三.
次の週はあっという間に過ぎていき、四人になった俺たちの初陣の日が訪れた。
「リーダーは前へ」
そう審判に言われ、俺は一歩前へと踏み出す。相対する敵チームのリーダーも同様に歩み寄ってきた。髪を茶に染めた今風の男子生徒。当然ながら上級生、学年でいうと二年生だ。その顔にはどこか嘲るような笑みが浮かんでいた。――一年生相手で楽勝だと思われているみたいだな。まぁ、そう思っていてくれた方がこっちとしてもありがたいが。
「よろしくお願いします」
そう言って右手を差し出す。リーダーの男子生徒は俺の右手を握って言った。
「あぁ、よろしく。ま、せいぜい頑張りなよ」
今の一言で確信できた。こいつら油断している。俺には『頑張れ』の部分が『足掻け』に聞こえた。負けるわけがないと思っているのだろう。今、相対しているのがチームメイトの一人とかならまだ疑わしいが、リーダーがこの態度だなのだ。油断しているのは、十中八九間違いはない。
「えぇ、できる限り頑張りますよ」
俺は微笑みながら答えた。この言葉に嘘はない。全力でできることをやるのみだ。ただ――、
「舐められたままでいるつもりはないけどな」
自身の列に戻っていく敵のリーダーの背中を見ながら俺はつぶやく。そして踵を返すと、俺も自分の列へと戻る。そのついでに共に戦う三人の顔を見た。
まずは一年生予選を戦った一人である明華は、もうこの雰囲気には慣れたのか観客席をキョロキョロと見回していた。それにしても慣れるのが早すぎる。こいつの強心臓がホントに羨ましいよ。
その隣の綾奈はまだ緊張気味のようだ。選手控室にいる間も緊張を少しでも和らげようとしていたのだが、あまり効果はないようだった。緊張の原因としては、本予選の試合会場が一年生予選よりも大きく広くなっている点だ。
この予選からは一般の人たちも観戦できるようになるため、市営の大型体育施設を使用している。一般人の中には、もう何年も《八卦統一演武》を観戦しに来ている所謂常連の人もいた。その人たちの今年の注目株が、『あの月神聖斗の妹』である綾奈だったのだ。俺たちがコールされてメインアリーナに出てくると、大きな歓声を受けていた。まぁ、まったく顔も知らない他人から応援されたら緊張するのも当たり前か。けど、聖斗さんの妹だからってだけでなく、綾奈は可愛いからな……それもあってすごい応援だな。
因みに、俺は最初に市営の大型体育施設で試合を行うことを聞いた時は「危険すぎだろ!」とツッコんだ。だがこの体育施設を建設する際に、《澪月院》つまり月神家が共同出資を行ったらしい。その時の条件の一つとして、《八卦統一演武》を行うことを前提とした各種設備の取付けという項目を盛り込んだようだった。だけど一年の内の約二ヶ月、それもほぼ週末のみを優先的に借りるためだけに《八卦統一演武》を行うための大型体育館だけじゃなくて、テニス場、野球場、陸上、サッカー用グランドなどの建設に出資した月神家って……どんだけ金持ちなんだよ! あきらかに億単位のお金が動いていると思うですけど……。
まぁ、そういうわけで大型体育館を使っての試合になるんだが、広がったのはなにも観客席だけではなかった。戦闘エリアも拡大されていて、刀主体の俺にとってはさらにやりづらくなっていた。
最後に今回から一緒に戦うエンフォードの顔を見た。メンバー決定から今日まで一番頑張ったのはこのエンフォードじゃないかと思う。初見である符術の鍛錬をこなし――一瞬で追い抜かれた俺は立場がなかったが――間合いの違う日本刀の鍛錬もこなしたのだ。その青い瞳に宿る強い意志には俺も感服させられた。初試合ではあるが、いい意味で緊張しているようで心配の必要はなさそうだった。
三人の様子を確認した俺は、自身の心を落ち着けて『その時』を待つ。男子生徒四人で形成された敵チームも同じく時間を待っているようだった。やがて、審判がエリア中央に歩み寄り、周囲をぐるりと見た後に宣言した。
「試合開始!」
