二.
今日の授業もすべて終了し、今はHRの時間だ。教壇では、担任の北条先生が、行事の説明などを実に面倒くさそうに喋っている。
「えー、次だが、これは重要事項だから聞いとけよ。まぁ、聞き逃したら誰かに聞け。内容は《八卦統一演武》についてだ」
《八卦統一演武》、その聞きなれない言葉に――この学校の言葉はだいたい聞きなれないのだが――俺は首をかしげる。
「だいたいのやつは分かっていると思うが、念のために説明しておくぞ」
説明があるのはありがたい。なにせ、俺にはさっぱり分からないことだ。よく聞いておかないと。
「《八卦統一演武》は、毎年行われる個人の実力を競う大会のことだ。六月から校内予選がスタートして、学校代表の決定が九月末、そして全国大会が十二月に行われる。個人の実力と言ったが、その中にはチームワーク、協調性も含まれているため、競技はチーム戦方式だ。二人から四人までの間で、学年関係なくチームを組んで参加するようになっている。――ここまでで分からないことがあるマヌケはいるか?」
マヌケって……そんなこと言ったら質問するやつがいなくなるだろう。例えしたくても恥ずかしくてまずできない。
先生ももう少し言い方を考えるべきだと思う。……一応弁解しておくが、俺は理解できている。
さてそんなことよりも、件の《八卦統一演武》というものは、ずいぶんと規模の大きな大会のようだ。『演武』と聞いた時からある程度は想像できたものの、最終的には全国大会まであるものだとは思わなかった。
ある意味、部活動の代わりようなものなのかもしれない。この学校には一般校の部活動と言うものが存在しない。陰陽師の専門科目に加え、常識的な一般科目も学ぶため時間がないことと、その余った時間でさえ、生徒たちは各々の訓練をこなしていることが大きな理由なようだ。その代わりとして存在するのが、この《八卦統一演武》なのだろう。
――しばらく待ったが、クラスのみんなも特に質問はないようで、北条先生は話を先に進める。
「ないようだから続けるぞ。この大会なんだが、二年生以上の参加は強制ではない。参加しようが、参加しまいが成績には影響ないしな。だが、大会でいい成績を残せれば就職では有利にはなる」
まぁそれはそうだろう。野球の甲子園なんかがそうであるように、こういった大会は言い方は悪いが自分を売り込む場だ。そして、スカウト側からすれば、一種の品評会みたいなものだろう。そこで実力を発揮できれば、ドラフト指名があるのは、言わば当然と言ったところだ。
けど今、二年生以上は強制ではないと言っていた。それでは一年生はどうなるのだろう?
「一年生は強制参加だ。ただし、いきなり上級生と戦っても勝てるわけがないからな。まずは一年生のみでトーナメントを行う。その優勝チームが本戦出場だ。開催は五月、チームは一年生なら誰とでもかまわない。今週末までにメンバー表を教務課に提出すること。分かったな?」
俺の疑問に答えるように、北条先生が言う。
うーん……やっぱり一年生は強制参加か。まいったな、誰と組もう。――やっぱり明華か。
あいつなら喜んで俺と組んでくれるはずだ。持つべきものは仲のいい幼馴染ということだな。
クラスでも所々で、生徒同士の雑談をしている。なかには「組もうぜ!」なんていう声も聞こえてきた。ずいぶんと即断だ。大事なメンバーなんだからもっとよく考えてとも思わなくはないが、俺も人のことは言えそうにない。
「因みに――」
伝達は終わったはずなのに、北条先生がクラスの雑談を遮って言葉を発する。
「この《澪月院》は現在、大会五連覇中だ。お前たちには関係ないかもしれないが、できればこの栄光を続けていってくれ」
『五連覇中』という言葉に反応して、クラスが再びざわつく。俺もみんなと同じ様にその言葉に興味を持つ。
五連覇、それはやっぱりすごいことなんだろう。連覇と聞くと真っ先に思い浮かぶのが、夏の甲子園三連覇とかそんなことだ。しかし、今回は数字だけ聞くとそれを上回る五連覇であることから、かなりすごいことだということは想像に難しくない。もしかしてこの《澪月院》は、かなりレベルの高い学校なのだろうか?
「はーい、先生。澪月院の先輩たちってそんなにすごい人ばっかりなんですか?」
俺と同じ疑問を『クラス一のお調子者』の称号をたった二日で手に入れた、筋金入りのお調子者、村上俊之が聞く。
「いや、そういうわけじゃない。普段なら、数年に一回優勝者が出るかと言ったところだろう。この大会五連覇は、ほぼ一人の天才のおかげで達成できたようなものだ」
「一人の天才って誰ですか?」
北条先生の意味深な言い方に、今度は『クラスのまとめ役』、学級委員長の藤嶋香織が質問する。北条先生は懐かしむように目を細めて言う。
「その生徒の名前は『月神聖斗』。今年の三月で卒業してしまったが、入学してから卒業するまでの五年間、一度も負けていない」
「月神ってことは……」
「そうだ。月神聖斗は、このクラスの月神綾奈の兄貴だ」
クラス全員の視線が綾奈に集まる。綾奈はその視線の集中に耐え切れず、恥ずかしそうにうつむいた。俺も視線を向けた一人なのだが、頬を染めて縮こまる綾奈の姿は、本人には悪いが愛らしかった。
「お前たちに月神聖斗のような実力はないだろう。しかし、最低でも五年生になった時に、戦力になれるように頑張ることだ。とにかく、五月から始まる『予選の予選』は、その第一歩と考えとけ。というわけで、俺の手を煩わせないように早めにメンバー決めろよ。決めなかったやつは俺がテキトーに組み合わせるからな」
北条先生もいいことを言うなと思った矢先、やっぱり最終的には単にメンバー決めが面倒臭いだけのようで、少し真面目に聞いていた俺は肩透かしをくらったようにガクッとする。最後の一言がとっても余計だった。
俺はチラリと隣に視線を向ける。視界に映った綾奈は、まだ赤い顔をしていた。人前で注目を浴びることに慣れていないのだろう。そんな綾奈を眺めていると、フッと疑問が湧いてくる。
――綾奈は誰と組むのだろう?
この今の状況から見て、組む相手がいるとは思えない。だが、強制参加というくらいなのだから誰かと組まなければいけないのは当たり前だ。もしかしたら、月神家のコネかなにかですでに組む相手が決まっているのかもしれない。
まっ、この後にでも聞いてみるか。
考えても分からないので本人に直接聞いてみることにし、俺はすでに他の話題に移ったHRに意識を戻した。