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ーー 最初のはじまり、終わりのはじまりーー

2019/04/09 加筆・誤字修正

 

『それ』は目が覚めた。


『それ』にとっても、余りの唐突さで意識が覚醒した。



しかし、覚醒はしたが、頭の中はどうもぼんやりとはっきりしない。

まるで靄の様な違和感を振り払おうと『それ』は頭をふった。


不意に、その目で捉えているはずのこの空間が全く見えない事に気づく。

一体ここはどこだろうと辺りを見渡すが、それら徒労に終わる。

いくら目を凝らせど、何も見えないのだから。


どういう事だろうと首を傾げたが、すぐに『それ』は一つの可能性を思い至る。

そしてひらめいた弾みのまま、それを口にする。


「もしかして、真っ暗闇なの?」


小さくも確かに発せられた声が妙な歪さで響き渡った、その瞬間。




 ざ わ り ーーー。




息を呑む間も無く辺り一帯が動き始める。

途方も無く巨大な何かが、大きくうねり、爆発的な勢いで暴れ狂い、のたうち回り始めた。



『それ』の呑み損ねた息が詰まった。


 なんだ、これはなんだ!?一体何が起きてる!?



瞬間的に混乱が恐怖を上回った。

目をきつく結んだ瞬間、『それ』は違和感に気づく。




 静かだ、と。




目を開け辺りを見渡せば、何事も無かった様に、目が覚めた時と同様の静けさ。

まっさらな暗闇が広がるだけの空間。


ついさっき、自分が感じたあの異様な出来事は何かの間違いだったかの様に、恐ろしく静かだった。



苦しくなる程詰めていた息を静かに、慎重に吐く。

持ちうる限りの意識を奮って、落ち着いて普通に呼吸をしろと叱咤するも、集中する事は出来なかった。

脳内を占めるのは、先ほどの異変への言葉だ。



 一体何なんだ?ここは一体どこなんだ?何が起きてるんだ!!



辺りを衝動のまま見渡すが、そんな異変があったとは思えない程、しん、と静まり返っている。

その事実が余計に、真綿の様に首を締めつける。

だが、振り払うように『それ』は、纏りのつかない頭で思案する。


ここが何処だか、どんな様子がわからないから混乱するんだ。

この闇を照らす、そう、灯り。

光を、見つける事が出来れば。

そうすれば、少しは何かが分かるようになる。

分かれば、きっと状況は良くできるだろう。



そうだと、断定する。

断定するしかなかった。


そうすれば目標ができ、それが当面の希望となる、と思い込もうとした。

そうでなければ、『それ』はこの現状に耐えられなかった。



だから『それ』は自分で希望(ごまかし)を信じ込むため唱えた。


「よし、灯りを探そう。光があれば何か見えるはず」


そして、その言葉が紡がれたのと同時に、あっけなく『それ』の目標は到達された。




目に刺さるほどに煌々とした光が。

『それ』が求めた光が、その空間を総べたのだ。

暗澹の闇を切り裂く様に、閃光が空間を目で追う事も叶わない速さで駆け抜けた。



 黒、から白へ。

 空間が染め上げらていく。


空間が変質する。

震える。

揺れる。

割れる。

蠢く。

変わる。

混ざる。


そして、何かが新たに張り巡られていく。




静寂が支配する。

これまた何事もなかった様に、元々そうであったかの様に。

異変とは不釣り合いな閑静を置き去りにして、その変貌は完了していた。







『それ』は、呆然と変貌が完了したばかりの空間に目を見張ったいた。



 圧倒――――。



その一言に尽きる凄まじい光景であった。

ではあったが、その光景は『それ』に一つの回答をもたらした。



最初の異変はこれだったのか、と。


途方も無い大きなものは、この空間そのものだったのだ。


そして、暴れ狂っていたと感じていたものは、空間そのものが変化していたいう事を。

眼前に広がる、どこまでも真っ白な空間を見つめながら、『それ』はそう理解した。




漠然とした思考の波から、のろのろと現実へ這い出す。

そして、今までで気づいた事を踏まえて思案の網を広げる。



この変化はどうやら自分が発した〈言葉〉に反応している様だ。


光を探そうと言えば、瞬く間にこの世界は光に支配された。

自分の姿すら見えない程の闇に包まれていたのに。


その闇も、自分が暗闇の中にいるのではと、つぶやいた直後に変化したのだ。

きっとあれはただの闇などではなかったのだろう。




(……ただの闇ではなければ、あれは一体なんだったんだ……?)





