六.
長い話が終わると、聖斗さんは長く息を吐いた。俺はどう反応していいのか分からず黙ったままだった。
「これが俺と由美君の出会いだよ」
普段は陽気な瞳に今日は悲哀の色を滲ませていた。俺は相変わらず声を出せない。
「あの事件を境に俺は特級陰陽師になるのをやめて今の道を選んだ。……けして当時の罪を償うためにやっているわけではないが、今の俺に大きな影響を与えたのも確かだよ」
そして再度の沈黙が訪れる。聖斗さんは言いたいことは言いつくしたとばかりに手元のカップを傾けている。
俺はこの沈黙に耐え切れず、俺は決心して口を開いた。
「あの……お二人の話は分かりました。それなら由美さんがあれほど聖斗さんのことを慕っているのにも納得がいきます。けど、なぜそれを俺に?」
疑問だった。聖斗さんがわざわざ俺にこの話をしたことが。話したところで俺がどうにかできることなんてない。二人の過去は変えられないし、二人の痛みを和らげることもできないだろう。……なのになぜ?
「なぜだろうな。俺にも分からない」
聖斗さんがうつむきかげんに答えた。
「でも、君に可能性を感じたからだと思う。総真君、君には人を惹きつける魅力があるようだ。君のチームを見れば分かる。明華君もアリス君も、そして綾奈も君を慕っている」
「あ、ありがとうございます」
いきなり褒められて俺は思わず頭を下げた。仲間を大切にしていると言われればやっぱり嬉しい。ただ向こうが慕ってくれているかは別だけど。例えばアリスとか特に……。
「由美君と話しているところも見た。普段はないことだ」
「そうなんですか?」
「あぁ、特に由美君から話しかけていたしな……驚いたよ」
そう言って聖斗さんは微笑んだ。俺はいつも無表情な由美さんの顔を思い出していた。
「そんな君を見て、俺はこの話をしようと思った。そしてもう一つ、君にお願いをしたい」
「お願い?」
「聞いてくれるかな?」
「えぇ」
この状況断ることはできないだろうし、聞くほかはない。けど聖斗さんのお願いってなんだろう?
聖斗さんは俺の目をじっと見て口を開いた。
「君のチームで由美君に勝ってほしい」
「え……?」
思わず聞き返したが、その意味はよく分かった。『由美さんを倒す』、そのことから察するに《八卦統一演武》のことを言っているのだろう。けど、たしか聖斗さんは由美さんと同じように約束していたはずだ。『連覇を途切れさせないでくれ』と。
「どういうことですか?」
「由美君と俺との約束のことかな?」
俺のその質問ですべて理解してくれたのか、聖斗さんは頷く。
「俺と由美君はたしかに約束をした。続けることができるなら連覇を続けてくれと。しかし俺が望んだのは、由美君が由美君のチームを作って勝利を掴んでほしいということだ。……けして今のように他人との関わりを断ち切った戦い方をするためじゃない」
聖斗さんの表情がいつの間にか険しいものになっていた。それは由美さんの初戦を見た後の表情と一緒だった。
「初戦の後、俺は由美君に尋ねたが……俺との約束を果たすの一点張りでどうにもならなかった」
不甲斐ないとばかりに再度顔を伏せる聖斗さん。というか聖斗さんが無理なのに俺がどうにかできるのか?
「だが、君にならできる」
そんな俺の疑念を払うように聖斗さんは言い切った。
「……俺にできる?」
「いや、君にしかできない。由美君が心を開き、そして最高のチームを持っている君にしかできないだろう」
聖斗さんに視線を向けられて、俺は少し恥ずかしくなる。だがその期待に負けてはいられない。俺もグッと視線に力を入れる。
「俺は負けるつもりはありません。ただ、それで聖斗さんのお願いを果たせるかどうかは分かりませんが……」
「それでもいい。……頼む」
聖斗さんは俺に向かって頭を下げた。俺は慌ててそれを制止する。
「ちょ、ちょっとやめてください! 聖斗さん!」
しかし聖斗さんは頭を上げない。
「……これくらいは当然だ。由美君の人生を変えておきながらなんの力にもなってやれない。由美君の灰色の髪を見るたびに思い出す……あれが俺の罪の証なのだと」
聖斗さんは頭を下げたまま、グッと拳を握りしめる。過去の自分の不甲斐なさを心から悔やんでいるようだ。たしかに聖斗さんは由美さんの人生を変えてしまったのかもしれない。だけど……。
「……俺はそれだけじゃないように思います」
「え?」
俺の言葉に聖斗さんが顔を上げる。
「由美さんの灰色の髪のことです。黒髪だった由美さんはたしかに襲われた恐怖と絶望で色が抜けたのかもしれません。けど、本当にそれだけだったら髪の色は真っ白になったんじゃないですか!?」
自分の声が徐々に大きくなっていくのを感じる。言葉に熱が入るのを止められない。俺は聖斗さんのこんな姿を見たくない。いつも凛々しく、そしてどっしりと構えている聖斗さんが見たいから。俺の目標であり、憧れである聖斗さんでいてほしいから。
「だけど由美さんは真っ白にならなかった! 灰色になった! 灰色ってのは黒と白が混ざった色です。それは由美さんが絶望の中に希望を見つけた証拠じゃないですか!? その希望ってのはあなただ! あなたが由美さんの希望の光なんです。だからあなたが下を向かないでください!」
聖斗さんは目を大きく見開いて俺を見た。口元は少し開いて、なにか言いたそうではあるが言葉が出てこないようだ。俺もそれは同じだった。
その時、沈黙の中に似合わない電子音が響く。俺の携帯電話の着信音だ。
ディスプレイには『天照寺明華』の文字。……うーん、鼓膜に注意したほうがいいな。
「もしも――」
「どこにいるの!?」
耳がキーンとなる。あれー? 気をつけてたのになぁ……明華のやつまたパワーアップしてないか?
「カフェだよ。聖斗さんと話してた。でも、もう戻るから」
そう言ってまだ不満そうな声を漏らす明華との通話を切る。
「聖斗さん、それじゃ俺行きます。みんな待ってますから。聖斗さんのお願い、果たせるように頑張ってみます」
聖斗さんからの返事はない。手を目の辺りを抑えている。
俺は頭を下げてから席を離れた。あとは聖斗さん自身の問題だろう。
総真が歩いていくのを聖斗は感じていた。だが、顔を上げられなかった。
自分自身が罪の証だと決めつけていた由美の髪の色。だけどそれを総真は希望だと言った。常に前を見続けるその瞳を聖斗に向けて。
「ありがとう……総真君」
聖斗は呟くように言った。その声が総真に聞こえないのは分かっている。
「君に話してよかった」
聖斗は上を向くと、天井のライトが滲んで見えた。その原因を手で拭った後、聖斗はゆっくり席から立ち上がった。