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陰陽記―総真ノ章―  作者: こ~すけ
第五章『転校生』
39/69

四.

 放課後、待ち望んではいないのにその時間はすぐに訪れた。


「よーし、決闘のルールは双方分かったな? と言っても《八卦統一演武》とルールは同じだ。山代はよく知っているだろう?」


「えぇ。まぁ……」


「なんだ? やる気のない返事だな。なんなら私が相手をしてやろうか?」


「遠慮しておきます……」


 俺の顔を見て、田賀崎先生はニヤリと笑う。先生の提案はすぐに却下した。これ以上の面倒事はごめんだ。


「エンフォードも問題ないな?」


「はい、問題ありません」


 間違いなく今日一番の面倒事であるこの金髪の転校生は、相変わらずハッキリとした口調で返事をする。胸には『吸傷(すいきず)』の守護符、手には木刀、すでに戦闘準備は万端の様子だ。

 田賀崎先生、そしてエンフォードの他に観客が二人、明華と綾奈だ。チームのことなので当然だが、他に誰も来ていないことに驚いた。田賀崎先生のことだ、この第二訓練所が満員になるくらいの人が来ることを想像していたのだが。意外と気を使ってくれているのかもしれない。


「よぉし、それじゃ始めようか」


 田賀崎先生が言う。俺はその声を聞いて、視線をエンフォードの方に向けた。エンフォードも同じくこちらを見ていて、視線が空中で交わった。


「勝たせてもらうぞ、山代総真」


「…………」


 自信に満ちた瞳には強い光が宿っていた。その自信を裏付ける実力も持っているのだろう。


「双方、位置につけ」


 俺とエンフォードはその掛け声に従って訓練所の中央に移動する。


「総君、ファイト!」


「総真さん、頑張ってください!」


 二人の声援に背中を押されながらだ。

 五メートルほどの距離を取って向かい合うと、エンフォードが右足を前に出し、体を半身にした。木刀を体の左側に構える。日本の剣道における構えとは少し違う。西洋で発達した剣技、『西洋剣術』の構えだ。

 西洋の刀は、日本刀とは違い両刃の剣が主に扱われていたため、戦闘の中で両の刃をうまく使えるようにした持ち方、構えを取る必要があった。それが『西洋剣術』として今も伝わっていると聞く。とは言え、一般的にはフェンシングの競技として習うくらいで、盾を 使った戦闘や特大の両手剣の扱い方などは廃れてしまっているようだ。エンフォードの構えは、どうやらロングソードを扱う時に用いられた構えの一つみたいだった。

 剣術マニアだった祖父の教えがこんなところで生きるとは思わなかった。内心苦笑しながら俺も木刀を体の正面に構えた。乗り気じゃないが、戦う以上は本気で相手をするしかない。静かに呼吸を整え、俺はその時を待った。


「始め!」


 田賀崎先生の合図と共に俺はエンフォードに向かって突進した。決して考えなしの突進ではない。

 実はこの決闘、お互いに呪符の申請はしておらず、詠唱でもしない限りは《陰陽術》は使用できない状況だ。当然のことながら、俺はまだ《陰陽術》は使えない。エンフォードも同じように使えないと思う。例え使えたとしても、詠唱する隙を与えはしないけど。

 一気に距離を詰めた俺は、まだ開始位置から動いていないエンフォードに向かって、上段から木刀を振りおろす。


「ハッ!」


 その一撃をエンフォードは鋭く息を吐きながら、木刀を素早く振り上げて防御する。この時、木刀を反すことはしなかった。つまり通常の日本刀でいうと、峰の部分で応戦したのだ。これも普段は両刃を扱う西洋剣術ならではだろう。しかし、そこに隙があった。

 防御と言ったが、それは刀を受け止めるのではなく、払うと言った方がいい。振り上げる速度と剣そのものの重量で刀を撥ね退けて、相手をがら空きにして仕留める。それがエンフォードの描いたシナリオのはずだ。

 確かに振り上げる速度は申し分なく速い。たぶんエンフォードの通常時より速いのではないだろうか。いや、間違いなく速いはずだ。しかしその代わり――。

 カァンという乾いた音が訓練所内に響く。木刀同士がぶつかった音だ。


「なに!?」


 その音の余韻が残る中、エンフォードが驚いたように声を漏らした。その理由は簡単だ。俺の木刀がしっかりと俺の手の中にあり、しかもエンフォードの木刀を抑え込んでいたからだった。俺の手から木刀が弾け飛ぶ、もしくは俺の体勢が崩れると予測していたのだろう、予想外の事態にエンフォードの体が一瞬硬直する。その一瞬を見逃すわけにはいかない。


「ふっ!」


 素早く膝を曲げてエンフォードの懐に潜り込む。エンフォードの木刀の上を滑らすようにして俺自身の木刀を引き付けると、そのまま右手一本でエンフォードの腹部を薙ぐ。


「ぐっ!」


 エンフォードの綺麗な顔がしかめられる。手ごたえはあった。俺の木刀はエンフォードの腹部を的確に捉えていた。エンフォードが顔をしかめたのも、その衝撃によるものだ。

 追撃を与えたかったが、右手一本で少し無理やり放った一撃の後のため、体勢を立て直すことにした。その間にエンフォードは俺から距離を取っていた。完璧な一撃と思ったが、『吸傷』の許容量はまだあるようで、拘束はされないみたいだ。


「なぜ……」


 エンフォードの呟きが聞こえた。まだ先ほどの一連の流れが納得できていないようだ。

 防御のタイミングは完璧だった。問題は武器だ。重量に違いがある。武器の重量がないことから弾き飛ばすほどの威力がでなかったのだ。そのことをいち早く理解できなかったエンフォードに責任はあるかもしれないが。

 そして、手を合わせて分かったこがある。エンフォードに言ったら怒るだろうが、実力は俺の方が上だ。今みたいな完璧な一撃は入れられなくれも、あと何度か切り結べば勝敗は決するだろう。だが、引き延ばすつもりは毛頭ない。このまま一気に決めさせてもらう。

 俺は木刀をもう一度握り直して、エンフォードに向かって再度の攻撃を仕掛けた。


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