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七話「もう手の届かない人」

 隣の家の戸が乱暴に開かれる音と同時に、人と人がもみ合う声が聞こえた。隣の家は、私の幼馴染のキッちゃんの家だ。キッちゃんも私と同じで銀髪赤目。そして、少しだけど妖を映すことができる。少しだけなのは、キッちゃんの目の色が私の目の色と比べて薄いから。……だと、思う。

 キッちゃんのお父さんは酒乱で、お酒を飲んではよく暴れている。キッちゃんのお母さんは体が弱く、キッちゃんを生んだ三年後に亡くなった。以来、キッちゃんのお父さんの暴力はキッちゃんに集中している。


 私は寝床から起き上がって、戸を静かに開けて外に出て愕然とした。そこには、血が滴り落ちる左腕を押えるキッちゃんの姿と、血濡れた包丁を持ったキッちゃんのお父さんの姿。

 

 私は、咄嗟に口笛を吹いた。これは、山に住む妖を呼び寄せるためのもの。


 口笛に、酷く酔っ払ったキッちゃんのお父さんの注意が私に向いた。キッちゃんが止めようと近づいてくるが、手で制する。大丈夫、もうすぐきてくれる。


 パキンッと音を立てて、キッちゃんのお父さんが握っていた包丁の先が折れた。私は目でキッちゃんに逃げるように伝え、キッちゃんは頷いて山のほうへ走って行った。

 山から下りてきたのは、かまいたちだった。三兄弟で、一匹目のかまいたちが人を転ばせ、二匹目のかまいたちが切りつけ、三匹目のかまいたちが薬を塗って出血を止めると言う、妖だ。今のは二匹目のかまいたちが鎌で包丁を折ってくれたのだ。手入れもされていないボロボロの包丁と、鋭い切れ味の鎌じゃ鎌の圧勝に決まっている。


「リセちゃん、ついておいで。キチのところに連れて行ってやる」


 騒ぎに起きてきた村人に取り押さえられるキッちゃんのお父さんを見届けてから、私はかまいたちに続いてキッちゃんが向かった山へ走る。


「キッちゃん!」

「リセ! さっきはありがとう、助けてくれて」

「ううん、いいの。それより……行くんだね?」


 私の言葉に、複雑そうな顔で頷くキッちゃん。キッちゃんは、この村を出て、街へ行こうとしているのだ。山にできた抜け道を通って。

 本当はついて行きたいけど、私までいなくなったら神様の供物がいなくなったと騒ぎになって、キッちゃんまで見つかってしまうだろう。私はぐっと堪えて笑顔を見せた。


「ねぇキッちゃん。もし、もしも、二年後私が供物に選ばれなくて助かったら……村に迎えにきてくれる?」

「……ああ! 約束する」


 叶わない約束だと、わかっていたから約束したのだろう。キッちゃんは賢いから、二年後の祭りで私が供物に選ばれることを知っていただろうし。それでも、私はキッちゃんが約束してくれたことが嬉しかった。例え叶わない約束でも、嬉しかったのだ。


「約束だよ、絶対ね!」


***


「キッちゃん……」


 温かい布団の中で目を覚ました。周りに誰もいないことを確認してから、小さく呟く。もう、手の届かないところへ行ってしまった人。

 ねぇ、私……約束通りちゃんと生き残ったよ? 供物には選ばれたけど、神様に助けられて生き永らえているんだ。もし、荒れ地になった村に行ったら……キッちゃんは約束通り迎えにきてくれる?


「なんてね」


 キッちゃんはもう、約束どころか私の存在さえ覚えてはいないだろう。楽しくて煌びやかな、街へ行ってしまったのだから。きっと毎日楽しく暮らしていて……。


「ああ……あああ……!」

 

 泣いて泣いて、何もかも忘れてしまいたかった。けれど、私の目から涙が溢れることはなかった。


 しばらく、布団の中で横になっているとふすまが音もなく開いた。現れたのは、風さんだった。今度はキチンと、両手でふすまを開けたようだ。


 主の部屋に入るときは片足で開けて、私の時は両手で開ける……この差は一体何だろう? ……どうでもいいか、そんなこと。風さんに聞いたところで「うーん、気分かな!」と明るく答えられるだけだろうから。


 私が体を起こそうとすると、風さんが慌てて止める。


「まだ寝てなくちゃダメ。お医者さんによると、睡眠不足だってさ」


 そう言えば、キッちゃんが村から出て行ったあの夜以降、ぐっすり眠れた日なんてなかったっけ……。それだけ、私にとってキッちゃんは心の支えだったと言うことだ。村で唯一無二の味方。両親に捨てられ村人からは神様の供物としか見られなくて、そんな私と同じ見た目のキッちゃんは、味方だったのに。キッちゃんも、私を置いて行ってしまった。


「あの、風さん……実は、お願いがあって」

「なぁに?」

「村に、行きたいんです」


 私の言葉に、風さんがまん丸の目をさらに丸くして驚いた。


「でも、あそこはもう荒れ地だよ?」

「構わないんです。もしかしたら、幼馴染に会えるかもしれないから」


 僅かな希望だった。キッちゃんがもし約束を覚えていて、二年経って……本当に迎えにきてくれたなら。その希望に縋るしか、なかった。


「お願いします」

「……主様に、許可貰ってからね」

「はい!」


 私が元気よく返事をしたことに、風さんが少し悲しそうに顔を歪めた。すぐに笑顔に戻って、部屋を出て行った。


「オッケーだって。もう少し休んでから、行こうか」

「いえ、もう大丈夫です。すぐに……」

「わかったわかった。じゃぁ、行こうか。一君の相手は主様がしてるから」


 ああ、一君か……。すっかり存在を忘れていた。私は曖昧に頷いた。

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