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陰陽記―総真ノ章―  作者: こ~すけ
第七章『本戦予選開幕!』
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八.

 俺の前を歩く六道が向かったのは、この大きな屋敷の中ではなくその隣にひっそりとある平屋の一軒家だった。木造のかなり年季の入った家だ。

 ドアはなく、入り口には暖簾(のれん)のように布が下がっているだけだ。その布をくぐって中に入る。中は人が一人生活するくらいなら十分な広さで、床は檜だ。部屋の中央には初めて見るが囲炉裏があった。天井から下がっている鉤――確か自在鉤といったはずだ――にはやかんが吊ってあった。やかんの口からは湯気が上がっていて、ついさっきまで囲炉裏に火が焚いてあったことが分かる。


「ここに座るといい。汚いところだが、男一人なので勘弁してほしい」


 六道はそう言って丸い茣蓙(ござ)を出してくれる。室内は一間なだけあって生活に有する道具は隅に置かれているものの、片づけられているため汚い印象は抱かない。


「お邪魔します」


 すすめられた茣蓙に腰を下ろす。六道は食器棚から湯呑を二つと急須を取り出す。さらに薬棚の引き出しを開け、茶葉と思わしきものを急須にいれる。そして囲炉裏にさげられたやかんのお湯を急須に注いだ。

 しばらくの後、頃合いと見たのか六道が急須から湯呑に中身を移す。無色透明のお湯だったものは、茶葉の影響で薄い黄緑に染まっていた。たぶん緑茶なのだろう。


「どうぞ」


 お茶を淹れている間、一言も発しなかった六道が湯呑を渡してきた。「どうも」と言いつつそれを受け取る。

 六道は自分の湯呑にも同じように注ぐと、すぐに少し口に含む。とてもうまそうだ。飲んだ後に、チラリと俺の方を見たことから、意識的にこのお茶は大丈夫だぞということを知らしめてくれたようだ。

 俺は視線を湯呑に向ける。確かに見た目といいただのお茶だと思うのだが……なにも感じないのだ。ここの気温を感じないのと同じように、湯気を立てている湯呑を持っても熱くはないし、その湯気を吸いこんでも香ばしいお茶の匂いもしない。

 今度は反対に俺が六道の方をチラリと見る。六道は俺の方をジッと見つめていた。まるでなにかを観察するかのような視線だ。――よし。

 俺は覚悟を決めると、湯呑のお茶を一口啜る……なにやら液体を飲んでいる感覚はあったが、その味は感じられない。脳がその液体の処理に困惑したのか、思わず咽てしまった。


「大丈夫か?」


 咽る俺に声をかけてくる六道。しかし特に慌てた様子はない。むしろこの展開を知っているかのようだ。


「えぇ、まぁ……」


 咳を抑えて言葉を返す。味はないが、飲んだ後も体に変化はあったりしない。本当に大丈夫なのだと思う。


「そろそろ話してくれませんか? この目の制御方法を」


 俺は本題を切りだす。いつこの場所から消えるか分からない上に、今度はいつ来られるかも分からないのだ。さっさと聞いてしまうのに越したことはない。


「《神羅》の制御方法ねぇ……」


 六道はそう呟いて湯呑を口に持っていく。そして中身を一口飲んだ後、言葉を続けた。


「それは君自身の問題だよ、総真」


「俺自身の問題?」


 あ、呼び方変わったな。なんて一瞬思ったけど、そんなことはどうでもいい。それより今の言葉の意味がさっぱり分からない。制御できないのは俺のせいだと言われても、その仕方が分からんと言っているのだけど。


「不思議そうな顔をしているな。それではいつまで経っても使いこなすのは不可能だ」


「……どういうことです?」


 馬鹿にされているような気すらして、少々口調が乱暴になる。しかし六道はその程度では動じなかった。


「逆に聞くが、君はどう思う? 突然に開花した力は、勝手に使えるようになり、勝手に強化されていくと思うか?」


「え……?」


「もっと簡単に言うとだな。君の得意の剣術はある日突然にうまくなったのかな?」


「違う」


 そう言って俺が首を横に振ると、六道はその答えに満足そうに頷いた。


「だろうな。膨大な鍛錬を糧としているのは知っている。だったら、《神羅》も同じだとはなぜ思わない? 君はあの日、《神羅》を開眼しここで《天叢雲剣》を受け取った時から、今日まで一度もその力を使おうとはしなかった。――なぜだ?」


「そ、それは……」


 一つの理由として必要なかったからというのももちろんある。しかしその大部分を占めていた気持ちは……。


「平常時には出ないだろうと……ピンチになれば勝手に出るだろうと思っていた」


「正直でいい。無駄な虚栄心があると人は立ち止まってしまう」


 六道の口調は明らかに変わっていた。物腰のいい口調から尊厳のある口調へと。ただ、体から発するオーラのようなものは変わっていないように思う。こちらの口調が本来の六道の口調なのかもしれない。


