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陰陽記―総真ノ章―  作者: こ~すけ
第五章『転校生』
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五.

 ……おかしい。

 エンフォードとの決闘が始まって約十分、俺はこの決闘に違和感を覚えていた。


「くっ……まだまだぁ!」


 俺の一撃で吹き飛ばされたエンフォードが立ち上がる。すでに五度目だ。


「『吸傷』がこんなに持つなんて聞いてないぞ……」


 俺は呟く。たぶん苦虫をすり潰したような顔をしているに違いない。


「山代総真、この程度で私は負けないぞ!」


 何度も倒されながらもまったく萎えないエンフォードの闘志には驚く。だが、それもとっくに潰えてはいないとおかしいはずだった。《八卦統一演武》の一年生予選で戦った時は、こんなにも持続力を発揮することはなかった。浅い当たりが混ざったとしても四発まで。しかも今回はまともに五発も当てているのだ。とっくに『吸傷』のデメリット効果が発動してもいいはずだった。


「ハァ!」


 エンフォードの攻撃を払いながら俺は田賀崎先生の方を見る。田賀崎先生は仏頂面で戦局を見守っていた。しかしその表情に驚きの色はなく、なにか心当たりがあるようだった。


「ふっ!」


 エンフォードの木刀を弾き、代わりにカウンターの蹴りを浴びせる。


「きゃぁ!」


 鋭い悲鳴を上げてエンフォードが床に転がった。『吸傷』の効果で傷がつくことはないものの、同い年の女の子に何度も打撃を浴びせるのは気が引ける。


「……まだ立つのか」


 俺を鋭い視線で睨みつけながら、エンフォードが立ち上がってきた。その目を見た瞬間、俺の頭が警戒信号を発した。


「山代総真……」


「なんだ?」


 立ち上がったエンフォードが俺の名前を呼ぶ。それに答えて俺は返事をした。


「立ち会って分かった。お前は強い……悔しいが私より」


 そう言いながらエンフォードは本当に悔しそうに下を見た。……あきらめてくれたのだろうか?


「私一人ではお前に勝てない……。だが、このままなにもしないで負けるわけにもいかない。……すまないが、使わせてもらうぞ!」


「なにを言って……?」


 俺の問いには答えずに、エンフォードは木刀を投げ捨てると、両手を体の前で重ね合わせた。それは祈りを捧げる時の姿にそっくりだった。


「――私に力を。お願いします! 天装! 『ゾフィエル』!」


 エンフォードがその言葉を、その祈りの姿のまま呟いた瞬間だった。


「――っ! な、なんだ!?」


 エンフォードの体が白い光に呑み込まれる。その光の洪水に、俺は思わず目を細め、顔を背けた。


「山代総真……これが私の本気の本気だ!」


 エンフォードのその言葉と共に、体から発せられていた光が徐々に弱まっていく。その光の中からエンフォードの姿が浮かび上がる。

 あれ、は……?

 その光の中から現れたのは騎士だった。制服の上に着けた純白の胸当て、手足にも同じく純白の防具が出現していた。さらに頭には、エンフォードの綺麗な金色の髪を守るように銀の額当てが装着されている。そしてなにより目を惹くのは、その手に持つロングソード。西洋特有の両刃の剣だ。装飾の類はほとんどないが、ロザリオを模したようなその外見だけでも十分に神聖な雰囲気を醸していた。

 今のエンフォードを形容するのに一番近いイメージと言えば、『聖女』と呼ばれた英雄、ジャンヌ・ダルクか。――まぁ、フランスとイギリスの差異はあるけど。


「これからは私の番だ!」


 騎士となったエンフォードが、ロングソードを振り上げて向かってきた。先ほどまでと違いスピードが格段に上がっていた。エンフォードの姿に驚いていた俺は、少し反応が遅れてしまう。


「ぐっ!」


 エンフォードの一撃をとっさに防ぐ。ロングソードの重量にスピードが乗ったその一撃は重く、木刀でなんとか受け止めはしたものの、勢いを殺し切ることができずに今度は俺が床に叩きつけられた。


