狐憑き
……おや、見ない顔だなアンタ。
……そうかい、アンタも狐憑きの話を聞いてやってきたんだな。
詳しくは……?
そうか、知らないのか。なら教えてやろう。
この町の外れにある山を裏側に回ると、石段がずーっと上まで続いている。
そんでそいつを登っていくとてっぺんにはお稲荷さんがあるのさ。
随分と昔からあるらしくてねえ……そもそもこの話はまだ明治から大正に変わったばかりの頃へ遡る。
その頃にこの辺を治めていたお家には一人娘が居たのさ。
その子は生まれながらに身体が弱くてね。
可哀想に、寝たきりだったらしい。
医者には五つまで保つか、どうか……そんな風に言われたらしいがね、奇跡的に娘は十五まで生きた。
大層美しい子だったようで、嫁ぎ先もいくつか舞い込んだのさ。
その中には身分のいい青年もいた。
家の者は喜んで娘に勧めたが、娘はうんと言わない。
「狐様が居てくれるからそれで良い」のだと。
家の者は無理に嫁がせてしまおうと、逃げないように娘を家の離れに閉じ込めた。
……きっと結婚したくないから適当にホラを吹いていると思ってね。
ところが閉じ込めた翌日に様子を見に行くと娘は何処にもいない。
鍵も閉まったままで窓も何もない部屋から忽然といなくなっちまったんだ。
その後、狐憑きになった娘が狐の怪に連れ去られてしまったと町ではまことしやかに囁かれた。
どうやらその出来事以来、町では変なことがよく起きるようになったらしくてね。
狐様の祟りだ、愛する娘を無理やり結婚させようとしたので、狐様がお怒りなのだと。
それを鎮めるために建てられたのがあの山のお稲荷さんさ。
今じゃ誰も管理してないのに随分と綺麗でね……噂じゃ狐の花嫁となった娘と狐様が今でも仲睦まじく暮らしてるって話だよ。
まあ行ったところで何があるってわけじゃないんだがな……って、行っちまったよ。
たく、都会の人ってのは気が早いね。
……おや、お前。降りてきてたのかい?
ああ、聞いていたのか。
……そうだな、俺の姿が見える稀な人間だったから、ついつい話し過ぎちまった。
まあ、結界を通れるのは俺たちだけなんだから、心配するな。
まったく、お前は、身体は丈夫になっても心配症なところは変わらないな……。
……お、今日はいなり寿司か。お前の作るのは美味いからな。
さあ、帰ろうか。我が家に。