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陰陽記―総真ノ章―  作者: こ~すけ
第七章『本戦予選開幕!』
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五.

 ――さて、どうしよう……。

 俺は途方に暮れていた。由美さんの試合まで残りわずか、すでにコールは終わっているため、あとは試合メンバーの登場を待つばかりとなっていた。


「まいったなぁ……」


 やっぱりあのロリコン疑惑の弁解をしていた時間が致命的だった。いや……弁解自体は絶対的に必要なことだったけどな。あの時弁解していなかったら俺の人生が致命的なダメージを受けていただろうし。

 あの後、席を探し回ってなんとか三つ分の空席を見つけた。そこに明華たち三人を座らせて――明華にはめちゃくちゃ反対されたけどな――今に至るというわけだ。

 これは立ち見かな……まぁ、それでもいいんだけど。

 しかし立ち見となると、かなり遠目からの観戦になってしまう。大事な試合だ。できるだけ近くで見たい。そんな思いに後ろ髪を引かれて、俺は席を探して通路を歩く。

 ん? あれはなんだろう? 通路に人だかりができている。その大半が女子だ。今から今日のメインイベントともいえる試合が始まるというのに、それを置いてまで人が集まる理由というのはいったいどういったものなのだろうか。

 その人だかりを眺めながら、横を通り抜けようとした時だった。


「お! 総真君!」


「え!?」


 人だかりの中から俺を呼ぶ声が聞こえ、思わず立ち止まった。人だかりの方を振り向くと、その中から見知った顔の人物が手を挙げながらこっちに向かって来ていた。


「ま、聖斗さん!?」


 純白の着物を華麗に着こなす聖斗さんを見た瞬間、俺はこの状況を理解した。――なるほど、《澪月院》五連覇の立役者である聖斗さんならこれだけの人を、特に女子を集めることができるだろう。


「すまない! 先約があってね。また今度な」


 聖斗さんが集まった人たちにそう言うと、「えぇー!」っという残念そうな声が上がる。というかいつの間に約束したことになっているんだ? 俺はした記憶ないぞ!


「悪い悪い。さ、行こうか」


「え? あ、ちょっと!」


 さっさと歩きだす聖斗さんの横に慌てて追いつく。


「どういうことですか?」


「……すまない。ちょっと席を立ったらあの子たちに捉まってしまってね。総真君が通りかかってくれて助かったよ」


 俺の問いに聖斗さんは小声で答えてきた。つまり俺は脱出の手段に使われたようだ。聖斗さん……おかげで俺は女子の集団からものすごい殺気を向けられているんですが……。

 俺は心の中で、そう嘆きながら聖斗さんについて行く。


「ところで、総真君はこんなところでなにやっているのかな? 綾奈は?」


「あ、えっと――」


 俺はこうなってしまった経緯を聖斗さんに話す。もちろんロリコン疑惑のところは隠してだ。これ以上墓穴を掘る必要はない。


「なんだ、そうだったのか。じゃあ、総真君も俺に会ったのは幸運だったのかもしれないな」


 俺の話を聞いて、聖斗さんはニコリと笑った。


「幸運?」


「あぁ。俺の隣がちょうど一席空いている。そこに座ればいい。それにもう一つ運がいいことに、由美君の試合は放送を聞くに俺の席のちょうど真ん前だったな」


 えーと……空いているって、観客席は確か全席自由席だったんじゃなかったっけ? そんな俺の疑問をくみ取ったかのように、聖斗さんが話を続けた。


「俺のいる『貴賓席』は指定席だよ。前回の優勝者だから招待されたんだが、俺の仲間だったやつが来られなくなったから空いているだよ。俺が許可したと言えば、誰も文句は言わないだろう」


「いいんですか!?」


「ははは、いいって言っているじゃないか」


 思わず聞き返す俺に聖斗さんは笑いながら返事をしてくれた。


「ありがとうございます! すごく助かります!」


 聖斗さんに、俺は心からの感謝の言葉を伝える。いや、ホントに助かった。


「俺も助けてもらったし、そのお礼だよ」


 そう言って、あくまで笑顔を崩さない聖斗さんの後に続いて、俺は足取りも軽く通路を歩いて行った。





 少し歩いて着いたのは、聖斗さんの席がある貴賓席。確かにここだけ異様にスーツを着ている率が高い。それに貴賓席の周りの階段には、数人の陰陽師の姿も見える。背中の《八卦印》は赤、どうやら上級陰陽師が護衛として出張ってきているようだった。

