015・決意とプロポーズ
……おはようございます。いえ、俺は寝ていません。眠れなかったんです。昨夜のプリムの告白と接吻で、俺の脳細胞はショート寸前です。いえ、プリムが悪いわけではありません。むしろ嬉しいです。だからこそ混乱してるんです。
「ホントにこんなこと、あるんだなぁ……」
プリムは間違いなく美少女だ。狐耳も可愛いし、尻尾もフワフワだ。胸もデカいしスタイルもいい。魔力も高いし実力もある。レベルもそれに比例している。今のところ非の打ち所が見当たらない。俺と会ったことが運命とまで言ってくれた。
「結局、俺がプリムとどんな関係になりたいか、なんだろうなぁ」
俺はまだ、心のどこかで元の世界に帰ることを望んでいると思う。もしプリムの気持ちを受け入れてしまったら、帰る方法が見つかったとしても、実践することはできなくなるだろう。人族なら連れていくことも選択肢に入るが、獣族で翼族のプリムを連れていくことは、どう考えても不可能だ。
「帰りたいかと言われれば、帰りたい。だけどこの世界も悪くない、って思う自分がいるんだよな」
そう思える最大の理由は、間違いなくプリムの存在だ。もし転移した場所にプリムがいなければ、俺は魔物か盗賊に殺されていたか、奴隷になっていただろう。そう考えるとプリムと出会えたのは、俺にとっても運命なのかもしれない。
そして昨夜、プリムの過去を聞かされた。正直、重い話だった。もし帰れる方法が見つかった場合、話を聞いていなければ簡単に考えた可能性もあるが、聞いてしまった今は力になってやりたいと思う。プリムは俺ならそうすると思ったから、話してくれなかったんだろうな。
「つまり俺がどうしたいか、これからどうするかなんだよな」
ヘリオスオーブには、過去に何人か客人が現れている。その正体は俺の世界の人間で、俺と同じようにこの世界に飛ばされた人達だ。伝説になってる人もいるが、確認できる人は全員、ヘリオスオーブで一生を終えているのだから、普通に考えれば帰る方法はない。現時点では希望すらない。過去の客人がどう考えたかはわからないが、おそらく帰る方法を探した人もいるだろうし、早々に諦めた人もいるだろう。俺もどうするべきか、身の振り方を決めるべきなのかもしれない。
「ま、答えは一つしかないよな」
ベッドから起きると、完成したばかりのアーマーコートに身を包み、魔銀刀・薄緑を腰に佩く。昨日まで着ていた制服とミスリルブレードはボックス・ミラーの中だ。無属性魔法で清潔に保てるから、洗濯いらずなのは助かるよ。
「よし!」
着替え終わると俺は寝室を出た。プリムは既に起きていたようで、同じく完成したばかりのアーマードレスに身を包み、紅茶を飲んでいる。
「お、おはよう、大和」
「おはよう、プリム」
酒の勢いがあったとはいえ、あんなことするつもりはなかったんだろうな。プリムは頬を染めるとすぐに俺から顔を背けてしまった。そんな仕草も可愛いな。ヤバい、俺も顔が赤くなってる気がする。
「プリム、昨日のことだけど……」
「ごめん、迷惑だったよね。忘れてくれていいから」
俺が言い切る前に、プリムが口を挿んできた。そう言うとは思っていましたよ。
「いや、言わせてくれ。俺もプリムが好きなんだよ。プリムは俺に出会えたことが運命だと言ってくれたけど、俺にとっても運命だったと思う」
「え?」
プリムがこちらを向いた。目が大きく見開かれていて、驚いているのがわかる。
「プリム、俺は客人だから、もし元の世界に帰る方法があれば帰るかもしれない。昨日まではそう思っていた」
「昨日、までは?」
「ああ。今はそのつもりはない。俺はこの世界で、できればプリムと一緒に生きていきたいと思ってる」
出会ってまだ一週間ほどだが、互いに一目惚れに近いんだから、時間は関係ないと思う。それにもし元の世界に帰ればプリムとは二度と会えなくなるんだから、俺は絶対後悔する。確かに元の世界には家族がいるし、友人だっている。だけどこの世界にはプリムがいる。それだけで俺には十分だ。
「大和、本当にいいの?私と一緒にいれば、絶対に厄介ごとに巻き込まれるわ。私の称号を見てもわかるように、私はまだ公爵令嬢。つまりハイドランシア公爵家は、まだ取り潰しになったわけじゃない。もし私の存在が獣王に知られてしまえば、絶対にあなたにも迷惑をかける」
「そんなの、迷惑のうちにも入らないな。それにプリムの問題は俺の問題でもある。プリムと一緒に生きていくなら、絶対に避けちゃいけないと思ってるよ」
「大和……!」
プリムは涙を流しながら俺の胸に飛び込んできた。
そう、俺もプリムもA-Pランクのハンターだ。おそらくそう遠くないうちにAランクになれるだろう。Aランクのハンターや同等の実力者は世界でも数十人しかいない。Aランク以上のハンターはどの国でも有名だから、プリムの存在がバリエンテに知られる可能性は高い。
例え国が相手だろうが絶対にプリムを守るつもりだし、バリエンテの暴獣王と対峙することだって厭わない。いや、おそらく戦場でまみえることになると思う。
だがそれがどうした。プリムを守るためなら、暴獣王だろうとなんだろうと倒すだけだ。
