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陰陽記―総真ノ章―  作者: こ~すけ
第五章『転校生』
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八.

 エンフォードに引き連れられ、別の部屋に移動した。そこは資料室と書いてあるプレートが掲げられた部屋で、中に人の気配はない。入ってみると、乱雑にものが積まれていて、資料室というより物置と化しているようだった。広い校舎だから資料室も当然いくつもある。こういう部屋が一つくらいあってもおかしくはないが。


「よくこんなとこ知っていたな」


「うむ……午前中に探したのだ。お前と二人で話せる場所を」


 エンフォードがうつむき加減でそう言う。他意はないのだろうけど、言葉の意味を都合よく解釈すると誤解してしまいそうだ。


「そ、そっか。で、話ってなんだよ?」


 俺はわざとらしく聞いた。エンフォードと話す内容なんて一つしかないというのに。


「昨日の決闘のことだ。……その、すまなかった……負けたからといって勝手に帰ってしまって」


「別にいいよ。負けたら悔しいのは誰だって同じだろ」


 勝負をする以上、勝ち負けは付き物だ。それに負けて悔しいという気持ちが次に繋がることだってある。そんなことは些細なことだ。


「それで、だな」


 エンフォードが言いづらそうに言葉を続ける。いつもの力強い眼差しではなく、目が泳いで弱々しい。


「昨日、私は決闘に勝ったらチームに入れてくれと言った……。だが、負けてしまった」


 エンフォードが目を閉じる。そして深呼吸を一つした後、再び目を開けて言う。


「それでも私をチームに入れてほしい!」


「はっ?」


 俺を見てエンフォードが言う。その目が冗談で言っているわけではないと語っていた。「理不尽なことを言っているのは分かっている……しかし、私はどうしても大会に参加したいのだ!」


「なんでそこまで……」


「……そのために私にできることならなんでもしよう。だから……」


 エンフォードはそう言うと、ゆっくりと膝を曲げていく。その行動がなにを意味するのか分かった俺は、思わずエンフォードの腕を掴んでいた。


「おい! 止めろって! そんなことされたって俺は嬉しくない。俺はそんなの望んでない」


「――っ! ……では、私はどうすれば……」


 俺の声に驚いたエンフォードは、傍目にも分かるくらいに狼狽している。こいつのことだから、この手一本しか考えていなかったんだろう。付き合いは浅いがそれくらいは分かる。


「聞かせてくれないか? エンフォードがそんなにも大会にこだわる理由を」


「……え?」


 エンフォードが伏せていた視線を上げて俺を見てきた。


「なにか理由があるんだろ?」


「それは……」


 エンフォードはしばらく考えた後、言葉を続けた。


「……分かった。話そう」


「ありがとう」


 俺はそう言うと視線を下げた。


「あ……」


「ん?どうし……」


 俺の声にエンフォードも視線を下げる。そこにはエンフォードの手を握りしめた俺の手があった。とっさに握ってから握りっぱなしだった。


「い、いつまで握っている! は、離せ!」


「わ、悪い!」


 バッと手を振りほどかれた。そしてエンフォードは握られていた右手を胸に抱き、ジト目で睨んでくる。


「……い、今のは許すが、今度やったら!」


「分かってるよ! 俺もわざわざやらないよ!」


「それならいいが……」


 エンフォードはコホンと一つ咳ばらいをした。そして真剣な表情に戻ると、話を始めた。


「お前はエクソシストを知っているか?」


「あぁ、昨日田賀崎先生から聞いたよ。天使に力を借りて戦うらしいな」


「そうだ。……エクソシストについて聞いたのなら、私の力がどの程度なのかも分かっているのだろうな?」


「……大まかには聞いたよ」


 少し答えづらい。エンフォードの力が弱いと言っているのと同じなのだから。


「そうか……。お前の知っている通り、エクソシストは天使との同調(シンクロ)率が高ければ高いほど強くなれる。同調(シンクロ)率は修練によってある程度は上昇させることができるが、一定量以上の同調(シンクロ)をするために必要なのは才能。努力より才能だ。……私にはそれがなかった」


 エンフォードはそこで心底悔しそうな顔をした。そんな顔になるのも分からなくもない。努力が才能を凌駕することは確かにある。しかし逆に、才能が努力を一蹴することも多々あるのだ。


「私にはなかった。しかし、妹にはそれがあった」


「妹?」


「うむ。……マリア・エンフォード、私のたった一人の妹だ」


 そう言ってエンフォードは、制服の内ポケットから生徒手帳を取り出す。その中に挟まれた一枚の写真を俺に見せてくれた。

 写真には二人の少女が笑顔で写っていた。一人はエンフォードだ。今より少し幼さが残っているが、髪型などに共通点があって分かった。そして、もう一人がエンフォードの妹さんなのだろう。

 パッと見るとそっくりだが、同じ金髪でも長さが妹の方が長い。写真から感じる雰囲気もどちらかと言うと癒し系だ。そしてなにより違うのが、胸の大きさだった。

 でかい……いつ撮った写真なのかは知らないけど、これは破壊力抜群だ! 標準的なエンフォードが霞んで見える!


