おはようございます。
2019/03/27 加筆修正
嵐は丸一日猛威を奮い、翌日からは徐々に勢いを無くし、三日経った今では名残だけになった。
しかし、あの日拾った子供は一向に目を覚まさなかった。
複数の裂傷、酷い衰弱状態だった事も災いし、酷い高熱と昏睡状態となり、そのまま死んでもおかしく無い状態だった。
だが、知人の医師と、妻のマレーアによる献身的な看病で峠を乗り越えた。
医者は「峠は越えたとはいえ、体力の回復には時間が掛かるだろう」と、絶対安静と目が覚めたら自分を呼ぶようにと告げ、帰っていった。
そしてそのまま、子供はこんこんと眠り続けている。
幸か不幸か、奴隷印は何処にも見当たらなかった。
少なくとも、どこぞの奴隷商の『商品』である可能性は低い。
最も、奴隷印が刻まれる寸前で、逃げ出してきた可能性も有るので断言は出来ないが。
身につけていた物から何か分かるかと、包まれていた黒い布を調べてみたが、黒だと思っていたそれは濃い紺色で、船乗りの上着の様にも見える物だったが、至る箇所が破れ、大きさも子供が着るには大き過ぎるものだった。
それ以外に特に目立った物は無く、何も分からず仕舞いだった。
唯一分かっている事は、黒い髪色と控えめな顔立ちという特徴から、西の海洋都市国家『アミルフ』の出身か、その土地の血を引くものが血縁者である可能性が高いという事。
(でも…正直何も分かっちゃあ、いないんだよなぁ…)
ここ最近、エステリオに訪れた奴隷商に関係している者や、人探しなどがあったか調べてはみたものの、直接の手がかりは得られず、事実上お手上げ状態だった。
(どうしたものか……)
深く椅子にもたれ掛かり、思案を今一度広げてみようとした、その時。
「キャアアアアアアアッ!!!!」
少女の鋭い悲鳴が屋敷内に響く。
その声にリカルドは血の気が引いた。
「ッ!?――リリアッ!!??」
リカルドは部屋から飛び出し、その声の元へと駆け出す。
それは愛娘、リリアーナの悲鳴だった。
* * *
あ〜〜〜〜……よく寝たぁ〜〜〜〜……ッ!!!
起き上がって、ぐいーーっと背伸び。
あーすっきりすっきり。
体はまだまだダルいけど、最初に起きた時より全然軽くなっていた。
やっぱりたくさん寝ると清々しい気分になれる。
ふう、と一息ついて、シーツに包まったまま周りを見る。
黒っぽい木の柱に白い壁、タンスや家具も綺麗めな木製で、部屋自体も片付いてて全体的に居心地が良い。
でも、この部屋に見覚えが無い。
やっぱり知らない所だ。
待て待て、知らない所だ、じゃない。
なんで私そんなトコにいるんだ、おかしいだろ。
普通こういう時はあれじゃないの、ほら。
部屋とか、いやここも部屋なんだけど、自分の部屋とか。
見覚えないって、私、絶対知らない所にいるよね、これ。
腕を組んで思いだそうとする。
うーん……?そもそも私はここに来る前、どこに居た?
というか…何してた……?
んんー?
どうにか思い出そうとするも、急にズキズキと頭が痛み始めた。
ああ〜〜〜〜っ、思い出していらんねぇ〜〜〜〜!!
蹲る様にもう一度ベッドに倒れこむ。
なんなんだもう……。
頭痛が引くまで丸くなったままジッとしている。
横になっていると痛みはすぐに引き始めた。
あぁ、良かった良かった……。
ごろり、と寝返りうって改めて気づく。
このベッドやたら大きくない?
えいえいえい、と押して遊んでいたら、ふわりとまた風が流れきた。
風が流れてきた方向を辿ると、少しだけ開いた窓があった。
陽の光と涼しい風、そして、ざわざわとした人のざわめきが聞こえてきて、一つ思いつく。
そうだ、外。
外ってどうなってるんだろう、何か見たことある物があるかも。
そう思って窓辺に寄ろうと、ベッドから降りる為はじっこに寄る。
足を伸ばそうと下を覗いて思いっきり後ろに後ずさった。
は??何これ!?たっか!!ベッド高っ!!!!
何このベッド!!!!
広いなぁーとか思ってら、思ってたより高さあるんだけど!!??
怖ッ!!何これこっわ!!!!
まさかの自体にちょっとポカンとしたけど、いやいや大丈夫。
別に飛び降りるくらい高いって訳じゃない、大丈夫大丈夫。
もう一度端に寄って下を見る。
最初は高いと思ったけれど、落ち着いて見てみればちゃんと片足ずつ降りれば全然大丈夫そうだ。
ふ、ふふふ、驚かせやがってぇ…っ!!
大丈夫だと分かればこっちのもんだ!!
