六.
「それまで!」
決着がつくと共に、田賀崎先生から制止の声がかかった。俺は木刀を引くと、エンフォードに手を差しだす。
「ほら、大丈夫か?」
「――っ!」
パシッとその手が払われた。そしてエンフォードは立ち上がると、走って出口から行ってしまう。
「お、おい!」
俺の呼び止めも空しく、出口の扉が閉まる音が響いた。
「総君、大丈夫だった?」
明華が駆け寄ってきた。
「あぁ、大丈夫だよ」
俺は明華を見て答えた。明華のすぐ後ろに綾奈も続いている。
「あの、エンフォードさんも大丈夫だったでしょうか? あれほど何度も倒されて……」
「う……」
俺は気まずそうに顔を伏せた。……倒した張本人には耳が痛い言葉だ。
「大丈夫だろう。あいつの『吸傷』は許容量を残していた。衝撃だけで傷は一つもない」
田賀崎先生が綾奈に言う。綾奈も納得したように頷いていた。
「先生」
「なんだ?」
「さっきの戦い、『吸傷』がすごく長く持っていたみたいですけど、なにか原因はあるんですか? それとも呪符になにか細工が?」
明華が田賀崎先生に問う。それは俺も聞こうと思っていたので、俺も田賀崎先生に視線を向けた。
「呪符にはなにもない。あれはエンフォード自身の能力だ」
エンフォード自身の能力? 最後の変身とも関係しているのだろうか?
「エンフォードはおそらく……いや、まず間違いなく祓魔師、『エクソシスト』だな」
エクソシストって……あのエクソシストか?
その単語には俺も心当たりがあった。と言うよりあって当然だ。エクソシストは言うなれば陰陽師の西洋版、主に悪魔祓いを行う人々だった。
世界的に見ればエクソシストの方が知名度は高く、日本限定で根付いた陰陽師とは違い、欧米諸国に幅広く存在している。まぁ、それくらいしか知らないのだが……。
「なんでエンフォードがエクソシストだと?」
「『吸傷』の効果が続きすぎる点である程度予想はできたが、あのお前が『変身』と表現したもので確信したんだよ」
「あれで?」
「あぁ、あれは《天装》と言ってな。エクソシストが使う技だ。エクソシストは、私たち陰陽師のように数々の術を駆使することはできないんだよな。だけどその代わり、あるものの力を借りて戦うことのみを鍛えているのだよ」
「……引っ張りますね、話」
「しばかれたいのか? お前は」
「あ、あはは……」
余計な一言は控えよう……エンフォードの後にこの人とやるのはキツい。というか一瞬でやられる。
「ふん、話を続けるぞ」
そう言って田賀崎先生が俺を睨んでくる。どうぞ、続けてください! としか言えないよな。
「そいつらは『天使』と呼ばれている。知ってるか?」
「いや、めちゃくちゃメジャーじゃないですか!」
俺は思わずツッコんでしまう。
「ま、そりゃそうか」
……そう思っているんなら、わざわざ言わないでほしい。
「その天使を使役してエンフォードさんは戦っていたんですか?」
肩を落とす俺の横から明華が聞く。
「いや、使役じゃねぇ、逆だな。エクソシストたちは特定の天使と契約を交わし、その力を与えてもらう。私たちの使う『召喚符術』のように妖怪を呼び出すのではなくて、自分の体そのものを天使と同調させる」
「同調ですか?」
今度は綾奈が聞く。綾奈もこのことについては初見のようだった。
「あぁ、私も詳しくは知らないがな。ただ、エクソシストはそのおかげで実力差がもろに出ると聞くぜ。天使とどれだけ同調できるかがエクソシストの実力とイコールなのさ」
「では、防具や剣がいきなり現れたのも、そのせいなのですね?」
「そういうことになるな」
田賀崎先生が同意した瞬間、明華が感動したように言う。
「天使の力を借りるってすごいね! エンフォードさんってすごく強いんじゃない?」
「…………」
「…………」
「どうしたの?」
俺と田賀崎先生の反応がいまいちよくなかったからか、明華は首をかしげた。
「あ、いや……」
俺は明華の問いに口ごもってしまう。エンフォードの強さに疑問を持ってしまったからだ。確かに《天装》なる技を使ってからエンフォードの力は飛躍的に増大した。けど、それでも俺が勝てるほどだ。天使と同調をしているにしてはあまりにも……。
「エンフォード、あいつは弱い」
そんな俺の疑問に答えるように、田賀崎先生が言葉を発した。
「えっ?」
明華が驚いた表情をした。
「確かに田賀崎先生には敵わないと思いますけど……」
そして、田賀崎先生が自分の言葉で気を害したのではないかと思ったようだ。少しバツが悪そうに明華が言う。
「私の方が強いのは当然だろ! けど、今言いたいのはそういうことじゃねぇよ」
それでも強いってことに反応するのはやっぱり田賀崎先生らしい……。
「私も何度かエクソシストの連中と会ったことはある。そいつらの聞く限りは、エンフォードの力は最低ランクに近いな」
「最低ランク、ですか?」
「《天装》での武器や防具の発言は初歩の初歩だそうだ。才能のあるやつなら、それこそ小学校の低学年でもできるみたいだぜ。それを……」
エンフォードは全力だと言った。あの性格だ。嘘はつくはずがないし、あの局面でつく意味もない。たぶん本当のことを言っていたのだろう。
俺の脳裏に、決闘の決着時に見せたエンフォードの悔しそうな顔が浮かぶ。
「エンフォードが決闘を申し込んでまで、《八卦統一演武》の出場にこだわるのはその辺に理由があるのかもしれないな」
田賀崎先生のその言葉に妙に納得した俺は、もう一度エンフォードが出て行った入り口を見た。
異国の地にたった一人で乗り込んできたエンフォード。一体どんな理由があって陰陽師になろうと思ったのだろうか? 俺には皆目見当がつかない。だけど聞くことはできる。
こういうことに首を突っ込むとロクなことがない気もするが、俺はその理由というもののにとても興味を持ち出していた。