七.
「ここだ。入ってくれ」
聖斗さんを先頭に向かった先は、この『ゴーストマンション』の三階にある一室だ。
「ここは?」
中に入ってみると、この部屋も改築が行われていたようで、各部屋を仕切っていた壁がすべて撤去されていて、一つの大きな空間になっていた。
聖斗さんが壁に設置してあるスイッチを操作すると、部屋のライトが薄く点灯した。輝度が絞ってあるため部屋の中はかなり暗い。窓のカーテンは開けてあり、そこから差し込む月の光の方が明るいんじゃないかと思うくらいだ。――いや、もしかしたら月の光を取り込むたうめにそうしてあるのか?
「ここは……名前を付けたことがなかったが……しいて言うなら『処置室』かな」
「処置室?」
「あぁ。ここで除霊なんかをよく行う」
聖斗さんは、そう言いながら部屋の中央部に移動すると、まだ入り口付近に立つ俺たちの方を振り向く。
「では、鈴木さんはこちらへ。他のみんなは壁際に移動してくれ」
その指示に応じて、俺たちは壁際に移動する。依頼主である鈴木さん――この部屋に来るまでに名前を聞きだした――と、まだ足元がふらつく鈴木さんを支えるような形で、雫さんも中央部に移動した。――因みに鈴木さんの名前を聞いた時、この部屋に俺たちが立ち会ってもいいかの許可は取ってある。依頼人のプライベートに関わるかもしれないので聞かないといけないらしい。……もっとも本人はそんなのどうでもいいから早くなんとかしてくれと言った感じだったが。
「私も手伝いましょうか?」
鈴木さんを聖斗さんが用意した椅子に座らせて、雫さんが言う。
「バカ、黒服が無印の仕事に手を出すなよ」
「わ、私だって好きでこの服着てるわけじゃ……!」
聖斗さんの言葉に反論しかけた雫さんだったが、途中で言葉を切って悔しそうに下を向いた。
「……とにかく、これは俺の仕事だ。みんなと一緒にいてくれ」
「……分かったわ」
二人の間に微妙な空気が立ち込めたが、それを払うように聖斗さんが言う。雫さんもその言葉に従って俺たちの方へと合流した。
「では鈴木さん、あなたに憑りつくものたちのお祓いを始めます」
聖斗さんはそう言うと、両手をスッと頭上に掲げた。
「《水槍・縫針》」
聖斗さんが術名だけを唱える。――詠唱破棄、以前綾奈に聞いた《陰陽術》の高等テクだ。
体の前で交差した聖斗さんの手、その指の間で月の光を浴びてなにかが煌めく。あれは……針か?
「水子たち、チクリとするが許してくれよ」
鈴木さんの体に依然としてくっついて泣き続けている水子たちに向かって言うと共に、聖斗さんは両手を振り下ろす。
聖斗さんの手から放たれた青白く輝く針は、正確に五体の水子の腕に突き刺さる。ウギャアっと今まで以上の大きさの声を出した水子たちは鈴木さんの体から手を離す。いきなり襲われた痛みに驚いてしまったようだ。――聖斗さんはこれを狙っていたのか。
「《四式結界》!」
手を離し、空間に浮かんだ水子たちに向かって、聖斗さんが間髪入れずに術を唱える。次の瞬間、薄暗い部屋に光が走った。その光が空間に立方体を形成し、水子たちを囲い込む。速い……一瞬にして霊を捕らえた。
「……体が、楽になった?」
「もう大丈夫です。立ち上がれるなら、みんながいるとことに移動していてくれますか?」
聖斗さんは、鈴木さんに優しくそう告げると、俺たちの方へ行くように促す。そして、自身が形成した結界に手を添えた。
「……《浄火》」
聖斗さんが呟くようにして術名を唱えると、結界が炎に包まれた。――焼き払うのか? っと思ったが違ったようだ。結界を包む炎は、《炎弾》や《瞬炎》が発する爆発的な炎ではなく。優しい、見ていると心が安らぐような気持ちになるそんな炎だった。
「水子たちよ。その炎はお前たちが求めていたものだ。その炎……いや、母親の温もりに包まれて逝くといい。どうか安らかに……」
聖斗さんが水子たちに語りかける。――水子たちは、眠っていた。ずっと泣いてばかりだったのに、今はとても安心したような顔で眠っている。たぶん求めていたものが見つかったから、母の温もりを感じられたから。
やがて、水子たちを包んだまま浄化の炎が天へと昇っていく。部屋の天井を突き抜けて、細かい光の粒子となって。そして最後の煌めきが天井へと消えると、部屋の中はまた薄暗くなる。
「……終わったの?」
俺の横で明華が言う。確かに水子の浄霊は終わった。……けど。
「いや、まだ終わっていない。呪い自体を解かないとすぐに同じことになる。みんなこっちへ、俺の後ろにいるんだ」
聖斗さんの手招きに応じて俺たちは部屋の中央へと移動した。その後、依頼主の鈴木さんが怯えたように言う。
「……ま、まだ終わってないの?」
「えぇ、あなたに憑けた水子たちが消えたのは術者にも分かったはずだ。術者の性格からいってすぐにでも確認に来る」
