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 翌日、私は鉢から起き上がるとともに、先生に呼び出された。なんだか、気孔が閉じてしまうくらい嫌な予感がした。

 そうだ、あのとき、以前、巻き込まれた事件のことを思い出す。


 見る影もなく枯れ果てた同級生を見たあのときも、こうして私は呼び出されたのだ。

 そして、今回も賀茂くんは一緒である。


 前と同じ温室には、以前と同じくおいしそうな肥料と土、水が用意されていた。ごくんと、道管が鳴る。

 今回は、ちゃんと収穫直後なので、実が大きくなりすぎることもないが、それとは別の不安でいっぱいだ。


 なんでまた、呼び出されたんだろう。私は、蕾を傾げながら、植木鉢に座る。


「またなにかあったんだろうか」

「う、うん、そうみたいだね」


 私はどこからともなくやってきたアブラムシに竹酢を振りかけて撃退しながら言った。

 賀茂くんにもちょっとかけてあげる。この季節、虫が多いので困りものだ。まめに手入れしないといけない。スキンケアも大変だ。


「ちょっとなんなのよ、もう」


 苛立たしげにも甘い声が聞こえた。ふと見ると、妖艶な赤い実をつけた集団が温室の中に入ってくる。

 

 あれ? 


 私は花を傾げた。

 見た目からポモドーロ側の生徒だってわかる。そして、その生徒たちは昨日、おじいちゃんたちがのったシールを踏みつけにしていった集団だった。


 思わず気孔を閉じて、茎が小さく縮こまりそうになった。


「何で私たちがこんなところに呼び出されるわけ?」


 甘い声で言い放つ中、私はあることに気が付いた。ええっと、一苗、二苗、三苗、四苗と……。


 昨日はもう一苗いたような気がする。


 気のせいだろうか。


 そして、その後に見たことがある実をつけた苗があった。

 丸々とした濃紺の実が揺れている。まるで紫色の宝石のようなそれを持つのは、Aクラスの生徒だ。

 Aクラスの生徒で有名なのは賀茂くんだけじゃない。


 大和丸さんも賀茂くんと肩を並べるほど優秀だ。


「あら、賀茂くんも呼ばれたの?」


 黒光りする実は私から見ても色っぽく、思わずかじりつきたくなる。花びらがうつむきがちに揺れて、それがまたどくんと道管を鳴らす。


 こんな苗に、受粉を申し込まれたら、誰だってがくを縦に振るだろう。


「大和丸もか、一体なんだか知っているか?」

「それは今から説明するみたいよ」


 大和丸さんは、賀茂くんの隣の鉢に座った。たわわになった実を揺らしている。その実を賀茂くんがじっと見ていて、私はなんだかとてももやもやした気分になった。


 どうせ、私の実は歪だし、と少し不貞腐れてしまう。


 賀茂くんも大和丸さんも美しい丸型の実をつける。


 なんだかお似合いだと思ってしまったことで、余計落ち込んだ。


 あれ?


 と、私は大和丸さんのほうを見た。


 彼女のたわわな実の中で、少し形の違った実が混じっていることに気が付く。まだ小さいそれは、そのうち間引くのだろうかと思うくらい形がいびつだった。


 だけど、大和丸さんはそれを丁寧に磨いていた。


 とても大事そうに。


 そんなことを考えているうちに、温室に審査員のおじさんが入ってきた。昨日、私にシールをくれたおじさんで、せり人歴二十年の大ベテランだ。


 おじさんは困った顔をして入ってくると、端的に何が起きたかを教えてくれた。


「昨日、審査室が荒らされていた。糖度計が壊され、そこにポモドーロ学園の塩太郎がこと切れていた」


 ショッキングな内容に皆、芽をぱちぱちさせる。

 

 嫌な水が気孔から蒸発していく。皆も同じようにせり人のおじさんを見ている。


「私は、途中あの場から席を立っていた。その前に、糖度計はちゃんとチェックして保管していた。悪いが、その時間付近にあの部屋にいた生徒には来てもらうことにしたわけだ」


 そう言って、おじさんは温室を去る。


「どういうことよ、塩太郎って」


 甘い声のポモドーロ生徒が言った。


「いねえわけだよな、塩太郎」


 もう一苗の生徒が言った。


 しかし、それはポモドーロ生徒内で完結した話で、こちらを向こうともしない。


 そこでずいっと出るのは、大和丸さんだった。


「すみません。情報共有をしたいのですがいいですか? 私、オベルジーヌ学園の大和丸と申します」


 凛と花を上向きにさせて大和丸さんが言った。

 美しい実は、ポモドーロ生徒の赤い実に負けない輝きを放っている。後光がさしているように見えて私は思わず芽をおおった。


「僕は賀茂といいます。こちらは魚沼さんです」

 

 芽を隠す私を賀茂くんがぐいっと引き寄せる。恥ずかしさで実が赤くなりそうだ。やだ、ポモドーロ生徒と間違えられないかな。


「大和丸に賀茂ですって」


 少し緊張した花持ちでポモドーロ生徒が言った。なにやら、こそこそと話あっている。

 

 すごいなあ、私のことは眼中にないけど、賀茂くんも大和丸さんも隣の学校に知れ渡るくらい有名人なんだって。


 ポモドーロ生徒の話は終わったようで、甘い声をした生徒がずいっと前に出た。


「私は古親フルティカよ、秀クラスだわ」


 ちょっとハイカラな響きの読みは、私でも聞いたことがある。ここ最近よく聞く糖度の高い家柄ひんしゅだ。スーパーでも他の物に比べて割高な値がついている。

 オベルジーヌ生徒の家柄は結構古いものが多いのだが、ポモドーロ生徒はどちらかといえば新興の家柄が多い。

 甘さがものをいうのが市場の傾向だからかもしれない。


 クラス分けはアルファベットではなく、秀、優、良、可だろうか。一番いいクラスだ。


「ちなみにこいつの糖度は十だよ」


 横から入ってきた苗が付け加えた。古親は少し面倒くさそうに、小さな実をつけた苗を小突き、ふんっと、大きく実をのけぞらせる。糖度十といえば、フルーツに匹敵する甘さだ。


