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陰陽記―総真ノ章―  作者: こ~すけ
第六章『飼い主と猫』
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五.

 聖斗さんの賭け麻雀から端を発した綾奈の暴走と妖怪たちからの取り立ては、突如奥の部屋から現れた夜坂先輩の鶴の一声によって終焉を迎えた。


「それでは、ワシらは部屋に戻ります。なんかあったら呼んでください、姐さん」


「……分かった。そうする」


 鬼の三郎が夜坂先輩に頭を下げて事務所のドアから出て行く。……というか、今『姐さん』って呼んでなかったか? 妖怪に姐さん扱いされる夜坂先輩って……。

 チラリと横目で見る。夜坂先輩は変わらぬ無表情で鬼たちを見送っていた。


「大家さん、今回は大目に見るけど早めに返してくれよ、借金!」


「ははは……そうする」


 大家さん、つまり聖斗さんに最後通告だと言わんばかりの言葉を浴びせるのは烏天狗。――因みに名前は次郎らしい。そんな次郎に苦笑いを浮かべながら聖斗さんは手を振っている。今のところ大幅にイメージを裏切り続けている罪な人だ。

 バタンとドアが閉まるのを確認した途端、聖斗さんが盛大なため息をついた。


「ふぅー……助かった」


 助かったとか言っているあたり、借金を返す気はあまりないな……。


「由美君、ありがとう」


 聖斗さんは、夜坂先輩に向けてお礼を言うと、こちらを見る。


「いろいろ騒がしてしまってすまないね。まぁ、掛けてくれ。由美君、コーヒーを頼めるかな?」


「……了解」


 夜坂先輩は頷くと、また奥の部屋へと入っていく。どうやら奥には給仕ができるところがあるようだ。元がマンションの部屋だから、台所かなにかをそのまま流用しているのかも。

 聖斗さんに倣って俺たちもソファに座った。大きめのリビングテーブルを囲むようにしてソファが並べてあり、テーブル長辺側の四人掛けソファに明華、綾奈、エンフォードが座る。その正面の同じく四人掛けソファに聖斗さんが一人で座っているため、俺はテーブル短辺側の一人掛けソファに腰を下ろすことにした。流石に女子三人が座っているところに一緒になって座る勇気はない。


「あ、あの!」 


 みんなが座るのを確認した途端、エンフォードが身を乗り出すようにして声を出す。


「今日は私の話を聞いてくれると綾奈から教えてもらって着たのだが……聞いてもらえるだろうか?」


 ――そうだった。今日の目的はエンフォードの話を聞いてもらいに来たのだった。いろいろと衝撃的な場面にあって頭から飛んでいたけど、本題はまだなにも済んでない。エンフォードにとってはすごく大事な話だし、俺としてももう一度じっくりと聞きたかったので、今のエンフォードの言葉を聞いて少し身を引き締めた。


「あぁ、聞こう。けどもう少し待ってくれるかな? 由美君のコーヒーと、もう一人呼んでいるやつがいるから。……遅れているようだが、もう着くだろう」


 壁の時計に目をやりながら聖斗さんが答えた。その答えにエンフォードは顔をサッと曇らせる。人が増えることに難色を示しているのだ。その気持ちは十分に分かる。自分の家族の、しかも本来あまり話したくない類の話なのだから。

 そんなエンフォードの表情を読み取ったように、聖斗さんは微笑みながら言う。


「大丈夫、信頼の置けるやつだから。俺が保証する」


「はい、分かりました」


 エンフォードは返事をした後、黙ってしまった。話すタイミングが来るまで待つことにしたのだろう。


「あのー……」


 空気が落ち着いたのところで声を出したのは、なんと明華だった。


「どうしたのかな? 明華君」


 聖斗さんの視線が明華の方を向く。――明華のやつなにを聞くつもりだろう。


「聖斗さんは、《八卦統一演武》で優勝されたんですよね! その時のお話聞かせてもらえませんか?」


 おぉ! それは俺も興味あるぞ! ナイスだ明華!

 持ち前のコミュニケーション能力の高さから、誰にでも気軽に話すことができる明華ならではのファインプレーだ。

 その時、奥のドアが開いて夜坂先輩が戻ってきた。そしてコーヒーを俺たちの手元に配ると、聖斗さんの横に着席する。


「ありがとう、由美君」


「……はい」


 聖斗さんの言葉に夜坂先輩は顔を赤らめて微笑む。――夜坂先輩、あんな風に笑うんだ。

 今まで無表情しか見ることのできなかった夜坂先輩の微笑みはギャップもあってすごく魅力的だった。……いや、いかん。見惚れてる場合じゃない。あんまり露骨に見すぎると後が怖い。なんて言ったって視線の端から感じる明華のジト目によるプレッシャーが半端じゃない。真面目に聞きます。すいません!


