表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
陰陽記―総真ノ章―  作者: こ~すけ
第二章『八卦統一演武』
6/69

一.

 次の日、俺はまたしても頭を悩ませていた。

 最近、悩みすぎだと思う。

 ……このままじゃ過労死するか、最悪ストレスで若ハゲ……それは考えないようにしよう。

 さて、俺がなにを悩んでいるのかというと、今行っている授業のことだ。

 今日の二限目、科目は『符術(ふじゅつ)』、完全に専門系の授業だった。目の前では、この科目担当の先生、大家中道(おおやなかみち)先生が説明を行っている。

 痩せ型で、押せば普通に倒せそうなこの先生だが、符術に関してはすごいらしい。どうすごいのかは、まったく分からないが。


「今日から君たちが学ぶ、この符術こそが、すべての術の基本であり、もっとも重要な術であります。現在、陰陽師の基本となる戦闘スタイルは、集団による包囲、そしてこの符術による遠方よりの殲滅戦法が取り入れられています。ですから、まずはこの符術をですね……」


 先ほどから長々と喋ってくれるのはいいのだが、その内容はよく聞くと同じことをループしているだけだ。

 『符術こそ最高にして最強の術』ということを言いたいだけのようだし、話し終わるまで、聞き流しておけばいいだろう。

 けど、学校の中に訓練所があるのは、どうなんだ?

 俺が今いるのは『第二訓練所』、主に術系の訓練に使われている場所らしい。一般の高校でいえば、体育館のような感じなのだろう。外見や中身もまさにそんな感じだ。

 しかしその使用用途は、名前の通り絶対に普通じゃない。なにをしたのか知らないが、床には黒い焦げ跡が、壁には大きくえぐられた痕跡が見受けられる。

 命がいくらあっても足りない気がしてきたな……。

 この床や壁のようなことが身に降りかからないことを祈るばかりだ。


「ということで、とにかく今日は君たちの実力を見たいと思います。では、みなさんこっちへ」


 やっと長い話が終わったらしく、クラス全員が大家先生について行く。

 ん? 今、『実力』を見るとか言ってなかったか?

 嫌な予感を感じながら、俺も先生について行った。

 最初に集合した広いメインアリーナから出て、隣の部屋に入る。部屋はクラス四十名が全員入れる大きさではあるが、さすがに少し狭くはあった。部屋の中は、よくドラマだったり映画なんかに出てくる射撃場に酷似した空間だった。人が立つ位置が決められていて、その一つひとつが、パーテーションで仕切られている。そして、カウンターで挟まれたその奥には、人の上半身を模した藁人形が立っている。

 あれが的なのだろうか……。

 不気味に鎮座する藁人形を見ると、やはり嫌な予感は拭い去れない。


「今から、一人ひとりあの的に向かって符術を撃ってもらいます。もちろん、最初からうまくいくとは思っていませんが。まず、この『(じゅ)()』を一枚取って回してください」


 そう言って先生は、カウンターに置いてあった箱を取ると、一番近くにいた生徒に渡す。

 おいおい……やっぱり実践するんじゃないか。いきなりできるわけないだろ……。

 そうこうしているうちに、箱は俺の手元に回ってきた。木の箱だ。

 その箱にぴっちりと収まって、先生曰く、呪符が入っていた。――一枚手に取る。

 外見は、そこいらの寺や神社なんかに行けばもらえるお札と変わらない。というかお札そのままだ。表面には、読むことはできないが、なにやら文字が筆で書いてあるようだった。周りのクラスメイトももの珍しそうに呪符を眺めている。

 大概の生徒は初めて触るようだったが、幾人かの生徒――綾奈も含む――は、見慣れたものを見るような反応を示していた。やがて大家先生は呪符が全員に行き渡ったのを確認し、説明を始める。


「全員回りましたか? それが呪符というものです。呪符はその一枚一枚が呪力を有します。この呪力を君たちの持つ霊力で制御、増幅し扱うわけです。呪符にも様々な種類があります。主なものは、相手を攻撃するための呪符『破魔符(はまふ)』、守るための呪符『守護符(しゅごふ)』、結界を張るための呪符『結界符(けっかいふ)』などです。その他の物については座学時間に教えましょう。いずれは自分たちで呪符も作ってもらわないといけないわけですしね。ですが、この時間は実践あるのみです。一度、先生がやってみましょう」

 

 大家先生は、箱から一枚呪符を取り出すと、藁人形に向かって構える。

 呪符を右手の人差し指と中指で挟み込み、それを顔の前に掲げた。そして文字が書いてある方を標的に向けると、


「『炎弾(えんだん)』!」


 その貧弱な体から出たとは思えない迫力のある声に反応し、手に持った呪符が光り出す。そして次の瞬間、呪符があった場所から紅い炎がとぐろを巻いて噴出し、藁人形に殺到する。その炎の着弾と同時に届いた空気を震わす大音響に、俺はたまらず耳を塞ぐ。他の生徒たちも同様で、耳を塞いだり、頭を下げたりしていた。

 どうなった?

