とりあえず笑っておく。
2019/04/09 加筆・誤字修正
逃げようとしたのも束の間、アホかってくらいの衝撃が私にぶち当たる。
そして、そのまま床に頭の側面をしこたま打つけた。
あああああああ!!!!!もおおおおおお!!!!なんなんだよおおおお!!!!
私さっき痛いの嫌って言ったじゃないのおおおおお!!!!
やめたげてよぉおお!!!!
運が良いのか悪いのか。
意識は飛ばなかったものの、私はまた床でびったんびったん踊り狂っていた。
そんな私を見て、あわわわ!と何か早口に捲したてる女の子。
待って、落ちついて?焦りすぎて何言ってるのか全然分からん。
ほら深呼吸してみ?
そう思いながら、よろよろと体を起こす。
全く……、こんな短時間で二回も床にダイレクトアタックするとは思わなかった……。
いてて、と打ち付けた所をさすりながら、女の子を見てみる。
わぁあ、ものすっごい泣きそう。
本当に悪い事しちゃった……って思ってくれているんだろう、涙目で申し訳無さそうに私を見ている。
まぁ確かに痛い思いはしたけど、言っちゃうとそれだけだし、うん。
それにあの早口に捲し立ててたのも謝っていたのかもしれない、多分。
ともかく、こんなに落ち込んでるんだし、きっとそうなんだと思う事にする。
とりあえず、女の子を落ちつかせよう。このままだったら泣きそうだし。
この子は謝ってくれたと思うし、これ以上落ち込ませたくは無い。
でも、どうやったら落ちついてくれるのか……。
よし、とりあえず笑ってみるか。
大丈夫だよー、なんとも無いよーって思いながら笑えば、何かこう伝わるかな?
やってみよう。
ほら、にぱー。
にぱにぱー、少し頭がユルそうって思われる位には笑えー。
頑張れ私の表情筋ーー。
そんな私に、大きな目を見開いたままキョトンとする女の子。
あ、やっべ。これ完全に滑ったわ、終わった。
ピキリと表情を引きつるのを感じる。
けど、その子は私にふわりと笑いかけてくれた。
笑顔があんまりにも優しかったから、落ち着かせようとしていた私の方がフ、と肩の力が抜けてしまった。
女の子は固まったままの私の側に寄って、そっと私の手を握り、ポツリポツリと、さっきとは違ってゆっくり話しだした。
けど、その言葉を聞いた時、私は目が点になった。
何を話しているのか、全然分からない。
目の前の子が話してる言語に全く聞き馴染みが無い。
言ってる意味とかでは無く、話してる言語自体が私にとって全く知らない物だ。
え、これはまずく無いか?
いや、これ、かーなーり、まずい。
まず、私は何故か声が出ない、だから話すことが出来ない。
しかも、私が知らない言語で話してるという事は、ここが何処かと聞いてる場合じゃない。
私は全く縁も所縁も無い土地にいる事がほぼ確定した。
おいおい……マジか……。
気合いを入れた矢先にこれは流石に予想外過ぎて、完全に脳内がフリーズしていた。
頭に手を当てて冷静さを呼び戻そうとしても全く戻ってこない。
口も開いてるのは分かってはいるけれど、閉じる気が全く出てこない。
そんな私の様子に気づいて、女の子が不安げに私の顔をのぞき込んできた。
あれ、心無しかまた目に涙が……。
い、いかんいかんッ!!せっかく落ち着いてくれたのに!!
よしッ!!もっかい笑うかッ!?ついでに手も明るく降ってみよう!!
ほら!!きーぷゆあすまいりーんぐ!!
混乱し過ぎて自分でもよく分からない事を、気づいたら口走っていた。
でも今、声出て無いんだから聞こえてない!セーフだよね!
しかし、予想外の事が起きた。
女の子がさっきよりも鋭い悲鳴をあげた。
さっきの黄色い悲鳴とは違う、正真正銘の悲鳴。
突然の事に固まる私。
私……何ニモシテナイヨ……?
