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八話「ほんの少しの希望」

「ほら、ここを通って行くのよ」


 風さんが指さしたところは、そこだけ何だか空間が歪んでいる(・・・・・)ように見えた。


「ここは歪み(・・)と言ってね、世界と世界と繋ぐ道のようなものなの。この歪みは主様が作ったものだからちゃんと人間の世界に飛べるけど、ほかの歪みには安易に触れてはダメよ。飛ばされる先がわからないから、もしかしたら空の上かもしれないし海の中かもしれない」


 歪みに触れると、気が付いたらさちを祀っていた神社の境内に立っていた。なるほど、あの歪み(・・)はこの神社と繋がっているのか。


「この歪み、何で私を妖の世界に連れて行く時使わなかったんですか?」

「歪みってのはとても危ういものなの。たとえ主様の作ったものでも、天気やその時の空気によって左右されるから危ないときは歪みは使わないのよ」


 ふぅん、そうなのか。今回は危なくないからさちもオッケ―をだした、と。なるほどね。



 神社は高台にある。振り返って村を見ると、そこは何もない荒れ地となっていた。風さんが破壊しつくしたあとだ。何も残ってはいない。少し、寂しく感じた。でも、今日の目的は別だから、感傷に浸っている暇などない。


 私は神社の階段に体育座りをして、ひたすら待つ。この神社からなら村全体が見渡せる。だから、山から誰かおりてきたらすぐにわかる。


 刻々と時間が過ぎて行く。そう言えば、妖の世界では夜だったけどこっち(人間の世界)は昼なんだな。やっぱり時間のズレはあるのか。


 日が頭のてっぺんから夕日に変わるまで、ずっと階段で待っていた。待てども待てども、キッちゃんが山からおりてくることはなかった。僅かな希望が、ぐらぐらと揺れる。


 きっと街で幸せに暮らしているよ。


「……やめて」


 もう二度とこの村に足を踏み入れることなんてないよ。


「やめて」


 キッちゃんは約束なんてとっくに忘れたよ。


「やめてよ!」


 耳を塞ぐ。悪魔のような囁きが聞こえる。囁いているのは、私自身なのに。街で幸せに暮らしている? もう二度とこの村にはきてくれない? キッちゃんは……大事な約束なんて、忘れてしまった?

 どうせ叶わないとわかっていたなら、約束なんてしなきゃよかった。こんな風に僅かな希望に縋るくらいなら、最初から希望なんて作らなければよかった。キッちゃんは一度した約束はどんなにくだらないことでも守ってくれる律儀な人だった。だから、きっと、今度の約束も、絶対に……守ってくれると思ったのに。


 風さんが、そっと背中をさすってくれた。風さんの手はひんやりしてるけど、この時はなぜか温かくて、そのぬくもりにキッちゃんを思いだして泣きそうになった。


 しばらく経ってから、一緒に階段に座っていた風さんが、急に立ちあがった。


「あ、ねぇ! リセちゃん。山から誰か下りて……」

「え……」


 立ちあがって山のほうを見つめると、そこには確かに山から人影が下りてくるのが見えた。その人影は、山からおりてぼんやりとその場に突っ立っている。遠目からだけど、格好からして旅人のようだ。キッちゃんじゃない……。落ち込む私の肩を、風さんが慰めるように軽く叩いてくれた。


 旅人なら色んな所を回っているはず、もしかしたらキッちゃんのことも知ってるかも……! そんな淡い希望を抱いて、私と風さんは、山からおりてきた人の元へ向かうことにした。


「あの……」


 後姿は、大体二十代ぐらいの男性……だろうか。とりあえず声をかけてみる。振り返ったその人は、実にいかつい顔をしていた。眉間にシワがくっきりと入っていて、目つきは鋭い。顔を見ると年齢はどうやら三十代前半ってとこのようだ。後姿若く見えたなー。何か、いかにも不機嫌ですオーラ発してるんだけど、私何かやったっけ?


「……女子供がこんな時間に荒れ地をうろつくのは、危ない」


 ……普通に心配してくれた。顔怖いけど優しそうな人だったよ。風さんも思わず苦笑いを浮かべている。無駄に気張って損した……。でも、この閉鎖的な村……元か。元村に人、それも旅人さんが訪れるなんて珍しいな。ここ、宿も何もなかったし閉鎖的だったから旅人さんも近寄らなかったのに。て言うか村全体が山に囲まれているところだからわざわざ山超えて村にやってくる人なんて中々いなかったんだよね。


「えっと、旅人の方ですか?」

「そうだ。ここらへんに村があると聞いてやってきたのだが……違ったようだな」

「あー……そうですねぇ」


 適当に笑って誤魔化しておく。台風で村なくなっちゃったんですーと言うのも苦しい。台風だって瓦礫ぐらい残してくれるだろうから。風さんみたいに、瓦礫の一つも残さず綺麗さっぱり破壊しつくような自然の災害もないだろうし。


「あの、もしかして街からいらしたんですか?」

「そうだが?」

「街で……キチって言う、十二歳ぐらいの男の子知りませんか?」


 しばらく、沈黙が続いた。顔のいかつい旅人さんは記憶をたどっているのか、黙ったままである。旅人さんが、ゆっくりと口を開いた。


「すまないが、知らないな」

「……そう、ですか」


 申し訳なさそうに言う旅人さんにお礼を言って、風さんに支えられながら何とか階段をのぼって神社までたどり着いた。神社にたどり着いてすぐに、その場にへたりこんでしまった。体に力が入らない。今にも泣き叫びたい気持ちだった。幼い子供同士の約束が果たされることは、なかった。二年後に、とは約束したけど、どこで、も何時かも、約束していなかったのがいけなかったのか。そう言うつめの甘さが、実に子供らしい約束で思わず乾いた笑いがこぼれた。


「ごめんね、風さん。私のわがままに付き合わせちゃって……」

「気にしないで、リセちゃん。……帰ろうか」


 あそこ(妖の世界)は、私の家じゃない。私の居場所などどこにもなかった。村にも、帰る家はあったけど誰かが待っていてくれる、ここにいていいよと認めてくれる居場所(・・・)はなかった。

 風さんの帰る(・・)と言う言葉に、どうしても頷くことはできなかった。

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