023・真夜中の襲撃
「まあ、こうなるとは思ってたんだけどな」
俺は薄緑を右手に持ちながら、左手で頭を抱えていた。丁度ラウス、レベッカと見張りを交代しようとしていたんだが、そのタイミングで襲撃者が現れたんだ。
まあ半径20メートルは水性C級探索系術式ソナー・ウェーブを刻印化させた魔石で見張ってたから、いることはわかってたんだが。あ、ソナー・ウェーブっていうのは、一言でいえばレーダーだ。大気中の水分を媒介にして指定領域内を探索する術式だが、何が侵入したのかまではわからない。その問題は、他の探索系と併用することでクリアできるからな。
で、俺が気づいたのは、だいたい10分ぐらい前だ。ソナー・ウェーブに侵入者が引っ掛かったから、すぐにイーグル・アイを飛ばして確認してみたんだが、まさに予想通り。だから俺はプリムとミーナを起こし、マルチ・エッジを生成して闇性A級広域対象系術式ヘルヘイムを発動させ、しっかりと迎撃準備を整えて獣車から出て、それからすぐに強制バトルに突入というわけだ。
「大和!ぼーっとしてる暇はないわよ!」
「わかってるよ!」
相棒から婚約者になった白狐の女の子に怒られた。襲撃者の正体は不明だが、人数は四十人を超えている。俺達が五人、騎士団が十人、商隊が三人だから、倍以上の人数だ。騎士団も慌てて同僚を叩き起こしているが、それでも不利は免れない。普通なら、という但し書きがつくが。
「予想通りとはいえ、寝込みを襲われると腹立つわね!」
「だからってフレイム・ストームにサンダー・スフィアを混ぜるのはやめろよ。完全に消し炭になって、誰だか判別できなくなるぞ」
俺とプリムは、組み合わせた魔法をぶっ放し、手近の襲撃者を薄緑とスカーレット・ウイングで切り捨てながら迎撃している。もちろんミーナやラウス、レベッカに経験を積ませる目的もあるので、一気に殲滅はしてないが。
プリムがフレイム・ストームにサンダー・スフィアをぶち込むと、炎の嵐の中を球電から電撃が四方八方に飛び散り、非常に迷惑極まりない状況になった。幸い近くに味方はいなかったが、近くに人がいたら巻き込まれてたぞ、あれは。
「そういう大和だって、フレイム・ランスにブラッド・シェイキングを一緒に使ってるじゃない。魔法と刻印術の融合なんて、よく出来るわね」
「練習はしてたんだぞ、一応」
魔法と刻印術を同時行使は、積層術に近い感覚でできたのが幸いだった。
積層術は異なる術式を同時に行使することで強度を高める術式のことだが、難易度はかなり高いし、それなりの知識がないと使いこなすこともできない。特に刻印術では、水属性と火属性は最も相性が悪いことで知られている。
だが使い方がないわけではない。ブラッド・シェイキングは対象の水を振動させる術式だが、突き詰めれば水素と酸素に働きかける術式になり、どちらも気体の状態ではとても燃えやすい物質になる。そして振動させるという行為は、さらなる運動エネルギーを生み出す。簡単に言うとフレイム・ランスは、ブラッド・シェイキングによって電離し、炎のプラズマとなって襲撃者達を焼き尽くしていったというわけだ。あ、俺もプリムも、ちゃんと体の一部、というか腕か足だけは残すように気を付けてるよ。でないとライブラリーで確認できないからな。
「こ、このおっ!」
「げはあああっ!」
あっちではレベッカが矢で牽制していた襲撃者を、ラウスが剣で斬り飛ばしていた。戦闘を見たのは初めてだが、結構やるじゃないか。躊躇わずに人間を殺傷したことは驚きだが、多分経験があるんじゃないだろうか。
あ、俺も元の世界で経験済みだったから、ヘリオスオーブでもあんまり抵抗はなかったよ。なにせ刻印術が実用化されてるし、刻印法具を生成できる刻印術師と敵対してしまえば、普通に命が危ないからな。しかも刻印法具は生成者の印子で生成されるわけだから、当たり前だが金属探知機とかにも反応しない。だから相手の命を奪うことは、法律でもやむなしって定められてるってわけ。
