002・異世界のお約束
「ちょっと、そんなこの世の終わりみたいな顔しなくてもいいでしょ」
「そんな顔してたか、俺?」
「すごい顔だったわね。その冒険者ってのが何かは知らないけど、似たようなものならあるわよ」
神は見捨てていなかった!
「そうなのか?」
「ええ。ハンターズギルドっていうのがあるんだけど、魔物の素材を買い取ってくれたり、害のある魔物なんかの盗伐依頼なんかが出されたりするわ。ちょうどこの先にある町にもギルドがあるから、私はそこで登録しようと思ってたのよ」
なるほど、この世界じゃ冒険者ではなくハンターなのか。どんな魔物がいるかはわからないが、おそらく冒険者とそう変わらないはずだ。よし、俺もそうしよう。
「なるほど。なら俺もいいか?」
「それはこっちからお願いしたいぐらいよ。だけど問題もあるわよ?」
「問題?」
おそらく俺のレベルが関係しているんだろうが、それ以外にも何か問題があるのか?
「あんた、このヘリオスオーブに来たばかりなんだから、お金持ってないでしょ?」
「それは……まあ、そうだ……」
どうやら登録するために1,000エル必要らしい。あ、エルってのがこの世界の通貨単位な。貨幣は下から銅貨、青銅貨、銀貨、魔銀貨、金貨、白金貨、神金貨となり、銅貨が1エル、あとは10枚単位で上の貨幣に両替可能とのことだ。つまり神金貨は100万エルというとんでもない大金になる。さすがに白金貨と神金貨は一般には流通してないそうだが。で1,000エルってのは、ごくごく普通の宿屋に、食事付きで10日ばかり連泊できる金額だそうだ。ハンターズギルドに入るハンターは魔物を倒せることが大前提なのだから、登録料はびた一文まからないし、報酬から天引きされるといったこともできない。しっかりと魔銀貨を握りしめてこいってことだ。
「それとハンターズライセンスがなければ、町に入るために100エル預けないといけないわよ。というわけで、これから町に向かいながら魔物を狩るわよ」
「そういうことなら仕方ない。よろしくな、プリム」
「こっちこそ」
「でだ、魔物を狩るのはいいんだが、その前にやることがあるよな?」
「大和も気づいてたのね。多分盗賊でしょうね。私達を捕まえて、身ぐるみ剥いで奴隷にしようって魂胆で間違いないわ」
この世界の奴隷は犯罪者奴隷や見受け奴隷になる。犯罪者奴隷は終身刑に相当する刑罰でもあるため、解放されることはない。
対して見受け奴隷は借金や口減らしのために売られた人達で、奴隷というより奉公人というイメージが強い。
そしてこれもお約束だが、騙されたり攫われたりして奴隷に落とされる人達もいる。こちらは非合法奴隷と呼ばれており、発覚すれば所有者も裁かれるのだが、奴隷は隷属魔法によって行動を管理されるから、相手に伝えることもできないよう制限をかけることが簡単にできる。
そしてアミスター王国と隣国のバリアンテ獣人連合国は、非合法奴隷を認めておらず、奴隷を所有した場合、必ず非合法奴隷かどうかの確認をしなければならない。奴隷商が拒否しても国から隷属魔法を使える者が出てくるから、ごまかすこともできないため、この二国では非合法奴隷はほとんどいない。まあもぐりの奴隷商はいるそうだが。
それはそれとして、プリムは白狐の翼族だから、当然ながら高く売れる。というか翼族の奴隷はここ十数年の間で、まったく出ていないそうだ。これは翼族の数が少ないこともあるが、捕縛することも簡単ではないということになる。
そして俺は異世界からの客人となるわけだから、こちらも別の意味で高値がつくそうだ。客人は俺の世界の人だから、当然ながら俺の世界の知識を持っている。その知識はこの世界では金の卵になりえるため、財を築き独占しようとする馬鹿貴族なんかは後を絶たないだろう。
「というわけよ」
「そんでもって盗賊は殺しても罪にならないと。手加減しなくていいから楽だな」
「体の一部があればライブラリーで確認できるから、それだけ気を付けてくれればいいわ」
盗賊は犯罪者やお尋ね者の集まりなので、ハンターズギルドでも賞金をかけていることが多い。そして盗賊の財産は、倒した者の総取りだ。持ち主がわかる物は本人に返却することもできるが、それは事前にギルドに届けていなければならないらしい。十年ぐらい前は直接持ち主とやり取りをしていたそうだが、積み荷を奪われたと詐称する商人や、権力でゴリ押しする貴族なんかが後を絶たなかったため、ギルドとしても方針を変更せざるをえなかったようだ。せっかく盗賊を倒してもそんな馬鹿がやってくるなら、誰も盗賊なんか退治しないよな。
「とりあえず、連中は全員捕捉してある。近くには仲間はいないみたいだが、どこにアジトがあるかはわからないぞ?」
「へえ、魔力探知ができるんだ。それなら一人は生け捕りにして、情報を引き出しましょうか」
