046・王都観光と狩人姫
―ミーナ視点―
私は今、王都の観光案内をしています。お相手はもちろん大和さん、プリムさん、リディアさん、ルディアさんです。本当はすぐに私の実家へ行く予定だったのですが、プリムさんが辛そうにしているので、気晴らしを兼ねて少し王都を観光することにしたんです。
「あそこが王都のハンターズギルドです」
「さすがにアミスター本部だけあって、大きいですね」
「確か王子様とお姫様って、全員ハンターになってたよね?」
「はい。ラインハルト殿下がPランク、マナリース殿下がGランク、そしてユーリアナ殿下がMランクで登録されています。ラインハルト殿下の側室も、懇意になさっているレイドの方です」
ラインハルト王子は結婚してたのか。って、そりゃそうか。第一王子で王位継承権第一位なんだし。というか側室とはいえ、よくハンターと結婚できたな。
「アミスター王家なら、珍しくないわよ。そうよね、ミーナ?」
「ルディアさんのおっしゃる通りです。アミスター王家は余程のことがなければ、政略結婚はありません。さすがに王位継承者になれば、話は別ですが」
政略結婚にも問題はあります。昔はアミスター王家も政略結婚が普通だったのですが、そのために国が割れかけたことがあります。
それを解決したのが、百年前に現れた客人で、当時愛し合っていた王子様と結婚され、国をまとめるために奔走したんだそうです。
最初はその王子と客人の結婚も反対されたそうですが、国を救ってくれた功績は大きいですから、周囲も無視することはできず、王妃になってからも国のため、民のための政治を行い、貴族にも政略結婚の弊害を説いて回られたんだとか。
政略結婚は貴族との繋がりは強くなりますが、その貴族と敵対してる相手の恨みを買うこともありますし、王位継承権を巡って兄弟姉妹での骨肉の争いも珍しくありません。当時がそうだったわけですからね。
その王子様改め王様は、その客人しか妻に迎えなかったので、今の王家は客人の末裔ということになります。もしかしたら、少しは知識なんかも受け継いでるかもしれません。
「そのお話、恋物語でも人気が高いんですよ」
と、リディアさんが熱く語ってくれました。それはそうです。客人とはいっても、基本的に一般市民と変わりはありませんから、普通は周囲が反対します。それを乗り越えたんですから、物語にもなりますよ。実際アミスターでは、劇にもなっていますからね。
「それは知らなかったな。ということは七人の中の誰かが、アミスター王家に嫁いだってことか」
そういうことになりますね。ですが大和さんが気になるのは、その王妃となられた方ではなく、名前が残っていない六名の方のようです。
「ま、時間はあるし、それはゆっくりでもいいか。それでミーナ、あの大きな建物は?」
「あれは劇場です。リディアさんがおっしゃった客人の物語も公演されていますから、王都でも人気の施設です」
「大和もいつか、劇になりそうだけどね」
「……お願い、やめて」
と、大和さんは嫌がっていますが、私もなると思います。大和さんとプリムさんがオーク・エンペラー、オーク・エンプレスをたった二人で討伐したというお話は、王家にもハンターズギルドの本部にも伝わっています。いつ、どこに異常種が現れたかは、国としてもギルドとしても大切な情報ですから、詳細に記録されているのです。一度倒してしまえばしばらくは安心なわけですから、それも当然ですけど。
「プリム、少しは落ち着いたか?」
「ええ。ごめん、心配かけて」
「気にするな」
プリムさんも少し気分が良くなってきたようですけど、一人だけ大和さんと手を繋いでいるんです。事情が事情ですから、私達は自主的に遠慮していたんですけど、元気になられたのなら遠慮する必要はないですよね?
「なら、もう遠慮はいらないわよね?」
言うが早いか、ルディアさんが大和さんの右腕に自分の左腕を絡ませ、リディアさんが大和さんの右手と自分の左手を繋ぎました。早いですね……。
「遠慮する必要はなかったんだけどね」
そう言うプリムさんですが、お二人の素早さに苦笑いされています。いけない、乗り遅れてしまいました。私だけ何もしてないんですけど!
「ミーナはこっち。今日はあなたが主役になるんだしね」
「あ、ありがとうございます!」
そう言ってプリムさんは、大和さんの左腕を薦めてくれたので、私はすぐに自分の右腕を絡ませました。やりました!