「てめえら!動くんじゃねえぞっ!ぐぼおおっ!」
襲撃者の一人がミーナを人質にしようとしていたが、ここは俺のヘルヘイムの領域内。特にミーナの安全には気を配っていたから、剣を弾き飛ばされた時点でフォローを始めていた。ヘルヘイムは闇属性のA級刻印術だから、こんな真夜中だと気づかれにくい利点がある。俺はミーナの剣を弾き飛ばした襲撃者に対して、月影から槍を生み出し、貫いた。
「大丈夫か、ミーナ?」
「は、はい。ありがとうございます」
「いや、悪い。少し目を放した隙に、危険な目に合わせちまった」
マルチ・エッジで襲撃者の右手を切り落とし、フレイム・アームズを纏わせた薄緑で体を焼き尽くす。生け捕りが理想だが、人数が多すぎるし、何よりまだ往路だ。プラダ村に連れて行くわけにはいかないから、こういった場合は全滅が基本になっている。それは襲ってきた奴らの自業自得だから、俺達が気にするようなことじゃない。そんなことより一瞬意識を反らしたせいで、ミーナを危険な目に合わせてしまったことの方が問題だ。
「いえ、私が弱いから、大和さんにご迷惑をおかけしてしまったんです。だから気にしないでください。あ……」
少し自虐的な笑みを浮かべながら剣を拾ったミーナだが、その瞬間悲しそうな顔に変わった。
「これは……ちょっとヒドいな。ミスリルの剣をここまで破壊するなんて、簡単じゃないぞ」
ミーナの剣は刀身にヒビが入ってて、今にも折れそうだった。とてもじゃないが、もう使えるような状態じゃない。
「そんな……」
剣を見つめながら、絶望的な声をあげるミーナ。そんなミーナに向かって、水やら土やらが次々と放たれた。まだいたのか。
「な、なんだとっ!?」
「だ、だから言ったんだ!あいつらを敵に回すなんて、絶対に無茶だって!!」
ブラスト・ウォールで水と土の魔法を防いだ俺は、叫び声を上げた連中にブラスト・ランスを放ち、貫いた。ミーナが悲しそうにしてるのに、余計なことしてるんじゃねえよ。
「その剣、大事な物だったのか?」
「はい……。騎士団に入団した際、両親に貰ったんです。両親は私が騎士団に入ることを反対してましたが、それでも最後は私の入団を認めてくれて……」
なるほど。そりゃ大切な剣だ。それを使い物にならなくされたんだから、ショックは大きいよな。
「以来この剣は、私のお守りでもあったんです。何度か実戦で使ったこともありますが、この剣があったから、私は今まで生きてこれたんです」
「そうだったのか」
ミーナの剣は、何の変哲もないミスリルソードだ。いや、リチャードさんが打った剣に比べれば、若干質が劣っている気がする。だがそれでも、大切なお守り代わりの剣なのだから、性能は二の次以下だろう。気持ちはわかる。
だが今は落ち込んでる余裕はない。だから俺はミーナを守るために、剣を構えた。ボックスの中にあるミスリルブレードを渡してもよかったんだが、多分今のミーナは戦えない。だから俺が守る。
「や、大和さん?」
「今は俺が守るよ。だから安心してくれ」
「で、でも!そんなこと、プリムさんに申し訳ありません!それに私は、まだ戦えます!」
「そこは気にすんな。むしろ今の状況でミーナを放っておいたら、俺がプリムに殺される。それにこれ以上その剣を使えば、今度こそ折れるぞ?」
「っ!?」
「だろ?だからここは俺に任せろ」
騎士にとって剣は命のようなもので、ましてミーナの剣は両親から貰ったお守りでもある。そんな大切な剣を折らせるつもりはない。
「……わかりました」
うん?なにゆえ頬を染めておられるんですか?確かに守りますけど、私にそんな意図はありませんよ?