「魔力探知ってわけじゃないが、それは後で説明する。でだ、どうする?」
「人数は7人だっけ?」
「ああ。なんなら、俺が全部捕らえるが?」
盗賊の強さはわからないが、プリムより強いということはないだろうし、俺にも、おそらくプリムにも奥の手ぐらいはあるだろう。
「冗談。盗賊を逃がすつもりは私もないのよ。というわけで、半分ずつね」
「ということは俺はこっちから、プリムはそっちから片付けていって、あそこにいる奴を捕獲だな。オッケーだ」
さすがに素手はきついので、俺は右手の刻印から短剣状消費型刻印法具マルチ・エッジを生成した。
「へえ、魔力で武器を作れるんだ。すごいわね」
「それについても後で説明するよ。あながち間違ってるわけでもないが」
刻印法具は刻印術師が生まれ持った刻印から生成することができ、形状や性能も多岐にわたる。通常刻印は片方の手にしか存在しないが、俺は両手にあるため、マルチ・エッジ以外にも刻印法具を生成することができる。両手に刻印がある刻印術師は珍しく、日本では俺と父さん、母さんの三人しかいないが、あの化け物達と比べても仕方がない。ちなみにマルチ・エッジは短剣状ではあるが、包丁や鉈のような形状に変化させることもできるから、用途は多岐にわたるだろう。
「なら私も、一つだけ奥の手を見せてあげるわ」
楽しそうに口の端を釣り上げたプリムが翼を広げると、純白の翼が深紅に染まり始めた。
「翼に炎を纏わせたのか。熱くないのか?」
「全然。翼族の固有魔法で灼熱の翼っていうんだけど、それで自分の翼を燃やしたって話は聞いたことないわ」
まだ確定ではないが、どうやら固有魔法っていうのは個人専用の魔法のようだ。確かに自分の魔法で自分を燃やすってのも、けっこう問題だよな。
「俺のマルチ・エッジのことも含めて、後でってことで」
「ええ。それじゃ……いくわよ!」
「了解!」
俺とプリムは同時に左右に散った。
「き、気づいてやがったのか!?」
男の最期の言葉と同時に、俺は水性B級対象干渉系術式ブラッド・シェイキングをマルチ・エッジに発動させ、男を切り裂いた。すると男は全身から血を吹き出しながらその場に倒れ、絶命した。
「こ、このガキッ!!」
近くにいた男が斧を振りかぶってきたが、俺はそれを避けると同時にブラッド・シェイキングを叩き込んだ。そしてもう一人の男にマルチ・エッジを投げると、俺が担当する男達が血しぶきを撒き散らしながら倒れた。そして再びマルチ・エッジを生成し、最後の一人に向かうと、どうやらプリムも盗賊を倒したようで、槍を構えて突っ込んできていた。チラリとプリムと戦っていた盗賊達を見ると、体の半分ほどが炭と化し、両断されていた。けっこうエグいことするなぁ。
「あら大和。あんた、けっこうやるじゃない」
「そっちもな」
残っていた盗賊はかなり怖気づいているが、俺達に逃がすつもりは全くない。俺は火性D級支援系拘束術式ライトニング・バンドを発動させ、男の自由と意識を奪った。
「終わりっと。思ったよりあっけなかったな」
「相手の力量も見極められないようじゃ、こんなもんでしょ。それよりライブラリー確認するわよ」
「はいよ」
とは言うものの、俺はまだ魔法に関しては詳しくない。なので確認はプリムに任せ、俺は周囲を警戒することにしよう。
「こいつらはただの斥候というか、入りたてっぽいわね。レベルもそんなに高くないし」
どうやらプリムが倒した盗賊のレベルは14だったようだ。一般人よりは強いが騎士よりは弱い、そんなところだろう。
「ということは、やっぱりこいつか」
「でしょうね」
俺達は無作為に生け捕りにする相手を選んだわけではない。見た目や雰囲気で、もっともヤバそうな奴を選んでいる。こういう場合、だいたい真ん中に陣取って偉そうにしてる輩が頭だってのもお約束だしな。
「レベル23か。思ったより高いわね。それに緋水団ってことは、けっこうな賞金首だったはず」
「ってことは、そこそこデカい盗賊団ってことか。にしちゃ、人数が少ない気がするが」
「別にいいでしょ、それは。とりあえず、町で換金すればお金になると思うわ。レベル20超えなら、賞金かかってるはずだから」
レベルは絶対的なものではなく、魔力量や肉体との融和、伝達率なんかも関係している。つまり魔力による強化がなければ、レベル100の人でもレベル1の人に負ける可能性があるということだ。まあ戦闘経験なんかもあるから、実際には起こりえないんだが。
で、レベル20超えとなると、ハンター崩れという可能性もある。そのランクのハンターとなると戦闘経験も豊富で、実力も高いため、ハンターズギルドとしても黙ってはいられない。だから積極的に討伐に乗り出してもらいたいらしく、それなりの懸賞金がかけられる。最低でも5万エルにはなるだろうとのことだ。
「となると、当面の資金は調達できたってことか」
