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陰陽記―総真ノ章―  作者: こ~すけ
第六章『飼い主と猫』
44/69

一.

 ドンッという爆発音が『特待棟』の一角に響いた。その原因は、符術《炎弾》が爆ぜた音だ。


「……なんでできるの?」


 俺は驚愕した顔で呟いた。その《炎弾》を撃った人物が問題だったのだ。


「ふふふっ、山代総真! お前より私の方が《陰陽術》の才能はあるようだな!」


 そう言って勝ち誇ったようにエンフォードが笑う。……そんなバカな。


「エクソシストって《陰陽術》使えないんじゃなかったのかよ!?」


 俺がそう言うと、エンフォードは心外だとばかりに腰に両手をあててこっちを睨みつけてきた。


「使えないわけではない。使わないだけだ。《陰陽術》はエクソシストからするとかなり複雑でな。しかも使うにあたっては、日本語を完璧にマスターしないといけないし、呪符なんかも揃えないといけない。その他諸々の事情もあって使わないのだ!」


「あぁ、そう……」


 つまり日本語ペラペラで、呪符なんかも簡単に手に入る環境にあって、その他諸々の事情もクリアしているエンフォードには使えるわけね。


「でもすごいですよ。まだ五回目の練習なのに」


「ホント! アリスはすぐにコツを覚えちゃったね」


「うむ! 呪符に力を集中させるのが、《天装(セイント・シュラウド)》を行う時と似ていてな。案外簡単だった」


 楽しそうに会話をする女子どもを傍目に、俺は呪符を構えた。

 ……ぐっ、外野に惑わされるな。集中、集中――。

 息を整え手元の呪符に意識を集中していく。


「《炎弾》!」


 俺が叫んだ瞬間、手元の呪符がそれに呼応し光る。そしてその光の中から火球が出現した。……大きさは野球ボールくらいだ。

 火球はヒョロヒョロと弱々しく飛ぶと、五メートルほど行ったところでフッと消滅した。爆発音もなにもない。まさに力尽きたのだろう。


「…………」


 俺は手を当てて顔を隠した。こっちを見ている三人の視線が痛い。


「ま、まぁ……まだ練習を始めて二ヶ月程度ですし……」


 ……綾奈さん、変化球で内角を抉るのは止めてください。


「あはははっ! 総君はコツを覚えるの下手くそだね!」


 ……明華! そのブラッシュボール止めろ! 直球過ぎるだろ!


「はははっ、腰が引けているぞ! 山代総真!」


 ……エンフォード、お前は野次を飛ばすおっさんかよ!


「ぐっ……」


 そう、俺は入学から二ヶ月経った今でもまともに符術を使えていないのだ。それもそのはず、俺に今まで霊感なんてなかったのだから。あの日、この右目に宿っていた力《神羅》を解放するまで俺はただの一般人だったんだ。……まぁ、それでも力を解放してからそろそろ一ヶ月になろうとしている現実は無視しよう。


「だけど総君、このままじゃヤバいよ?」


「……分かってる」


 確かにヤバい。もう本予選が目の前まで迫ってきているのだ。流石に『予選の予選』の時のように剣術一本で勝ち抜けるほど甘いものではないはずだ。《神羅》の力を自在に使いこなせない以上、俺も《陰陽術》、せめて初級符術の一つでも覚えるべきだろう。そう思って初めた特訓だったが、いまだに苦戦していた。


「しかし、ブロック抽選は明日だろう? その調子で本当に間に合うのか? いっそお前の長所の剣術を昇華させる方がいいのではないのか?」


 エンフォードが真剣な表情で聞いてきた。


「長所って認めてくれるんだな。俺の剣術」


「す、少しだけだ。自惚れるな!」


 いつの間にか俺のことを褒めていたことに気づいて恥ずかしくなったのか、少し頬を赤くしたエンフォードがフンッと顔を背けた。


「分かってるよ。心配してくれてありがとな」


「わ、私は心配など……」


「けど! 俺の剣術が一日やそこらで伸びないことは、俺が一番分かってる。本予選までに隠し玉として使えるようになる可能性があるとしたらこの符術だ。なんとかしてみるよ」


「そ、そうか」


 俺の言葉に納得してくれたのか、エンフォードはそれ以上追及してこなかった。少しは信じてもらえているみたいで正直嬉しい。信じてくれているなら、それに答えないとな。


「よし! 練習、練習!」


 俺は自分を鼓舞するように少し大きな声を出すと、また新たな《炎弾》の呪符を手に持つ。


「総真さん、ちょっといいですか?」


 しかし、そこで綾奈が声をかけてきた。


「どうした? 綾奈」


「そ、その、私に提案が」


「俺に?」


「はい。けど、その……」


 なぜか言いにくそうに口ごもる綾奈。一体どんな提案なんだろう?


「その……も、もしかしたら総真さんは怒るかもしれません……」


「大丈夫、怒らないよ」


「ほ、本当ですか?」


「あぁ、せっかくの綾奈からの提案なのに怒ってどうするんだよ」


 そう言って、俺は綾奈の肩に手を置く。


「……あ、ありがとうございます」


 綾奈は顔を伏せて消え入りそうな声でお礼を言ってきた。お礼を言うべきところじゃないような気もするけど、それも綾奈らしいなと俺は苦笑した。


「そうだよねー、今の総君は怒る立場じゃないよね」


 横から明華が口を出す。


「……なんでお前が怒ってるんだよ」


「怒ってないし!」


「怒ってるだろ。それくらい、お前の顔見りゃ一発で分かるぞ」


「う、うるさいなぁ」


 明華はそう言うと、顔をそらしてしまった。図星を衝かれて今度は照れてしまったらしい。本当に分かりやすいやつ。――それはそうと。


「で、綾奈の提案て?」


「はい、それは――」


 綾奈のこの提案。それはとっても秀逸なものだった。そして、確かに人によっては怒るかもしれない内容だった。――俺は、その提案を受け入れた。


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