七.
「――が主に使われている。まず刀についてだが――」
教卓で五色正和先生が講義をしている。今は四時間目、昼飯まで十分といったところだ。
「ハァ……」
俺はため息をつくと、横目で教室の正反対の位置にいるエンフォードを見た。エンフォードは真剣な表情で黒板の方に視線を向けている。綺麗な横顔だ。日本人ではありえない天然の金や青の色彩が、その美麗さを一層引き立てていた。
昨日の決闘、そして田賀崎先生の話を聞いて、俺はエンフォードに話をしてみようと思ったのだが、昨日の敵は今日の友とはいかなかった。ことあるごとに避けられてしまい、ずるずると四時間目まで来てしまった。――ボキッ。
『勝者が敗者にかける言葉などない』と誰かが言ったように、今俺が声をかけてとしても、憐れみや嫌味に聞こえてしまうかもしれない。――ボキッ。
どうすればいいだろうか? このままエンフォードを放っておくのも、もちろん一つの手ではあるけど、無理やりだろうがなんだろうが一度剣を交えた仲なのだ。できれば相談の一つでも乗ってやれればと思う。――ボキッ。
ってさっきからなんの音だ? 考えに水を差すこの音は!
何かが折れるような音だ。なんの音か確かめるために俺は音源を確かめた。というかすぐ隣だった。……綾奈だ。音はシャーペンの芯が折れた音のである。
よくよく見ると、なぜか顔が赤くなっていて、手が震えている。ノートの文字もいつもの整った文字ではなく、乱れていた。
体調でも悪いのか? だとしたら大変んだ。綾奈のことだ。みんなの前で言うのが恥ずかしくて我慢していることも考えられる。しかし、そんな俺のえ目の前で、綾奈はカチカチとシャーペンの頭をノックして、シャーペンの芯を取り出すと、ノートにペンを走らせた。その文字はいつもと変わらない流暢なものだ。
綾奈は、二行ほどノートを埋めた後、ペンを止めると、チラリと俺の方に視線を向けてきた。当然、俺と目が合う。
「……ひゃっ!」
そして、なぜか悲鳴を上げられた……。ホントに小さくだけど。……なんでだよ。それを聞こうにも綾奈はすぐにノートに視線を戻してしまったため、聞くことはできない。綾奈の顔はさらに赤くなり、手も盛大に震えていた。
そんな状態で字を書こうとするものだから、ボキッと芯が折れてしまう。……こういうことか。もしかして原因は俺か? なんでか分からないけど。
綾奈は芯を出そうとするも、ちょうどなくなってしまったらしく出てこない。それに気づいていない綾奈は、むーっと唸るような表情で必死に芯を出そうとしていた。その行動がとっても可愛らしかった。
やがて芯がないことに気づいた綾奈は、急いで芯を入れようとシャー芯のケースを取り出すも、勢いがつきすぎてケースが手から飛んでいく。飛んでいったケースは、音もなく床を滑って三つほど離れた机の下で止まった。しかしその机の主は気づいていない。
綾奈は茫然とケースの行方を見つめていた。その表情があまりに絶望的な表情なので、俺は思わず吹き出してしまった。
「ぶはっ!」
静かな教室に響いた異音に、クラスメイトが俺の方を一斉に振り向く。
「あ……いやー」
視線の集中砲火を受けて、俺はたじろぐ。そして、なんとかこの場を取り繕うために、綾奈のシャー芯ケースが落ちた場所に座っているクラスメイトに声をかけた。
「た、高橋! 足元!」
「え、なんだよ?」
高橋が机の下を覗き見て、ケースを拾い上げる。
「山代、お前のか?」
「い、いや、綾奈のなんだ。さっき落ちたみたいでさ」
「え! そ、そうなのか?」
俺がそのケースの出所を説明した瞬間、高橋は狼狽した表情になった。
「え、えっと……月神さんの?」
高橋が改まって聞くと、綾奈がコクリと頷く。その顔は火が出るんじゃないかというほど真っ赤だった。
「……あ、ありがとうございます」
ケースを受け取った綾奈が消え入りそうな声でお礼を言う。言われた側の高橋はものすごく幸せそうだった。そして、その他の男子はものすごく羨ましそうだった。
「ま、これにて一件落着だな」
俺がそんなクラスの状況を見て微笑む。
「……そう思うか?」
「えっ……?」
その瞬間、俺の頭上から怒りを押し殺したような低い声が降ってきた。俺はその声の方向と恐る恐る見上げた。
「山代……」
その声の先には、少し後退した額に青筋を浮かべた五色先生が立っていた。
「あふぅ……」
「馬鹿もん! 授業中にいきなり笑うやつがあるか!」
学内でもトップクラスの危険人物として知られる五色先生。そんな先生の前での愚行は見逃してもらえるわけがなかった。
「山代! お前にはレポートを出す! 今日話した陰陽師の三大装備についてのレポートだ!」
「えぇ!?」
「驚くやつがあるか! 当然の措置だ! 期限は明日だぞ!」
「……分かりました」
最悪だ。まさかレポートまで出されるとは……。
「ところで山代。お前、その三大装備がなにか言えるか?」
「…………刀?」
「三大だと言っているだろうが!」
今度からは真面目に授業を聞くことにしよう。特に五色先生の授業は要注意だ……。
その後も昼休みのチャイムが鳴るまで、俺は五色先生に怒られ続けた。その中で分かったことは、三大装備とは刀、弓、銃のことだということくらいだった。こんな状況でどうやってレポートを書けと? ……まさに自業自得だった。
こんにちは、こ~すけです。
最新話を更新しました。
感想、評価等待ってます!
では、また次回。