すると、女の子は真っ青な顔で私の右手を指す。
手……?そう思いながら自分の右手を見る。
手の平にはべったりと真っ赤な液体。
は?なんぞこれ、……血っぽい。
いや、これ血か、血だなぁ。
おいおいマジかよ嘘だろ。
え、まさか、床にダイレクトアタックした時に頭割れた感じかコレ?!
なんて思ってたら部屋のドアがバーンッ!!!と凄い勢いで開いた。
勢いそのまま、全く見覚えの無い男の人が大声で何事か言いながら入ってきた。
え?!えッ?!何なに何?!?!
すると女の子がビャアアって泣きながら、そのまま男の人の所に走っていく。
男の人に抱きつきながら私のことを指さして、また何事かを早口で捲したてている。
ちょ、ちょい待って!?なんかコレ雰囲気的に悪者にされてない?!
私何もしてないぞ?!むしろされた方って言っても良いと思うんですけど??!!
しかし私にそれを伝える術は無く。
女の子の言葉を一通り聞いた男は、強張った表情のまま足早に近づいてきた。
え、え、待ってよ。
私、本当に何も悪くない!何もしてないッ!
聞こえる訳が無い。けど、どうしても口は動く。
喉の震える感触はしても、口から出るのは変に荒い吐息だけ。
口の中がカラカラに乾いていく。
逃げ出したいのに体が動かない。
抑えたいのに息が勝手に上がっていく。
怖くて、何をされるのかが分からなくて。
今まで起きてる事も、自分の現状も、何も分からなくて、頭が纏まらなくて。
何が何だか分からなくて、ただ、泣き出してしまいそうだった。
男は私の近くに来るとしゃがみ込み、手を伸ばした。
伸ばされる手の行先を目で追う事しか出来ない。
嫌、痛い思いをするのはもう嫌。
ズギリ。
再び痛み始めた頭に過ぎったそんな言葉。
そうこうしている内に男の手が私の額に触れる。
反射的に目を閉じ身体を竦める。
怖い、嫌だ、上手く息が出来ない。
たすけて。
ガチガチに固まった私に触れたその手は
身構えた事が馬鹿らしくなる程優しいものだった。
* * *
あんなに怯えた事が申し訳無さ過ぎて、なんかもうお腹痛いわ。
その後、物凄く慎重に傷の様子を見てくれたと思ったら、ハンカチか何かを取り出して傷を抑えてくれた。
ポカンとしている間にベッドの上に戻され、気づけば女の子が美人の女の人を連れてきていた。
その女の人と二、三話したかと思ったら男の人は部屋を出て行った。
残った女の人はまだ呆然としている私と目が合うと、優しく微笑んだ。
そこから私は手当てをしてもらい、額には傷をガーゼが貼られていた。
手当ての間、女の人は動作を交えながら話しかけてくれたので、何となくの意思疎通も出来た。
私が汲み取れずに居ても、大丈夫と言わんばかりに笑顔で頭を撫でられ。
……なんだろう、なんかもう、ごめんなさい。
めちゃくちゃ良い人だった、皆めちゃくちゃ良い人だった。
混乱極まっていたとは言え、あんなビビリ倒してしまったのが恥ずかしいやら情け無いやら。
再び寝かせられたベッドの上で頭を抱える。
しかし、そんな事をしていると、側に付きっきりで居てくれている女の人と女の子が、凄い心配してくれるので、もうジッとするしか無い。
ただ、一旦落ち着いた事によって気づいた事が一つ。
二人の様子を見てる限りだと、私が言葉が分かって無い事に特に驚いていない。
という事は、私がこの人達の言語が分からないのが当然なのだろう。
だとしたら、一つの可能性が浮上する。
私、この国の人じゃないんじゃね?
