二.
「うぉっと!」
俺の斬撃を西村が間一髪で躱す。さすがに四年生、経験があるだけにすぐには捉えられない。ただ、剣術の実力だけを見ると俺の方が上だ。できればこのまま押し切りたい。
「ハッ!」
そんな気持ちを込めた俺の一撃が西村の制服を掠めた。西村は避けた際に体勢を崩して転がるように距離を取る。――ここだ!
勝負所と感じた俺は、刀を握り直して一気に距離を詰めた。
「――っ!!」
が次の瞬間、目の前の光景を見た俺は、直進方向に働いていた推力を無理やり横方向にシフトさせる。俺が見たのは、体勢を体勢を立て直した西村が呪符を構えている姿だ。一連の流れのスムーズさからすると、さっきのギリギリ回避はたぶんわざとだ。誘い込まれた。
「《斬風》!」
光る呪符の巻き起こした風のうねりが俺に向かって殺到した。必死の回避が間に合ったおかげで、なんとかノーダメージで切り抜けた。しかしこちらは正真正銘のギリギリ回避。相手の方が一枚上手というわけだ。
俺が体勢を立て直す間に、西村は距離を取る。今の場面で接近してこなかったことには驚いた。近寄ってきたらダメージ覚悟の近接戦闘に引きずり込もうとしていたのだが……。
「ちっ……」
俺は小さく舌打ちをした。今の奇襲を外したことで、相手も警戒レベルを上げたのだろう。たぶんもう向こうから近づいてくることはない。遠距離から術による封殺を狙われているようだ。――なら、
「こっちから行くまでだ!」
俺は距離を詰めるために前進する。だが、動き出したと同時に西村は呪符を数枚取り出し構えた。
「《瞬炎》!」
放たれたのはすでに見慣れた術だった。しかしそれがわずかに時間をずらして連続で飛来する。それを俺は身を捻って躱す。一本、二本と炎の矢が後方へと逸れていく。そしてそのすべてをなんとか躱し切った。……ホントに綾奈相手に特訓しといてよかった。
だが、当然ながら前進は中断を余儀なくされ、すぐに相手に距離を取られてしまう。同じことの繰り返しだ。何度もトライすれば相手の呪符を尽きさせることはできるかもしれないが、そもそもそう何度もうまく避けることは不可能だ。さっきのはまぐれに近い。――とするならば……次のアタックが勝負だ。次で近づくことができなければたぶん負ける。
俺は気を落ち着かせた。西村は動かない。あくまでこっちの出鼻を挫くつもりらしい。
「ふー……」
一つ息を吐く。それと共に制服の内ポケットにさりげなく手を伸ばした。そこには今までは綾奈たちに任せていた固い手触りの紙がある。ついに使う時が来たようだ。
俺は覚悟を決めると、それを使いやすいように少し引き抜いておく。もちろん相手に悟られないようにだ。そして刀を握り直して気合を入れる、
「まだまだ、もう一回だ!」
そう言い終わるより速く俺は再度のアタックを試みて、西村に向かって走った。相手の方も取り出す。あとは構えて術名を唱えるだけだ。ここまではさっきと同じ流れ、もし相手がこのまま術を繰り出したら同じ結末か、またはそれより悲惨な結末になるだろう。――だけどそうはさせない!
相手が構えるより一瞬速く、俺は自分の内ポケットから引き抜いた『呪符』を構えた。そして渾身の思いを込めて術名を叫ぶ。
「《炎弾》!」
その瞬間、手に持った呪符が光を放つ。そしてその光から出現した炎の弾が相手に向かって突進した。
「――っ、なにぃ!?」
西村は驚愕に目を見開いていた。当たり前だ。この試合が始まる前まで、いや今の今まで俺が呪符を使うなんて頭に入っていなかったのだから。その証拠に手に持って構えまでしている呪符の存在を忘れている。うまく術をあてれば相殺することも可能だし、それよりもう片方の手に持つ刀でだって消し去ることはできるのだ。しかし人間はあまりに驚くと体が硬直してしまう。よくプロ野球なんかでど真ん中の失投を打者が打ち損じたりするのも同じだ。
その一瞬の硬直の後、西村は迫りくる炎の弾を回避するべく必死になって身を捻った。今度は間違いなくギリギリの回避だ。《炎弾》は避けたものの大きく体勢を崩していた。
その懐に俺は飛び込む。距離は完璧に潰れ、そこは俺の間合いだった。
「ハァッ!!」
気合を込めた一撃を相手の右肩に叩き込む。そしてそのまま返す刀で、相手の首元へ一閃。確かな手ごたえを感じた。そしてその通り、一拍置いて西村の《吸傷》が光り出す。ダメージ許容量オーバーの証だ。そしてそれと共にもう一つ、綾奈の策がなった証でもあった。
……それにしても、よく避けてくれたよ。さすが四年生だな。
俺は例の人形に引きずられていく西村を見ながら薄く笑みを浮かべた。もう一人残った相手を見た。綾奈とアリスコンビに一人で互角の戦いを行っている。あの一人を倒せば終了だ。
「さて、もう一頑張りだ」
俺はそう呟いてから、二人を加勢するために、相手に向かって駆け出した。