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三話「自己紹介の時間」

「ごちそうさま、です」

「はーい、お粗末様」


 三人でちゃぶ台を囲んで食事を終えると、男の人がすぐに立ちあがってどこかへ行こうとしたので、慌てて引き止める。


「あの、名前。私、リセって言います」


 名前を教えてください、まで言えなかったのでとりあえず自分から名乗る。すると風さんが、食器を台所に運ぶ手を止めて、ちゃぶ台のところに戻ってきて座布団の上に座った。重ねられた食器はちゃぶ台の上に置いてある。


「そう言えば、まだ名前言ってなかったね。アタシは風。よろしくね、リセちゃん。で、こちらが……」


 風さんが手で男の人を示すが、男の人は眉間にシワを寄せて思いっきり渋い顔をしている。あれ、もしかして私地雷踏んだ……? 名前、聞かれたくなかったのかな。失礼なことしちゃったかな。なんて色々考えていると、風さんが抗議の声を上げた。


「もー、リセちゃんが困ってるじゃないですか。名前言うのに一々怖い顔するのやめてくれません?」

「……うるさいぞ、風」

「ごめんね、リセちゃん。主様(あるじさま)って自分の名前嫌いなのよー。女っぽいからって。そんなこと気にするほうが女女しいのにねぇ」


 サラリと毒を吐く風さんに、ちょっぴり引いた。それにしても、風さん今男の人のこと主様(・・)って言ったな。二人は主従関係なのかな? それに、自分の名前が嫌いって、私思いっきり地雷踏んでるじゃん! お世話になっているのに嫌な思いをさせてしまった。何てことだ……これは早急に謝るべきだろう。私が頭を下げかけると、男の人の小さな声が聞こえた。


「……さちよ」

「さちよ……様? どう言う字で……」

「幸せを与えるって書いて幸与(さちよ)って読むのよー」


 名前を言ったっきり口を一の字に閉じてしまった幸与様の代わりに、風さんが答えてくれた。幸せを与えると書いて幸与……って、もしかして。


「もしかして幸与様って……私の村で祀られていた幸与神様?」


 私の言葉に、苦い顔をした幸与様が小さく頷いた。

 何てことだ! 私は目の前にいるこの人(?)に食べられる予定だったのか。それが何の気まぐれか、助けられ傷の手当てをしてもらいご飯までごちそうになっている。まさに青天の霹靂。あ、ちなみに青天の霹靂って言葉は本で覚えたんだよね。村には歴史書とか甘々な恋愛小説とか集めた図書館みたいなとこがあって、そこによくこもって本を読んでたから。


 閑話休題。今、目の前にいる相手は神様……しかも、私のいた村でかなり強く信仰されていた神様だ。村人は誰しもが神様の存在を信じ、作物が実らない時は必死で祈り、願いが叶うと神様にとれた作物をたくさんお供えしていた。だからきっと、力も強いんだと思う。私は一つ、疑問に思ったことを聞いてみた。


「どうして、私を助けたんですか?」

「……気まぐれ。それと、堅苦しい言葉は嫌いだ。もっとくだけて話せ」


 ええええ、何その理由になっているようでなってない理由。そして何と言う無茶をぶっこんでくる神様だ。普通、神様が目の前にいたら無条件にははーっとひれ伏してしまうのが日本人と言う者だろう。強い者には逆らわず長いものに巻かれる。それぞ我らが日本人。神様相手にくだけて話せと? んな無茶な。そんな失礼なこと、できるわけがない。だって幸与様は私の村を何十年何百年と見守り、災害から守ってくださったお方だ。そう、歴史書に書いてあった。事実かどうかは知らないけど。ともかく! そんなお方にくだけた話し方をするなんて言語道断なのだ。罰あたるよ、絶対。


「お前、俺が神だから失礼を働いたら……なんて考えているんだろう? 気にしなくていい……と言っても気にするのが人間と言うものか。まぁ、徐々に敬語を崩していけ。それでいい」


 徐々に、でいいのか。少し安心した。……でも、堅苦しい言葉は嫌いって言ってたよね。いつまでも敬語が抜けなくて使い続けてたら突然怒り狂って神の裁きを受けるとか、そんな展開ないよね? あるかもしれない。何せ相手は神様。怖いなー怖いなーって思ってるぐらいの態度で接したほうが失礼がなくて丁度いいかもしれない、いや、でも逆に失礼に当たるかも? ううん、どうしたらいいんだー!


「そんなに身構えなくていいのよ、リセちゃん。アタシは一応仕えてる身だから敬語使うけど、リセちゃんはそう言うのじゃないから普通に接していいんだよ? まぁ、焦らずゆっくりね!」


 うんうん唸る私に、風さんがニコニコ笑いながら声をかけ、肩をポンポン叩いてくれた。やっぱりこの人……できる(・・・)女だ。このさりげない気遣い、怖がらせない声色と笑顔、そして何より軽いスキンシップを図ることによって緊張感を和らげる技! 流石神様に仕えているだけある。


「じゃぁ、徐々に……で、お願いします」

「ん。あと、俺の名前を呼ぶな」

「えぇ?」

「あだ名でも何でもつけろ、勝手に」


 そう言って、幸与様は廊下へ出て行ってしまった。


 風さんは食器を片付けに台所に行ってしまって、一人残された私は途方に暮れた。そんなぁ……。神様にあだ名つけるアホがどこにいるよ。幸与様だからさっちー! とかふざけたこと言ったら絶対罰が当たる。ああ恐ろしい。あだ名あだ名……幸与様以外に何て呼べばいいのかな。名前が嫌いと言っていたから、今度名前呼んだら怒られるんだろうなー、怖いなー。


 ……よし、悩んでいても仕方がない。直接幸与様のところへ行ってどんなあだ名がいいか聞けばいいじゃないか。か、かなり勇気いるけどさぁ。


「私、幸与様のところへ行ってきますね」

「はいよー。あ、主様の部屋は菊の間だから。屋敷内、広いから迷わないようにね」

「わかりました。あ、食器洗うの手伝ったからにします」


 私が慌てて自分の食べた分の食器を台所に運んでいくと、風さんが泡立てながら食器を洗っていたので手伝うと言ったのだが、「先に主様のとこ行っておいで」と言われたので好意に甘えることにして、幸与様の部屋――菊の間へ行くことにした。



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