六話「かぶって見える者」
「俺はイタチの一。お前は?」
「……リセ」
「リセか。お前、幸与様に迷惑かけてないだろうな」
リセと名乗ったにも関わらずお前呼び。失礼な小動物だな。じろじろと、値踏みするように私を睨みつける。一君の目つきの悪さは元からか、それとも今は睨んでるから目つきが悪く見えるのか、大体君はさちの何なの?
「て言うか、イタチって化けれたんだ」
「おう、知ってたか? イタチもタヌキやキツネと同じように化けることができるんだぜ。俺は特別妖力が強いから、普段から人型だけどな」
「へぇー。すごいね」
お世辞の「すごいね」に実に嬉しそうに照れる一君。何だ、君は。純情か。
空気が和やかなものになっていると、スパーン! と勢いよくふすまが開かれる。そこに立っていたのは、風さんと憔悴した様子のさち。
さちの姿を見た瞬間、一君が頬を染めてぱっと嬉しそうな笑顔を見せる。あなたは恋する乙女か、と思わず突っ込みたくなった。でも、それだけ尊敬してるってことだよねぇ……か弱い私の頭を握りつぶそうとしたさちのどこに尊敬できるところがあるのか不思議でたまらないわー。
さちは一君など眼中にないとでも言いたげに、ズンズンと私のほうへ向かって歩いてくる。一君はさちに気づいてもらえずにションボリしていた。流石小動物。ションボリした姿が様になる。その姿を見て、風さんが苦笑していた。
何だ何だ。今度こそ仕留めてやろう……とかそう言うあれなの? 嫌だよ、殺すなら一息にやっておくれ。
私の目の前で仁王立ちしたさちが、土下座しそうな勢いで頭を下げた。さちが頭を下げた姿に、ションボリしてた一君が驚いて慌ててさちを止めにかかったけど、風さんに逆に止められているのが見えた。
「……は、え?」
「すまなかった。俺は……あいつの生まれ変わりなら、例えどんな姿であろうと愛せると思っていた。人間だとしても、だ。でも、お前はあいつの生まれ変わりだけどあいつじゃない。それが、わかっていなかったんだ。あいつは最後まで死を恐れ、泣いていた。でもお前は違う。お前は死を受け入れてる。その違いに気づいて愕然としたのに、お前があいつと同じようなことを言うから、かぶって見えてしまったんだ……本当にすまない」
さちは頭を下げたまま、じっと動かなかった。
もしかして私の言葉を待ってたりする? ええー、やめてよ。私、こう言う真剣なのってすっごく苦手なのに。上手い言葉も見つからないし、見つける気もない。大体何で私がさちを慰め(?)ないといけないわけ。でも、ここで私が何も言わなかったらさちはずっと頭を下げたままなんだろうか……。
それにしても、死を受け入れてる……かぁ。確かにその通りかもしれないな。生まれた頃から神様の供物になることが決定していて、両親に捨てられて、いつでも死ぬ覚悟はできていた……はずだ。死を恐れていたさちの恋人とは大違いだと思う。だから、同じように見れないのも当たり前だよね。
まぁ、同じように見られたらさちはロリコンになっちゃうんだけどさ。いや、マジで。だってさちって何百年も生きてるんだよ? 人間の十歳の子供に恋しちゃったら完全にロリコンでしょ。見た目カッコいいからってロリコンは認められないよ。中身ジジイだし。多分、仕えてる風さんもドン引きだよ。
「お前の村を破壊した責任はとる。これからは、キチンとお前として見るから」
「……頭握りつぶされそうになったことは恨んでるけど、村のことはぶっちゃけどうでもいい。さちが私のことを私として見てくれるなら、それならそれで構わない」
私の言葉に、さちは小さく「……そうか」と呟いて、頭を上げた。私が名前について偉そうに語った時と同じように、泣きそうな、複雑そうな顔をしていた。
その複雑そうな顔に既視感を覚えて、慌てて胸を押えた。心臓がドキドキと激しく脈をうっているのがわかる。私の異変に気づいた風さんが、一君を止めるのをやめて私に駆け寄ってくる。
「大丈夫? リセちゃん」
「大丈夫……です」
ダメだダメだ。思いだしたらダメ。辛くなるだけだから……だってもうあの人は私の元へ帰ってはこないのだから。遠い遠いところに行ってしまった。もう、私の手の届く場所にはいない。思いだすだけ辛くなるだけ。
視界が揺れる。この場にいるのがいたたまれなくて、慌てて立ちあがった。頭がぐらぐらする。居間から出ようとしたところで、足に力が入らなくなってその場に崩れ落ちた。私はそのまま、意識を失った。