「そうなるわね。緋水団はそのうち潰すとしても、これでギルドの登録料や町へ入るための預り金も何とかなるし、あんたの装備を買うこともできるわ」
「あー、そういやそうだった」
俺は下校中だったから制服のままだが、これは後回しでもいいだろう。だが武器は早めに調達しておきたい。マルチ・エッジは便利だが、消費型刻印法具の常として使いにくいからな。
「で、こいつはどうする?」
まだ意識が戻ってないが、こいつは兵士にでも引き渡したほうがいいような気がする。取り調べとかで情報を引き出せば、騎士団とかを派遣することもできるだろうし。
「町に連れていくのがいいんでしょうけど、運ぶのも一苦労ね。かといって生かしておくのも問題だし……」
だよな。やっぱり殺すしかないか。あ、待てよ。一つだけ試してみるか。
「プリム、何か魔法の触媒になるようなもん持ってないか?」
「触媒?魔石のこと?それなら持ってるけど、何に使うの?」
魔石は魔物を倒すと手に入ることがある。魔力の伝達率も高いし、貯蓄しておくこともできるから、魔道具にも使われているそうだ。基本的にレベルが高い魔物ほど高品質の魔石が手に入るが、弱い魔物の魔石でもそれなりに需要はあるらしい。
「できるかわからないが、一つだけ試してみたいことがあってな。成功しても失敗しても、その魔石は使えなくなると思うが」
「何をするのかわからないけど、それなら連中の魔石を使いましょう。それぐらいなら持ってるだろうから」
盗賊の武器や防具、所持品は全て回収し、プリムのボックス・ミラーに突っ込んである。ボックス・ミラーは無属性魔法の一つで、所謂アイテム・ボックスだ。収納量は魔力に比例しているため、プリムはかなりの量を収納できるそうだ。アイテム・ボックスの常として、生物は収納できないが、死体は収納できるし、内部の時間も止まっているから使い勝手はかなりいい。是非とも覚えたい魔法だ。
「これならいいかしらね」
などと考えていると、プリムの掌の魔法陣から薄い緑色をした石が出てきた。
「これが魔石か。緑ってことは風か?」
「正解。赤が火、青が水、黄色が土、白が光、黒が闇の魔石よ。少し大きいけど、これなら問題はないと思うわ」
さっきの戦いで思ったことだが、どうやら魔力とは、刻印術を使うために消費する印子と基本的に同じもののようだ。印子は霊力やオーラ、プラーナとも呼ばれていたそうだから、そう考えると納得はできる。そして魔法は魔力を消費することで行使できるわけだから、刻印術と似ていることもある意味では当然かもしれない。それはともかく、風の魔石ということなら都合がいい。
「サンキュー。それじゃあフライ・ウインドとサウンド・サイレント、それからバインド・ストリング……いや、ライトニング・バンドにしておくか」
俺はポケットから刻印具を取り出すと、刻印化プログラムを起動させ、魔石に風性B級対象干渉系術式フライ・ウインド、風性D級広域支援系術式サウンド・サイレント、そしてライトニング・バンドを刻印化させた。
刻印化は専門知識が必要になるが、物質に刻印術を付与させるための技術だ。夏でも暑くないように服に水属性の術式を刻印化させたり、荷物の重量を軽減させたりと、普通に使われている技術でもある。刻印化させたフライ・ウインドは対象の重量を軽減させたり、空を飛んだりすることができる術式で、サウンド・サイレントは音を遮断する。これでこいつを運ぶのも楽になるし、話を聞かれることもないし、戯言を聞くこともなくなる。
「あ、あんた……魔法付与までできるの!?」
だがプリムからすれば、かなりの衝撃だったらしい。
「魔法付与か。確かに近いかもな。とは言っても、俺のいた世界じゃ普通にある技術だからな」
「あんたの世界って、なんかとんでもないのね……」
確かにとんでもないとは思う。それはそれとして、盗賊をロープで雁字搦めにして、端っこに魔石を巻き付け印子を流すと、盗賊の体が浮かび上がった。思ったより上手くいったな。これならこいつを連行するのも楽になるだろう。
「よし、思った以上にいい感じだな。それじゃプリム、行こうぜ」
「すごいわね、これは。まあ風魔法を使えば似たようなことはできるから、そこまで目立つこともないか。道中で話は聞かせてもらうわよ?」
「そりゃこっちのセリフだ。聞きたいことは山ほどあるからな」
お互いさまだ、というようにプリムは笑った。
これが俺と彼女、プリムローズ・ハイドランシアとの運命の出会いだった。
ヒロインの一人、プリムとの出会いとお約束ですかね。いきなりレベル高い二人ですが、大和は日本で刻印術師としての修業をしてましたし、プリムも魔物と戦った経験がけっこうあるし、翼族という種族特性みたいなものがあるので実際かなり強いです。
いきなりの盗賊退治はお約束かなぁと(偏見)。