その言葉を聞いた瞬間、このエリアにいる八名が一斉に動き出す。俺はその動向を、特に敵である四人の動きを油断なく伺う。相手は二人ずつ左右に分かれて、場外のラインでもある結界ギリギリを移動していた。それに対して俺たちは、四人とも離れずに開始位置に留まる。仲間の動きを妨げないように一定の距離を取りながら、俺は腰の刀を抜いた。
「《瞬炎》!」
この試合初めての攻撃は敵チーム側だった。四人全員が走りながら構えた呪符から、炎の矢が発現する。四本の炎の矢は、左右より俺たちに向かって交差するように飛来した。
「回避!」
俺は明華たちにそう叫ぶと、自分の左側より迫りくる二本のうちの一本を刀で掻き消す。もう一本は最初からあさっての方向へ飛んで行っていたので最初から眼中にない。――にしても、やっぱり刀で防御できるのっていいよな。やっと戦力になったって気がするよ。そんな感慨を覚えなら俺は自分の右側を見た。少しだけ離れた所に見えるのは綾奈とエンフォードだ。二人とも自分たちに向かって来ていた《瞬炎》を見事に躱していた。流石だ。
それを確認した後、俺は自分の背後に控えている明華に声をかけた。
「明華、大丈夫か?」
「うん! 当たってないよ!」
明華の元気な声が背中越しに聞こえた。その声を聞いてだけで分かる。大丈夫な様だ。
「次が来るぞ! 集中しとけよ」
「分かった!」
視線は交わさず声だけで言い合う。わざわざ見る必要はない。明華のことならそれだけで十分分かる。だって幼馴染なんだ。当然だろ! ――信頼というのは時に大きな武器になる。現に俺はよそ見をすることなく敵チームの動向を探れているのだ。
俺たちは今、二組に分かれていた。俺と明華組、綾奈とエンフォード組だ。力のバランスを考えた上で決めた組だった。二組に分けたのはフォローする相手を絞るためだ。四人もいると、よっぽどの訓練を積んでいない限り各々が意識しすぎて失敗することが多々ある。手助けしなくていい人を手助けしたり、逆に助けなければならない人に意識がいかなかったり、そういったことを避けるためにあえて組を決め意識する相手を限定した。今のところそれはうまくいっている。それは俺たち四人の意識が回避に集中しているからでもあるけどな。今はとにかく避ける。――反撃はそれからだ!
近づいてくる敵チームの手元からまた新たな術が放たれた。術自体は先ほどと同じ《瞬炎》だ。先ほどよりも距離が近いため素早い判断が要求された。といっても走りながらの攻撃のため狙いは散漫だ。相手の作戦が俺たちを『誘い出すため』だったとしても、もう少し正確に狙った方がいいんじゃないかと思う。――ま、それもビデオで確認済みなんだけどな。
そう、今展開されている試合の構図は敵チームが一回戦を戦った時とまったく同じ構図なのだ。つまり敵チームは、俺たちがこの一週間の間に『何十回』と見た戦い方と同じこと今まさに目の前で実演してくれているというわけだった。
敵チームの作戦は、二手に分かれ俺たちに向かって走ってきながら術を撃つ。その術で俺たちを開始位置に釘付けにし、距離を詰めたのちの一斉攻撃が目的だ。またこの作戦は二段構えのようで、もし俺たちが開始位置より脱出し手薄であるエリア真ん中に出てきてしまった際は、すぐに左右よりの挟撃に入れるようになっていた。――なぜここまで分かったのかというと、一回戦がその展開だったからだ。一回戦、敵チームはほぼ互角の相手と戦って勝利した。しかしその際に作戦の全容と実力のほぼすべてを見せてしまっていたのだ。俺たちにとってはこの上なく運が良かったと言える。もしかしたら作戦を変えてくるかもしれないという懸念はあったが、試合前の舐めた態度でそれも心配ないと確信した。格下の相手を圧倒するには、この作戦は理には適っているからだ。
この作戦の胆となるのは、『相手を慌てさせること』が重要になる。左右よりの術の飛来で慌てた相手を包囲殲滅する、もしくは慌てて開始位置から飛び出てきたところを挟撃によって殲滅するのが目的だ。
