五話「聞いた話」
私の頭を鷲掴みにするさちの手の力が、どんどん強くなっていってる気がする。
「ちょ、まっ痛い。痛いで、いててて! 痛いんですけどさち!」
ぎゃぁぎゃぁ騒いでみたり抗議してみたりしたが、さちの反応はない。初めての「さち」呼びだったのにも関わらず、さちは項垂れたままだ。え、もしかしてこのまま私の頭握りつぶされるパターン? ちょっと待って、それは御免だよ。パクッと一口で食われて一瞬で命を落とすなら一向に構わないんだけど、こんな痛みを伴う死に方は嫌だよ? て言うか絶対御免だ。
私は何とかさちの手をはがせないかとりあえずさちの手を掴んでみるが、見事に私の頭に指が食いこんでいてはがせそうにない。大体何でこんなことになったんだっけ。ああ、私がさちの名前について偉そうな語ったせいか……。つまり今のさちはおこなのか。おこってのは女子高生の間ではやってる怒ってるって言う意味の言葉らしい。最近本で読んだ。
閑話休題。今はそんなことはどうでもいいのだ。どうにかしてさちの手をはがさねば握りつぶされる。痛いとの苦しいを伴う死に方は嫌だよー。
そんな私に、救いの女神が降臨した。両手でお茶とお茶菓子がのったお盆を持ち、器用に……と言うよりお行儀の悪い片足でふすまを開けた風さんの姿だった。
「風さーん……」
「あれ、どうしたの? リセちゃん。主様ー?」
風さんがお盆をさちの机の上に置いてさちの目の前でひらひらと手を振るが、反応ナシ。
「手伝うよ」
「お願いします……」
恐らく非力であろう風さんの力でも、こんな時は頼りになると言うものだ。ほら、精神的に頼りになる的な意味でね。
私と風さんで力を合わせて、何とかさちの手をはがした。風さんに気の毒そうにおでこを見られたので、まさかと思い手鏡を風さんに貸してもらってみると、おでこに指のあとがくっきり残っていた。青アザっぽくなってる……。これじゃぁおでこが出せないじゃないか! さちの野郎め……。
最早私の中に神様であるさちへの敬意はないに等しかった。よりによって目立つおでこ……! 最悪。
私は諦めて前髪をまとめていた羽のヘアピンをはずして、前髪でおでこの指のあとを隠すことにした。久しぶりに前髪をおろしたからか、少し目にかかる。邪魔くさいけど、アザが消えるまでの我慢。
「とりあえず、燃え尽きちゃった主様は放っておいて居間に戻ろっか」
「はい……」
項垂れたまま動かないさちが少し心配だったが、怒りのほうが上だったので風さんの言う通りさちの部屋を出た。風さんについて行くと、風さんの書いた地図通り居間に戻れた。やっぱこの家って妖なんだー。へー、すげー。ぐらいの感想を抱いた。私一人だったら帰りも迷っていたかもしれないな。
「そのヘアピン、可愛いね」
「どうも。母が……お前に天使の幸せが訪れますようにって買ってくれたんです。それより! さっきのさちのアレ、何ですか?」
風さんが、少し困ったように笑った。けれど、すぐに口を開いた。
「これは主様から聞いた話なんだけどね……」
そう言って風さんが話しだしたのは、昔々のお話。
***
桃太郎とかそんな感じの昔々あるところに……から始まったさちの話はの感想は、率直に言うと「あっそ」程度で終わる。少なくとも、私は感動もしなかったし面白味のない、どこにでも転がってそうな話だった。
簡単にまとめると、昔神様のさちには恋人がいたそうな。その恋人は妖で、長い年月をお互い共に寄り添って過ごした。だが、ある日さちの恋人に寿命が訪れる。恋人は、死にたくないと神様であるさちに願う。さちは、必ず恋人を生まれ変わらせるからと約束を交わし、恋人と死別した。その生まれ変わりって言うのが私で、だからあの村から私を助けたそうな。そしてなぜさちが私に対してああ言ったのか。あの言葉に似た言葉を昔、さちの恋人が口にしたことがあるそうで、それを思いだしてしまったからではないかと風さんは推測した。
実にはた迷惑な話だ。例え私がさちの恋人さんの生まれ変わりであろうと、私が私であることに変わりはない。私はただの人の子で、さちの恋人なんかじゃない。
「失礼な神様ですよ、さちは!」
「そうだねぇ。でも主様、リセちゃんをようやく見つけた時、すごく嬉しそうだったよ?」
「それは私が恋人の生まれ変わりからですよね? 私個人の感情何て、どうでもいいってことじゃないですか!」
わかってる。風さんにあたっても仕方ないことだ。悪いのはさち。正直言って、私に前世とやらの記憶は一切ない。だから、さちの恋人の生まれ変わりだって言われても全然信じられない。盛大なドッキリなんじゃないかって思えてくる。
「ごめんね」
「別に……風さんが謝ることじゃないです。あたってごめんなさい」
「気にしないで。それより、アタシ主様を復活させてリセちゃんに謝らせるから、ここで待ってて。お茶菓子でも食べて、ね」
そう言って風さんは片目を瞑って見せた。私は大人しく、風さんの言う通りにすることにした。風さんに用意されたお茶をすすって。甘いお茶菓子を食べていると廊下から足音が聞こえた。風さんと、さちかな? それにしてはバタバタと騒がしい……。
足音が止まって、突然ふすまがバッと開けられたかと思うと、そこに立っていたのは一人の男の子だった。年は私より一つか二つ、上だろうか。髪も目もグレーだ。髪の毛は癖っ毛なのか、ところどころはねている。驚いてお茶菓子を食べる手が止まる。
「お前、人間の世界から来たんだってな! 幸与様に迷惑かけてないだろうな!」
「……誰ですか?」