それに気づいた瞬間、『それ』の脳裏に当初の一番の〈疑問〉が駆け巡る。



 そもそもここは一体なんなんだ


 私は何故ここにいるんだ


 ここには誰もいないのか



 ここは何もないのか






気づいてしまえばその事実に指先が、身体が、震える。

居ても経ってもいらなくなった『それ』は宛もなく呼びかける。


異様に声が響くこの空間で、振り絞れるだけの大声で。



「ねぇ!誰かいないの!?いるなら誰か返事して!!だれかいないの!?聞こえないの!?」



フラフラと、覚束ない足取りで、無機質な白い空間を彷徨い歩く。

次第にその足取りは焦れた様に早足となり、その速度は増しに増し、気づけば『それ』はこの空間をデタラメに走り回っていた。



息が苦しかろうと、脇腹が引きつる様に痛みだそうと、舌が、足が縺れようと、『それ』は叫び続けた。

この呼びかけに応える声を求めて。



「っ誰かぁあッ!!!!ねえ、だれか、誰かッ!!!いないのっ!!!?ねぇっ、こたえてよぉおっ!!!!!」



視界が涙で滲む。

声は掠れ、何度も咳き込み嘔吐きかえながら、狂った様に叫ぶ。

そして、「あっ」という短い悲鳴を上げて『それ』は無様に転んだ。



走り、叫び、限界に限りなく迫った身体を起こそうとする。


その腕は情けなくなる程に震えていた。

息はあがり、喉の奥で空気がから回る。

それに合わせてヒュウっと奇妙な音が鳴る。


音が歪に響く。何もそれを遮るものが無いように、その音だけが響く。





その時、『それ』は悟った。


この空間には自分以外、誰も、何も、自分が呼び出した光と闇以外存在しないという事。


「誰か」と呼びかけても、その呼びかけに応える声は無いという事を 。



そして、「誰か」という言葉だけでは「誰」も呼び出すことは出来ない事を。



そして、『それ』には、『それ』にとって呼びかける存在がいないという事を。


自分以外の「誰か」を知らないという事を。




その事実に、堰がを切った様に涙がこぼれ落ちる。


次第に嗚咽が混じり、吠える様に嘆き、言葉と呼べない様な絶叫を、引き裂く様な悲鳴を上げた。























『それ』は呆然と煌々と光が遍く空間に力なく座り込んでいた。


その目にもう涙は無く、ただただ何も無い世界を映し出していた。



目覚めた時と一変した、白々とした光景に暗澹とした不安が染み渡っていく。

じわじわ侵食するそれに同調したのか、止まっていた、しかし、あの時とは違う意味合いを持って、両の目から零れ落ちる。


留まること無く、ただ頬を伝い、流れ落ちていく。




『それ』は気づいた。


一番、気づきたくない事に気づいた。



一番知りたくて堪らなかった、それに気づいてしまった。




「わたし、一体誰な、の……?」




流れ落ちる雫は、鈍くも空間を叩く。


その音が虚しく響いた。

が、それも空間の中の静けさに吸い込まれていく。

















「へぇックション!!!」





静寂を台無しにするその音は、『それ』の少し後ろで派手に響いた。




「・・・・・・・・・・・・・・え?」



『それ』は最初、なんの音なのか理解ができなかった。


そして、その音の元にいる存在が何なのかも理解できなかった。




「うわ……何も無いな、ここ……」


闇が舞い戻ってきたかの様な、黒衣を纏ったその存在は、辺りをキョロキョロと見回している。


白く白く、光しか存在を許されていない様なこの空間に置いて、全くもって異質な存在に映った。





だが、『それ』にとっては、そこに存在するだけで、かけがえの無い存在に思えた。




「ねぇ」――。


掠れた声で呼びかける。

願う様に、祈るように、その存在に呼びかける。


「ん?」


小さく疑問符がついた、間の抜けた声でそれが振り向く。

その動きに合わせて、黒衣がふわりと揺れた。


その姿は、この痛い位に白に侵された世界で、鮮烈に浮き出され神々しくすら感じた。






あぁ、ーーーー、きっと神様だーーーー。




『それ』は思わず天を仰ぐ。


応えが、声が返ってくる。

それだけで『それ』は言い知れぬ幸福を覚えた。



そして、『それ』は、乞いた。


突如として舞い降りたその存在()に、純然な『それ』の願いを乞いた。




「たす、けて……わた、しを、どうか、……たす、けて……、くださ、いーーーー」






これは、世界が始まる、神が生まれる前の。

始まりの女神が生まれる前の話。




  そして、孤独に怯え、友を求め、神に喧嘩を売ったーー。

  一人の散り損ない(少女)が歩んだ軌跡。


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