二話「いざ、不思議な世界へ」
「ついた」
渦を巻いていた風が段々弱くなって行って、消えてしまった。初めての空中散歩に気を失うことなく空からの景色を地味に楽しんだ私は足が地面についたかどうかその場で足踏みをしてよく確かめた。
空からの景色と言えば、社殿から出て驚いたのは村の家屋や村人が綺麗さっぱりなくなっていたことだ。私が社殿に入れられるまではポツリポツリと家屋があって、祭りのために村人が神社の前に集まっていたのに、それが綺麗になくなっていた。女の人……風さんに聞くと、風で全部吹き飛ばした、と。風さんは風の精霊シルフと言うらしい。風と言う名前は青い着物の男の人のほうにつけてもらったんだとか。風の精霊だから「風」……なんて安直な。と思ったのは心の中にしまっておく。
よく足踏みをして確かめてから、顔をあげた。桃色に発光する妖や、黒色の手が何本も生えてる妖。白色で地面を這いずる妖。様々な妖がここには存在していた。
私の赤い目は、妖を映す。幼いころは村近くの山から下りてきた妖と遊んで両親い叱られたりした。「そんなものなど存在しない。忘れろ」と。両親の言葉で、私のように赤い目じゃないと妖は見えないのだと理解した。
「綺麗……。でも、何でもう夜なんですか?」
村で祭りが行われるのは朝の十時から。社殿に閉じ込められていた時間と風さんの風で運ばれた時間を合わせても、夜になるはずはない。そう言えば、風で運ばれてる時夕日を見た気がする……。
「ああ、それはね。ここの時が気まぐれだからよ。ここは時の気分によって朝になったり昼になったり夜になったりするの。時は夜を好む傾向があるから、夜は大体二十時間ぐらいあるわね」
「はい?」
風さんが私の疑問に得意気にスラスラと答えてくれたけど、まるで時間のことを生きているかのように話すし、何より夜が二十時間もあるってどう言うこと? ますます私の疑問は深まった。よくよく見れば、確かにここは私のいた村とは少し……いや、かなり違う。妖がたくさんいるし、村を出るころはまだ朝日が射していたいたのにここに着く頃にはすっかり暗くなっているし。夜が二十時間もあるってことは、朝と昼がそれぞれ二時間ずつなのかな?
「ちなみに時は昼間のあつーい日差しが嫌いだから、昼は一時間ちょっとってとこね」
……もう、考えるのはやめよう。私は思考を放棄した。これ以上考えたら頭の使いすぎで知恵熱がでる気がする。まぁ、私はそんなに体の弱い子供じゃないから熱なんて滅多に出さないけど。体が丈夫なのは、私の自慢でもある。親に隠れてこっそり山に入って妖と一緒に獣道を走り回ったりしたからね。足も速いし体も丈夫なんだよ。
「じゃぁ、一日のほとんどが夜ってことですか」
「そうなるわね」
「どうやって過ごしてるんです? こんな暗い中で」
私の村では、夜明けと共に起きて活動し、夜更けと共に寝る。そう言う生活だった。夜更かしするとしたらロウソクの火を頼りにするしかないし、ロウソク一本の明かりなんて微々たるものだから好んで夜更かしをする者はいなかった。
「ほら、この桃色に発光する妖。こいつを捕まえてガラス瓶に入れて明かりにするのよ」
そう言って風さんはプカプカと空に浮かぶ発光する妖をヒョイと捕まえてガラス瓶に入れた。一匹だけでも、結構明るい。
「おい、風。そいつの怪我の手当てをするぞ」
「あ、そうですね。了解です」
また、風さんはビシリとわざとらしい敬礼をしてどこかへ飛んで行った。……比喩じゃなく、文字通り風を操って飛んで行ったのだ。そしてすぐに戻ってきた。手には、救急箱。
「さ、家に上がろうか」
男の人は先に家に入ってしまった。風さんに手招きされ、私は大人しく家に入った。いつの間にか、手足を縛っていた縄が解けていたのでそれも持って。縄で縛られていたところを見ると、皮膚が擦り切れて血が滲んでいた。怪我って、もしかしてこれのことかな?
首をかしげながら一応、「お邪魔します」って言った。こう言うのは大事だよね、うん。
「じゃぁ手首と足首、濡らしたタオルで軽く拭くよ。痛いと思うけど我慢してねー」
桶には綺麗に透き通った水が入っていて、風さんがそこに真っ白のタオルを浸してよく絞る。……つもりなんだろうけど、全然絞れてない。タオルからはポタポタと水が滴り落ちている。私も手伝ったほうがいいのかな、なんて考えているうちに男の人が着て、しゃがんで風さんからタオルを取ると力強く絞る。今度はしっかり絞れたようだ。流石男の人。
「わぁ、ありがとうございます」
風さんがお礼を言うと、男の人はすぐに立ちあがった。
「飯の用意をするから、その間に手当てを済ましておけ」
「了解です」
風さんが嬉しそうに笑う。ああ、お似合いのカップルだなーとぼんやり見てたら風さんにタオルを傷口に押し当てられると言う不意打ちを食らって悶えるハメになった。
「この塗り薬ね、傷跡が綺麗になくなっちゃうのよ。女の子だもの、傷跡が残るなんて嫌よねー」
そう言いながら、風さんが優しく塗り薬をぬりぬりしてくれた。皮膚が裂けているところは慎重に塗ってくれた。こう言う気遣いのできるところに、できる女を感じる。
「飯できたぞ、食え」
男の人が台所から持ってきたのは、お茶椀に盛られたホカホカの白米とお皿にのったお漬物、それから煮魚だった。両親に捨てられた日以降、まともなご飯なんて食べていなかったしお腹いっぱい食べることもできなかった。村人の畑仕事を手伝って、少しの残飯を貰ってそれを必死で食べていた。だから、こんな風にまともなご飯を見るのは久しぶりだった。
「いいんですか……?」
「構わん。食え」
「そうよ、たくさん食べて。成長期なんだから、ね」
ぶっきらぼうに言う男の人と、ニコニコ笑いながら食べるよう勧めてくれる風さん。二人の優しさに、胸が熱くなった。感動のあまり涙が零れ落ちるかと思ったけど、生憎と涙は両親に捨てられた時に出し切ってしまったようで、カラカラの目からは何も零れ落ちることはなかった。
それにしても、何で二人はこんなに私に優しくしてくれるのだろう? 見ず知らずの相手なのに。それが少し、不思議だった。
そう言えば、男の人の名前を聞いてない。ご飯を食べ終わったら、きちんと自分の名前を名乗って名前を聞いてみよう。そう心に決めて、箸を取った。