 そんな護衛の陰陽師たちの一人ひとりに会釈をしながら聖斗さんが階段を下っていく。俺もそれに続く。うぅ……同じように会釈した時の、「誰だこいつ?」って視線が痛い。

 そんな視線を浴びること数回、聖斗さんが行き着いたのは貴賓席の最前列だった。見るとちょうど二人分の席が空いているところがあった。


「さて、ここだよ」


「あ、はい」


 聖斗さんに促されて、俺も一緒に席に座った。その位置は確かに由美さんが試合を行う場所の正面で、明華たちが座っている場所とはメインアリーナを挿んだ反対側と言ったところか。

 試合の方は、ちょうど選手たちは戦闘エリアの中に入ったところだった。由美さんの相手チームは当然四人。事前に確認していた対戦表の情報によると、三年生男子で構成されたチームだ。それに対して由美さんチームはなんと二人。由美さんと五年生の女子しかいない。由美さんの実力は言わずもがな、もう一人の先輩の実力もすごいのだろうか?


「ふむ……」


 そんなことを考えていると、隣で聖斗さんが顎に手をあてていた。その顔は少し不満気だ。


「どうかしましたか?」


 不躾かもしれないと思ったが、質問してみた。


「ん、いや……」


 いつも快活な聖斗さんにしては歯切れが悪く、答えに窮しているようだった。


「ちょっと気にかかることがあってね。まぁ試合が始まるようだし、それを見てからにしようか」


 そう言うと聖斗さんは戦闘エリアに視線を移す。これ以上喋ってくれる気はないようなので、俺もその視線を追う。戦闘エリアでは、審判が中央に移動し、今まさに試合が始められようとしていた。


「試合開始!」


 審判の声が響く。さぁ、試合開始だ……?


「えっ!?」


 試合開始直後、俺だけではなくてこの試合を見ていた全員が驚いた。その証拠に観客席がどよめく。なぜなら、由美さんの相方である五年生の女子が、開始の合図と共に結界より外に自ら出てしまったのだ。なにかトラブルがあったのかとも思ったが、特にそんな様子もなく、あくまで作戦通りだというように二人とも落ち着いていた。


「やっぱりか……」


 隣で聖斗さんが苦々しく呟く。どこか合点が言っているような口調だ。どういうことか聞きたかったのだが、俺が質問するより速く試合が動いた。そのせいで俺は口から出かかっていた言葉を飲み込むことになった。

 由美さんチームの予想外の行動で呆気にとられている三年生チームをしり目に、由美さんが行動を起こす。膝上までしかないスカートからチラリとのぞく黒い物体を抜く。


「ハンドガン……」


 ってことはあの装備品はかの有名な――ただし実際にしている人は見たことないけど――『太ももホルスター』か! まさか生で見れるとは! 

 珍しいものを見られたため俺のテンションが上がる。いや、あくまで珍しいものが見れたからってだけで、その装備位置とスカートの組み合わせのおかげでテンションが上がっているわけじゃないからな! と誰に向かってか分からない弁解を心の中でしつつ視線は変わらず太ももを……試合を見ていた。だが次の瞬間、上がっていた俺のテンションは急落させられた。

 由美さんが手に持ったハンドガンが派手な音を発する。それと同時にパパッと瞬いて銃口が火を噴く。そして驚いたことに、その銃口から発射された銃弾は白い光を纏っていた。


「ぐわっ……!」


 その輝く銃弾は、光の帯を残して空間を走り、棒立ちの三年生チームの一人に着弾する。顔に命中したその一撃、衝撃自体はまだ軽いものだったようで、くらった本人は数歩後ろによろける程度のものだった。しかし精神的なダメージはかなり大きなものだったようだ。それもそのはず、たぶんあの銃弾での攻撃は受けた当事者側からするとまったく見えなかっただろう。見えたとしてもたぶん一瞬の光のみだったのではないか。

 そうこうするうちにまた由美さんのハンドガンが火を噴く。今度は二発、それを正確に別々の人間の額に命中させる。しかもさっきの棒立ち状態と違い、攻撃を受けた恐れから回避に意識がいっていたのも関わらずだ。――すごい命中精度だな。

