昼下がりのエチュード
土曜の昼食後、十五分間。
僕と先輩だけのエチュード。
他の部員たちが来るまでの時間、僕ら二人の関係は恋人にもなれば親の仇にもなる。
「……あいしてるって、あいしてるって言ったじゃない!」
「愛してるよ、ちゃんと君のことを一番愛してる」
「一番っていうのは、二番があるときに使うことばだわ!」
「二番なんていない、僕にはずっと君だけさ」
「もーっ、駄目だよさっきから! 言い方が園児っぽくないのよ」
「先輩…そもそもですよ、なんですか『幼稚園生がごっこ遊びでする昼ドラ』ってお題。というかませ過ぎですよ。とんだませガキですよ」
「最近の子っていうのは進んでるものなのよ」
そんなものかなあ、と、先輩の言葉に首を捻る。
そんな僕に構うことなく、さっさと部活の準備を始める先輩。
本日のエチュードはこれにて終了って合図だ。
授業が午前中で終わる土曜日。
昼食を済ませてから我ら演劇部の活動が始まるわけなんだけれど、お弁当を持ってくるのは僕と先輩だけ。
他の部員たちは近くのファミレスに出かけたり食堂に行ったりで、中々戻ってこない。
僕らがどんなにゆっくり食事を取っても、約十五分ほどの空き時間ができてしまう。
最初は本を読んだり、ぼーっとしたりして、それぞれ暇をつぶしていたのだけれど、ある日のこと。
『みんなが戻ってくるまでエチュードするわよ!!』
『えぇ? 二人で、ですか?』
『そそ、だって暇じゃない?』
『まあ…そうですけど』
『じゃあ今から私、捕まった敵国のスパイ演るから、君は少し甘い見張りの兵ね!』
『ええっ!?』
と、こんな感じで始まった二人でやる暇つぶし。
いつの間にか恒例になって、お弁当を食べた後、すぐさま机を寄せてスペースを作る。
お題はいつも先輩から。
そして今日は『幼稚園児がごっこ遊びでする昼ドラ』だったわけなんだけれど……。
「んんー、難しいなぁ。ただの昼ドラじゃないってところがミソですね」
「だから面白いんでしょ? でも、随分上達したと思うよ。無茶なお題にも文句言わずに乗ってくるようになったし……慣れかな?」
「なんだか嫌な慣れですね」
「演劇部員に羞恥心なんていらないんだからおっけーおっけー!」
またしても、そんなもんかなあ、と先輩の言葉に首を捻る。
まあ確かに、うちの先輩たちはユニークな人ばっかりだ。
遅刻魔な先輩は、家を出ようとしていて玄関で居眠りして遅れてきたり、「遅れます」って連絡じゃなくて「遅れてます」って連絡してきたりするし。
遅れてるなうかよ、みたいな。
副部長は無駄にハイスペック。
できないことや似合わないことを探す方が難しい。
部長は自称吸血鬼だし。
「さってっとー、これで準備よーし」
なんだかんだお喋りしつつ、机の配置を部活スタイルに切り替える。
あとはみんなが来るのを待つだけだ。
「あっ…なんかまだ十五分くらい来ないみたい。ほら、今日は全員でファミレス行くって言ってたじゃない? 団体のお客さんが多くて、随分混んでるみたい。今部長からメールが来たわ」
「あちゃー、そうなんですか……みんなもお弁当にすればいいのに」
嘘だ。
みんながお弁当になってしまったら、先輩とエチュードができなくなってしまう。
「そうねえ」
先輩の同意に、胸の辺りがちくりとした。
自分が先に思ってもないことを言ったくせに、傷つくなんて馬鹿みたいだ。
先輩は、この十五分が無くなるのは嫌ではないのだろうか。
机の上に腰掛け、両脚をばたつかせながら、先輩がふいに言った。
「ねえ、もう一回エチュードしようか」
「え?またですか?」
「いいでしょ、十五分あるんだし。それじゃあお題は……演劇部員の先輩と、後輩ね」
「え?」
そんなの、僕らそのままじゃないか。
「じゃあいきます……はいっ」
戸惑う僕をそのままに、先輩がスタートを切る。
「ねえ、君はエチュードって、好き?」
「えっ…あ、エチュードですか? 好きですよ」
すぐに気持ちが切り替わらず、少しテンポが遅れてしまった。
構わず先輩は続ける。
「そう、私も好きなの。君とのエチュード。本当ならずっと演っていたいくらいに」
「え…」
これは、どっちだ。
エチュードでの言葉なのか、先輩自身の言葉か。
「私って元々、後輩への指導だとか苦手なタイプなの。土曜の昼が君と二人きりってわかった時はちょっとビビってたわ。なんならお弁当から食堂とかに切り替えようかと思ったくらい」
「そ、そうだったんですか? じゃあ、なんで」
「そりゃ思っただけでできないよ、色々慣れてない後輩一人残してくなんて。だからちょっとでも仲良くなれるようにって、エチュードを始めたの」
「…仲良くなれましたかね」
「あれ、なれてないと思ってたの?」
「いやいやいや、その、仲良くなれてるって思ってました。少なくとも僕は」
「そう、よかったね。片思いじゃなくて」
それは、思いが一方通行という意味での比喩なのか。
それとも、僕の気持ちを知っているのか。
だとしたら、「片思いじゃなくて」って、どういう意味なんだろう。
……両思い、とか?
「あの、それって」
言葉の真意を尋ねようとしたその時、勢いよく音を立ててドアが開けられた。
「いやーっ遅れてごめんねー! でも十五分よりは早く帰れたっしょ?? でしょ??」
そう言って入ってきた部長を皮切りに、がやがやと部員が教室になだれ込んできた。
先輩を見ると、「おかえりー、大変だったね」とかなんとか、部員と談笑している。
完全に聞くタイミングを逸したようだ。
呆然と先輩を眺めていると目があって、くすり、と笑われた。なんだろう、どういう意味なんだろう。
来週の十五分には、僕からお題を振ってみようかと思う。
もちろん「演劇部員の先輩と後輩」っていうお題を。