一話「神様に選ばれた私」
「リセ、これは光栄なことなんだよ」
「そうよ、だってあなたは神様のお嫁さんになれるのだから」
バカ言え。神様が求めているのはお嫁さんじゃなくて供物だ。心の中でそう毒づいてから、忌々し気に自由を奪う手足の縄を睨みつける。
この村では、十年に一度十歳の子供を村で祀っている神様に供物として捧げる祭りがある。二千年のこの現代に何とも時代錯誤な風習だと思うけど、この村は閉鎖的で何より山奥にあることから、昔ながらの風習が残っている。例えば、生まれつき手足が不自由な人間は座敷牢に入れられたりする。供物は、そう言う村から排除したい子供を選んでいる。そして、今年選ばれたのが私だった。
純潔の日本人ながら私は生まれつき髪が銀色、目は燃えるような赤色で、村人からは「鬼の子」と呼ばれ忌み嫌われていた。それもまぁ、当然のことだろう。村を見渡せばどこを見ても黒髪黒目なのだから。その中で銀髪赤目は酷く悪目立ちした。おまけに、私の赤い目は不思議な”何か”を映す。それを口にする度に、両親にバカなことを言うなと叱られたものだ。
私はみなしごだ。何も、生まれてすぐにみなしごになったわけじゃない。私には五歳まで父、母、それから姉が一人いた。でも、村人の悪意に耐え切れなくなった両親と姉は、呑気に寝ている私を置いて夜中に村を出て、それっきり。
置いて行った両親と姉を、恨む気持ちもある。でも、こんな風に生まれてしまった私が悪いのだと、自身を責める気持ちのほうが強かった。だから正直、両親と姉が私から解放されてよかったと思っている。
話を戻そう。この祭りでは、村から性別問わず十歳の子供を供物に選ぶ。選ばれた子供は縄で手足を縛られ身動きができないようにされ、一ヶ月ほど水も食事も与えられずに餓死する運命にある。昔は供物に選ばれた時点で、神様を祀っている神社の前で首を落とされたそうだけど、現代では流石に進んで子供の首を落としたがる者はいないので、餓死と言う形に落ち着いた。夏場は死体が腐って匂いも酷いので、祭りが行われるのは冬だ。この日も、手がかじかむような寒さの中祭りが行われていた。
「さぁリセ、神様の元で幸せに暮らすんだよ」
ニタァっと、悪意のこもった笑顔で社殿に閉じ込められた。やれやれ、これでようやく厄介払いができた、そんな顔だった。
丁度十年前の祭りが終わった頃、私は生まれた。病気知らずですくすくと育った私は幼い頃から両親にこう言い聞かされていた。
「村の人は供物に選ばれると神様の元で幸せに暮らせるなんて言って子供達を騙してるけどね、実際は殺されるのさ。しかも餓死だから苦しいだろうね。ああ何て可哀想な子。そんな見た目に生まれなければ……」
そう言って、両親は心底同情した目で私を見るのだ。姉も、可哀想に、と呟くのが聞こえた。やめて、そんな目で見ないで。私は可哀想な子なんかじゃないよ、だってこうして親がそろってて姉までいるのだから。だから、私を憐れまないで――
そんなことを口に出せるわけもなかった。ただでさえ私のせいで村人に冷たい目で見られていて針の筵に座らせられていると言うのに。我慢して、私を家族として家に置いていてくれているのに。そんな文句、言えるはずもなかった。
昔のことを思いだしていると、外が騒がしい。人の叫び声や、何か大きな物が崩れる音が聞こえる。社殿の中央に寝かされたので、外の様子がよく見えない。しばらくして、外の騒ぎが収まると若い男女の声が聞こえる。
「呆気なかったですね」
「まったくだ……いい加減この村にいるのも飽きたから最後ぐらい楽しませてほしかったのだがな」
「しょうがないですよ、相手はただの人間。おまけにアタシ達が見えないし声も聞こえないんですから」
誰だろう……聞いたことのない声だ。少なくとも、村人ではないと思う。小さな村だから、誰が誰なのか声だけで判別がつくのだ。だとしたら旅人かな? でもさっきの村人の悲鳴や何かが崩れる音は一体……。
「ねぇ、あなた達誰?」
思い切って、社殿の近くにいるらしき男女に声をかけてみた。
「……え? 嘘、アタシ達の声聞こえてるみたいですよ?」
「面白い。まだ子供の声だな……。社殿の中にいるようだ、今年の供物だろう」
ギィィ、と社殿の扉が悲鳴を上げて開かれる。そこに立っていたのは、二十一、二歳ぐらいの青色の着物を着た腰まであるストレートの金髪に、グレーの目の男の人。それから、先がクルリと巻かれた背中の真ん中あたりまである茶髪にくりっとした丸い茶色の目の女の人。女の人は十八、九歳ぐらいに見えた。美男美女で、お似合いのカップル……ってそんなこと考えている場合じゃない。
「やはりな。お前が、今年の供物だろう?」
「そう……ですけど。あなたは?」
「ヤダ、本当に見えてるのー? すごいね、お嬢ちゃん」
女の人は、手足の縄なんて見えてないと言った様子で近寄ってきて、頭を撫でる。髪型が崩れないようにそおっと撫でる、女の人らしい撫で方だ。
「お前、面白いな。よし、風。こいつを住処へ運ぶぞ」
「へぇ? 珍しいですね、興味しめすなんて。了解でーす」
女の人がビシリ、とわざとらしく敬礼してふぅと息を吐き出す。白い息は段々渦を巻きながら大きくなって、私の体を包みこむ。
「え、え? 何、これ――」
こう言う時、普通なら気絶するところなんだろうけど、図太い神経の私は意識が遠のくことさえなく、ただ渦巻いた風に運ばれて行った。
別のサイトで書いていた小説を書き直したものです。初の連載モノですが、どうぞよろしくお願いします。