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陰陽記―総真ノ章―  作者: こ~すけ
第七章『本戦予選開幕!』
53/69

一.

「綾奈! 援護頼む!」


「はい!」


 綾奈に指示をとばしながら俺は迫りくる《炎弾》に目を向ける。今まで何度も近くで見てきた術だけに少し余裕があった。これまでなら術の軌道を見極めた上で避けていたのだが、今日は違う。術の軌道上に立ったままあえて動かずに俺は手に持つ刀を体の正面に構えた。キラリと光る刀身、それは木刀ではありえない輝き。『真剣』の輝きだ。

 先日、本予選へのメンバーが確定した日、北条先生の研究室に呼び出された俺たちはそこで真剣を渡された。一年生予選と違い本予選では真剣を使う。ズシリと重い真剣を握った時、その久しぶりの感覚に正直身震いをした。そして同時に、

 ――この剣でチームを支える。自分にできることを精一杯貫く。

 そう心に誓った。

 だから今、迫りくる《炎弾》からも逃げるわけにはいかない。俺は刀を頭上に持っていく。揺らめく炎のせいで少し距離感が測りにくい。だから直撃も覚悟して引きつける。回避が不可能な距離まで呼び込んで、そして――剣を一気に振り下ろす。

 振り下ろした剣が《炎弾》を捉えた。その瞬間、体に直撃した時の爆発的な衝撃とは裏腹に、《炎弾》は剣に軽し手ごたえを残して掻き消えた。――やった! 成功だ!

 理論上は可能、というより上級生と戦うならば必須の技術。剣による《陰陽術》の防御だ。陰陽師の刀、通称《陰陽(おんみょう)(とう)》はその刀身に呪符と同じく呪力の込められた文字が刻まれている。そのおかげで霊体を斬ることができるのだ。そして同じ呪力で構成されている《陰陽術》もまた然り。《陰陽術》を満足に使えない俺からすると非常にありがたいことだ。いや、だからと言って鍛錬をしていないわけではないけど。

 《炎弾》を掻き消したことで晴れた視界が捉えたのは、綺麗な金髪をなびかして向かってくるエンフォードの姿だ。手に持つのは俺と同じ真剣、エンフォードの得意分野であるロングソードとは少し違ってはいるけれど、発せられている気迫は戦闘慣れしていない人なら十分にたじろぐだろう。


「山代総真! 今日こそは!!」


 たぶんその気迫の源は俺との立ち合いに負け続けているからだと思う。――まったく、あれほど周りを見ろと言ったのに、聞いてないな。


「ハァアア!」


 気合と共に放たれたエンフォードの渾身の一撃を俺は軽く躱す。熱くなりすぎて太刀筋が単純すぎる。あとで一言言ってやろう。

 そんなことを考えながら俺は避けた勢いそのままにエンフォードの脇をすり抜けた。


「なっ!? 逃げるのか!」


 ちょっと癪に障る言われ方だけど、これがこっちの作戦だ。それとこっちからも言わせてもらうけど、


「前向いとかないと危ないぞ」


「え?」


 俺がそう言った直後、背後で爆発音がする。――だから言ったのに。

 振り向いて確認することはないが、今の爆発音は綾奈の術がエンフォードに直撃した音だろう。俺がもう一人の相手である明華を倒すまでエンフォードを足止めするように言ってある。それを実行してくれたのだ。完璧な援護だな。よし、あとは俺の役目だ。

 手元の刀を握り直して俺はニヤリと笑った。




 

「……また負けた」


 膝をついてガックリとうな垂れたエンフォードを少し離れたところから見た。……今声をかけたら怒るだろうか? けど、言うことは言っておかないと。その試合での話し合いは終わってすぐにしないと意味がないと俺は思っている。人の記憶っていうのは曖昧なものだからすぐに忘れてしまう。一日経てば、昨日のことは七割近くの記憶は忘れてしまっているらしい。それでも残っている記憶は長期記憶となって長く留まり続けるみたいだが。


「エンフォード」


 俺がエンフォードに近づいて声をかけた。


「なんだ?」


 エンフォードが顔を上げた。予想通り声がとっても不満気だ。


「さっきの――」


 試合のことを話そう。そう続くはずだった言葉が途切れた。『ある問題』に目が釘付けになってしまったからだ。


「さっきの、なんだ?」


 エンフォードが怪訝な顔で聞いてくる。問題はその顔の下、具体的に言えば……えーと、胸元で起きていた。

 俺たちが今着ているのは学校指定の体操服だ。今は六月なので、青色のハーフパンツと白い半袖のTシャツだという服装である。陰陽師の学校とはいえ、一般授業として時間数は少ないが体育の授業もあった。それに加え《八卦統一演武》の本番は制服なのだが、普段の鍛錬は体操服を使っていたりする。さて、問題の内容はここからだ。体操服ということは当然薄着ということだ。その薄着の状態で四つん這いになったエンフォードの胸元は、非常にオープンな状態になっていた。前かがみの体勢のせいで重力に負けた体操服が、エンフォードのきめ細かなで上気した肌との間に決定的な隙間を作る。さっきまではうつむいた頭が邪魔になって見えなかったのだが、俺の声に反応して頭を上げたため現在はノーガードだ。その隙間を伝っていく汗の粒が妙に(なまめ)かしい


「あ、えっと……」


 口調が一気にしどろもどろになってしまう。……だって黄色のモノが見えてますよ。なんて言ったら間違いなく殺される!


