041・王都に向かって寄り道を
ミーナと再会してから十日後、俺達は王都に向けてフィールを発った。メンバーは俺、プリム、ミーナ、リディア、ルディアの五人だ。
その間、ミーナの騎士団退団手続きにウイング・クレストへの加入手続き、魔法の手ほどきなんかもしたし、食料や衣類の買い付けに忙しかった。特に衣類が大変だったな。俺達の鎧というか防具は、一応王様の前でも失礼にはならないだろうとリチャードさんが言ってくれたが、女性陣はちゃんとした服も用意しておいた方がいいと言われたので、急いで用意したんだよ。フィールは王都から遠いということもあって、急いでドレスを買うことになったんだが、さすが女の買い物といった感じで、やれ色が違うだの、やれデザインがちょっとだので、丸一日かかったからな……。
そんなこともあって、なんとかドレス選びも終わり、俺達は無事に出発することができたわけだ。
「すごいですね、この獣車。ほとんど揺れないし、ストレージの中も普通の部屋と変わらないですし」
俺達が乗っている獣車は、プリムがストレージ・ミラーを付与させた以外、特注で作ってもらっている。大きさはワンボックスカーと同じぐらいあり、座席は電車みたいに縦座席にしているから、一度に八人、御者席を入れれば十人は乗れる。乗り降りは中央部に二つあり、前部にはジェイドとフロライト用の入り口が、後部には俺達用の入り口が設けられている。
このドアを開けるとストレージルームとなっており、20畳ほどの広さのリビングになっている。前部のドアも後部のドアも、どちらも同じリビングに通じてるのが魔法の不思議なところだが、一応拡張した空間が繋がってることが前提にはなっているから、それで納得しろとプリムに言われたけどな。
ヘリオスオーブは、過去にも何度か俺の世界から客人が来ていたことがあり、トイレは魔法で、排泄物だけではなく臭いまで分解している。だからフィールでも臭いに悩まされることはないかったし、プラダ村でもそうだった。アミスター王国ではしっかりと法律で定められているし、国から補助金まで出ているそうだから、逆にトイレをちゃんとしていなかったら、処罰の対象になるぐらいだ。他国も同調し、今ではフィリアス大陸全土で施工されている法律でもあるから、町中でブツや臭いに悩まされたことは一度もない。俺としてはありがたい限りだが、トイレを作った客人がどれだけ大変だったか、その苦労は察して余りあるというものだ。
他に風呂も完備してある。魔銀亭に比べれば小さいが、それでも五人全員で入ることができる広さは確保してある。完成した当初は二人ぐらいしか入れなかったんだが、プリム、ミーナ、リディア、ルディアの全員が俺と婚約したこともあって、全員で入れるような浴槽を特注して、洗い場も拡張したりしてあるので、下手な貴族の風呂より立派になってしまった。
一応個室もあるんだが、寝室は別になっていて、全員で一緒に寝るためにベッドも特注してたりする。ホントにデカいよ。キングサイズなんて目じゃないから。
リビングはジェイドとフロライトの寝床と、ほとんど段差なく繋がっている。馬や地竜の獣舎とほとんど変わらないが、寝藁や餌箱、水箱は常備してあるし、何より俺達の姿が見えるから、二匹とも安心して過ごせるみたいだ。特にフロライトは、獣舎でも寂しそうにしてることが多かったって聞いてるからな。
これだけの設備を備え付けてるわけだが、ここはあくまでも移動用の仮宿みたいなものだから、住みこむつもりはない。もし獣車が壊されでもしたら、俺達は外に放り出されるだけで済むが、家具や内装なんかは亜空間に消えてしまうことになるからな。
ちなみに獣車の製造料を含めると、総額で50万エルを超えている。家一軒買った方が安いんじゃないかと思えるぐらい金がかかっているが、オーク・エンペラー、エンプレスを倒す前から、既に200万エル以上貯めていたこともあって、そんなに高いとも思わなかった。完全に金銭感覚が狂ってますです、はい。
で、今の問題は、ジェイドとフロライトが大きくなったこともあり、二匹を横に並べて引いてもらうのが難しくなったことだ。縦に並べれば問題はないんだが、そこまでするほどじゃないし、フロライトはあまり獣車を引きたがらない。だから獣車を引くのは、もっぱらジェイドの役になっている。