 続けて数度、銃弾が撃たれる。そのすべてが当然の如く相手に命中していく。


「う、うわぁあああ!!」


 ついに三年生チームの内の一人が、自身に向けられている銃口から受けるプレッシャーに耐えかねてか、恐慌状態に陥った。――そこからのチームの崩壊は早かった。

 約二分後には一人を残してチームは全滅。ろくに術を放つこともなく、距離を詰めることさえ適っていない。一方的な展開だ。


「うぉおおお!!」


 残った一人はいまだ闘志を失っている様子はなく、手に握りしめた刀を振り上げながら由美さんに向かって突進した。

 冷静な判断ではない。けど、この場面では案外いい手かもしれない。冷静な判断といっても、距離を詰めないことには勝ち目はない。だったら捨て身で突っ込むのはありだ。相手が気迫に怖気づいてくれるかもしれない。……ただ、この場合それは望めそうにないが。

 向かってくる相手に、由美さんは冷静にトリガーを引く。一発、二発と光の筋を伴った弾丸が相手に当たる。しかし背水の陣を敷いている相手は、衝撃に屈することなく、その走るスピードも緩めない。もし、他のリタイヤした三人のおかげで被弾がすくなかったとするならば、走破しきるかもしれない。その刃が届く距離まで詰めることができるかもしれない。

 俺はいつの間にか、その三年生の男子に自分を投影していた。持っている武器が刀だから共感したんだと思う。そして、この絶望的な状況でも前へと進む姿を応援していた。――いけっ! 走りきれ! と。しかしそこでまた、俺は驚愕の光景を見ることになる。

 由美さんが相手に向けていた銃口を下ろしたのだ。弾がきれたわけではないのは、リロードする動作がないことから分かった。どういうことだ? もう相手は目の前まで迫っているのになぜ?

 その問いへの答えを俺自身が導き出す前に、相手が由美さんの目の前に到達した。悠々刀が届く距離だ。開始当初とは逆で棒立ちになった由美さんに、相手が勢いに乗ったまま刀を振り下ろした――が、その刀が由美さんを捉えることはなかった。

 振り下ろされた刀を、由美さんはツーサイドアップにした灰色の髪をなびかせてながら、体を捻って躱すと、捻った回転を利用して、そのまま相手の顔面に上段回し蹴りを叩き込んだ。

 相手はなにが起こったか分からなかっただろう。攻撃したっという認識が終わるより速く叩き込まれていた。つまり防御もなにもない。まったくの意識の外からの攻撃だ。素晴らしいカウンターだった。

 そして、由美さんは吹っ飛んだ相手に素早く近づくと、その額に銃口を押し付ける。――チェックメイトだ。

 相手が棄権したのを確認した審判が高らかに宣言した。



「勝者、夜坂チーム」


 その勝ち名乗りに観客席が湧く。優勝候補の盤石の勝利を見て、興奮しない方がおかしいだろう。万雷の拍手が降り注ぐ中、由美さんはいつもと変わらぬ表情だ。その視線が俺の方へ向く。いや、正確には隣にいる聖斗さんの方だろう。横を見ると、聖斗さんもなぜか厳しい表情で由美さんを見返していた。時間にして数秒、由美さんはこちらを見た後、選手控室へ向かって歩いて行く。その姿を見送っていると、聖斗さんが席から立ち上がった。


「すまない、総真君。俺は少し用事ができた。すぐ帰ってくるが、綾奈たちと約束があるなら気にせず帰ってくれて構わないよ」


「は、はい」


 そう言うが早いか、聖斗さんは少し早足で階段を昇っていく。その顔は依然として厳しいままだ。いったいなにが気に入らなかったのだろう? ……分からん。

 とりあえず、分からないことは置いといて、俺は目を閉じてもう一度今の試合を脳内再生する。最初から最後まで、一連の流れを見る。


「ふぅ……」


 再生が終わると、俺は思わずため息をついた。

 勝てないな……今のままじゃ。

 勝てるイメージがまったく湧かない。それほど由美さんの戦いには隙がなかった。――次の試合があるのは分かっているけど、今のうちからなにか対策をしないと駄目だ。


「うーん……」


 新たに生まれた悩ましい問題に、俺は頭を抱えながら席から立ち上がった。


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