「これが才能(ギフト)の差か……?」


「……なんだ?」


「あー、いやなんでもない! 写真ありがと!」


 俺の呟きはギリギリ聞こえなかったようだ。まぁ、聞こえていたら今頃叩きのめされていただろうな。

 疑わしそうに俺を見ていたエンフォードだったが、写真をしまうと話を再開した。


「妹の才能は他を圧倒していた。その上で修練を積めば、素晴らしいエクソシストになっていただろう……。それを……!」


 エンフォードが悔しそうに唇を噛む。


「妹さんの身になにか起こったのか?」


「……連れ去られた。《悪魔崇拝(サタニズム)》の者たちに」


「《悪魔崇拝(サタニズム)》?」


「エクソシストの敵だ。悪魔を主とし、崇める者たちの総称。そんな外道たちに妹は連れ去られてしまった! もう一年になる! やつらにその才能を狙われてだ!」


「そうなのか……」


「だから! 私は一刻も早く妹を救うためにここへ来た! そのために大会に出場する必要があるんだ!」


 エンフォードが悲痛な顔で言う。俺には天使や悪魔なんて単語はいまだに聞き慣れない。けど、どんな理由であれ家族を連れ去られたやつを放っておくわけにはいかない。


「お前が必死な理由はよく分かったよ。けど、それと大会に出場することにどんな関係があるんだ? それに妹さんは今この日本にいるのか?」


 俺の言葉を聞いて、エンフォードは一瞬怒ったような視線を向けてきた。しかし、すぐに思い直してくれたのか続きを話してくれる。


「私はこの三月までエクソシストの団体《神光教会(ホーリーライト)》に所属していた。候補生だったが、一応団員であったし、妹とは直接的な血縁関係もあったから情報は耳に入れることはできていた。そこで聞いた最後の情報が、妹を攫った《悪魔崇拝(サタニズム)》の一団が日本に入ったというものだった」


「それで、エンフォードも日本に?」


 エンフォードが頷く。


「エクソシストは世界一大きな退魔集団だ。欧米のみならず各地に支部があってネットワークを確立し、現地でのエクソシストの養成まで行っている。だが……日本は違う。日本には陰陽師が存在し、それを統率する《八神(やつがみ)》の地位も確固たるものだ。エクソシストの入る余地がない。心霊に関しての日本は……えーと……」


 ど忘れしたのか言葉が出てこないエンフォード。「うーん……」と唸りながら頭考えている。


「もしかして、鎖国的?」


「そう! それだ! 鎖国だ!」


 俺の回答は当たっていたようで、エンフォードは嬉しそうに笑った。暗い話題の中での不意打ちの笑顔に俺はドキッとしてしまった。エンフォードも場違いな笑顔を見せてしまったことが恥ずかしかったのか、フイッと顔を背けて話を戻す。


「そ、その鎖国的な日本では、エクソシストも表立っての活動はできないし、情報もほとんど入らなくなっていまう。……だから、私はエクソシストの道をあきらめて日本に来た。まぁ、元々そんなに才能がなかったから気にしてはいないがな」


 そう言うエンフォードの顔はどこか寂しそうだ。気にしていないというのは嘘のようだ。だが今は慰めの言葉は不要だろう。それよりも聞くことがある。


「しかし、日本に来てどうやって情報を手に入れるか、それが問題だった。そこで思いついたのが、日本で最強と言われている『特級陰陽師』との接点を作ることだった。もちろん容易ではないことだとは分かっていた」


「だから《八卦統一演武》か!」


「物分かりがいいな。……《八卦統一演武》を優勝すれば、実力重視だと言われている特級陰陽師たちとの接触もできると考えた。だが、日本に来て焦った。大会は六月からだと聞いていたのに、一年生に限っては一ヶ月早かったのだから……」