「俺は、美湖ピコだ。小っちゃいけど、甘さは負けないぞ」


 小さな実をつけた生徒が言った。形は不ぞろいだがとても甘そうな実が並んでいる。


「こいつには糖度でも買ってるぜ」

「不揃いだけどね」


 古親の言葉に、美湖はむっとする。しかし、そんなに仲が悪いようには見えなかった。


「ええっと僕は、四肢里シシリといいます。皆ほど甘くはないけど」

「知っているわ。調理用の家柄でしょ。その甘さは加熱してからのほうが際立つっていう」


 大和丸さん詳しいなあと私は思う。


「私は小桃、まあ見た目の通りの甘さと色とでも言っておくわ」


 最後の一苗が言った。なんだか可愛い苗だったけど、この苗も昨日、私のシールを踏みつけていったのだ。


 さっき言っていた塩太郎さんって人だけは踏みつけていかなかった。たまたま、踏みつけなかっただけかもしれないけど、そんな苗が枯れてしまったと聞いて、また悲しくなる。


「塩太郎さんってどんな苗だったんですか?」


 私は思わず口にしてしまった。

 ああ、なんてことだ、場違いだったと実を縮ませる。


「塩太郎ねえ」


 小桃さんがくすっと笑う。


「なんであいつ、秀クラスにいるのかしら? あんな、貧相な実しかつけないでさ」

「おい、そんなこと言うなよ。俺たちの元祖なんだぜ」

「大変だよな。古い家柄だと。甘さを際立たせるために、荒行みたいな育ち方をしなくちゃいけねえんだからよ」


 美湖さんと四肢里さんが話に入る。

 

 やっぱり、この苗たちとは話が合わないのかもしれないと私は思う。


 皆、皆、家柄ひんしゅばかりだ。


「塩太郎さんは塩分濃度が高い土壌で育成されていたのですか?」


 少し堅い口調で賀茂くんが言った。それは私も知っている。確か、干拓地の近くで育てられると土壌に塩が含まれているので、あまり葉っぱも実も大きくならないらしい。そういえば、あまりいい苗立かおだちじゃなかったなと思い出す。


 だけど、それによってミネラルが豊富な、うまみが凝縮した実ができるらしい。


 それが、今、ポモドーロ学園で主流となっているブランドの元祖だ。昔ながらの酸味が強く甘くないものは減りつつあり、ゆえに新しい家柄ひんしゅばかりあるのだろう。


「もしかして、糖度計に細工しようとしたんじゃない! だって、やばいでしょ、あれだけ枯れかけたのに今主流の八度も越えられないようなら。だからそれで道具倒しちゃって打ち所が悪かったとかさあ」

「ちょ、ちょっと、小桃」

「あら、そうでしょ、実際。そんなことで私たちをこんなところに呼び出さないでほしいわ」


 小桃さんが下品に鉢の上で根をむき出しに座っている。


 私は葉を震わせた。賀茂くんは何か言いだそうと前に一歩でたが、それより先に動いた苗がいた。


 ぱあんっと、小さな花が散った。

 葉が音を立てて揺れる。


 小桃さんは驚いて、植木鉢から落っこちている。


「貴方、甘いだけで育てられたようだから、たまには違ううまみも追及してみたら?」


 大和丸さんが、実を震わせていった。


「な、なによ!」


 小桃さんは大和丸さんを睨む。しかし、周りの視線に気づいて、小桃は実についた泥を払いながら植木鉢に戻った。





 

 その後、事情聴取らしきものをとられたけど、何の進展もなかった。


 私は気落ちしたまま、寄宿舎に帰ろうとする。

 賀茂くんとは寄宿舎が違うのでわかれて帰ったのだが、ふと竹酢を忘れていったことに気が付き戻る。

 

 そして、戻ったことを後悔した。


 温室の前には、賀茂くんと大和丸さんがいた。

 あまりにお似合いの二苗を見て、私は思わず壁に隠れてしまった。


 なんの気兼ねもせず、でてくればいいのに、それがよくなかったのだ。


「ねえ、最近、あの魚沼さんって苗と仲がいいわよね」

「それがどうしたんだ?」


 艶やかな実を揺らしながら、大和丸さんは温室の壁にもたれている。


「あの子との実をつけたいの?」


 つんと葉っぱで賀茂くんの花を小突いた。

 賀茂くんは、やんわりと大和丸さんの葉をどける。


「本気なの? うまくいくと思ってる? 種の保存が大切な賀茂の御曹司が?」


 あおるような物言いだ。

 そして、驚くべきことを告げる。


「私との間では失敗に終わったのよ」


 えっ、と私は維管束中の体液が全部引く気がした。


 何を言っているの?

 どういうこと?


 問いただしたい、でも、それを聞く勇気はない。


 もどかしさとくやしさと悲しさでいっぱいで、ずるずると座り込んでしまう。


「上手くいくと思ったけど、やっぱり難しいわよね」


 どちらもいい家柄だ。賀茂くんも大和丸さんも二苗とも素敵で、本当にお似合いだと思う。でも、それが過去に実際あったことだって言うのなら、私はどうしようもない。


 耐えきれない。


 この実が張り裂けそうになる。


 二苗はまだ話しているが、私はそんなことどうでもよかった。

 ただ、その場から少しでも早く遠ざかりたかった。


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