「立て! 山代総真! このまま決着をつける!」


 ロングソードを俺に向け、エンフォードが吠える。倒れた俺に追撃はしてこないようだ。……随分と舐めたまねをしてくれる。

 サッと頭に血が上るのが分かった。心の奥に止めておいた素の自分が顔を覗かせる。

 ……考えろ。あいつを叩きのめす手を。

 混乱していた頭が、怒りのおかげで逆に冷静になっていく。余計なことは考えることを止めた。目の前の敵を倒すことだけを考え、俺は自分と敵、そして周囲の状況を分析する。

 ――自分の身体能力、持っている木刀の状態。敵の性格、太刀筋。敵が捨てた木刀、その位置。すべてを確認し、頭でシナリオを描く。


「……エンフォード」


「なんだ?」


「今から俺は全力の一撃をお前に見舞う。お前が俺より強いと言うなら……防いでみろ!」


 俺は持っている木刀を腰に持っていきながらエンフォードを挑発した。そして構えを取る。居合の構えだ。


「いいだろう! 受けて立つ!」


 エンフォードがロングソードを構える。俺のことがを信じて真っ向から受けてくれるようだ。流石は騎士様と言ったところか。


「いくぞぉ!」


 俺は大声を上げてエンフォードに突進した。そしてその勢いのまま、エンフォードのロングソードに向かって木刀を振り切った。

 エンフォードのロングソードと木刀が衝突した直後、ガッシッっという音がして、俺の持つ木刀が根元から砕け散った。飛び散る木片の向こう側で、エンフォードが勝利を確信して笑うのが見えた。


「ハァ!」


 反す刀でエンフォードの放った斬撃が、俺の脇腹にめり込んだ。『吸傷』の効果で当然体が斬れることはない。しかし、そのロングソードの質量による衝撃は一切殺してくれない。


「カハッ……!」


 横からの暴力的な衝撃を受けて俺は吹っ飛ぶ。――俺の予想通りの方向に。


「どうだ! お前の攻撃を防いだぞ! 今のが最大だと言うなら私の勝ちだな!」


 再度床に倒れて腹這いになっている俺に高らかに告げるエンフォード。


「勝負を着けるにはもう一撃加えないといけないようだが……降参する気はないか?」


 最大の攻撃を破られて、俺の戦意がなくなったのかもしれないとエンフォードは考えたようだ。死に体の相手をいたぶるつもりはないらしい。どこまでも高貴な性格をしている。……それがお前の敗因だとも知らずに。

 俺は胸の下にある『それ』をエンフォードに気づかれないように左手で握った。そして腹這いの体勢のまま答えた。


「……降参? 馬鹿言うな。俺はまだ負けちゃいない」


「そうか、ならばしかたない。これで終わらせる」


 エンフォードがロングソードを構え直した瞬間。その瞬間を狙って、俺は右手に持った折れた木刀の柄を投げつけた。


「くっ……!」


 エンフォードはそれをロングソードの横面で弾いた。なにも仕込んでいないただの木刀の柄だ。簡単に弾かれる。しかし、一瞬エンフォードの意識が投げつけられた木刀に移ったのを俺は逃さない。

 一気に身を起こして距離を詰めた。そしてエンフォードに向かって渾身の右拳を放つ。

 先ほどの木刀を防ぐのにロングソードを使ったため、今度は間に合わない。大刀のとり回しの悪さが仇になった形だ。さらにエンフォードは、この局面でまさか俺が素手で突っ込んでくるとは思っていなかったようで反応が遅れている。しかしそれでも狙われている顔を捻って回避を行う。

 間一髪のタイミングで、俺の拳はエンフォードの右頬を掠めながら一瞬前までエンフォードの顔があった空間を通過した。エンフォードの回避が間に合ったのだ。――だが、俺の攻撃はこれで終わりではない。


「――もう一発だ!」


 そう言って俺は左手に力を込めた。その左手には木刀を握っていた。素手での攻撃の間もずっと体の影にして隠し通していた俺の最後の牙。エンフォードが投げ捨てた彼女自身の木刀だった。

 俺は踏み込んでいた左足を軸にして体を回転させた。そしてその勢いを利用して、逆刃にして持っていた木刀をエンフォードに叩きつけた。エンフォードの体はすでにギリギリの回避を行ったため伸び切っている。動くことができない。


「ぐぁ!」


 ガツッという鈍い音と共にエンフォードが声を漏らす。

 俺は倒れたエンフォードに近づくと、手に持つロングソードを横に撥ねた。そして喉元に木刀を突きつけた。


「……悪いな。勝つために綺麗ごとは言ってられない」


 本当はこんな勝ち方はしたくない。しかし俺も限界だ。重い一撃をもらってしまったのだから。だが、エンフォードの『吸傷』の許容量が予想できないためしかたない。


「降参しろ、エンフォード。言っておくが、降参しなけば『吸傷』の容量が尽きるまで袋叩きにするだけだ」


「この……」


「どうなんだ!?」


 なにか言おうとしたエンフォードを遮って、俺が再度問う。するとエンフォードは、俺を睨みつけた後、悔しそうに目を伏せると絞り出すようにして言った。


「……私の負け、だ」


 その言葉を聞きいても、今回はあまり嬉しくなかった。

 ……勝ったか。

 あまり気分の良くない勝利に、俺は心に残ったシコリを吐き出すようにため息をつき、木刀を持つ手の力をスッと抜いた


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