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こちらの続編です。
都内某所にそれはある。広大な敷地面積を誇り、全国から有数のエリートが集まる。文武両道なんて古典的な校訓を掲げずとも、卒業生および在学生には各界に名をはせる逸材がごろごろしている。
私立オベルジーヌ学園、漆黒の衣に身を包み、私こと魚沼絹子はなぜだかそこへと通っている。ノーブランドの一般生徒として、地味に学園生活をおくっている。
はずだった。
オベルジーヌ学園では年に三回、試験がある。そこで、審査員に判定され、評価されたらより上のクラスへと入ることが出来る。そういうシステムだ。
そして、特に何もないはずの私は、今回もノーブランドのCクラスかと覚悟していたのに。
「えっ、うそ」
私はびっくりして左右の葉で花を押さえた。ぱちぱちと花びらを開閉させて、それを見る。
「おめでとう。はい、今度からこれつけてね」
審査員がにこやかに笑いながら、私が持ってきた箱に紙切れをのせた。正しくは紙切れじゃない、シールだ。そこには、私を育ててくれたおじいちゃんとおばあちゃんの顔写真が載っている。
「生産者の顔が見えるっていいことよね」
私はこくりこくりと蕾を揺らしながら、審査員にお礼を言った。
生産者の顔が見える、それってとても大事なことだ。私だって、自慢のおじいちゃんとおばあちゃんがこうしてにこにこ笑っている姿を見てうれしくなる。
私は葉っぱを揺らしながら歩く。すると、前から赤い実をたわわにつけた集団に出くわした。
たしか、隣の学校の生徒さんたちだ。ポモドーロ学園の生徒も、同じ審査員に判定してもらっている。学内には共通の審査室があって、そこで出くわすのも珍しくない。しかも、持っている箱の等級からAクラスの生徒だろう。
そのときの私は浮かれていたのだろう、いつもなら自然と壁側によって道を開けるところなのに、普通に歩いていき、その上、持っていたシールを一枚落としてしまった。
「あっ」
慌てて取りに行くが、するっと風にのって上手くとれずそれはポモドーロ学園の生徒の前に落ちた。
くしゃっと音がした。
おじいちゃんとおばあちゃんの顔が根毛たっぷりの根っこに踏みつけられる。健康な根っこの先には素焼きの特注植木鉢、そのうえには赤い実をたわわにつけた生徒がいた。
赤い実が揺れ、こちらをじっと見ている気がしたが、それは一瞬で何事もなかったかのように通り過ぎていく。一苗、また一苗と通り過ぎ、全員が過ぎ去ったところで残ったのは泥まみれになったおじいちゃんとおばあちゃんのシールだった。
謝るなんて真似はしない。ただ、芥のように踏みつけていった。
ただ、一苗だけシールを踏みつけずにいてくれた苗がいた。その苗はちらりと私を見て去っていく。苗の中では、かなり貧相で小ぶりな実だけが赤い。
他の苗は健康そうで、その中でも特に一つ実をつけたものは露がてかって綺麗だった。
きっと彼らには私のことなんて眼中にないのだろう。ようやくBクラスになったとはいえ、違う学園の生徒とはいえ、その待遇には違いがある。
「おじいちゃん、おばあちゃん、ごめんなさい」
私は泥を葉っぱで払いのけてうつむいた。葉っぱから蒸散した水がたまってこぼれ落ちそうになる。
くやしくて悔しくて仕方ない。
あちらは、家柄も出身地も私とは比べものにならないエリートなんだろう。きっと、デパ地下にある高級青果店で並ぶものたちなんだろう。
私なんかと違う。
そうネガティブになっていたときだった。
「魚沼さん? どうかしたの」
さらりとそろった実が芽の前で揺れた。形良い小ぶりの実が揺れている。丁寧に間引きされたそれは、大きくなったら桐箱に入れられて献上されるような品だろう。
そこにいたのは、賀茂くんだった。
Aクラスの中でも特に優秀で血統のいい生徒だ。
本当に信じられないことなんだけど、私、私実は、実はね、ふふふふ。
思わずにやけてしまった。
「ああ、よかった。なんか落ち込んでいるように見えたから」
ふっと、賀茂くんが花を揺らす。思わず蜜蜂を誘うような美しい花弁に私はどきっとする。
そして、今の私は花びらがめくれていないか、どきっとして、思わず葉でぱたぱたと花を触った。
「あれ、それ、どうしたの?」
賀茂が、例のシールに気が付いた。泥だらけでところどころ剥がれかけたシールだ。
「あっ、これ……」
私はまた花びらを下に向ける。
「ひどいな、これ、どうしたの?」
「いや、さっき他の学校の子たちとすれ違って、私落としちゃって」
「さっきのポモドーロの奴らか」
賀茂も先ほどの一団とはすれ違ったらしい。
「こっちにも花向けられたよ。あいつら、こっちの生徒のこと妙に敵対心持っているからな」
「花向けって……」
賀茂くんもそんな言葉使うんだ、と思うと、少し花がゆるんでしまった。うん、ちょっと野草な賀茂くんもかっこいい。
「気にすることない。今年はこちらが高騰しているのに対して、あっちは豊作すぎて値崩れおこしているんだ。こっちに非はない」
そういって賀茂は、私の葉をつかんだ。
「新しいのを貰いに行こう。それじゃあ使えない」
「えっ? 貰えるの?」
「貰えるだろ、そういうものは印刷の都合で多めに刷ってるはずだから」
「そうなの!」
私は思わずぴょこんと葉を立てる。
「行こうか!」
「あっ、はい」
私は、実が赤くなっていないか心配しつつ、賀茂くんと一緒にもう一度シールを貰いに行った。
そして、それが翌日、大変な事件に巻き込まれる原因になるとは夢にも思わなかった。