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 私って本当に醜いっていつも思う。見た目だけじゃなく、中身も。もしかしたら、その醜さがえぐみとなって実にしみついていないか不安になるくらい。

 

 植木鉢に寝転がりながら、実を入れる箱を見る。等級はB、だけどそれは私一苗では絶対もらえなかったものだ。


 前の事件からずっと賀茂くんが私の家柄ひんしゅをどう売り出すか考えてくれて、そのために頑張った結果だ。

 せり人のおじさんの話だと、少しずつだけど私の需要は増えているらしい。

 

 でも、それでも、賀茂くんの隣に立つにはおこがましい。


 もしかして、あれはただの私の妄想だったのかな、と思う。


 一緒に、農業試験場に入って、新しい種をつくろうって。


 都合よく、私が勝手に作り出した幻想、そうなのかもしれない。


 だってそうじゃないかな。普通ならそうだと思うよ。

 そうだよ、きっとそうだよ。

 最初からそんなことなんてなかったんだよ。


 気孔からふつふつと水滴があふれてくる。光合成もしていないのに、なんでこんなにあふれてくるんだろう。

 

 ははは、っと乾いた笑いを浮かべていると、かつっという音がした。


 なんだろうと、窓の外をのぞく。小石をぶつけられているようだ。


 かちゃんと硝子戸を開けると、そこには見慣れた苗がいた。


 賀茂くんが形の良い葉を震わせて、そこに立っていた。


 今はとてもあいたくない、でもそれを察してもらいたくない。ぐるぐると煮詰まってしまう。なんとか、平常心を持とうと、根っこに冷たい水を補給する。


「ど、どうしたの? 賀茂くん」

「魚沼さん、これ、忘れていっただろ」


 賀茂くんの葉には、竹酢が握られていた。

 

「わざわざこれを届けに来てくれたんだ」


 普段なら申し訳ない気持ちでいっぱいなのに、今日は余計なことをしてくれたと噛みつきたくなる自分が嫌になる。

 好かれなくてもいい、嫌われたくない、そんな私はひどく臆病で格好悪い。


「あ、ありがとう」

「魚沼さん」

 

 賀茂くんが竹酢を渡すとともにずいっと窓から花を差し入れた。


「!?」

 

 すぐさま閉めてしまおうと思った私はびっくりしてしまう。しかし、後ろに下がろうとも葉を掴まれて下がれない。


「なんか、変じゃない? 魚沼さん」

「そ、そんなことないよ」


 でも、私は花を向けて話せない。芽を合わせられない。


「本当に?」


 賀茂くんががくを傾げる。


 別に賀茂くんと大和丸さんの間になにがあったかっていえば、それはもう終わったことだし、私には関係ない。そんな無関係なことで怒っている私は本当に不純だ、最悪だ。


「ねえ、魚沼さん」

「もう遅いから。じゃあ」

「魚沼さん!」


 私は賀茂くんの葉を払いのけようとするのに、賀茂くんの葉が離れない。


 それがなんだか腹立たしくて、思わず言いたくもない、認めたくもないことを口にしてしまった。


「大和丸さんのところにでもいけばいいじゃない!」


 賀茂くんは一度も大和丸さんのことを話していない。そうだ、これは私の勝手な想像だ、想像のはずなのに。


「大和丸さんと上手くいかなかったから、私のところへ来たんじゃないの!?」


 何を言っているんだろう、賀茂くんに対してそんなことを言いたいわけじゃない。

 

 私は、ただ……。


「魚沼さん……」


 語尾が消え入りそうな賀茂くんを振り払い、私は窓を閉めた。そして、植木鉢にダイブした。

 おじいちゃんとおばあちゃんが田舎から送ってきてくれた柔らかい土に、夜露が染み込んでいく。


 私は葉を震わせながら、ずっと土にうもって声を殺した。






 翌朝も最悪だった。

 また事情聴取の続きらしい。

 

 今度は生徒一人一人に聞くとのことで、全員が一度に集められることはないだけ救いだった。


 昨日の今日で、賀茂くんに会えるほど私の道管は丈夫じゃない。


 しかし、同じ学園にいる以上、どこで出会うのかわからないスリルがある。終始、壁に隠れながら私は歩く羽目になった。


 そして、困ったことに事情聴取は賀茂くんの次だったらしい。少し早めに来たところで、賀茂くんに出くわしそうになり、思わず壁に隠れた。かちゃっと音がしてびっくりする。植木鉢になにかが当たった。


「いたたた」

「ご、ごめんなさい!」


 そこに倒れていたのは、大和丸さんだった。私がぶつかったせいで、転んでしまったらしい。

 

 大和丸さんみたいなブランドを傷つけてしまったら、私の花を何個千切っても償いきれない。


「大丈夫、大丈夫よ」


 そう言って大和丸さんは起き上がる。たわわになった実のうちの一つだけを葉にのせて傷がないことを確認するとふうっと酸素を吐いた。


 あれ、これは。


 真っ先に間引くような形の悪い実を撫でている。

 他にもっときれいな実がたわわになっているというのに。


「今から事情聴取? 私は今終ったんだけど」

「あっ、今賀茂くんが」


 正直あんまり話したくないのだけど、大和丸さんは少しわくわくした芽でこちらを見ている。そういう風に振舞われると、なんか断りにくい。典型的国産だな、私って。


「あっちの温室が開いているんだけど」

「は、はい」


 なし崩しにお話をする羽目になった。特に話をしても面白いことなんてないのにもう。


「あっ、これ、評判のいい有機肥料なんだけど」

「いただきます」


 自分の食欲も憎かった。

 

