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陰陽記―総真ノ章―  作者: こ~すけ
第六章『飼い主と猫』
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六.

「――以上です」


 その一言を最後にエンフォードは口を閉じた。その後、ふぅっと一息つく。なにせずっと語っていたのだ。疲れるのもしかたない。……ホントに長い話だった。

 核心となる部分は一度聞いていたものの、それ以外にもいくつかの新たな話を聞くことができた。まぁ、そのどれもがいい話しとは言えなかったが……。

 その中でも一番に心を締めつけられるように感じたのは、エンフォードの両親がすでに亡くなっていることが分かった時だ。母親は妹を産んですぐに病で、父親はエクソシストとして悪魔崇拝者と戦った際に殉職されていた。――そして、たった一人の肉親である妹までも誘拐されてしまったのだ。その心境たるや想像だにできない。

 他のみんなの様子は、テーブルの両サイドで大きく異なっていた。まず、エンフォードと一緒に座っていた明華と綾奈はとてもショックを受けているようだった。一度俺の口からは説明したものの、エンフォードからの詳細な説明を受けるのは初めてだ。……無理もない。

 綾奈はうつむき、沈痛な面持ちだ。両膝の上に乗せた手が震えている。思うところはあるようだが、それを必死に表に出さないようにしているように感じた。

 逆に、それを思いっきり表に出しているのが明華だった。流れ出る涙を拭いながら、隣に座っているエンフォードの手を握っていた。言葉にはできないが、明華なりの精一杯の励ましのつもりなのだ。昔、俺が明華に同じことをしたように。――まぁ、その時も泣いているのは明華だったのだけど。

 そんな二人とは対照的に、対面に座る三人はエンフォードの話を冷静に受け止めているようだった。ただ夜坂先輩は相変わらず無表情なので、正直なにを思っているのかは分からない。もしかしたら心の中では泣いているのかもしれない。……いや、そんなことはないか。

 聖斗さんは顎に手を当て、目を閉じてなにやら思案顔だった。これからなにをすべきか考えているようにも思う。その雰囲気は、重い話を聞いた後でも揺らぐことはなく、むしろ頼もしさを増しているように感じた。


「……話は分かったわ」


 そこまでみんなの様子を観察した時、残るあと一人である雫さんが沈黙を破って言った。


「聖斗」


「なんだ?」


 雫さんの呼びかけに、聖斗さんは閉じていた目を開けて答える。


「あなたにしてはまともなお願いだったわね。北海道での任務を断って来たのに、割に合わなかったらどうしようかと思っていたけど……」


「任務と言っても、今日は《八卦統一演武》の警護だろ? 大した任務じゃない」


「まぁね」


「それで? お前なりに調べてくれる気になったか?」


 聖斗さんの問いかけに、雫さんは一拍間を空けた後に答えた。


「えぇ、この問題は私なりにも探ってみるわ。特級陰陽師として悪魔崇拝者の行動は気になるし。――それに、私個人としても許せる問題じゃないから」


 そう言う雫さんは、冷静な表情ではあるが、その瞳の奥になにか燃える物を感じた。


「ありがとうございます。本当に……」


「ちょっと待った!」


「……えっ?」


 感謝の言葉を言いながら、頭を下げようとするエンフォードを聖斗さんが制した。真剣な聖斗さんの表情にエンフォードは驚いている。


「その言葉はすべてが終わってからもらうことにするよ。だから、下を向くんじゃなくて、前を向いておくといい。――綾奈、それに明華君もだ。みんなで前を向いて進んで行こう」


 その聖斗さんの言葉に、下を向こうとしていたエンフォード、すでに下を向いてしまっていた明華と綾奈も顔を上げて、三者三様の返事をした。もちろん俺も聖斗さんの方を見て頷く。エンフォードの為にできることはしよう。そういう決意を瞳に込めて。


「……先輩、私も協力する」


 と、そこで一人だけ波に乗り遅れていた感じだった夜坂先輩が、聖斗さんの着物の袖をクイクイッと引っ張りながら言う。


「あぁ、由美君にももちろん協力してもらうよ」


 そんな夜坂先輩に聖斗さんは微笑みを返す。……今さらだけど、さっきのセリフといいこの笑顔といい、いちいちイケメンだな、この人。

 同じクラスの鳴瀬もすごいと思っていたが、この人も同等かそれ以上だ。俺とのスペックの違いに泣きたくなる。――モテるんだろうな。

 俺の心に隙間風というか暴風が吹き荒れる。うぅ、比べたのが間違いだな。

 俺が自爆している間に、聖斗さんと夜坂先輩の会話を聞いていた雫さんが少し不満気な顔をして言った。


「それはそうと……聖斗。一応特級陰陽師として、あくまで特級陰陽師として忠告しておくけど、学生をバイトとして雇うのは禁止よ。今、協力してもらうと言っていたけれどその点は留意しておいて」