「……いや、すげえ動き辛いんだが」
「いつものことでしょうに。そろそろミーナの家に行きましょう」
「そうですね。ミーナさん、案内してもらってもいいですか?」
「わかりました。こちらです」
王都の人は何事かと私達を見ていますが、そんなものは全く気になりません。いえ、全くというと嘘になりますが、ほとんど気にならないのは本当ですよ?
「おいおい、兄ちゃん。こんな真昼間っから、いい身分じゃねえかよ」
「そんなに女がいたんじゃ、身が持たねえだろ?俺達が変わってやるから、ありがたく思えよ?」
せっかくいい気分だったのに、いったい誰ですか?私だけではなく、プリムさんもリディアさんもルディアさんも、とても不快そうな顔をしています。大和さんは面倒くさそうな顔をされていますけど。
「その装備を見るに、ハンターね。どうせMランクでしょうけど」
「言ってくれるねぇ。俺たちゃGランクのレイド、ホーリー・グレイブに入ってんだ。よけりゃ姉ちゃん達も、俺達が紹介してやるぜぇ?」
「男は知ったこっちゃねえけどな。へへへ」
ホーリー・グレイブは知っています。王都を拠点にし、アミスター南部で活動をしている中規模レイドで、リーダーはAランクの方です。そして、マナリース殿下が懇意にされているレイドでもあります。ですがリーダーの方は、こういった輩には厳しいと聞いたことがあるのですが。
「ホーリー・グレイブが、あんたらみたいなバカを入れるわけないでしょ。逆に何の接点もないから、バレる心配なしに有名レイドの名を勝手に使ってるってとこじゃないかしらね」
「んなこたぁねえって。ほれ」
一人の男性が、ライブラリーを見せてくれました。あまり見たくはありませんでしたが、渋々見てみると、本当にホーリー・グレイブに所属していました。とても信じられません。
「本当にホーリー・グレイブに所属してて、ランクはGか。思ったよりレベルも高いけど、だからってあんたらがバカだってことに変わりはないわ」
「そうですよね」
「ひどいねぇ。俺たちゃ好意で言ってんだぜ?王都は物騒だから、俺達が姉ちゃんの護衛をしてやろうってんだ。悪い話じゃないだろ?」
悪い話以外の何物でもありません。そもそもHランクを護衛するGランクなんて、聞いたこともありません。リディアさんやルディアさんだってPランクなんですからね。
「なるほど、噂は本当だったというわけね」
「あん?リ、リーダー!?」
そこに現れたのは、一人の小柄な女性でした。どうやら妖精のようですね。妖精がハンターをしててもおかしくはありませんが、自分の身の丈程もある大きな斧を背負ってますから、見ていて心配になる人です。
「最近町で、ホーリー・グレイブが女性にちょっかいをかけてるとは聞いてたけど、何度聞いても、私の記憶にない顔だったのよね。まさか私の知らないところで、あんた達みたいなチンピラが加入してたなんて。さすがにこれは、見過ごすわけにはいかないわよ?」
思い出しました。ホーリー・グレイブのリーダーは、Aランクの妖精族で、確か名前は……
「なるほど。あなたが妖精族のAランクハンター、ファリス・リーンベルさんでしたか」
私が思い出すより先に、大和さんの口からその名前が出ました。なんかちょっとジェラシーです……。
「Hランクハンターのヤマト・ミカミ君に名前を知ってもらえてたなんて、光栄ね」
「エ、Hランク!?」
「やっぱり知らなかったみたいね。まあ知ってたら、彼の連れに声をかけようなんて思わないだろうけど」
私もそう思います。そもそもアミスター王国には、Hランクハンターはいませんから。それにしても大和さん、本当に王都でも有名になられてるんですね。
「色々話を聞きたいところだけど、これからメンバーを集めて、こいつらの処遇を決めなきゃいけないのよね」
ファリスさんは本当に残念そうです。ですがこの人達の処遇は、しっかりと決めていただかないといけません。ファリスさんもおっしゃっていましたが、町の人にも迷惑をかけていたようですから。
「ホーリー・グレイブは、マナリース殿下とも親交があるんですよね。だったら、そのうち会えますよ」
「そのうちって……ああ、そういえばそうだったわね」
どうやらファリスさんは、大和さんがユーリアナ殿下とご婚約されたことをご存知のようです。マナリース殿下と親交があるAランクハンターということなら、王城に招かれることもあるでしょうから、そこで聞いていたとしても不思議ではないかもしれませんね。
「最近のマナリース様は元気がないから、少し先になるとは思うけど、その時を楽しみにしてるわ。それじゃあね。ほら、行くわよ」
そう言うとファリスさんは、私達に絡んできた二人のハンターを連れて行ってしまいました。顔に青い縦線が入ってる気がしますが、自業自得ですから同情はしません。
そんなことより、いよいよ私の実家です。大和さんが私の家族に、正式に挨拶をしてくれるんです。私まで緊張してきましたが、それ以上に嬉しくて仕方がありません!
