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陰陽記―総真ノ章―  作者: こ~すけ
第一章『月神』
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四.

 コポコポという音がやみ、コーヒーメイカーが作業を終了したことを知らせてくる。

 立ち込める独特の香りを吸い込みながら、ポットに入ったコーヒーを二つのカップに入れる。

 一つはマグカップ、白地にデフォルメされたクマがデザインされており、その下にローマ字で『KUMA』となんのひねりもない名前が印字されている。長年使い込んだ俺専用のものだ。

 もう一つは来客専用のティーカップ、樹木をイメージしたデザインが施されており、結構値が張る代物だ。

 引っ越す際に母親から持たされたものだが、まさかこんなに早く使うことになるとは思ってもみなかった。

 その二つのカップをお盆に乗せてリビングへ持っていく。


「どうぞ」


 そして来客用のティーカップをテーブルの上に置く。


「ありがとうございます」


「砂糖とクリープはお好みで入れてくれ。好きなだけ使ってくれていいから」


「はい、分かりました」


 お盆を置いて、自分のマグカップを持って座る。

 自分はブラック派のため、なにも入れずに手に持ったマグカップに口をつけて一口すする。

 そしてテーブルを挟んだところに座る月神綾奈に視線を向ける。

 月神は自分のカップに砂糖とクリープを入れている。入れている砂糖の量からしてどうやら微糖派のようだ。

 月神は猫舌でもあるようで、小さな口をさらにすぼめてティーカップをフーフーしている姿はかなり愛らしい。

 しかし……どうしてこうなったんだろう。 

 俺は自分の心の中で自問自答する。

 いまだにこんな可愛い女の子が制服姿のまま――俺もまだ制服なので実際それほど違和感はないが――俺の目の前に座っているのが信じられない。

 ……やっぱりこれは、俺が無理やり誘ったってことになるのか?

 俺はつい十数分ほど前の出来事を思い返す。




「よ、よろしく」


 突然始まった月神の自己紹介に驚きながらも、なんとか言葉をひねり出す。

 教室とは、完全に立場が逆転しており、俺は自分の部屋(ホーム)にいるのに、なぜか半端ないアウェイ感を感じていた。

 と、そこで奇妙なことに気づく。

 なぜか月神が俺の顔と手元を交互に見つめているのだ。

 なにを見ているのか不思議に思い、自分の手元に視線を落とす。

 そしてそこで初めて、自分が右手を月神の方に差しだしていることに気がついた。――まるで握手でも求めているように。

 どうやら先ほど返事をした時に、無意識に手を出してしまっていたようだ。


「あっ、ごめん」


 すぐに右手を引っ込めようと思ったが、それよりも一瞬早く、月神の両手が俺の右手を掴む。


「よ、よろしく、お願いします」


 月神はこの夕日の中でも分かるほど、顔を真っ赤にしている。

 たぶんこんな風に握手をするのは初めてなのだろう。

 しかし、俺自身も女の子と手を繋いだことなんて数えるほどしかない。――しかもその大半が明華だ。

 その華奢な手から伝わってくる温もりに、俺の胸が大きく高鳴る。

 月神の方もかなり緊張しているようで、俺の右手をギュッと掴んだまま、なかなか離してくれない。

 どうやら俺の方から離すしかないようだ。

 多少……いや、かなり名残惜しいけどしかたない。

 俺が自分から手を離そうとした、その時だった。


「おぅ! それじゃ、今から行くよ!」


 ガチャっという音とともに隣の206号室のドアが開き中から人が出てくる。

 ――まずい!

 確か隣も同じ澪月院の生徒のはずだ。こんなところを見られたらたまったものではない。

 そう思った俺はとっさに身を引いていた。――まだ月神の手を掴んだままの状態で。


「おわっ!」


 しかも身を引いたはいいが、なにかに足をとられ体勢を崩す。

 一瞬、何が起きたのか分からなかった。


「……っ、いてっ」


 最初に感じたのは、頭と背中を走った鈍い痛みだった。どうやら俺は、背中から倒れたらしい。

 ガチャンと音がして、玄関のドアが閉まるのが分かった。

 後頭部を右手で押さえて、体を起こす。――が、起こせなかった。なにかが上に乗っているようだ。

 ……ん? なんだ?

