好奇心と妹と。
2019/04/09 加筆・誤字修正
この数日。
グランはある現象について強く惹かれていた。
自分なりに解明しようと、その方面に詳しいと噂の学友、イクスに協力を仰いだ。
学友は予想以上にグランの説明した現象に喰いつき、快く資料を用意してくれた。
「もし何か分かったら、私にも報告してくれよ」
そう言いながら、イクスは何時ものやる気の無さが嘘の様に、今まで見た事が無いイキイキとした笑顔を浮かべた。
そんな学友にグランは苦笑いを返す事しか出来なかった。
「それにしても、その子。早く目を覚ますと良いね。きっと何か知ってるに違いないし」
資料を手渡しながらイクスはニヤリと笑う。
明からさまに病人の心配より、知的好奇心が優っている表情にグランは呆れながらも答えた。
「確かにそうかも知れないけど、まずは普通に心配をしてくれよ。お前顔に出てるぞ」
イクスはニヤニヤと笑んだまま、「ゴメンゴメン」と全くその気が無い軽い調子で応える。
その様子に自然とため息が溢れる。
まぁいい、一々気にしていてもしょうがない。
借りた資料を鞄に仕舞い、イクスに礼と別れの挨拶をし、帰路につく。
* * *
歩きながら彼は借りた資料にサッと目を通す。
それは精霊術、という魔術が普及する以前に用いられていた技術に関する物だった。
精霊術という名称は日常では全く聞く機会が無く、人によっては廃れた技術だと言う人もいる。
しかし、精霊と関わりが深いとされる妖精族を始め、精霊術を習得している者も少数ながら現在も存在しており、なまじ廃れきったとは言えないものだった。
(もしかしたら、父さんは精霊術を使われた、……というか精霊に会ったのかもしれない)
彼は父親であるリカルド・トゥルナードが遭遇した、嵐の日の不思議な現象について調べていた。
資料とにらめっこしている間に、グランは危うく目的地を通り過ぎかける。
「坊っちゃん!何処に行かれるんですか!」
そんな彼を呼び止めたのは、父の店の従業員カルロだった。
聞き慣れた声にハッと現実に引き戻されるグラン。
店先で箒を片手に持ったカルロと目が合うと、恥ずかしそうに笑いながら頭を掻く。
「ついうっかり」
「うっかりじゃありませんよ坊っちゃん。勉強熱心なのは宜しいですが、歩きながらの読書は関心しませんよ?」
「気をつけまーす」と笑いながらグランは応えるが、その様子からカルロは、改めてはくれない事を察し、短くため息を吐いた。
店と中庭を挟んで住居用の家がある為、一度店へ入り、店の従業員達に帰宅の挨拶をしながら中を突っ切り奥の裏口へ向かう。
中庭に出ると、何やら家の方が騒がしい。
またリリアが駄々でもコネているのかな、足早に家に向かう。
「何かあったのー?」
玄関の扉を開けながらそう呼びかける。
その声にヒョッコリと顔を覗かせたのはグランの弟、ルカだった。
「あー!にーちゃんだー!」
ニコニコとグランに走り寄ってくるルカは、何故かカラフルなリボンが至る所に絡まっていて、何本かは足で引きずっている状態だった。
その姿に思わず半目になるグラン。
この家でこれだけリボンを持っている人間はたった一人、そして、その人物がこの状態を見れば大騒ぎするのが余りにも容易に想像できた。
「ルーカー?お前、勝手にリリアのリボン触っただろー?ダメだぞ勝手に人のモノを触っちゃー」
駆け寄って来たルカのリボンを一つ一つ外しながら注意をするグラン。
しかし、ルカは首を傾げながらこう言った。
「でも、リボンくっつけたの、ねーちゃんだよ?」
「あいつはまた何を思いついたんだ」
すぐ下の妹、リリアーナは何時も突拍子も無い事を思いついては躊躇い無く実行する。
人より気も強く、思うと即行動!という性分も相まって近所では『じゃじゃ馬娘』で通っている。