「ありがとう、大和。私もあなたと、一緒に生きていきたい。公爵家の肩書が邪魔になるなら、私はそんなものはいらない。プリムローズ・ハイドランシアじゃなく、ハンターのプリムとして、私はあなたについていく。この命が尽きるまで」
「俺もだ。客人だとか、そんなことは関係ない。俺はヤマト・ミカミ。だたのハンターだ。命尽きるその日まで、俺はプリムを、必ず守るよ」
「はい!」
俺を見上げて目を閉じるプリムに向かって、俺も目を閉じて唇を重ねた。そこにタイミングがいいのか悪いのかわからないが、ドアをノックする音が響いた。唇が離れると互いに笑みを浮かべ、俺はドアを開けることにした。
その日の朝食はパンとワイルド・ボアの燻製、トマトとレタスに似た野菜のサラダだ。定番のメニューではあったがとても美味かった。
食後、マイライトに向かうために、道具屋でポーションをいくつか購入した。いくつかはボックスに入ってるんだが、使ったことは一度しかない。ジェイドとフロライトと契約した時に掌を切って血を出したから、その傷を治すために使ったぐらいだ。その分の補充が目的だが、余分に用意しておくのは悪いことじゃない。同時に湖のほとりにある魚屋で獲れたて新鮮な魚を買う。これはジェイドとフロライトの食事だ。
「あら、大和とプリムじゃない。おは……よう?」
声をかけてきたのはマリーナだった。エドの幼馴染で水竜族の少女で町一番の漁師だ。漁をしていない時はエドと一緒に防具の整備をしたり、作成を手伝ったりもしている。さっきまで湖に潜っていたのか、ショートボブに切りそろえた青い髪が濡れていて、日の光で輝いている。どうやらそこそこ大漁だったらしく、機嫌良さそうに尻尾を振っている。そのマリーナが、挨拶の途中でいきなり不思議そうな目を向けてきた。
「おはよう、マリーナ。おかげで鎧が完成したわ。本当にありがとう」
「俺からもありがとう。着心地がよくて助かってるよ」
「あー、うん。それはどういたしましてなんだけど……なんで二人は手をつないでるの?」
魔銀亭を出てから、俺とプリムはずっと手をつないでいる。互いの気持ちを伝えあい、通じ合った今だからこそできる荒業だ。
「なんて言ったらいいかわからないが、一応俺達、婚約したんだ」
「婚約って、あなた達、そんな関係だったの!?」
エドもそうだが、マリーナとも数回しか顔を合わせてないから、俺達が凄腕のハンターレイドっていう認識しかないんだよな。
「そういうわけじゃないんだけど、まあ色々あってね」
「色々ねぇ。まあ何にしても、おめでとう。あなた達にはお世話になってるから、幸せになってくれると嬉しいわ」
「ありがとう、マリーナ」
魔銀亭の人達にも道具屋のおばちゃんにも、そんなこと言われたな。俺達がこの町に来てから、ハンター達が幅を利かせなくなったってこともあって、町の人に絡むようなこともほとんどなくなったって話があるからなんだろうな。特に何かしたわけでもないから、ちょっと心苦しいが。
「それで、こんな朝早くから、なんでこんなところに?」
早朝から魚屋に用がある人はそう多くない。ましてやハンターが来ることなど皆無に等しい。マリーナが不思議に思うのも当然だろう。
「ああ、ジェイドとフロライトの昼飯を買おうと思ってな」
「ジェイド?フロライト?それ、誰なの?」
「私達が契約したヒポグリフの子供よ」
「……なんて言ったらいいかわからないけど、理由はわかったわ。丁度お店に届けたばかりよ」
ヒポグリフを連れて帰ったのは昨日だから、まだ知らない人がいてもおかしくない。とはいえ、何度もそうやって驚かれるのもキツいものがある。
「わかった」
「それで、今日はどこに行くつもりなの?」
「マイライトでフェザー・ドレイクを狩ろうと思ってる。エドにも土産を持っていくって伝えといてくれ」
「フェザー・ドレイクって、そんな気軽に狩りに行くような魔物じゃないけどね……」
もう驚くのも飽きたって顔してるな。確かに気軽に狩る魔物じゃないからな、フェザー・ドレイクは。
「まあまあ。それより今度、エドやミーナも誘って泳ぎましょうよ」
「いいわね、それ。この湖のことなら何でも知ってるから、その時は任せておいて」
今回の件が落ち着いたら、みんなで遊びに行きたいとは思っていたんだよ。だから泳ぎに行くのもいいけど、小旅行もいいんじゃないかってプリムと話し合ってたんだ。今のとこ誘うとしたらミーナ、エド、マリーナぐらいだけど。
「ああ、その時は頼むよ」
「それじゃあたしは、もう一稼ぎしてくるわ。大和とプリムも、気を付けて行ってきてね」
「ええ、ありがとう。マリーナも頑張ってね」
「もちろん。それじゃあね」
長い尻尾を揺らしながら、マリーナは湖に向かって歩いて行った。
「水竜と妖精のハーフだけあって、タフよねマリーナ」
「だよな。まあ俺達も、人のことは言えないんだろうが」
「いいじゃない別に。さ、お魚を買ったらギルドに行って、依頼を少し確認して、それから獣舎に行ってマイライトね」
「だな」
あいつらが好きな魚はなんだろな。まあとりあえず買ってみよう。あんまり大量に買うと町の人が困るから、そうだな、1,000エル分でいいかな。次はギルドだな。
プリムはチョロインではありません。互いに一目惚れだっただけなんです。