ジェイドはフロライトより少し大きくなっており、力も地竜に匹敵するぐらいになっているので、何の問題もなく引いてくれるし、指示もよく聞いてくれるから、俺達としても大助かりだ。今もジェイドが引いてくれている。フロライトはストレージルームで寝てたりしてるけどな。
ここでジェイドばかり褒めると、フロライトが拗ねるので、たまに併走させることもあるし、機嫌が良ければ獣車を引くこともある。二頭立てでならフロライトも喜んで引いてくれるから、そのために轅と呼ばれる馬とか地竜に獣車を引かせるための棒を取っ払い、代わりにフェザー・ドレイクの皮で代替品を作り、楽に並べるように改造を加えてみた。二匹が大きくなった関係もあって、轅だと並べるのも一苦労だったんだが、これに代えたことで楽に並べられるようになったし、錆びたり腐ったりしないから、耐久性も悪くない。下り坂で獣車を支え切れなくなるのが問題だが、そこは今後の改良次第だろう。今は刻印化させたフライ・ウインドを使うことで対処している。重量軽減の意味もあるから、人間でも引こうと思えば引けるぐらい軽くなってるし、車輪を交換するのも楽にできるぞ。
他にもけっこうな刻印術を刻印化させてるから、車内はかなり快適に過ごせる。もちろん、ジェイドとフロライトの獣具にも刻印化させてありますよ。
「けっこう苦労したのよ。大和は見張りもする必要があるから、ベッドやお風呂はこんなに大きくする必要はないだろって言ったんだけど、これだけは絶対に譲れなかったわ」
「獣車で寝泊まりするんならその必要はあるけど、刻印術の結界も付与してあるしね」
プリムとルディアの言う通り、俺は最初、抵抗を試みた。獣車に泊まるということは、宿に泊まれない状況だということだし、町から離れた所で狩りをする場合、獲物を探すだけでも何日もかかることは珍しくない。だから野宿の覚悟をして出かけることになる。当然盗賊や魔物を警戒しなければ自分達の命が危ないから、順番で見張りをすることになるんだが、それは獣車で寝ても変わらない。だから全員で一緒に寝ることも、風呂に入ることもできないわけだ。
だがプリムは、俺が刻印術で結界を張れることを知っているし、リディアは結界の知識を持っていた。結界は広範囲の物を守ったり、相手の動きを封じたりするだけじゃなく、存在を隠すためにも使われる。事実アルカは、知覚遮断の結界によって百年近くも存在を隠していた。つまり魔法、もしくは刻印術を付与させることで、獣車を結界で覆い、安全に過ごせるようにできるんじゃないかと考えたわけだ。
そのために俺は、覚えている刻印術を組み合わせて、どれが一番効果があるのかを検証させられましたよ。その結果、獣車に光性B級支援干渉系術式トランス・イリュージョンを使って隠し、風性B級広域対象系術式アコースティック・フィールドで獣車から出る音を消し、風性B級広域系結界術式オゾン・ボールで臭いを消し、土性B級広域干渉系幻惑術式グランド・ミラージュで自然の岩とか木とかに見せかけ、ソナー・ウェーブで侵入者を感知するようにし、イーグル・アイで外の様子を見れるようにし、風性B級対象攻撃系術式ウイング・ラインで害ある侵入者を切り刻むことができるようになってしまったんだよ。
普通、これだけの刻印術を刻印化させることはかなり難しく、特に風は土を変質させる、という相克関係もあるから、バランス調整もひと手間ふた手間どころではない。
だが魔石があるこの世界では、少しの手間でできてしまう。魔石は魔法の発動媒体としても優秀で、根本的に同じと思われる刻印術も使いやすくなるし、相克関係も緩和しやすいという性質がある。俺は風系に適性があり、土系は苦手なんだが、それでもそんな積層術が出来てしまったのだから、魔石の有用性はかなり高いと言っていい。フィールの町中や外で実験もしてみたが、嗅覚の鋭いグリーン・ウルフでさえ気づかなかったからな。
「大和さん、苦労されたんですね」
優しいミーナが労わってくれた。大変でしたよ、もう。
「でもそのおかげで、私も大和さんと一緒のベッドで眠ることができるわけですし、その、お風呂も、まだ恥ずかしいですけど、一緒に入れるわけですよね」
いや、待ってください、ミーナさん。確かにあなたが帰ってきてから一緒にお風呂に入ってますし、何度か一緒のベッドで寝ましたけど、とてもとても恥ずかしそうになさっていましたよね?もう顔から火がでるんじゃないかって思うぐらい、真っ赤になってましたよね?そんなあなたから、そんなセリフが飛び出るわけないですよね?