 自分の胸に視線を移す。


「あっ……」


 超至近距離に月神の綺麗な顔があった。

 向こうも顔を上げていて、お互いに視線を合わせたまま固まってしまう。

 ――いい匂いだな。女の子ってホントにいい匂いがするよなぁ。

 つい、どうでもいいことを考えてしまう俺の目の前で、月神の顔がみるみる真っ赤になっていく。

 大きな瞳が揺れているのが分かる。

 ……これは、ヤバいんじゃないだろうか。


「……き、きゃあー!!」


 月神が悲鳴を上げたのと、俺の左頬にバシッ! と会心の一撃が入ったのはほぼ同時だった。


「げふっ!」


 もう一度床に叩きつけられて、またもや意識がブラックアウトしそうになる。

 き、効いた……ナイスビンタ、角度も申し分なかったな……

 月神の一撃に対する評価を下しながら上体を起こす。

 月神も上半身を起こしていたので、今度は難なく起こせた。


「だ、大丈夫ですか?」


 月神が慌てた様子で尋ねてくる。とっさに手を出してしまったことに動揺しているようだ。


「大丈夫、問題ない、よ?」


 と、苦笑しながら言いかけたが、残念ながら今の発言は撤回せざるを得なかった。

 ……大問題が発生していたからだ。

 いや、俺に関して言えば問題ない。

 大問題は月神の方に発生していた。

 上半身だけを起こした月神はまだ俺の上に乗っかった状態だ。詳細に言うと、俺の腰の辺りにまたがっている。

 それだけでも十分問題は問題なんだが、さらに先がある。

 倒れた拍子に制服のスカートが、めくれあがってしまっている。そうなると、当然その中のものが見えてしまうわけで……

 ――白、か。

 とりあえずその光景を永久保存しながら、俺はこの状況をどう伝えるか考える。しかしいい方法が思いつかない。

 むしろ伝え方によっては、もう一発強烈な一撃をもらうことになりかねない。

 あれこれ考えるうちに、俺の態度がよほどおかしかったのか、月神の方から聞いてきた。


「どうかしましたか?」


「えーと、そのなんて言うか……」


 煮え切らない返事に首をかしげた月神は、俺の視線の先をたどって下を見る。

 そして自分が今、どういう状況にあるかを理解する。


「きゃっ!」


「ぐえっ」


 さっきより短めの悲鳴と共に、月神は自身のスカートを素早く両手で押さえる。

 その勢いが意外に強く、俺は腹部に掌底をくらったような衝撃を受けて呻いた。

 ……地味に痛い。

 月神は、スカート押さえつけたまま、こちらに視線を向けてくる。その視線には少し非難の色が含まれている。


「み、見ましたか?」


「い、いや、なにも見てないよ?」


 「バッチリ見ました!」とはさすがに言えないので、誤魔化すことにする。 

 しかしかなり無理があるのは当然で、二人の間に微妙な空気が立ち込める。だが、いつまでもこうしているわけにもいかない。

 俺は頭をフル回転させて、なんとか間を繋ぐ方法を考えた。

 そして、一つの答えにたどり着く。


「月神」


「は、はい」


「こ……」


「こ?」


「コーヒーでもどう?」


「……はい?」




 ……穴があったら入りたいとはまさにこのことだな。

 件のコーヒーを一口飲みながら、俺は一連の流れを思い返して肩を落とす。

 あの時は……あの時はいい方法だと思ったのだ。

 実際は月神に思いっきり不思議そうな顔をされてしまったが……

 ――うーん、そういえば入るための穴掘ってるな……墓穴だけど。


「あ、あのー……」


「ん、どうかした?」