でも、怖いものは怖いので。
ゆっくりおしりの方から端に寄る。
そしたらそのまま足伸ばしちゃえばいいだけだしね!!
カッコ悪くてもいいんだ!!
痛い思いをする方が嫌だからね!!
そ、そろーり、と右足を伸ばす。
つま先に床があたる。
あたった瞬間、ホッと息をつく。
これでまさかの足がつかなかったら、それはそれでどうしようかと思ってたけど。
やったね私!足がついたよ!!
よし!後はそのまま左足をおろせばいいだけ!
と、右足に体重をかけた。のが、間違いだった。
私の右足はそのまま、ふんばる事無くぐしゃりと膝から崩れ落ちた。
ふぁっ?
と思う間も無く、私はそのまま勢いよくビタァンッ!!と床に激突した。
いッッたあああぁあ!!??
はぁあ?!なにこれすっげ痛い!!
はぁ?!ふざけんなすっごい!!もうすっごい痛い!!!!
うおおおおおおおおおお!!!!!!
じったんばったん、全身の痛みにのたうち回る。
ヒーヒー息をあげながら、どうにか体を起こすものの、心なしか腕が震えてるような気がする。
まさか……私、自分の身体を支えるのこともできないのか!?
そんなに力が無いのか私…。
む、むりょく……。
ガックリと肩を落としながら、ため息まじりにポツリと呟く。
でも、確かに言ったはずのその言葉は、私の耳には届かなかった。
ん?
不思議に思って、もう一度何か言おうとしてみる。
あーあー、もしもーし。
ぱくぱく、口は動いてる。喉も震えている感覚がする。
なのに、全く声が聞こえない。
え、なんで?
耳は…おかしくない……よね。
さっき人の声がするなーって思ったから、ベッドから出ようと思ったし。
もしかして、声が声として出て無いの?
……一応、試しにもう一度。
やっほー!
……静かだ、とても静かだ。
ちょっと大きな声を出すつもりで、声を出したはずなんだけど、出たのは掠れた息だけ。
なるほど、私は声が出ないのか……。
いや、なるほどじゃねえわ、なんで?
何度か大きな声を出そうとするけど、やっぱり聞こえるのは自分の吐息の音。
声じゃない。
あれ、これ、話せなくない?
私、何処か知らない場所に居るかもしれ無いのに、訊くどころか、何もやり取り出来ないって事?
そう気づいたら、ドッと心拍数が上がってきた。
ど、どうしよう、どうやってココが何処なのか聞けばいいんだ。
その前に本当にココどこなんだろう。
私、何にも知らないし、聞くことも出来ない。
身体の奥底が冷える様な感覚がジワリジワリと広がっていく。
あぁあ、どんどん怖くなる。
考えるのを辞めたい、お先が真っ暗過ぎる。怖い。
……あぁ、でも、ここで考えないと、私はどうする事もできない気がする。
ここで考えるの辞めたら、本当に何も出来なくなってしまう。
そんな気がする。
いやだ。
その方がもっと、嫌だ。
訳が分からないなら、どうにかして、知らなければ。
ともかく、ここは頑張らなきゃダメなとこだ、これ。
ならば……気合を、気合を入れなければ。
手を両頬近くにまで寄せる。
そして、勢いよくそのまま頬を叩く。
パーンッ!と勢い良く響いた音、頬にジーンと痛みが広がる。
お陰で、頭と目が覚めた。
大丈夫。
気をしっかり持てば、大丈夫。
私がそう思ってるなら、きっと大丈夫。
うん、と頷いて私はもう一度、周りを見る。
さっきまで寝ていたベッド、綺麗な家具。
そして、外につながる窓と部屋のドア。
あのドアを開ければ外に繋がっているのかもしれない。
でも、ココがどんな場所かはすぐに分からないかもしれない。
それなら、すぐに外を見れる窓から覗いて様子を見よう。
よし。その為にもまず、立とう。
さっきは、すっごい勢い良く転んだけど、気をつけていれば、あんな事にはならないはずだ。
よいしょ、ともう一度足に力を入れる。
ガチャッ
その前に部屋のドアが開いた。
あ、と思う間も無く、そのドアを開けた人物は部屋に入ってきた。
それは女の子だった、小さい女の子。
栗色のふんわりとした長い髪に薄い水色のリボンがよく栄える、パッチリお目々が緑の可愛い女の子。
わ、わぁ。キレイな女の子だ。
は、はじめましてー、私コワクナイヨー?
なんて思いながら、片手を上げて挨拶じみたことをしようとしたその瞬間。
「キャアアアアアアアッ!!!!」
女の子は満面の笑顔でいきなり叫びだした。
キィン――ッ!!と耳鳴りが走り固まる私。
そしてその子はもうたまらない!!とばかりに私に向かって駆けだし、私にタックルをかましてきた。
ヘアッ!?