 言い方に少々棘があった。きつめの言い方だ。


「はいはい、分かったよ」


 しかし聖斗さんはそれをあっさりと流してしまう。あんまり、というか全然気にしていないようだ。


「ちょっと……ちゃんと分かっているの?」


 そんな聖斗さんの態度に、雫さんが身を乗り出して追求しようとした時だった。


「……先輩は分かっていると言ってる。少し黙っているべき」


「な!?」


 今、ピシッと空気が凍る音がしたような気がする。というか実際に身を乗り出そうとした雫さんの動きは止まっていた。そして、聖斗さんに向けていた視線をゆっくりとその向こう側の夜坂先輩へと移していく。


「今なんて?」


「……黙っているべきと言った。今は私と先輩が話しているから」


 すごい毒舌……。遠慮のないド直球の言葉に終始冷静な雫さんもピクピクと顔をひきつらせていた。それでも冷静な態度を装うと、顔にかかった髪を払いながら言う。


「あ、あら、今は私が聖斗と話していたのだけれど? 違ったかしら? 由美」


「……見当外れもいいところ。雫はもっと控えるところを覚えた方がいい。……ついでにその無駄に大きな胸も引っ込めるといい」


 しかしさらにもう一球、ズドンと直球を放り込まれる。夜坂先輩はオブラートという言葉は知らないらしい。そのおかげで分かったことはと言うと…………いかん! 視線がどうしてもそっちに移ってしまう。――雫さんの胸元に……。

 黒装束に包まれた胸元は、前傾姿勢になっていることもあってかなり強調されていた。そこに存在するふくらみ……やっぱり大きいよな――っと違う違う! 俺はそんな目で雫さんを見ていたわけじゃないぞ! だからそんな目で俺を見ないでくれないか!?

 俺から見て右側から綾奈が冷たい視線を、エンフォードがゴミを見るような視線を、そして明華が怒りのこもった視線を浴びせてきていた。……ご、ごめんなさい!

 俺はあくまで気づいていないことを装ったまま、視線を動かさずに心の中で土下座した。

 一方、俺から見て左側の展開はと言うと。なんと雫さんはあの毒舌にも耐えたようだ。流石は特級陰陽師、少々のことでは動じない――、  


「あ、あなたに言われたくないわ! いつもいつも私と聖斗の話を邪魔するくせに!」


 失礼、前言撤回だ。全然耐えていなかったみたいだな。流石の特級陰陽師でもキレる時はキレるみたい。


「おい、二人とも止めろって。……まったくなんでお前たち二人が揃うといつもこうなんだ」


 そんな二人の間に挟まれて、聖斗さんが頭に手を当てて首を傾げている。どうやら何度も同じことを繰り返しているみたいだ。相当仲悪いんだな、この二人……。


「とにかく、二人とも止めるんだ。 後輩たちの前で喧嘩するな」


「うっ……」


「…………」


 聖斗さんの言葉が聞いたようで、いがみ合っていた二人は元の位置に座り直した。特に雫さんの方は取り乱した姿を見られたのがよっぽど恥ずかしかったのか、座るとそのまま両手で顔を隠してしまった。すごく綺麗な人なのに、この反応は小学生みたいだ。

 夜坂先輩は俺たちに見られていたことよりも、聖斗さんに怒られたことの方がショックだったようで、無表情ながらもどこかシュンとしているように感じる。


「それに喧嘩している場合じゃない。――仕事だ」


「え?」


 続いて聖斗さんが発した言葉に雫さんが反応し顔を上げた。というか俺自身、驚いて声を漏らしてしまった。今なんて言った? 確か仕事って聞こえたような。


「ほら、聞こえるだろ?」


 そう言われて耳を澄ますと、普段は静寂に包まれているであろう廊下を走る音が聞こえた。段々と大きくなっていく。誰かが来る?

 その疑問はすぐに解消された。事務所のドアが力任せにドンドンと叩かれたのだ。そして同時に女性の声で叫ぶように呼びかけてくる。


「すいません! 誰かいますか!? お祓いをお願いします!」


 その必死な声から察するに、よほど切羽詰っているようだ。


「すまない。みんな席を空けてくれるか? お客さんだ。由美君、みんなのコップを片付けてくれ」


 聖斗さんは立ち上がりながらそう言うと、事務所のドアに向かって歩いて行く。俺たちは言われたとおりにソファから立ち上がり、部屋の隅に移動した。


「どうぞ」


 聖斗さんがドアを開けると、転がり込むように女性が入ってきた。紺色のスーツがよく似合うキャリアウーマンといった感じの女性だ。年齢は三十代後半くらいに見える。精神的にかなり追い詰められているようで、キョロキョロと視線を忙しなく移し替えながら部屋の中を見回していた。


「きゃっ……!」


「これは……」


 その女性を見た瞬間、俺の隣で明華とエンフォードが声を漏らす。なんだ? あの人になにかあるのか?

