだよ……」
バウトさんもAランクハンターの例に漏れず、二人の女性と結婚しているようだ。聞けば一人は同じトライアル・ハーツのハンターで、もう一人は元奴隷なんだそうだが、先日の依頼で護衛した貴族のお嬢さんがバウトさんに惚れてしまったとかで、そのお嬢さんと縁談が持ち上がってるらしい。まあバウトさんは33歳だが、見た目は20代前半に見えるからな。
「それでマナ様、ユーリ様、この後はどうなさるんですか?」
「フロートの外で狩りをするつもりです」
「大和達の実力を疑うつもりはないけど、どんな戦い方をするのかとか、野営の仕方とかはレイドによって違うことがあるから、早めに把握しておきたいしね」
「なるほど、確かに大事なことですからね」
ハンターなんだから、王家とか貴族とかは一切関係ない。自分が護衛されている立場ならともかく、そうでなければ野営の見張りもするし、食事を作るのも当然のことだ。戦い方だって人それぞれだから、それに合わせて動く必要だってでてくる。実際マナは、何度もホーリー・グレイブと一緒に狩りに行って、野営もしている。だからマナの実力を疑うつもりはない。
「マナ様はともかく、ユーリ様はまだ一度しか野営をしたことはないし、ラインハルト様も一緒だったから、俺達も遠慮してたところはあるな」
「ああ、そういやユーリは、ラインハルト殿下に手伝ってもらってたって聞いてます。その関係で、トライアル・ハーツも協力してたんですね」
ユーリが少し気になるところだったが、一度だけとはいえ経験があるとは思わなかったな。
「俺も何度か付き合ったことがあるが、ユーリ様は近接戦闘には向いてない感じがする。かといって弓は慣れなければ扱いが難しい。それに固有魔法のこともあるから杖を持ってもらっているんだが、ユーリ様を前衛に立たせることは、あまりお勧めしないぞ?」
「ラインハルト殿下からも聞いています。ですからそこは何か考えるつもりですよ」
ユーリの固有魔法は、なんと治癒魔法だった。治癒魔法といっても多岐に渡るが、ユーリの場合は外傷治癒に特化しているらしい。六属性の治癒魔法は体系化されておらず、効果も人によって差が激しいが、固有魔法の場合は話が変わる。ユーリができるかはわからないが、四肢断裂どころか欠損すら治すことができる人もいたっていうから、とんでもない話だ。その分魔力の消費は激しいが、怪我はハンターにとっては日常茶飯事だから、それを治すことができるユーリを前衛に立たせるつもりは最初からない。
「そうしてくれ。俺達も陛下やラインハルト様にはお世話になってるし、ユーリ様に命を救われた奴もいるから、協力は惜しまないぞ」
「うちもよ。マナ様とご一緒できなくなるのは残念だけど、困ったことがあればいつでも手を貸すから」
「ありがとうございます、バウトさん!」
「ごめんね、ファリス」
「ありがとうございます。俺達としても、何かあったら協力させていただきますよ」
「Hランクハンターの手を借りる事態がそうそうあるとは思えないけど、その時はよろしくね」
「まったくだな。ではマナ様、ユーリ様、我々はこれで失礼します」
「お二人とも、お幸せになってくださいね」
そう告げると、二人は立ち去って行った。さすがにAランクだけあって、しっかりした人達だな。陛下からも信頼されてて、ラインハルト殿下やマナが懇意にしてるのもわかるってもんだ。初めて会ったAランクハンターはどこぞのアホだったが、本物のAランクハンターは違うよな。俺もあんなハンターになりたいもんだ。
今まですっ飛ばしていたレイドの加入の描写と、フロートで一、二を争うトップレイドのリーダー登場です。
そろそろバトルシーンもいれないとなぁ。