しかし、そんな性分が災いして、近所のガキ大将と大立ち回りをして以来、同年代の友達が出来ず仕舞いになっているのがグランの心配所なのだが、またそれは別の話。
ともかく、弟がリボンだらけになっているのも例に漏れ無く「思いつき」の一環だろうと考えた。
「嫌だったら嫌って言うんだぞ?」とルカに言えば。
「ヒラヒラしてたのしい!」とキャッキャッと、待っていたリボンを振り回しご機嫌だった。
その様子にグランは、そっかー、それは良かったよー、とただただ眺めるだけ決め込んだ。
不意に、ドタドタと階段を駆け下りる騒がしい足音が響く。
「ルカッ!!勝手に居なくならないでよ!!」
二人の目の前に、まだそんな量があったのかと思う程のリボンを持ったリリアーナが現れた。
「リリア、お前また変な遊びしてるのか?友達いないからってルカを巻き込むなよ」
グランはそう言いながら、はい、と集めたリボンの束をリリアーナに差し出す。
「なッ?!」と動揺を丸出しにしながらリボンを引ったくると、リリアーナはビシリッ!とグランを指差した。
「とッ!友達いないのはカンケー無いでしょ?!それに!私、友達以上に素敵な子ができたんだから!!」
「なんだそれ、……新しいぬいぐるみでも作ってもらった?」
手芸が好きな母が趣味生かして、ぬいぐるみを作る事があるので今回もそうかと思いきや、リリアーナは、ふふんと得意げな表情で、こんな事を言った。
「違うも〜〜ん!ぬいぐるみも好きだけど、全然違〜〜う!……ふっふっふ〜〜、お兄ちゃんだけ仲間はずれはカワイソーだから紹介してあげる〜〜!!」
来て!と言うや否や、リボンを落とすのも構わずグランの手を掴み二階へと走りだす。
「あッ!!おい!?待てって!!ッルカ!リボン集めとけッ!!」
勢いに引き摺られながらも、弟に散らばったリボンの回収を指示するグラン。
はぁーい、と呑気な弟の返事を背にしながら、兄は妹に先導され、着いた場所は客室。
嵐の日に父が連れてきた、あの不思議な現象に守られていた少女が眠り続けている部屋だった。
じゃじゃーん!と得意げなまま妹が指した先には、長い黒髪に色とりどりのリボンが結ばれた幼い少女が、ちょこんと座っていた。
リリアーナが勢い良く開けた扉に驚いたのだろう、グラン達の方を大きく目を見張ったまま固まっていた。
その目は黒く、グランにとっては初めて見る目の色であった。
やっぱり、この国の人間じゃない。
漠然とそんな分かりきった事に驚いてると、リリアーナが大真面目な顔をしながら咳払いをする。
「オッホン!お兄ちゃんにはまず、気をつけて欲しい事があります!」
珍しく真面目な顔をする妹に妙に気圧されながらも、「気をつけて欲しい事?」と尋ねる。
その言葉に、うん、と頷いて一つ二つと数えながら上げていく。
「一つ、この子は私たちが話してる言葉が分かりません、だから、とーっても分かりやすく、動きながら話しかけてあげる事。
二つ、この子は声が出ません、だから、言いたい事とかあっても伝えられない事があるかもしれない、だから困ってたら、ちゃーんと聞いてあげる事。
三つ、この子は多分ここら辺の子じゃありません、だから知らない事はすごーく優しく教えてあげる事。
四つ、この子はとても大人しくて良い子にしてます、だけど周りが知らない物だらけで怖がっているかもしれません。
だから、私たちは怖い事はしない、大丈夫だよって伝えていく事。
これがマーガリータと一緒にいる時に気をつけて欲しい事よ、わかった?」
目を瞬く。
内容を飲み込む前に色々と突っ込んで聞きたい事が出てきた。
ただ、何から言えばいいのか分からず、取り敢えず彼の口から零れ落ちたのは、漠然と思っていた率直な感想だった。
「……それ全部お前が考えたのか?」
「ううん、パパとママと一緒に考えた」
「あ、だよな、お前一人であんな事考えられないよなぁ……」
