021・出発します
みんなで湖で泳いだ次の日、俺とプリムはエドとマリーナが作ってくれたアーマーコートとアーマードレスを身に纏い、リチャードさんが作ってくれた魔銀刀・薄緑を腰に刷き、スカーレット・ウイング背負い、騎士団の詰所に来ていた。先に獣舎にも寄り、馬用の獣具を身に着けたジェイドとフロライトを迎えに行ったから、二匹も一緒だ。今回はミーナとラウス、レベッカも乗ってもらうため、獣車もレンタルしてある。俺とプリムは御者席に座っているが、獣車の中には何故か、エドとマリーナの姿があった。
「いや~!ヒポグリフが引く獣車に乗れるとは、思ってもなかったな」
「ホントにね。この子達、これでまだ子供って話だけど、既に十分、馬より力は強いみたいね」
ヒポグリフは馬より力が強いので、一匹でも十分に獣車を引けるが、契約者の絶対数が少ないため、乗れる機会はほぼない。ましてや二頭立てともなれば、皆無と言っていい。そんな珍しいヒポグリフ二頭立て獣車に乗ってるもんだから、やけに二人ともテンションが高いんだよ。
「獣舎から詰所なんて、すぐだろ」
「それでもだよ。乗ったっていう事実が大事なんだからな」
マリーナがうんうん、と大きく肯いて同意しているが、俺には理解できん。いや、まったく理解できんわけではないが、獣車を新調したらみんなでどこかに行こうかとも思ってたから、早いか遅いかの違いだけだと思うんだがな。
「一番最初に乗ることに意義がある!」
そうだそうだ!とマリーナと二人して声を上げている。このフェアリーハーフども、どうしてくれようか……。
「こんなことなら俺も護衛につけばよかったぜ」
「あたしも、もう少し蓄えがあったら志願したんだけどなぁ」
「やめろ。俺達の仕事を増やすな」
なんでこんな旅行気分なんだ、こいつらは。こっちはけっこうピリピリしてるんだぞ。
「落ち着きなって、大和。今から気を張ってても仕方ないんだから」
「まあそうなんだけどな」
俺がピリピリしてる理由は、緋水団のことではなくギルドマスターのことだ。そろそろ何かしらのアクションを起こしてきてもいい頃なんだが、Aランクハンターを複数相手にするには、並の実力では役に立たない。同行しているパトリオット・プライドはGランクでも上位のレイドで、Pランクハンターも何人かいるから、そいつらも出てくるだろう。もしかしたら、さらに上の連中だって出てくる可能性だってある。ハンターズギルドの思惑がわからないことも気になる。ギルドマスターが虚偽の報告をしていれば、俺達がお尋ね者になることだってないわけじゃないからな。
「おう、来たな」
「おっさんも来てたのか。見送りか?」
「おう。今回の依頼はギルドのメンツもかかってるからな。送り出した後は関与できんが、見送りぐらいはさせてもらうさ」
最近ライナスのおっさんはかなり忙しい。ギルドマスターの不祥事をハンターズギルドの本部に伝えるためにビスマルク伯爵の飛竜を借りたり、緋水団と繋がりのあるハンターからライセンスを剥奪し騎士団に引き渡したり、俺達が報告した、マイライト山脈にあると思われるオークの集落についての調査準備をしたりしている。ギルドマスターの件については本部からの返事待ちだから猶予はあるし、オークの集落についても急ぐ必要はあるが、すぐにどうなる問題でもないと思う。
だが緋水団と繋がっていたハンターの件は、すぐにでも対処しなければならない。俺達がフィールに来るまで、連中はこの町を我が物顔で闊歩していたから、既に手遅れに近いが、これ以上の被害は食い止めなければならない。
「おかげで牢屋は、人でいっぱいだよ」
レックス団長も顔を見せた。団長も仕事が増えていて大変なんだよな。昨日までにライセンスを剥奪され騎士団に引き渡されたハンターは、俺達が捕まえた三つのレイドを除いても20人はいたから、団長だけじゃなく騎士団の仕事も激増してるんだよ。
「そんな時に騎士団の人手を割いちゃって、なんか申し訳ないわね」
「気にしないでください。こちらも無視するわけにはいかないですから」
ローズマリーさんもミーナや同行する騎士を引き連れてやってきた。同行する騎士はローズマリーさんとミーナを含めて全部で十人。一般的なレイドより若干多いが、ミーナは俺達と動くことになってるし、元々同行する予定じゃなかったから、騎士の連携が乱れるようなことはない。
「お、おはようございます!」
「よろしくお願いします!わあっ!それがお二人の武器と防具なんですね!」
皮鎧を身に着けたラウスとレベッカも、ローズマリーさん達と一緒に来ていた。昨日はわからなかったが、ラウスは剣、レベッカは弓を使うらしい。俺達も昨日は普段着にもなる鎧下だけだったから、しっかりと武装した俺達を見るのは二人も初めてだ。派手なのは認めるが、性能もしっかりしてるから見掛け倒しじゃないぞ。
「ああ。エドとマリーナ、それからリチャードさんに作ってもらったんだ」
「えっ!?」
「ということは、オーダーメイドなんですか!?」
「そうよ。自分の命を預けるわけだから、やっぱりしっかりとした物を用意したかったの。とは言っても、あの店の物なら何も問題はないけど」
