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陰陽記―総真ノ章―  作者: こ~すけ
第六章『飼い主と猫』
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三.

 そして土曜日、俺たちは篠波市から電車に乗って隣町である縦陸(たておか)市に着いていた。時刻は午後四時。待ち合わせには少々遅い時間ではあるけど、それは先方である月神聖斗さんの都合があったのだからしょうがない。


「うわー……やっぱり縦陸は都会だねぇ」


 明華が圧倒されたように言う。まぁそうだろう。――だって俺も圧倒されている。この人の多さに……。なんだ? この人たち……なんでこんなにいるんだよ! この駅だけで田舎の一町分くらいいるんじゃないか?

 そう思ってしまうのも無理はない。なんせこの縦陸市は国の政令指定都市、人口百五十万人越えの大都市だ。その中心部である縦陸駅は、当然人が集まる場所なのだから。


「……ところで」


 そこまで考えたところで、俺は後ろを振り返った。その視線の先には、篠波市から待ち合わせて一緒に来た、明華、綾奈、エンフォードの三人の姿がある。俺はその中の一人の装いを今日会った時からずっとツッコみたかったのだ。


「なんで制服なの?」


「う、うるさい!」


 ツッコんだ瞬間、エンフォードの顔がサッと赤くなった。本人も気にしていたみたいだ。


「だ、だいたいなんでお前たちは私服なのだ? 正式な依頼に行くのだぞ。こちらも相応の服装で行くのは当然だろう!」


「だって俺はただの付き添いだし」


「私は総君とデートのつもりだし」


「ぐっ……!」


 俺と明華の息の合ったコンビネーションを受けて、言葉に詰まるエンフォード。このままではまずいと思ったのか助けを求めるように綾奈を見た。当の綾奈は、エンフォードに天使のような微笑みを浮かべて言った。


「大丈夫ですよ、アリスさん。兄は礼節とか全然興味ない人ですし」


 グサッとエンフォードの胸に致命的な一撃が突き刺さる音が響いたような気がした。

 ……む、惨い。天使のような微笑みからの悪魔の一突き。古来の暗殺剣もびっくりの殺傷能力を持っているな。主に精神系の。


「私、帰ろうかな……」


「ふぇ!? どうされたんですか?」


 エンフォードの発言に焦って聞きかえしている綾奈をみて毎回思う。ホント天然でやっているのが非常に性質悪いよなぁ。……エンフォードは精神的ショックを受け過ぎたのか、女性的な喋り方になっているし。

 俺はそんなエンフォードの肩にそっと手を置く。


「大丈夫だ、エンフォード。お前は悪くない。……だが、俺にはあれを咎めることができない」


 ……だって本人は無自覚ですから!


「分かってくれるのか……総真」


「あぁ、分かるよ。エンフォード」


 そう言ってエンフォードに慰めの言葉をかけた後、俺は今の会話に違和感を覚えた。

 ん? 今、確か総真って……。

 その違和感が確信に変わるより速く、横から明華が言う。


「あー! 今、アリスが総君のこと『総真』って呼んだ!」


 やっぱりそうだよな! 明華の言葉を聞いて、俺の違和感が確信へと変わった。


「な!? い、いや、私は呼んでない!」


「えー! 呼んだよぉ! ね、綾奈?」


「はい、今確かに」


 綾奈がニコリと笑う。その微笑みを見て、エンフォードはさらに慌ててしまったようだ。


「ち、違う! ……えぇい! お前など山代総真で十分だ!」


 エンフォードが俺を指差して言う。……いや、別に俺はなんと呼ばれようが構わないけども。面倒臭くないか? いちいちフルネームで呼ぶの。


「そう言えば。なんで総君はアリスのこと『エンフォード』って呼ぶの?」


「いや、なんとなく」


本当になんとなくだ。いつの間にかエンフォードに落ち着いていた。決闘をしてしまったからなのかもしれない。


「――アリス」


 ためしに一度呼んでみた。


「――ッ!!」


「ぐはっ……!」


 なんといきなりの正拳突きだ。油断していたから深々と俺の脇腹に突き刺さる。……マジで痛い。もう絶対に呼ばないよにしよう。身が持たん。けど――。


「ふんっ!」


 そっぽを向くエンフォード。その横顔を見て思う。『総真』か……まんざらでもないな、と。




 縦陸駅を出て数分、駅前の大通りはとても賑わっていた。立ち並ぶテナントビルには多種多様な店舗が入っていて、通行人の目を惹くべく趣向を凝らした看板が設置されていた。その看板の中にチラホラと『○○陰陽師事務所』だとか『××心霊相談所』などの文句が見受けられた。どうやらこれらが民間陰陽師の事務所のようだ。この中に綾奈のお兄さんの事務所もあるのだろう。天才と名高い綾奈のお兄さんのことだから、この大通りの一番目立つ箇所に看板を掲げていてもおかしくないように思う。