鈴木さんの問いに、聖斗さんは確信を持っているかのように答えた。そして、その言葉を最後に誰もが押し黙る。沈黙が部屋の中を支配した。聖斗さんの言うなにかが来るのを待つ。
――一分、二分と時間が過ぎる。薄暗い部屋の中でも沈黙は、精神的にもよくない。まだ来ないのか? ……それとも聖斗さんの見当違いで来ないのか? そんな自問をした時だった。
「……来た」
俺の後ろで夜坂先輩が呟いた。ハッとなって顔を上げ、聖斗さんが見ている部屋のドアに視線を向けた。――感じる。部屋の前になにかいる。鳥肌が立った。部屋のドアを隔てたその先に、なにか得体の知れないものがいる。部屋の中を窺うように立っている。
「入ってくるぞ。みんな、なにが来ても動くなよ。俺の後ろにいれば大丈夫だ」
聖斗さんが声をかけてくれる。その揺るぎない自信を持った言葉に幾分か安心する。本当に頼りになる人だな。その点、俺はまだまだだ。
フッと小さく息を吐いて、動揺しかけていた呼吸を整える。そして改めてドアを見た。様子がさっきと違う。ドアに変化が起きていた。
ドアの中央より少し上の辺りが微妙に膨らんでいた。……いや、ドアが膨らんでいるのではなかった。なにかがドアをすり抜けて侵入してきたのだ。膨らんで見えたのはそのなにかの頭だ。
侵入してきたそれは真っ黒の髪だ。その髪に隠れるようにして、顔が現れる。次いで胴体だ。土気色をした肌、赤茶けた色のワンピースを着た女。その女が入ってきた瞬間、部屋の温度が急激に下がったように感じた。
「……あ、あれ、あれは?」
カチカチと歯を鳴らしながら、鈴木さんが問う。
「あれが呪いの正体。あなたへ水子を運ぶモノです」
全身を部屋の中に現した女は、髪の毛の間から覗く目をこちらに向けてきた。白く濁ったその目は生気の欠片もない。代わりに憎悪だけをその目に宿していた。
「あれを祓います」
聖斗さんはそう言うと、一歩前に出た。そして女を真っ直ぐに見据える。
「さて《水子曳》の目を通してこっちを見ている術者よ。声まで聞こえるのかは知らないが、聞こえるなら言っておく。俺の顔をよく見ておけ、それがお前の見る最後の光景だ」
そう言った瞬間、聖斗さんの体から圧倒的な力を感じた。空気が震えるような威圧感、そして聖斗さん自身の力が上昇していくような感覚を受ける。
「《月の眼》解放。……これで終わりだ。《月慧呪》!」
部屋の中が一瞬、カメラのフラッシュが焚かれたように光に包まれた。あまりの眩しさに目を背ける。……FPSのゲームでフラッシュバンをくらった気分だ。視界を戻すために数回まばたきをして、視線をすぐに元に戻した。しかし、さっきの光が発せられる前と状況は変わっているようには見えなかった。聖斗さんは依然として女を見ている。……一体どうなったんだ? さっきの光は? 本当は声に出して聞きたいところだが、そうしていいのかも分からず、俺は心の中で自問する。すると、それに答えるように変化が訪れた。
「あっ!」
思わず声を上げてしまう。なぜなら、変わりないと思っていた女が徐々に崩れていっているからだ。体の端から粉になっていく。黒かった髪は白く変わり、憎悪を込めていた目もすでに無機質なものに変わっていた。
「終わったな」
女が崩れ去るのを見届けた後、聖斗さんがこちらを振り返った。変化は、聖斗さんにも起きていた。聖斗さんの左目、さっきまで黒かった瞳が淡い黄色に変わっていたのだ。
「その目は、一体……」
聖斗さんにエンフォードが聞く。同じことを俺も聞きたい。
「あれ? 綾奈から聞いていなかったのか? これは月神だけの力、《月の眼》だよ」
微笑みながらエンフォードにそう言うと、聖斗さんは欠伸をした。
「よし! 仕事完了!」
すっかり普段の調子に戻った聖斗さんが宣言する中、俺はまだまだ納得いかない。《月の眼》のことを含めていろいろと聞きたい。この後事務所に戻ったら、説明してもらおう。たぶん聖斗さんならしてくれると思う。
時間にしては短かったけど、初めて見た陰陽師の仕事は、俺に忘れられない印象を残して幕を閉じた。
あとがき追加です!
感想欄で、FPSを使った例えが少し分かりにくいというもっともなご意見をいただきましたので、軽く説明することにします。
FPS、簡単に言うと、一人称視点のシューティングゲームです。
操作キャラの体が画面に映ることはなく、自分自身がその場にいるような感覚を味わえます。
もう一つ、フラッシュバンというのは、日本でいうと『閃光弾』です。
怪盗〇ッドが使うあれです。目くらましになるんですよ。
ということで、この辺で説明を終わります!
感想等、引き続きドンドン受け付けていますので、是非書いて行ってください!