「いちゃついてんじゃねえ……ぎゃあああっ!」
「邪魔してんじゃないわよ」
いちゃついてたつもりはないが、傍から見ればそう見えるんだろうという自覚はあった。だけどプリムさん、遠慮なく燃やさなくてもいいじゃないですか。
「私も守ってもらいたいところだけど、それはまたの機会にしておくわ。しっかりとミーナを守りなさいよ?」
「当たり前だ。指一本触れさせるつもりはねえよ」
「よろしい」
プリムが満足そうに肯いた。ミーナは真っ赤になってるし。やっぱこれ、昨日ベール湖で言ってたことが関係してんだろうなぁ。
「それにしても数が多いわね。大和、あとどれぐらいいるかわかる?」
「あとはあっちの一団だけだな。とっとと倒すとしようぜ」
「そうしましょうか」
プリムが翼を広げると、緑色に輝いた。プリムの固有魔法は、属性を翼に纏わせることで強化系魔法以上の能力を発揮する翼族の固有魔法だ。得意としている灼熱の翼は火属性だが、今使っているのは爆風の翼という風属性の固有魔法だ。他にも吹雪の翼、大地の翼、閃光の翼、宵闇の翼などがある。
「お先に!」
軽く宙を舞うように飛び出すと、スカーレット・ウイングにブラスト・アームズを纏わせ、フレイム・アローに伝播させて騎士団と切り結んでいる襲撃者に向かい、上空からぶっ放した。
「す、すごい……」
「俺も負けちゃいられないな」
俺はヘルヘイムを展開させながら、さらにアルフヘイムを発動させ、小規模な竜巻をいくつも起こし、襲撃者だけを宙に巻き上げた。そこにプリムのフレイム・アロー第二射が直撃し、襲撃者は黒こげになりながら地面へと落下していった。
戦闘が終わり、騎士団はライブラリーの確認に大忙しだ。俺はというと、プリム、ミーナ、ラウス、レベッカと共に周囲を警戒しつつ、商隊の警護に当たっている。
「ライブラリーを確認しました。緋水団も数人いましたが、ほとんどがハンターです。確認できたのはホワイト・ビークにダーク・ナイツ、ノーブル・ディアーズの三つでした」
確認作業を終えると、ローズマリーさんが沈痛な表情で教えてくれた。さすがにこれは予想外だ。
「繋がってたどころか、そのものだったってことかよ」
襲撃者は四十人ではきかなかったが、ほとんどがハンターだった。ホワイト・ビーク、ノーブル・ディアーズは四、五人のレイドだが、ダーク・ナイツは二十人近い大型レイドで、そこそこ有名だった。そして肝心の緋水団が四人だけしかいなかったという事実は、この三つのレイドと俺達が捕まえた三つのレイドは緋水団と繋がってたどころか、緋水団そのものだったと言っていいだろう。頭を抱えたくもなるわ。
「な、なんで……」
ラウスとレベッカは、まだ状況が理解できていない。当然だ。まさか現役ハンターが盗賊だったなんて、予想できるわけもない。いや、そもそも緋水団が本当に盗賊かも疑わしい。下っ端はそうかもしれないが、幹部連中は違うような気もする。
「推測ならできますが、証拠がありません。ですが放置できる問題でもありませんので、この件は大至急、団長に報告しなければなりません」
「それは当然ですが、別行動をとってしまうと伝令が狙われる可能性があります。危険じゃありませんか?」
ほぼ間違いなく、俺達は監視されている。伝令となれば当然俺達とは別行動になるから、狙われる可能性は高くなる。俺達がフィールに戻れば知られることは連中も覚悟しているだろうが、それでも時間をかけてしまえば状況が逆転するかもしれない。なにせ三つのレイドを全滅させたんだから、場合によってはハンターズギルドと敵対することになる可能性だってある。
「わかっています。ですから大和さんかプリムさんにお願いがあります。ヒポグリフを使い、団長とサブマスターに直接報告をしてもらいたいのです。お二人なら余程のことがあっても対処できるはずですし、空を飛べば危険を減らすことができますから」
ローズマリーさんも俺と同じことを危惧していたか。まあ、当然っちゃ当然だし、俺かプリムに伝令を頼むのも理解できる。ヒポグリフは空を飛べるから、馬や地竜より早くフィールに着けるし、プラダ村に着く前に合流することもできる。
「そういうことなら私が行くわ」
「俺が行こうと思ってたんだがな」
「いえ、大和はここに残ってて。あんたの魔力感知があれば、不意打ちは防げるから」
プリムも感知はできるが、俺より精度は低い。いや、この世界で見れば十分立派なんだが、魔力感知とは言っても気配感知と似たとこがあるから、上手く隠されたら見逃すこともあるんだよ。俺のソナー・ウェーブだって対策を取られたらわからないが、この世界じゃ知られてないから対策を取られる心配はかなり低い。
「わかった。悪いが頼む」
プリムの実力なら、あの程度の連中が束になっても傷一つ付けられない。それに空を飛んでいくわけだから、連中が待ち伏せしていても回避するのは容易だろうな。
「団長に伝えたら、すぐに戻ってきてくださいね。フィールのハンターの動きも気になりますが、そちらは騎士団でなんとかなるはずですから」
「わかりました。飛竜用の獣具を持ってきて正解だったわ」
夜明けを待って、プリムはフロライトの背に乗ってフィールへ向かい、俺達はプラダ村へと歩を進めた。到着は昼過ぎの予定で、プリムもその頃には合流できるだろう。ジェイドとフロライトには余計な負担をかけるから、今度ご馳走でも用意して労ってやらないといけないな。
タイトルに反して、あっさりとケリがついております。ようやくミーナにもしっかりとしたフラグを構築(?)できました。ここでプリムと初めて別行動になりますが、プリムは無事にフィールに辿り着き、大和達と合流できるのか!?プラダ村では何が待っているのか!?そして緋水団の正体は!?