「危機に陥れば――なるほど、それでも確かに発動するだろう。だが、それだけでは駄目だ。それでは、紙一重の差で大切なものを失うことに為りかねない」


 六道のその言葉が、俺の胸に突き刺さる。――その通りだ。この前は運良く助けられたものの、一歩間違えば俺を含め全員が死んでいた可能性だってあるのだ。それなのに俺は……。楽観的に考えていたさっきまでの自分に腹が立つ。六道に呆れられるのももっともだ。

 歯ぎしりをする俺に六道が声をかける。


「まぁ、そう悔しがるな。《神羅》の方の鍛錬は、今からでも始めればいい」


「えぇ、だけどその方法が……」


 分からない。そう口にしようとした矢先、六道がそれを遮って言う。


「それは私が教える。そのために私はここにいるのだから」


「え、でもさっきは俺自身の問題だと……」


「それはここに戻ってくるのが遅かったから言っているのだ。あの日から一日か二日経てば来るだろうと思って、人がせっかく茶葉を摘んで待っていたというのに……」


 ブツブツと文句を言う六道。……どうやら俺がここに来るのを待っていてくれたみたいだ。この味のない意味不明なお茶を用意して。

 俺は、少しだけこのお茶を飲ませたのは単なる嫌がらせじゃないかと疑ったことを内心で謝っておくことにした。


「では早速取り掛かろう」


「え、ここで?」


「そうだよ。君はそのまま座っているだけで構わない。座りやすい姿勢でいい」


 六道にそう言われた俺は、湯呑を置いて座り直す。座り方は胡坐(あぐら)だ。


「よし、では次は目を閉じる。そして自分より外のことは切り捨てろ。今は必要ない。私の声だけを聴いていればいい。だが意識はあくまで自分の内面に集中だ」


 難しいことを言ってくれる。だけどやるしかない。六道の声以外の外界をシャットアウト。自身の内面に意識を向ける。これは剣の鍛錬をする時に行う瞑想をイメージすればいい。


「さて、次は自分の内面でもいらないものを分けていく。そしてあの時、《神羅》を初めて発現させた時に願ったことを思い出すのだ。もっと言うなら、今日ここに来る前にも君は同じことを願ったはずだ。なにを願った? 君はその願いのおかげで《神羅》を、《天叢雲剣》を手に入れることができた」


 願ったこと……。俺はあの時……追い込まれた瞬間になにを願った? そして今日、ここに来る前になにを願った……?

 瞼の裏側の闇に、いろんなシーンが浮かんでいる。その中からいらないものを次々を排除していく。そして、問題の場面のみを残す。

 ――あの時俺が願ったのは……。


「仲間を、大切な人々を守りたいと願った」


 俺の心の中にたった一つだけ残ったその答え、それを俺は声に出して呟いた。その瞬間、俺の体の中からなにかが解き放たれる。そんな感覚が走った。その感覚は爆弾が爆発したかのように俺の体の中心から球状に拡がっていく。そして体全体を包み込む。周りの空気すらも変わった気がした。


「目を開けてみるといい」


 六道に言われるままに目を開ける。あの時見た青色の輝きが俺の体を覆っていた。雲一つない、透き通る空の色だ。


「《水鏡(みかがみ)》」


 そう言って六道は、前回と同じく水の鏡を出してくれた。その鏡に映る俺の瞳には、青い《八卦印》が浮かび上がっていた。


「上出来、ではある。だがまだ座って動かない状態でしか発動できないだろう。それでは使い物にならない。それにここは少々特別な場所だからな。総真の世界ではそううまくもいかん。何度も鍛錬するといい。そして動きの中で出せるようになれば一人前だ」


「分かった」


 俺はコクリと頷く。すでに六道の印象は俺の中で大きく変わっていた。得体のしれない怪しい人物ではなく。俺を導いてくれる人だ。


「さて、そろそろ夜明けも近いはずだ。また来るといい」


 六道はそれを言ったと同時に、俺の視界が明るい光に包まれ始めた。時間切れということらしい。


「忘れるな、総真。《神羅》の使い方はお前次第だということを。強大な力は――」


 六道がその言葉のすべてを言い終わる前に、俺は眩い光に包まれて、その言葉を最後まで聞き取れなかった。







「忘れるな、総真。《神羅》の使い方はお前次第だということを。強大な力は――」


 そこまで言った時、目の前の少年は消えてしまう。この世界から自らの世界へと帰っていったのだ。六道はその光の残糸がすべて消えるのを見届けてから言葉を続けた。


「――強大な力は、守るはずだった仲間をも殺してしまうことにもなるぞ」


 そう呟いてから、六道は総真の残した湯呑を拾い上げる。中身は多く残ったままで、最初一口目以外は口をつけていないようだった。


「いつかこのお茶の味が分かるようになる時が来る。その時、お前はどうするのだろうな」


 六道はそう言ってから薄く笑うと、湯呑に残ったお茶を囲炉裏の灰にゆっくりとこぼした。


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