 というわけで、植木鉢にぽつぽつ肥料を植える私。大和丸さんは袋を二つ持っていた。一つは肥料だったけど、もう一つはなんだろう。それも肥料だと嬉しいなとちらちら見る私はとてもいやしい。


 しかし、一向にもう一個の袋は開けようとしないのでがっくり花を落として、諦める。

 肥料のあとは、如雨露で水をかけるのも忘れない。

 

「あっ、お水いかがですか?」

「私はいいわ」


 そう言って筆を取り出すと、実の一つ一つについた埃を払っていく。確か、大和丸さんの付ける実は他の家柄に比べてずっと少ないと聞いたことがある。それだけ一つずつが高価なのだ。


 私も自分の葉の裏や実を見て、変な虫がついていないか確認する。虫ってすぐにつくから嫌だ、まめにとりのぞかないと、変な病気をうつされたりする。


 ふと私は大和丸さんを見る。

 愛おしそうに歪な実を見ていた。


「大和丸さん」

「なに?」


 その実はなんですか、と聞きそうになって、自分がプライベートに踏み込み過ぎていることに気づいた。


「……ええっと」


 だけど、上手く返す言葉が思いつかず、黙ってしまう。


 ふふっと、大和丸さんが笑う。


「この実、やっぱり駄目ねえ。これ以上、大きくならないと思うの。栄養も行きわたらず売り物にならない。種もつけない。間引かないと先生に怒られちゃう」


 そう言いながら、大和丸さんはずっと歪な実を撫でている。


 ふと、嫌なものが脳裏に浮かんだ。

 

 そして、今度は意外なくらいするっと口にしていた。


「それはもしかして、賀茂くんとの……」

「賀茂くん?」


 ふふふふっと笑って、ばんばん地面を叩いている。

 

 私は思わずむっとする。


 なにがおかしいんだろう、本当に。


「あははは、ごめんなさい。もしかして、魚沼さんが身構えているのってそういう理由だったわけね」


 はい、そうですと言えるほど私は素直じゃない。


 でも、無言がその返事になっていることも事実だ。


 笑いが落ち着いた大和丸さんは大きく酸素を吐いた。

 

「そうね。正直、潔癖な子から見たら十分不潔に感じられるかもしれないわね。他家受粉なんて」


 聞きたくない言葉だと私は思った。


 私たちは普段、自分自身だけで実をつける、すなわち自家受粉だ。たまに、他の苗の花粉を貰って実をつける苗もいるけど、それはごく少数でその場合、形のいい実はできないことが多い。


 Cクラスだったときにクラスメイトにもそんな子がいた。


 それでも、そんな真似をしようとするのは相手のことを知りたい、相手の遺伝子を自分の実に取り込みたいという願望だからだ。


 だから、賀茂くんが一緒に農業試験場に行こうといってくれたのがうれしかった。

 うれしかったからこそ悲しかった。


「賀茂くんと私は確かに、遺伝子を共有して新しい家柄ひんしゅを作ろうとした。でもそれは、賀茂くんの意思じゃないわ」


 賀茂くんの家柄は名門だ。名門ゆえに新しいものを生むのを拒み続けた。しかし、それでも新しいものを生みださなければ時代の波に取り残される。


 そういうわけで、賀茂くんは自分の遺伝子を提供することで、一族ひんしゅの代表となったのだ。

 他は皆、花が固く、頑なに提供を拒んだ。


「いわば自分を質にだして、賀茂くんは家柄を守ったの。そして、私もまた同じ立場だったわ」


 結局、遺伝子提供はしたものの、新しい家柄は生まれなかった。

 そうだ、そう簡単にすごいものが生まれたら、世の農業試験場は苦労しない。


「失敗に終わったけど、私たちは互いに得るものがあったの。だからかな、賀茂くんが農業試験場に行きたいっていうのもそこから来ているの」


 事実は変わらない、でもその理由を聞くことで、私は自分の短気な行動を反省した。

 そうだ、私だっておじいちゃんやおばあちゃんにどうしてもと言われたら、花の一つは、提供するかもしれない。それが、今後のためになるなら、どうしても必要だったなら。


 さっきとは違った意味で落ち込みながら、私はふと外を見る。ポモドーロの生徒たちがみえた。


「あら? まだ、事情聴取には早い時間だけど」


 そわそわと歩いている。なんだろうか。


 ふと私はあることを思い出す。


「そういえば、糖度計が壊れたって聞きましたけど、代わりのはあるのでしょうか? 今は判定には必需品だって聞きましたけど」

「たぶん、大丈夫だと思うわ。確か非破壊タイプの光センサー糖度計なんだけど、そこまで大がかりなものじゃないわ。ハンディサイズじゃないかしら」

「光センサーですか」

 

 確かおじいちゃんが言っていたことを思い出した。糖度の高さによって光の屈折がどうとかで違いがあるって言っていた。けっこうデリケートで温度差によって糖度の高さは変わってくるとか。


 ハンディのものなら気をつけておかないとすぐ変わってしまうかもと、余計なことを考える。

 

 あれ?


 私はそこで、なにか引っ掛かることを思い出そうとしていた。けれど、思い出せない。


 何だろう、茎と枝の間にアブラムシが挟まったような気持ち悪さは。

 

 あれ? あれ?


 私は思わずがたっと立ち上がった。植木鉢の土がこぼれそうになる。


「ど、どうしたの? いきなり」

「あっ、すみません。もしかしたら、私」


 荒ぶる維管束を鎮めなる。


「私、わかったかもしれません。塩太郎さんを枯らした犯苗を」


 私は、そう大和丸さんに言った。


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