 頭を抱えている俺に、月神が声を掛けてくる。


「山代さんは、《特待生》なんですよね?」


「そうだよ」


「じゃあ、一緒ですね」


 月神はティーカップを両手で持ちながら、軽く微笑む。なんだかとても嬉しそうだ。


「月神も、《特待生》なのか?」


「はい、《八神(やつがみ)》の家系の人間は、自動的に《特待生》になってしまいますから」


「そうなのか。やっぱりすごいんだな、《八神(やつがみ)》って」


「えぇ……」


 《八神(やつがみ)》のすごさを肯定はするものの、月神はあまり嬉しくないようだ。

 ――それはそうか、そのおかげで、周囲から完全に特別扱いされているよなものだからな。


「山代さんは、なんで《特待生》に選ばれたのですか?」


「……知らん」


 当然聞かれるであろう質問に、俺は用意していた答えを素っ気なく返す。


「知らないって……説明とかは?」


「まったくなし」


「えぇ! そんなことってあるんですか?」


 ……まぁ、たぶんそんなことはないんだろうな。

 俺は内心に苦笑する。


「逆に聞くけど、《特待生》の選考基準てさ、どうなんだ?」


 『なにも知らない』ことを強調するために、俺は逆に質問する。


「うーん……」


 月神は、右手の人差し指を唇にあて、視線を天井の方に向けて考える。

 一つひとつの仕種がどれも可愛い。


「えっとですね。《特待生》の選考はいくつかありまして。一つは、《八神(やつがみ)》の家系であること。――私の例ですね。二つ目は、すでにライセンス持ちであること……」


「ちょっと待った」


「はい?」


 説明開始直後の俺の制止に、月神は首をかしげる。


「……ライセンスってなに?」


 月神が、ピキッとかピシッとか効果音が入るくらいに見事に固まった。

 これも例の『陰陽師の常識』というやつらしい。

 でもそんな、この世の物じゃないものを見たみたいな顔しなくても……

 そう思ったが、よくよく考えてみると陰陽師を目指してるやつなら、この世の物じゃないものくらいいつも見ているはずだった。……どうやら俺はそれ以下の貴重な存在のようだ。


「ライセンスが分からない?」


「そうなんだ。俺って、陰陽師の常識とか全然分かんないんだよ。月神さえよければ教えてくれないか?」


 昼に明華にも言われたが、俺は本当に常識知らずみたいだ。なら、一つひとつ覚えていく他ない。


「私が、ですか?」


「あぁ、嫌かもしれないけど、ここは一つ、友達のよしみというやつで頼む!」


「と、友達?」


 月神は、俺の言った『友達』という言葉に過剰に反応する。


「私と山代さんが友達、ですか?」


「そう、一緒にコーヒー飲めば、もう友達だ。まぁ、俺の持論だけどな。――駄目かな?」


「ぜ、全然駄目じゃないです! そうですね! 私たち、友達です」


 月神は力強く答えた。そして、ニッコリと微笑む。


「では、友達の私が教えます。任せてください」


 俺と友達になったのがよっぽど嬉しかったのか、胸に手をあてて自信あり気に頷く。


「まず、ライセンスの説明からしますね」


「よろしくお願いします」


 俺は軽く頭を下げる。

 月神が丁寧な口調で話し始めた。


「ライセンスというのは、私たちが、陰陽師として活動するための資格です。種類としては、『下級』、『中級』、『上級』、『特級』の四つに分かれています。『特級』がランクとしては一番高く、全国から集められた最高の陰陽師たちです。国家レベルの事件のみ担当し、全国の事件への介入権を持ちます」