「せっかく作った獣車だけど、今日は使わないのよね」
「今日は、というか、問題なさそうならアルカに泊まる予定ですしね」
そうなんだよ、ミーナもアルカに招待するつもりなんだ。石碑があれば、どこからでもアルカへの転移門を開ける。石碑が据え置きだったから考え付かなかったが、石碑を持って門をくぐれば、石碑もアルカに持っていけるし、戻る時も直前の場所に転移門を開けるとコンルが教えてくれた。
これでいつでもアルカに行けるようになったわけだが、空間転移魔法ゲート・ミラーでさえ使い手が少ないのに、それを付与させた石碑を持っていて、しかもそれがアルカに繋がっているとなれば、希少価値どころの話じゃない。だから石碑を使うなら、人目のないとこで使うしかないし、毎回アルカに泊まってどこの町にも立ち寄らないというのも問題だ。だからアルカに泊まるのは、色々と都合がついた時だけにするつもりでいる。
「この辺りなら大丈夫かな。大和、いいわよ」
「わかった。せっかくだしこのまま行こう」
ルディアが周囲を確認してGOサインを出すと、俺はボックスから石碑を出し、転移陣を起動させた。転移門の大きさも俺が任意で設定できるから、このまま獣車で門を潜り抜けられる。ミーナにもアルカを見せてやりたいし、コロポックル達も紹介したいんだよ。なにせこの十日、準備で忙しかったからな。
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「すごい……。ここがアルカですか……」
初めて見るアルカに、ミーナが驚いて目を丸くしている。本当はもっと早く連れてきたかったんだが、けっこう忙しくしてたし、タイミングも会わなかったから、結局今日まで延び延びになってしまったんだよな。かく言う俺達も、アルカに来るのは久しぶりだ。
「初めまして、ミーナ様。よろしくお願いいたします」
「こ、こちらこそ!」
コロポックル達も総出で出迎えてくれた。
「それにしても、婚約者が四人、いえ、五人ですか。真昼間からお盛んですね、大和様」
待てや、こら。一度も盛ったことなんかねえぞ。そもそもミーナとは、まだキスぐらいしかしたことねえよ。確かに一緒に風呂には入ってるが、ミーナはいろんな意味で恥ずかしがってたんだぞ。っていうか五人ってなんだ?ユーリ姫も加算されてるのか?どこから仕入れた、その情報!?
「さっき私が教えたわ。ユーリアナ姫も近いうちに来ることになるわけだから、教えておいた方がいいと思ってね」
ルディアの仕業か!確かにその通りだが、ニヤニヤした顔で言われても悪意しか感じねえ。だいたいユーリ姫は、まだ13歳なんだぞ。手を出したりなんかしたら、お巡りさんに捕まるわ!
「大和様、御心配には及びません。ここは大和様の世界の常識や法律は適用されないのですから」
心を読めるのか、お前は!?
「シリィ、大和をいじるのはそれぐらいにして、館のことで話があるんだけど、ちょっといいかしら?」
「かしこまりました。ではレラも呼びますので、少々お待ちください」
シリィめ、まさかSだったとは……。精神のヒットポイントを削られた俺だが、軽く頭を振って思考を切り替えることにした。
これから数日はアルカに寝泊まりするし、フィールに戻ったらここに住むことになるから、今から館の施設とか魔道具とかの使い方は覚えておいてもいいだろう。
あ、俺の部屋は、できれば和室がいいな。
第三章開始ですが、説明が多い回になっています。