オーダーメイド武具が高いということは、さすがに二人とも知ってたか。実際リチャードさんの店にある武具は実用性の高い物ばかりだ。他の武器・防具店を見たことがないからはっきりとしたことは言えないが、プリムが持っていた鋼鉄の槍より信頼度は高いと言える。それに命を守る武具に妥協はしたくなかったってのも本音だ。
「それはそうなんですけど……」
まあ高いからな。それに迂闊に作れば、横から強奪しようとする馬鹿なハンターだって出てくる。実際俺達に絡んできた馬鹿はいた。まあ返り討ちにしてやって、今は騎士団の牢屋に放り込まれてるが。
ここで無属性魔法ブースター系について説明しよう。ブースター系は身体強化魔法エーテル・ブースター、魔力強化魔法マナ・ブースター、そして加速強化魔法アクセル・ブースターの3種で、順番に初級、中級、上級となっている。初級魔法のエーテル・ブースターはその名の通り身体強化の魔法で、レベルが高い程ゲームで言う体力、STR、VIT、AGIなどが強化される。レベルが上がるとステータスも上がる、と思ってもらうのがいいと思う。
中級魔法のマナ・ブースターは魔力を強化する魔法だが、これは単純に魔法の威力が上がる。ゲームで言うならINTとかMNDの強化だ。だがマナ・ブースターによる強化は、本人だけではなく、本人が装備している武具にも作用する。剣が折れにくくなったり、刃毀れしなくなったり、切れ味が鋭くなったりもするし、防具だと防御力が上がるのは当然、弱い攻撃は無効化してくれることもある。山とか森を探索していると、木々や障害物なんかで鎧が傷つくこともあるが、マナ・ブースターで強化しておけばその程度で傷つくこともなくなる。事実、俺達の鎧には傷一つついていない。ゲームとか小説とかで思っていたことだが、こういうことだったのかと納得したね。
最後に上級魔法のアクセル・ブースターだが、これは非常に扱いが難しい魔法だ。急加速して間合いを詰めたり、逆に離脱したりなんて使い方は初歩の初歩で、高レベルの使い手になると矢の雨を剣で全て打ち落とすなんてこともできるようになる。これは思考も加速させているためで、アクセル・ブースターを使っている間は周囲がスローモーションに見えることが大きい。集中状態を維持する魔法だと解釈したが、おそらくそう間違ってはいないと思う。当然集中状態だから、魔法の威力も大きくなるし、連射することも可能となる。肉体、魔力、そして思考を加速させるわけだから、加速強化とはよく言ったもんだ。
で、ヘリオスオーブの人は、エーテル・ブースターとマナ・ブースターは普通に使いこなす。レベルがあるから魔法強度には個人差があるが、それでも普通に生活するには問題ない。だが上級魔法であるアクセル・ブースターは、使い手が少ない。これはブースター系に限った話ではないが、無属性の上級魔法自体使い手が少ないため、魔法の詳細はわかっても実際に目にする機会はあまりないそうだ。
そんな上級無属性魔法のはずのアクセル・ブースターを、俺とプリムは使えたりする。練習も兼ねて何度か試したから、なんとかコツはつかめてきてると思う。
「みなさん、よろしくお願いします」
セミロングの髪を軽くまとめたエルフの女性、この人がプラダ村に行ってくれる商人のストレアさんだ。実はストレアさん、リチャードさんの弟子で防具屋を任されているタロスさんの妹さんでもある。当然エドやマリーナも面識があり、二人の姉代わりでもあるから、俺達が護衛につくと知って安心してくれていたな。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「こんな大変な時にプラダ村に行くことを決めてくれて、ありがとうございます!」
ラウスとレベッカは最近までプラダ村にいたから、村がどういう状況下もよく知っている。今のプラダ村は、アミスター王国に見捨てられたと思っているから、隣国に庇護を求める可能性がでてくる。プラダ村に隣接している国はバリエンテ獣人連合国とレティセンシア皇国だが、バリエンテは暴獣王がいるからそちらに助けを求めることはない。暴獣王の悪政は俺にも聞こえてきたからな。残るはレティセンシア皇国だが、そちらはマイライト山脈のミスリル鉱山を狙っているから、歓迎すべき事態だろう。というか俺達は、緋水団もレティセンシア皇国と関係があると睨んでいる。
「それでは出発しましょう。ストレアさん達は商隊の地竜の獣車で進み、その周囲を我々が馬で、最後尾はミーナ、大和さん達のヒポグリフの獣車です」
商隊の護衛隊長でもあるローズマリーさんが隊列を決める。事前に話し合っていたことでもあるので、特に異論は出なかった。
「では団長、サブマスター、出発します」
「ああ、頼む」
「気を付けてな」
さて、出発だ。もしかしたらこれが、この国とハンターズギルドの運命を左右することになるかもしれない。ラウスとレベッカには話していないが、おそらく緋水団も出てくるだろうし、王都に行っているというギルドマスターやパトリオット・プライドの連中も気になる。
だが既に賽は投げられている。今できることはしっかりとストレアさんの護衛をし、プラダ村に物資を運ぶことだ。今は護衛に集中しよう。
ようやくプラダ村にむけて出発します。さて道中どうなることか?
いい加減他のヒロインも出さないと……。