 音が止んだのを確認し、炎が着弾した箇所を見る。

 すごい……これが――

 的となった藁人形の胸から上は、跡形もなく消滅し、消し炭になっていた。あまりの光景にクラスのみんなも言葉を失っているようだ。

 ――これが符術……陰陽師の力か。


「さて、次は君たちの番です。ですがその前に少しだけ補足を」


 こちらに振り返った大家先生は、まだあっけにとられている生徒たちに説明を始める。


「君たちにも配ったこの呪符は、名前を『炎弾』といいます。破魔符の一種で、その中でも初歩の術です。と言っても、最初から全員が炎を出せるとは思っていません。最初は呪符が霊力に反応して光るだけでも上出来です。とにかくまずはやってみることです。では、まずは主席番号一番の荒川信二(あらかわしんじ)君、前へ出てきてください」

 名前を呼ばれた荒川が、慌てて前に出て行く。本当にこれから実践するようだ。

 俺もできるのだろうか? あんな風に、炎を操ることができるようになるのだろうか?

 正直全然できる気がしない。しかし、何事もやってみないことには分からない。

 もしかしたら俺の『《特待生》の理由』とも関係あるかもしれないし。

 ――まぁ、なるようになるだろう。



    ◇



「で、なるようになったの?」


「……ならなかった」


「あははっ、そんなことだろうと思ったよ」


「うるさいな。しかたないだろ」


 昼休み、俺は昨日と同じく、カフェで明華と向かい合って話していた。

 場所はカフェの中で一番奥の四人席だ。一番奥なだけに使い勝手が悪く、しかも通路からは死角になっているため、ほとんど利用者はないようだった。密会にはもってこいの席といえる。


「お前はどうだったんだよ。たしかそっちも三限目が符術の授業だっただろ?」


 今日もご機嫌な様子の明華に授業の成果を聞いてみる。


「うん。あのね、私は呪符から火花が出たよ」


「ホントかよ!? すごいじゃないか! 俺のクラスでもほとんどのやつは呪符が光るくらいだったぞ。まぁ、それでも上出来らしいけど」


「で、でも、ほんの少し出ただけだよ?」


「それでもすごいって! やっぱり才能あるんだな、明華は!」


「そんな……総君、褒めすぎだよぉ」


 明華は褒められたことに照れて、顔を真っ赤にして下を向く。照れすぎたのか頭から湯気が出ている。それもある意味すごいことだが……。

 照れる明華が、下を向いたまま呟くように言う。


「……私なんて、全然大したことないよ」


「そんなことないって。 明華、お前はもっと自分に自信を持つべきだぞ」


「自分に……自信?」


 俺の言葉に明華が顔を上げる。


「そうだ。もっと誇れるとこは誇っていいんだ。それに……」


「それに?」


「お前が誇ってくれないと、《特待生》だとか期待値だけ上げられて、呪符が光もしなかった俺が惨めすぎる……」


 変化のない呪符を持ったまま立ち尽くした時の空気と、クラスメイトの視線は痛かった。

 いかん……思い出しただけでも目頭が熱くなる……。


「ぷっ……あはははっ! 総君、それ反則!」


 俺の最新にして、渾身の自虐ネタに、明華が笑い出す。かなりツボにはまったようだ。

 ……確かに笑わそうとしたが、なにも涙が浮かぶまで笑わなくても……と思う。


「明華、笑いすぎだ」


「ご、ごめん。でも、総君が悪いんだよ!」


「なんで俺が悪いんだよ」


「あぅ!」


 明華の頭に軽く一発チョップをくらわす。明華は頭を押さえながら、なぜか嬉しそうに微笑んだ。

 ……なぜ喜ぶ? まさか……そっちの趣味に目覚めたとか? しばらく打撃系は控えたほうがいいだろうか?

 そう心配する俺をよそに、明華が口を開く。


「あのね、総君」


「お、おぅ、どうした?」


「今日、総君の部屋に遊びに行ってもいい?」


「駄目」


「えぇーなんでそんなに即答なの?」


 即答なのは当たり前だ。今日に限っては非常にまずい。昨日約束をした以上、綾奈が来るはずだ。

 二人が鉢合わせするのはなんとしても避けたい……なぜか理不尽な行いを受ける俺の姿が目に浮かぶ。


「よ、用事があるんだよ」


「用事ってなに?」


「用事は用事だ!」


「総君……なにか隠してない?」


 普段の明るい声が嘘のように、低く重たい声で明華が言う。正直、ものすごく怖い。


「か、隠してない」


 俺は明華の雰囲気に押されながらも、なんとか声を絞り出す。


「………………」


 しかし明華はそんな俺の言葉を疑っているのか、鋭い目つきで睨みつけてくる。その眼光の鋭さといったら、ちびっ子が泣くレベルと言っても過言ではないと思う。昔から明華を知っている幼馴染の俺ですら萎縮してしまうのだから。 ――いや、むしろ俺だからか?


「ふーん……まぁ、信じるよ、総君のこと」


 一拍おいて、明華が言う。それと同時に、その瞳から抜身の刀のような鋭さが消えた。

 た、助かった……日頃の行いのおかげだな。これは……

 内心冷や汗をかきながら、俺は表面上ではすまなそうな表情を作って明華に言う。


「あぁ、ごめんな。また今度来いよ」


「うん、分かった。あっ、もう昼休み終わっちゃうね」


「そうだな。そろそろ戻ろう」


「うん!」


 明華が席から立って歩いて行く。それに続いて俺も席から立ち上がる。先に歩いて行くその背中を追いかけながら、俺は明華に見つからないように安堵の表情を浮かべた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