今、相手には俺たちはすごく慌てているように見えているはずだ。反撃の術を撃つこともなく、一回戦で戦ったチームのように少々のダメージを受けながらもエリアの真ん中の空間に出て体勢を立て直そうとすることもない。ただただその場で必死に術を躱しているだけの実力不足の一年生チーム。――しかしもし、相手が慌てていなかったら? 慌てているふりをしているだけで、実は冷静に回避に専念しているだけだったら? どうなるだろう――、
「それは今から自分の身で感じてくれ」
俺はそう呟くと、ニヤリと笑った。戦いの中で笑うのは不謹慎かもしれないが、この時だけはそれを禁じることができなかった。それもしかたがない。だって相手が近づいてくるのだから。俺は相手の術を避けるのに専念するだけで、相手の方から近づいてきてくれているのだから。今まではこの手に握った刀を届かせるために、術を避けながら近づく必要があった。回避に前進、そして時に悔しながら後退もしながら俺は自身の唯一の武器を生かせる距離まで行く必要があったのだ。しかし、今回は違う。今回は敵の方から来てくれるのだ、俺の間合いに――。
そして、敵チームとの間合いが五メートルまで縮まったの瞬間、俺は叫ぶ。
「今だ! 反撃開始だ!」
その合図を聞いて待ってましたと言わんばかりにエンフォードが術名を叫んだ。
「《炎弾》!」
エンフォードの気持ちがこもっているかのような炎の弾は、俺たちから見て右側を
走ってきた二人に向かって飛ぶ。油断しきっていた二人がそれを避けられようはずもない。先頭を走っていた一人に着弾。そしてそこから起こった爆風で後方のもう一人も吹っ飛ぶ。直撃を受けた方はそのまま場外に転がっていった。《吸傷》の許容量が残っていたとしてもこれで場外失格。結界ギリギリを走っていたことが災いしたようだ。
そして吹っ飛ばされたもう一人はというと、体を起こして顔を上げたところへ、
「《貫水》!」
避けながら詠唱を行っていた綾奈の術が直撃した。綾奈の手から出現した水は、さながら消防の高圧ホースから発射されたように猛烈な勢いとスピードを持って敵の一人を打ち抜いた。《吸傷》がなければ、まさに名前の通り貫かれていたのかもしれない。とにかく、綾奈の破魔術をくらった相手はそれでリタイヤだ。綾奈、エンフォード組は一瞬で右側の敵を打ち払ってしまった。
――一方俺たちはというと、
「……つ、強い」
すでに終わっていた。のこのことやってきた二人組の先頭を胴薙ぎの一閃と、明華の《炎弾》の直撃で場外へ弾き出し、後方にいた敵チームのリーダーには刀を抜く暇さえ与えずに連撃で圧倒した。敵チームのリーダーは、自身の《吸傷》が発動し、床に倒された後も驚きを隠せないといった表情で俺を見上げていた。その表情のまま、リタイヤを退出させる人形に引きづられて行く。……あの事件の直後は、この人形が近くに来ると身構えていたのだが、それも最近はなくなった。っと、そんなことよりもとにかく――、
「勝ったー!」
俺が自覚するより速く、明華がその一言を発し、俺に抱きついてくる。毎度毎度勝つたびに抱きつくなって! その……当たってるんだよ!! 背中に当たる柔らかな感覚を知覚しながら俺は心の中で叫ぶ。
明華を引きはがそうともがく俺のところへ綾奈とエンフォードもやってきた。
「総真さん、やりましたね!」
「勝てた……私たち勝てたのだな!」
二人とも勝利の余韻に浸って、とても嬉しそうだ。特にエンフォードは、いまだに信じられないといった感じで、今日の勝利を噛み締めているみたいだった。もしかしたら、エクソシストだった時もあまり勝利というものを味わってなかったのかもしれない。だとしたら、その勝利をプレゼントできて俺も嬉しい。
「勝者、山代チーム!」
その時、俺たちのチームの勝利が審判によって高らかに宣言された。それに反応し、周りの観客席から惜しみない拍手を受けた。他にも何試合か同時に試合をしているために、その拍手はすぐにやんでしまったが、俺たちにとっては今後の励みになる温かい拍手だった。