何でかは知らんけど、外国にいるんじゃないかコレ。
嘘だろ……、と自分の中の仮説にドン引きしていたら男の人が戻ってきた。
なんかタヌキっぽい人を連れて。
え、いや、うん、あれは……タヌキだわ。
顔とか完全にタヌキだ、タヌキ。
耳あるし、腹周り出てるし、なんか全体的にモフモフで尻尾あるし、うん。
ってえええええええええ???!!!
なんでタヌキ!?しかも四つんばいじゃない!!二足歩行だよ??!!
てかデカくね!?タヌキでかくね!?男の人と並ぶよ?!つか服着てるよ!?
思わず飛び起きてタヌキさん(?)を凝視する。
いきなり飛び起きた私に、周りの人もタヌキさんも驚いていたが、そんな事はどうでもいい。
え、なんで皆普通にしてるの?違和感無いの?
私の目がおかしいの?
あぁもうこれ何が何だか、わっかんねぇな!!
訳が分からない事が一周すると、なんだか楽しくなってくる物で。
そんな事を考えていた私は大変マヌケな顔していたのか、タヌキさんは少し目を瞬かせていたが、恰幅の良いお腹を揺らしながら愉快そうに笑い始めた。
するとタヌキさんは笑ったまま、こちらに手を振りながら話しかけてきた。
言葉を返す事は出来ないので、手だけでもと振り返す。
すると嬉しそうに笑いかけてくれたので私は単純にもこう思った。
そうか、タヌキさん。貴方も良い人(?)なんだな、と。
女の人がタヌキさんに話しかけながら、ベッドの側を譲る様に移動する。
タヌキさんは言葉を返しながら、着ていた白衣から眼鏡を取り出す。
何をするんだろうと思いながら、側に来たタヌキさんを見ていると、目の下を下げられた。
え?と思っている間に口を開けられたり、耳の中を見たり、私の胸に手を当てたりし始めたので気づいた。
あ、この人医者か。これ診察してるのか。
それなら大人しくされるがままになる。こういうのは邪魔な事はしないに限るし。
最後にもう一度、喉の奥を見てタヌキさんはお疲れ様と言う感じで私の頭を撫で、少し離れた。
その表情は少し険しく、男の人と女の人を呼んで小声で話始めた。
あれれー?コレ何か結果悪い奴なのではー??
私どんな異常疾患持ちなんだよー、なんかもう怖いも一周すると楽しくなってくるな、もう。
そうぼんやりしていたら、いつの間にか女の子が近くにやってきた。
ん?どうしたんだろう、と女の子を方を見ると最初にそうしてくれた様に私の手を握る。
そして私の手をにぎったまま、何かを決意したで力強く何事かを呟く。
そして、言い終える頃、何故か彼女は悪どい笑みを口元に浮かべていた。
え?何、え、ちょ、怖いんだけど。
さっきまでそんな顔する子に見えなかったのに、急にどうした?
もしかしてそっちが素なの?え、意外性とかそういう問題じゃないんだけど?え?
しかし、気づけば彼女はまた元の愛らしさのまま、フフっと可愛く笑っていた。
と、とりあえず、彼女の機嫌を損ねるのもアレなので、こちらもどうにか笑顔を返してみる。
引きつり気味なのはご愛嬌だ。
しかし、それを待っていたと言わんばかりに彼女は、さっきのタックルを思い出させる力強さで私を抱きしめる。
へ?
と、思う間も無く。
彼女は何かしらを高らかに宣言するかの様に、大人達に呼びかける。
そして、この日から、この女の子こと、リリアーナ嬢の強すぎーる押しと、私を拾ってくれる程心優しきトゥルナード家の人々の温情により、私は事実上のリカルド・トゥルナードの養女になるのだが、私がそうだった事を知ったのは大分後になってからの話。
その間、私はこの家の居候かなんかとして拾って貰ったんだと思っていたのは、また別の話。