「ちょっとそれどういう意味?!」
「いつも勢いで動いて話しているお前が、あんなちゃんとした説明ができてたから。父さんと母さんが考えたって言うなら納得」
「ちょっとぉ!!私も一緒に考えたし!!てかお兄ちゃん、私のことバカにし過ぎじゃない?!」
だってお前バカじゃん、と口に出してしまうと余計に怒り狂うのは目に見えているので、リリアーナに向けニコッ!と微笑む。
それにしても、言葉が分からないどころか話す事も出来ないとは。
イクスに対してあんな事を言っておいて、実際に少女から何も訊く事が出来ないと解った途端、どうしてもがっくりと肩が落ちた。
(僕も人の事言えないなぁ……)
少し自己嫌悪。
しかし気落ちしても仕方ない、別の方法で何か聞けないか考えてみよう。
困難だから諦めるのでは無く、求める結果に必要な条件を揃える様に動けばいい。
それは彼の敬愛する父からの教えである。
「あーーーッ!!もう本当お兄ちゃんなんか嫌いッ!マーギーにまでそんな事言ったら絶対許さないんだからね?!ゼッコーよ!ゼッコー!!」
少女に抱きつきながら、こちらに舌を出すリリアーナ。
その言葉に、気になっていた事の一つを思い出し、改めて確認する。
「そういえば、その子の名前どうやって知ったんだ?何にも手がかり無かったって父さんが言ってたのに」
すると良くぞ聞いてくれました!と言わんばかりに輝く笑顔で彼女は答えた。
「私が考えたの!この子の名前はマーガリータ!!素敵でしょー!?私、妹が出来たら花の名前にして、お揃いにしよう!って思ってたの!!」
夢が叶ったのー!!と心底嬉しそうに少女、もといマーガリータに頬ずりをするリリアーナ。
確かに百合と木春菊は花の名で、リリアーナとマーガリータは、それを人名にしたものだ。
しかし、グランは聞き捨てならない単語に引っかかった。
「ちょっと待ってリリア、今妹って言った?」
「?、そうよ。マーギーは今日から私の妹よ?紛れもなくウチの家族よ?」
「いや、いやいや。お前それ父さんが聞いたら何て言うか……」
「パパもママも良いって言ったもん」
「は?」
「パパもママも良いって言ったもん」
ポカンと呆気に取られたグランに、もう一度同じ調子で続けるリリアーナ。
視線をマーガリータに移し、もう一度リリアーナへ戻す。
「マジで?」
「マジよ」
そしてまたマーガリータをジッと見たまま固まった。
お兄ちゃん驚きすぎー、と茶化す様に言うリリアーナ。
だが、何も反応返さないグランに流石に不安になり、おずおずと様子を伺う。
「お兄ちゃん……、家族が増えるの…嫌だった……?」
その問いに、静かに首を横に振り、グランはこの空気に戸惑っている様子のマーガリータに近づく。
そして視線を合わせ、自分を指差しながらこう言った。
「こんにちは、僕はグラン。グランだよ」
ジッ、とその動作を見ながら、マーガリータの口が動く。
ぐらん、と。
その様子を見て、彼は彼女の肩を掴みこう言った。
「君!僕が教えるから、字を書けるようになろう!絶対リリアーナより頭良さそうだし!!」
「お兄ちゃんやっぱ私の事バカにしすぎじゃない!!??」
ぎゃあぎゃあと食ってかかろうとするリリアーナを躱しながらグランは思案し続ける。
意思の疎通の為に、文字を使う方法は思いついてはいたが、相手に習得させるのに時間がかかる。
それを実行するには難しいと思っていたけど、うちの家族になったというなら話は別だ。
家にいてくるなら、いくらでも時間がかけられるのだから。
もしかしたら彼女は何か知っているかもしれない。
何も知らなくても、彼女がどうして精霊に守られていたのか何かキッカケが分かるかもしれない。
そう思うと、ドキドキする。
心が浮き立つまま笑みを浮かべると、リリアーナにこう言われた。
「うっわ、パパそっくりに笑わないでよ、あくどいー」