 俺は再度視線を女性に戻して目の辺りに力を入れる。こうした方がなにか視えると思ったからだ。


「うっ……!」


 しかしそうやって視たことに俺は少し後悔してしまった。自分の目でハッキリと視てしまったのだ。この女性に憑くものを……。

 ――赤ん坊だ。それも一人ではない。全部で五人、女性の体にしがみついていた。まだ産まれたばかりの新生児もいれば、生後数か月は経っているだろう赤ん坊もいる。そのすべてが悲しげな表情で泣いていた。

 おぎゃあ! オギャア! おぎゃあ!


「うわぁ!?」


 赤ん坊が泣いていると感じた途端、俺の耳元で泣き声が大ボリュームで聞こえてきた。鼓膜が破れそうなほどの泣き声に堪らず手で耳元を押さえるが、そのボリューム量は変わることはない。……っ! やばい! こんなのって……。


「雫!」


 俺の様子に気づいた聖斗さんが素早く雫さんの名前を呼ぶ。それとほぼ同時に俺の両肩に手が添えられた。


「大丈夫、落ち着いて」


 俺の背後から雫さんが優しく諭すように言葉をかけてくれる。


「今のあなたの心は無防備すぎるの。あの赤ちゃんたちの感情をすべて受け入れてしまっているわ。これが一般の人だったら精神をやられてしまう。けど、あなたは陰陽師でしょ? 心を閉じなさい。すべて閉じてしまったらなにも視えなくなってしまうから、必要な分だけ。それが『霊視』というものよ。あなたは《特待生》、きっとできるわ」


 赤ん坊の泣き声の方が大きいのに、不思議と雫さんの言葉は頭の中に入ってきた。――心を閉じる、か。また難しいことを……俺は《特待生》って言ってもホントに形だけで……。そう心の中で反論してみるものの、状況的にぶっつけだろうとやるしかないようだ。

 閉じる……心を……必要な分だけ……それが霊視……。最早、理屈ではなかった。感じたままにする他ない。目に力を入れて視えるようになったんだから、それを逆に抜いてみる。それも適度に。


「くすっ……合格」


 耳元で雫さんの声がする。今度は余計なノイズもなくハッキリと聞こえた。つまり――泣き声が消えた。

 急いで女性の方を見る。視える! 声は聞こえなくなったけど、赤ん坊が憑いているのはハッキリと視える。成功ってことだよな?


「よくやったわ。あなた、本当に才能があるのかも」


 振り向くと、雫さんが微笑みかけてくれた。特級陰陽師からの、それもかなりの美人さんからの褒め言葉に俺は少し赤くなってしまう。


「総君、大丈夫?」


 雫さんの横で心配そうな顔をする明華に大丈夫だと一言返して、俺は視線を視線を依頼人の女性へと戻した。ドア口で座り込んでしまった女性に聖斗さんが話しかけている。どうやらソファに移動することなく、その場で事情聴取を始めているようだった。


「……はい、一週間ほど前から泣き声は聞こえ始めていて……最近は姿まで……私の部屋で悲しそうな顔をして泣いているんです! 赤ん坊が! お願いします! どうかお祓いしてください!」


 話の途中から取り乱した女性をなだめながら、聖斗さんは質問をする。


「大丈夫です。必ず助けますから。ですから一つだけ教えていただけますか? 泣き声が聞こえ始めたのは本当に一週間くらい前からですか? もっと前から違和感を受けることはなかったですか?」


 その問いに女性は弱々しく「本当に一週間前です……」と答えると、精根尽きたかのように床にへたり込んでしまう。

 聖斗さんはその言葉を聞いてなにかを確信したように小さく何度か頷いて立ち上がると、こちらを――正確には俺の後ろの雫さんを――見ていった。


「《水子曳(みずこびき)》だな。性質の悪い呪殺法だ」


「呪殺!?」


 その言葉に俺は思わず声を上げる。呪殺ってことは……呪い? この人は呪われているってことか?

 俺の疑問に答えてくれる人はいないが、たぶんその通りなのだろう。聖斗さんの真剣な表情と重々しい雰囲気がそれを物語っていた。


「雫、月は?」


 だからこそ余計に、俺には次に出たこの言葉の意味が分からなかった。


「……出ているわ」


 それに真剣に返す雫さんの反応も。月……月があるとなにか違うのだろうか?


「よし、別室に移って水子たちの浄霊と呪いを解く。みんな一緒に来い」


 一緒に行くしかいない。そうすれば、さっきの言葉の意味も分かるだろう。そして、これから始まることは俺がこの先しなければならないこと。

 ――――陰陽師の仕事が始まる。


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