「国家レベルの事件?」


所謂(いわゆる)、テロなどです。最近では五年ほど前に起こった事件が有名で、町が一つ壊滅する事態になりました」


 ……そういえば、そんなことがあったな。

 確か関西の方で起こった事件のはずだ。

 陰陽師だけではなく、一般人にも多数の死傷者が出たとかで、当時はマスコミに大きく取り上げられていた。

 一部では、『爆破テロ』とか、『バイオテロ』なんかにあやかって、『ゴーストテロ』と呼ばれていたのを覚えている。

 明華のお父さんも二週間くらい事件の後処理の手伝いとかで、出張に行っていた。

 毎日、明華が寂しいと言って泣くから、なだめるのが大変だった……

 ふいに懐かしい記憶が蘇ってきて、少し苦笑する。


「次は、『上級』についてです。山代さん?」


「あーいや、なんでもない。続けて」


「コホン、では」


 月神が、咳払いをしてから続きを話し始める。

 思い出し苦笑いをしている姿を見られたのは、少し恥ずかしいが、今は気にせず月神の話に耳をかたむける。


「『上級』は、各地方を統括する役目の陰陽師です。広域な範囲をカバーするため、上級陰陽師もかなり優秀な人材が集まっています。各地方のトップエースの方々は、特級陰陽師にも匹敵する実力だとか」


「『特級』に『上級』か。それじゃ、あとの『中級』、『下級』ってのは、その下につく感じかな?」


「そうです。理解が速いですね、山代さん」


「はははっ、ありがとう」


 すっかり教師っぽくなった月神に、思わず笑ってしまう。

 月神は元々こういうのが得意なのだろう。はっきりとした口調でとても分かりやすい。

 本当にこれがみんなの前で活かされないのは、もったいないことだと思う。


「『中級』は各県、『下級』は各市などをそれぞれ担当しています。よく式典や、地鎮祭に参加されている姿を見かけると思いますが、だいたいそれは下級陰陽師の方ですね」


 因みに、明華のお父さんは確か『中級陰陽師』だと言っていた。

 当時の俺は、陰陽師にまったく興味がなかった。だから、全部一緒だろうということで流していたが、実際はいろいろと階級があるようだ。

 ……まぁ、『中級』といっている時点で気づかないといけない話なのだが。


「それでそのライセンスは、高専を卒業していなくても取れるわけだ」


「はい。陰陽師は基本的に実力の世界ですから、評価試験さえクリアすれば、だれでも取れます。しかし一般の職業と違って、殉職率も非常に高いです。なのでほとんどの人は、学校を卒業してから自身の実力に見合ったライセンス試験を受けます」


「そういうことか……あれ?」


「どうしましたか?」


「そういえば、街中でテナントビルなんかに、『拝み屋○○』とか、『○○陰陽師事務所』なんて看板が出てるけど、あれはなに?」


「あぁ、それはですね」


 月神は、合点がいったという感じで頷くと説明を再開する。


「それは『民間』と呼ばれる陰陽師です」


「民間?」


「そうです。さっきほど紹介した、下級から特級の陰陽師は、一般的に分かりやすく言うと、公務員みたいなものです。当然、国から給料が支払われています。しかし、この民間陰陽師はその名の通り、民間企業と同じ扱いで、自分で稼がないといけません」


 陰陽師が公務員と同じ扱いだということを聞いて少し驚く。

 ……給料、いくらくらい貰えるんだろ? ……いかんいかん。

 つい現金なところに食いついてしまう頭を左右に振って、無駄な思考を振り払う。


「みんなライセンスを取るわけじゃないのか?」


「そうですね。ライセンス試験にも定員がありますから、それに通らなかった人が民間の方に流れます。けど、最初から民間一本の人もいますよ。それに当然ですが、民間にもランクがあって、試験や面接が実施されています」


「うーん、まんま就職試験だ。それに受からなかったらどうなるんだ?」


「終わりです。実例を聞いたことはありませんが、そういった場合、能力のすべてを封印され、今後はそういったものに一切関わりなく生きていかないといけません」


「それって……かなり厳しいんじゃないか?」


「そうでもないと思いますよ。陰陽師は一般の方からすれば、非常に危険な力を持っています。それを軽率に使われないようにするためには当然の措置ともいえます。それに実例がないといいましたよね? そうならないためにみんな必死に勉強している証拠ですよ」