「こっちです」


 ――だから綾奈が示した先を見た時は驚いた。綾奈が先導して入っていく路地の先は、どう見ても裏路地。並ぶ店舗もだんだんとこぢんまりと、そして怪しげになっていった。大通りの喧騒と比べれば、この辺りは時が止まったように静かだ。


「あれです」


 そんな裏路地を数分歩いたその先にそれはあった。

 怪しい……怪しすぎる。――それが第一印象だった。外見は七階建てのマンション、多少年季は入っているものの豪華な造りだ。見た感じ、懐に余裕のある家庭をターゲットとしていたのだろう。しかし、本当にここなのか?


「こ、ここ?」


 明華も同じ疑問を抱いたようで、少し不安気な顔で綾奈に問いかける。


「はい。なんでもバブルの頃に建てられたものらしくて……当時は最新の施設を備えたマンションだったみたいです。けどバブルの崩壊と共に価値が急落して、所有会社は倒産。解体費も出ないまま打ち捨てられて、都会の心霊スポット『ゴーストマンション』として有名になっていました。それを去年、兄が買い取って改装、修繕して事務所にしたんですよ」


 このマンションの生い立ちを綾奈が語ってくれる。なかなかに壮絶な歴史を歩んできたマンションのようだ。いや、もう陰陽師の事務所か。しかし、買い取ってって言っていたけど、いったいいくらぐらいするものなんだ? まったく想像がつかない。

 玄関口へ向かう。なるほど、確かに高級感のある大きなガラスの扉だ。……ダンボールで修復されていなければの話だが。予算不足か、はたまた直す気がないだけなのかは分からない。飛散防止用のメッシュが入っていたために部分的に割れただけですんだようだが、そこに当てられたダンボールが痛々しい。

 その横には田舎のスナックかと見間違うほどの小さな看板が一つ置かれていて、『拝み屋』とだけ書かれていた。……本当に商売をする気があるのか疑わしい。

 ガラスの扉を開けて中に入ると、少し広めのエントランスホール。完全な状態ならば、ここも豪華に飾られて、マンションに住む人たちの帰りを出迎えていたのだろう。そんなエントランスホールの一番奥にエレベーターが二基設置されていた。しかし綾奈はエレベーターには向かわず、ホールの端にある階段へと歩いて行く。


「エレベーター使わないのか?」


 思わず聞いてみた。すると綾奈は振り返って少し苦笑いを浮かべて言った。


「あのエレベーター動かないんです。ここを買い取った時にはすでに壊れていて、なんと中には霊が住み憑いていたくらいなんですよ」


 クスクスと綾奈は笑っているが、今の話のどこに笑う要素があったのか俺には分からなかった。……もしかして霊が住み憑いていたっていうくだりなのか? そうなのか?


「は、ははは、そうなんだ」


 俺は当たり障りのない愛想笑いを返して話を終えた。これ以上話しても意味がなさそうだからだ。ところで今、綾奈が言っていたエレベーターの霊だけど、綾奈のお兄さんは除霊したのだろうか? まさかそのままなんてオチは……。


カタンッ――


 その時、静かなエントランスホールに小さく音が響いた。俺はその音の方向をゆっくりと振り向くと、確かさっきまできっちりと閉まっていたはずのエレベーターの扉が少しだけ開いているように見えた。

 いや、まさかそんな……そんな定番のオチは……。


ギ、ギギギギィィ――


 金属が擦れる不快な音を上げて、目の前でエレベーターの扉が開いて行く。その扉の隙間にニヤついた顔の青年が現れた瞬間、俺は一目散に階段を駆け上がった。――ここはどうやら本当の心霊スポット、本当に『ゴーストマンション』らしかった。


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