「《八卦統一演武》か、懐かしいな。と言ってもつい半年ほど前のことだがな」


 聖斗さんはコーヒーカップを持ち上げながら言う。


「全国の決勝は『雷神(らいがみ)』のやつだったな。過去三回も俺に負けていたから最後の年は必死に勝ちに来ていた。――強かったよ。開始初っ端に由美君がやられた。雷神の十八番、《迅雷(じんらい)》を使った誘導破魔術をくらってな」


 聖斗さんは目を閉じていた。きっとその頭の中では、当時の光景が再現されているのだろう。一方、隣の夜坂先輩は自身がやられたと言われたところで、少し居心地の悪そうに座りなおした。と言っても表情にはでないので、その辺は俺の推測になるけど。


「そのうち、さらに英雄(ひでお)もやられて一対三、絶体絶命というやつだ。――だが、勝った」


「どうやって逆転したんですか?」


 明華が聞くと、聖斗さんは目を開いて俺たちの方を見た。


「ただ信じただけだ。最後まで自分の力を、仲間の力を、そして歩んできた五年間をな」


 一点の曇りもないその言葉。……はは、これは強いはずだわ。少し前までのチャランポランな感じからは想像できない洗礼された雰囲気。揺らぐことのない絶対の自信。それはまさに一本の日本刀、まともに使えさえすれば弾丸さえも斬って落とす究極の一振り。


「まっ、とは言えそれは俺の話。君たちは君たちの物語を綴るといい」


「は、はい!」


 明華も雰囲気の違いを感じ取ったのか、やや緊張した声で答えた。


「ところで君たちのチームは確か由美君と同じブロックだったな?」


「あ、はい! そうです」


「由美君は強いぞ。なんと言っても俺のチームメイトだったのだからな。――勝てるかな?」


 最後に付け加えられた一言。それは明らかな挑発だ。そしてその視線は俺をまっすぐに見据えていた。……っ、そうまで言われちゃ俺も黙っておけないな。


「勝ちます。勝ってみせます!」


 戦う前から気持ちで負けるわけにはいかない。俺も信じているから、このチームを。

 聖斗さんは俺の返答に満足したように頷く。


「ははは、そう来なくてはな。由美君の実績に萎縮してしまっているかと思ったがそうでもなかったようだ。俺の見立ては外れたな。いい目をしているし、本当なら俺が戦いたいところだよ」


 いや、それはマジで勘弁していただきたいところです。ホントに……。


「と、そう言えば以前、依頼解決のお礼にもらった茶菓子もあったんだった。本題に入る前に持って来よう。コーヒーのお代わりもな」


「……先輩、それなら私が」


 立ち上がった聖斗さんに続いて夜坂先輩も立ち上がる。しかし聖斗さんはそれを制すように言う。


「いや、いいよ。それに今回は俺が入れた方が確実だろう。衛生的に……」


 ん? どういうことだ? 衛生的にって言うのは。


「な、そうだろ? いつまでも立ってないで入ってきたらどうだ?」


 そう言う聖斗さんの視線は俺たちを飛び越して事務所のドアの方に向けられていた。

 その聖斗さんの呼びかけに答えるかのようにドアが開き、一人の女性が入ってきた。

 ――美人だな。

 黒衣の着物を纏ったその女性の第一印象はクールビューティーだ。腰下に届くほどの長さを持つ黒髪を手でサラリと払い、少し上がった目尻から覗く藍色の瞳が鋭く聖斗さんを見据えていた。肌は雪のように白く、背は明華と同じくらいだと思われる。髪の毛を払った手の印象から、きっとスマートな体型なのだと思う。


「気づいていたの?」


 発せられたその言葉は、第一印象に違わぬ落ち着いた言葉だった。


「当たり前だ。入ってくればよかったのに」


 聖斗さんが笑いかけながら言うと、女性はふぅっとため息をついた後で言った。


「あなたの自慢話を聞くのはうんざりだから待っていてあげたのよ」


「ははは、俺に全国大会の二回戦で負けた身からすると聞くに堪えない話だったかな?」


「――ッ! ……うるさい」


 聖斗さんの言葉に女性は一瞬くってかかるような雰囲気を見せたが、すぐに思い直したのかあくまで冷静に言葉を返した。


「すいません……この方が待っていたという方ですか?」


 タイミングを見計らってエンフォードが会話に割って入る。ナイス質問だ。


「あぁ、すまない。紹介が遅れたな。こいつの名前は雪神雫(ゆきがみしずく)。見ての通り特級陰陽師だ」


「雪神雫です。よろしく」


 礼儀正しく頭を下げてくる雫さんに俺たちも慌てて立ち上がり自己紹介を兼ねた挨拶を返す。――身なりから特級陰陽師というのは想像できた。しかも《八神(やつがみ)》の一つ、北海道を統べる雪神家の人とは……。なんだかすごいことになってきたな。


「特級陰陽師方面には親父からも話が行くだろうが……生憎と今、俺と親父は喧嘩中でな。情報を得られそうにないんで俺の方からも楔を一つ打つことにした。アリス君、雫のことは俺が保証する。一緒に話を聞かせてもらえないかな?」


「は、はい、もちろんです! お気遣いありがとうございます!」


 エンフォードの顔がパッと輝く。聖斗さんが自分の問題について本当に真剣になってくれていることが分かったのだろう。


「兄さん……」


 さっきまで賭け麻雀のことで怒ってしまい、一言も喋らなかった綾奈が聖斗さんに視線を向けた。その綾奈に向かって聖斗さんはニッコリと優しく笑って言う。


「俺が綾奈の友達を(ないがし)ろにするわけがないだろう。任せておけ」


「――はい」


 聖斗さんの言葉を聞いて、綾奈は安心したように微笑む。この二人のやり取りを見ると、兄妹っていいなぁと思う。俺は一人っ子だから。ま、兄妹みたいに育った幼馴染はいるけどな。


「さて、それじゃお代わりと茶菓子を持ってくるよ。由美君、やっぱり手伝ってくれるか? 雫、テキトーに座っていてくれ」


 聖斗さんはそう言って俺たちの手元のコーヒーカップをまとめると、夜坂先輩を連れて奥の部屋に入っていく。その背中は、俺にはすごく大きく見えた。


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