「いきなり黙ってどうした?」


 そう言ってスッとエンフォードが立ち上がった。た、助かった。これで死なずにすむ。そう思って視線を上げたのが間違いだった。


「ぶっ!!」


 エンフォードの体操服が今度は逆に汗で張り付いていた。ピッタリと張り付いた体操服がエンフォードの胸を強調する。白い生地から透けて見える黄色に先ほどよりも背徳感を煽られた。こうして内心で語るのはいいのだが、すでに決定的なミスをしてしまっているわけで……。


「だからさっきから本当にどうした……」


 そう言ってエンフォードの視線が胸元に降りていく。……終わった。


「きっ、きゃあああぁ!」


 予想外なほど女性的な悲鳴をあげて、エンフォードは両手で胸元を隠す。


「み、みみみ、見たな!!」


「違うぞ、エンフォード。落ち着け」


「なにが違うのだ!」


「俺は見たんじゃない。見えたんだ!」


 俺の言葉にエンフォードがキョトンとした顔をした。


「…………」


「…………」


 俺とエンフォードが見つめ合う。そして一拍後、


「結局結果は一緒ではないか!!」


 ごもっとも! エンフォードが動き出した瞬間、俺は脱兎のごとくその場を脱出する。


「待て! 山代総真! 今日こそは成敗してくれる!」


「今日こそはって、いつもやってるみたいに言うな! というかその真剣やめろ!!」


 俺は逃げながら叫ぶ。いや、マジで洒落にならん! 《吸傷》張ってないんだぞ! 


「えぇい、うるさい! 細かいことをうだうだと!」


「そこ重要だっての!」


 そう言いながら、ドアのところまでたどり着いた俺はスライド式のドアをガラリと開けた。――逃げ切った! そう思った俺の前に立ちはだかったのは、いきなりドアが開いてびっくりした表情をしている明華と綾奈だった。二人は両手にペットボトルを持っている。試合後すぐに二人して出て行ったと思ったら、近場の自販機までスポーツドリンクを買いに行ってくれていたようだ。

 その二人の姿を見て、俺は一瞬躊躇した。その一瞬が命取りだったようだ。


「二人とも! そいつを抑えてくれ! そいつは私のむ、胸を盗み見ていたのだ」


 とんでもないことを言うな! 状況の説明をしろよ!


「嘘をつけ!」


「問答無用!!」


 エンフォードが走ってきた勢いのまま真剣を振り下ろす。ヤバい! 殺される!


「うぉ!」


 俺に向かって振り下ろされた真剣をバシッと両手で受け止めた。『真剣白刃取り』、やったことなかったけど人間死ぬ気になればできるもんだな。


「こ、この……往生際の悪い」


「まだ往生する気はない!」


 受け止めたのはいいものの、この後どうするか……。相手が男だったら蹴りでもくらわせるけど、流石に勘違いとはいえ特に悪いことをしていないエンフォードに攻撃するわけにはいかない。――となると。 


「明華、綾奈! エンフォードを抑えてくれ! エンフォードは誤解をしているだけなんだ!」


 明華と綾奈に頼るしかない。そう思って二人の方に振り向く。……あれ? どうも二人の様子がおかしい。俺を――というより俺たちを疑わしそうに見ていた。


「ねぇ、綾奈。この二人すごく仲良くない?」


「……ですよね。ケンカするほど仲がいいとも言いますし」


 ……なに言ってんだ? 二人とも。この状況を見て仲がいい? 現在進行形で殺されかけているんですけど?


「な、なんだと?」


 思いはエンフォードも一緒だったみたいで驚いた表情を浮かべた後、その顔が赤くなっていく。そして気が逸れたのか、刀から力が抜けている。それも見て俺は刀から手を放す。


「……怪しい」


「……怪しいです」


「あ、怪しいものか! こいつとなにかあることなど断じてない!」


 二人のジト目を浴びて、エンフォードがさらに狼狽していく。意外と見ているとおもしろいな。いつもは俺が見られる役だから新鮮な気持ちだ。


「や、山代総真! お前もなんとか言え!」


 真っ赤な顔で俺の方を見てくるエンフォード。確かに怪しいと言われるのは少し困るけど、エンフォードと仲良くしたいのは本当だ。これはいい機会かも。


「でも、別に俺はなにも言うことないぞ? エンフォードとは仲良くしたいし」


「――ッ!」


 笑いながらそう言うと、エンフォードが面食らったような顔をした。


「ば、馬鹿者! なに言って――」


「本当のことなんだけどなぁ」


 エンフォードの言い方にちょっと苦笑い。もしかして俺、めちゃくちゃ嫌われてるんじゃないか……?


「も、もういい!」


 エンフォードはそう言うと、耐えかねたのか俺たちの脇を抜けて走り去ってしまう。


「あっ……」


 あちゃー……失敗したかな。せっかくのチャンスが……。

 軽く頭をかいて明華と綾奈の方を見た。


「……また無自覚にやっちゃう。ホント総君は……」


「タチ悪すぎです……」


「なんで!?」


 なぜか今日一番のジト目を二人から浴びて俺は盛大にたじろぐ。

 結局この後、エンフォードはなかなか帰ってこないし、二人の機嫌が微妙に悪いしで散々な鍛錬になった。試合まであと一週間。うーん……前途多難か?


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