「言われてみると、確かに妥当なのかもな」


 どこの世界も楽はできませんということのようだ。

 俺、就職できるのだろうか……ものすごく不安になってきた。


「はい、これでライセンスについての説明は終わりです。すごく簡潔でしたけど」


「いや、本当に分かりやすかったよ。すごく助かった。ありがとう、月神」


「は、はい! 山代さんが喜んでくれて、嬉しいです。……よかった」


 あまりお礼を言われることにもなれていないのだろう。月神は顔を下に向けて恥ずかしそうにしている。

 ふっと壁に掛けてある時計が視界に入った。意外と時間が経っていて驚いた。

 さすがにこれ以上引き留めるのはよくない。

 カーテンで見えないが、外はかなり暗くなっているだろう。


「月神、時間は大丈夫なのか? 家の人、心配しないか?」


「え? あっ、もうこんな時間……帰らないと」


 月神は時計を見て時間を確認した後、あたふたと立ち上がって玄関に向かって行く。

 やっぱり引き留めすぎたようだった。


「ごめんな、月神。遅くまで引き留めすぎた」


「いえ、いいんです。――すごく楽しかったから」


「送っていくよ」


「大丈夫ですよ。ここから家まで五分ほどですし」


「そうか、分かった」


 月神は靴を履き、玄関のドアノブに手を掛ける。しかしドアを開かずに、振り返ってこっちを見てきた。


「あの……今日はありがとうございました。とっても、ホントにとっても楽しかったです」


 そう言って、月神は深々と頭を下げる。


「こちらこそ、俺も楽しかったよ」


「はい。えっと、それで、その……」


 月神は微笑んだ後、なにか言いたそうにこちらを見てくる。


「その……明日も……えっと」


 『明日』という単語で、月神がなにを言いたいのか分かってしまった。

 だから先に言ってやることにする。


「明日も来ていいよ。また、いろいろ教えてくれるか?」


「えっ?」


 月神は俺の言葉に驚いた顔をしていたが、それが徐々に笑顔になっていき、最後は本当に嬉しそうに微笑んだ。


「はい! 明日も来ますね! 山代さんの質問に答えれるように頑張ります!」


「はははっ、それは頼もしいな」


 そうだ。もう一つ言っておくことがあった。

 友達ならば当然のことだ。


「それと……あー、『総真』でいいぞ?」


「へっ?」


「名前、山代さんなんて堅苦しいから、総真でいい。友達だしな」


「は、はい! では、えーと……総真、さん?」


 やっぱり『さん』は取れないようだ。

 まぁ、無理に強制してもしかたがない。

 とにかく堅苦しさはかなり抜けたからよしとしよう。

 俺は頷く。すると月神が、


「じゃ、じゃあ、私のことは『綾奈』って呼んでくださいますか?」


 今の流れからすると当然だ。

 俺も断る理由は、なにもないので、素直に聞き入れる。


「分かった。よろしくな、綾奈」


「はい、よろしくお願いします」


 月神――いや、綾奈はぺこりと頭を下げた後、今度こそ玄関のドアを開けて出て行く。

 最後に小さく、そして少し恥ずかしそうに手を振って。


「ふぅ」


 ドアが閉まる音を聞きながら、一息つく。

 予想外な綾奈の訪問を受けて、張っていた神経を緩めていく。

 ホントに騒々しい一日だった。

 なにもかもが新しく、そして普通じゃない日常。

 これがまだまだ続くのか……明日からは授業も始まるし、なかなかにハードだ。

 ――それはそうと、綾奈の評価、改めないといけないな。

 俺は綾奈をショーケースに入った芸術品だと思った。周囲から眺められるだけだと。だけど、そうじゃなかったらしい。

 ショーケースの中に入っていたのは変わらないけど、それは動かない陶器の置物とかじゃなくて、入っていたのは可愛らしい、外の世界に興味津々の子犬だったようだ。

 ショーケース越しに俺が気を引いたから、俺がケースの鍵を開けたから、向こうはどうやら俺を気に入って飛び出してきたようだ。

 そこで犬の耳やらしっぽやらがついた綾奈の姿を想像すると、とても似合っていて、俺は自分の想像力に苦笑する。

 ――まぁ、なるようになったか。さてと……

 そこで頭を切り替えて、部屋の方を見る。


「ハァ……この荷物どうするか……」


 かなり時間が経ったが、いろいろあって、なに一つ解決していない部屋の現状を見ると、またため息をつくしかなかった。

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