「そこに昨日の話か」


「そういうことだ。チャンスだと思った。小さいころから修練を積んできたのだから勝てるだろうとも。……それがそのまま敗因に繋がったわけだが」


 シュンっとうなだれるエンフォード。たぶん頭の中では昨日の映像が流れているに違いない。


「……話は分かった。そういうことなら俺もできる限り協力しよう」


「本当か!? なら!」


 俺の言葉でエンフォードの顔が一気に明るくなった。


「だが、チームに参加させるさせないの話は別だ」


「なっ!?」


「俺たちはあくまで三人のチームだと言っただろう? 俺一人では決められないよ」


「……そうか」


 断言するように言い切った俺の言葉に、エンフォードはこれ以上なにを言っても無駄だと悟ったようだった。


「そんな顔するなよ。協力するって言ったろ?」


「……え?」


 目に見えて落ち込むエンフォードに俺は笑いかけた。


「俺に秘策がある!」





「いいですよ。むしろ協力させてください!」


「……えっ? なっ!?」


「ありがとう、綾奈! お前はやっぱり頼りになる!」


「そ、そ、そうですか? ……うふふっ」


 俺はエンフォードを引き連れて、昼休みのカフェに来ていた。そしていつもの席を覗くと、いつものように明華と綾奈が食後の一時を過ごしていた。エンフォードを引き連れて現れた俺に、二人は驚いているようだったが、俺はすぐにこうなった顛末を話した。そして、綾奈に協力してほしいと言ったのだ。その《八神》の権力を使ってほしいと。

 そういったものが、綾奈は嫌いなはずなのに、笑顔で協力すると言ってくれた。それがさっきのセリフだ。綾奈さん、マジ天使ですよ!

 一方のエンフォードは、事の急展開についていけていないようで、困惑顔だった。


「私も協力するよ、エンフォードさん! できることがあったらなんでも言ってね!」


 綾奈の隣に座る明華も、真剣な表情でエンフォードに言う。


「今日、家に帰ったら早速お父さんに相談してみます。なんなら兄さんにだって伝えます。安心してください! もちろん、私自身も協力します」


「……あ、いや……」


 二人の言葉にエンフォードは焦ったように視線を彷徨わせると、俺の方を見てきた。


「な? 俺の秘策、完璧だろ?」


 そんなエンフォードに笑いかけてやると、エンフォードは顔を真っ赤にしてうつむく。


「……こんな、こんなに事が進むなんて……私……うっ……」


 うつむきながら喋るエンフォードの肩が小さく震えだした。


「……一人で、どうなることかと……昨日、決闘に負けて……どうしようって」


「エンフォード……」


 俺は思わずエンフォードの肩に手を置く。エンフォードが顔を上げる。濡れた青い瞳が揺れていた。


「大丈夫だ、なんとかなるさ」


「ありがとう……ありがとう、山代総真……みんな」


 出会ってから初めて聞いた感謝の言葉。その心からの感謝に、俺は少し照れくさかった。


「あ、もう一つ忘れていたな」


「え?」


 わざとらしく言った俺の言葉に、エンフォードは首をかしげている。一連の流れで忘れてしまっているようだ。


「二人とも、こいつチームに入れていいか? 俺からの推薦だ」


「え? えっ?」


 さらに続けて言った俺の言葉を聞いて、エンフォードが目を丸くした。


「いいよー! 賛成に一票!」


「私も賛成です。一緒に頑張りましょうね」


 微笑む二人、どうやら俺の提案は可決したようだ。


「え? で、でも、昨日は駄目って……」


「それは決闘のことだろ。まぁ、結局誰かさんのせいで押し通っちまったけど」


「う、うるさいなぁ!」


 俺のジト目を受けて、明華が恥ずかしそうに言う。


「とにかくちゃんと話せば分かってくれるんだ。エンフォード、お前は少し強引すぎなんだよ」


「なっ!?」


 ハッキリとした指摘をエンフォードに加えた後、俺は笑顔で言った。


「と言うわけで、チーム参加承認! これからよろしくな、エンフォード!」


「――っ!」


 エンフォードの顔がまた真っ赤に染まる。そして、呟くように言った。


「……あ、ありがとう。これからよろしく頼む」


「あぁ!」


 この瞬間、エンフォードのチーム参加が決定し、とりあえずの問題は片付いた。これから俺たちは、《八卦統一演武》の本予選へと向かって行くことになる。


こんにちは、こ~すけです!

最新話いかがだったでしょうか?

これでこの章は終わりです。エンフォードの加入までを目標としていたので、少々長くなってしまいました。

感想、評価等いただけると嬉しいです! よろしくお願いします!

では、また次回!

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