―マナ視点―
初めまして、アミスター王国の第二王女をやってる、Gランクハンターのマナリース・ラグナルド・アミスターよ。初登場でいきなり私視点の話だけど、そこは気にしないで。
私は今、凄まじく落ち込んでいる。幼馴染の安否を調べるため、隣のバリエンテ獣人連合国に行ってたんだけど、そこで絶望的な答えを、よりにもよって獣王陛下からもらってしまったわ……。あの男がバリエンテの王位を簒奪したことは知ってるけど、私も正式に訪問したからそこまでは問い詰めるつもりはなかったわ。それにユーリもいたから、大人しくするしかなかったのよ。
だけどよりにもよって、プリムを殺したのがレオナスだなんて。レオナスはバリエンテ王家を殺害した罪で、バリエンテ全土に指名手配されてしまってるよ。事実として、プリムの両親であるハイドランシア公爵と公爵夫人は亡くなっているわ。
ハイドランシア公爵の屋敷に、ハンターが大挙して押しかけて、そのハンターを率いてたのがレオナスだって獣王は言ってたけど、私やラインハルト兄様の情報じゃ、当時レオナスはトラレンシア魔王国にいたことがわかっている。だからレオナスがハンターを率いてハイドランシア公爵家を攻めるなんてことは、ゲート・ミラーでも覚えてない限り、物理的に不可能なのよ。覚えてる可能性がゼロとは言わないけど、直接攻め込むなんてことバカなことを、レオナスがするはずがない。自殺行為でしかないもの。
バリエンテから帰ってきてから、ずっとこんなことばかり考えてるわね。レオナスが見つかればプリムの安否を直接問いただすこともできるけど、あいつはバリエンテにいるって噂があるし、もし本当にレオナスがプリムを殺していたら、私はきっと、レオナスを許さない。だから会うのが怖い。せめて、プリムが生きてるって噂でもあれば……。
「姫様、トールマン様が、至急お話ししたいことがあると申されておりますが?」
何度目かもわからない自問自答に頭を悩ませていると、部屋に侍女のマリサが入ってきた。
「トールマンが?悪いけど、今は誰にも会いたいくないの」
バリエンテから帰ってきてから、私はほとんど部屋から出ていない。ユーリがフィールの近くで襲われたって話は聞いたけど、詳細は聞き流した。もちろんユーリが無事だったからだけど、それでも私の心は妹ではなく、バリエンテの幼馴染に向いている。こんな冷たい姉の姿を、ユーリには見せたくないし、見られたくないのよ。
「それが、姫様が一番欲しい情報をお伝えしたいとのことなんです」
「え?」
私が一番欲しい情報?まさか、それって!?
「すぐに通して!」
「か、かしこまりました!」
私は混乱したわ。私が一番欲しい情報は、プリムの安否。そのことは、近衛騎士団長でもあるトールマンも知っている。
そのトールマンが、プリムの安否を知っている?なんで?だってプリムは、バリエンテで行方不明になったはずだし、トールマンはここ数年、アミスターから出てはいないわ。配下を使って調べてくれたにしても、早すぎる。なのに、なんで……?
マナリース姫が、いきなり一人称視点で登場です。マナリース姫が懇意にしてるホーリー・グレイブのリーダーのミニマムハンター ファリスも登場しました。予定通りであり、予定外でもあります。特にファリス。ですがAランクの名に恥じない猛者です。妖精なのに豪傑です。ミニマムなのにおっきいです。
あ、マナリース姫はエルフ、侍女のマリサはサキュバスです。




