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陰陽記―総真ノ章―  作者: こ~すけ
第五章『転校生』
38/69

三.

「ハァ……」

 

 昼休み、カフェのいつもの席で俺は盛大なため息をつく。


「なにそのため息。辛気臭いなぁ」


「……うるさい」


 俺の盛大なため息を見て、正面に座る明華が顔をしかめた。


「お疲れ様です。……大丈夫ですか?」

 逆にその隣に座る綾奈は、同じクラスで俺の現状を知っているため、心配そうな顔をしていた。俺はその問いに「大丈夫だ」と答えながら、午前中のことを思い返す。

 一限目の間、必死に考えていたエンフォードからの逃走計画も、結局使うことはなかった。それ以上に、事態は最悪な方向に動いてしまったからだ。一限目の終了と同時に、俺の予想通り他クラスの生徒たちが押し寄せてきた。しかもどこから漏れたのか、エンフォードが俺に決闘を申し込んだことがすでに知られてしまっていた。俺に勝てばチームに入れるという勘違いをした同級生の勢いは止まることを知らず、俺はその波にもみくちゃにされながら午前中を過ごすことになった。

 結果的にその同級生たちが立ちはだかったおかげで、エンフォードと話すこともなかっったのはある意味よかったけど。


「決闘なんか受けちゃえばいいのに! 総君ならイケるでしょ!」


「だからその自信はどこから来るんだよ」


 予想通りの言葉を言う明華に俺は呆れてしまった。


「それにそんなことで決めていいのか? 大切なチームのことだろ。三人で決めないと」


「私は、総君の決めたことなら全面的に従うよ?」


 毎度毎度こいつは……。なんでこんなにも迷いなく即答できるんだろう? 信じてくれるのはありがたいけど、時々荷が重い時もある。


「わ、私も同じ意見です。……総真さんなら信じられますから」


 明華に続いて綾奈もアイスレモンティーのコップを両手で持ちながら、少し恥ずかしそうに言う。そして、二人は俺に曇りのない笑顔を向けてきた。

 ……たく。こんなにも信頼されているなら、答えないといけないよな。

 俺はもう一度気持ちを引き締めた。この二人のために本戦の予選も頑張ろうと思う。――ただ、だからと言って決闘を受けるかと言われると、俺は受けないと言うだろう。それとこれとは別の話だ。

 俺は自分のコーヒーカップを持ち上げて口に近づける。香ばしい匂いが鼻こうをくすぐった。俺はまだ温かなコーヒーを口に含んで――


「山代総真!!」


 吐き出しそうになった。(むせ)ながらコーヒーを喉の奥へと流し込み、大声のした後方へと視線を向けた。


「やっと見つけたぞ!」


 そこにはトレイを持ったエンフォードの姿があった。


「こんなところに隠れていたとは。ずいぶんと探したのだぞ」


「……嘘をつけ」


 エンフォードのトレイには、数種類のケーキと紅茶が乗っていた。明らかにティータイムを楽しもうとしていたのだと推測できる。


「――っ! こ、これは違う!」


 俺の視線がトレイに向いているのが分かったのか、エンフォードは顔を赤くして弁解を始めた。


「こ、これはお前を見張るためだ! カフェにはあんぱんと牛乳が売っていなかったからその代わりだ!」


「……刑事ドラマの見過ぎだ」


 しかも一昔前の刑事ドラマだろ、それは……。

 俺が再度ツッコんだことにより、エンフォードの顔がさらに赤みを増す。


「えぇい! うるさい! そんなことより私と決闘しろ!」


 落ち着きのあるやつかと思っていたが、どうもあまり気が長い方ではない上に、ツッコみに耐性がないらしい。


「だから! 決闘はやらんって言ってるだろ!」


「くっ……一人では決められないと言うやつか……ん?」


 エンフォードが悔しげな視線を俺に向けた直後、その視線はすぐに俺の後方へと移動した。


「後ろの二人は……月神さんと……」


 どうやらエンフォードは、今になって俺の他に二人がいることに気づいたようだった。そのうちの一人、綾奈は同じクラスなので知っているのは当たり前だ。しかし、明華につしては知る由もなく、エンフォードが言葉に詰まる。そんなエンフォードを見て、明華が助け船を出した。


「初めまして。私の名前は天照寺明華。二組です。あなたが噂の転校生さん?」


「あ、あぁ……私はアリス・エンフォード。私のことが噂に?」


「うん! たぶんどこのクラスも金髪美人の外国人転校生の話題で持ちきりだよ?」


 そう言って明華がエンフォードに笑いかけた。


「そ、そんな……美人だなんて……私は……」


 明華の言葉にエンフォードはモジモジと恥ずかしそうに体を揺らす。褒め言葉にも弱いようだ。


「と、ところで、天照寺さんは山代総真とはどんな関係なのだ?」


 耐え切れなかったのか、エンフォードが話題を逸らす。


「えっと、それは……幼馴染というか、友達というか、チームメイトというか。……友達以上恋人未満というか……私は、恋人以上を希望しているというか」


 チームメイトくらいまでは聞き取れたが、あとの半分は声が小さくて聞き取れなかった。長々となにを言うことがあったのだ?


「君がか!」


 俺がそんなことを考えていると、エンフォードがいきなり嬉しそうに声を上げた。


「ど、どうしたの?」


 いきなりのことに明華も目を大きくして驚いている。


「天照寺さん、あなたがこの山代総真のチームメイトの一人なのだな! もしかして月神さんもか?」


 し、しまったぁ!!

 俺はそこで初めて致命的なミスに気づくが、もう遅い。


「は、はい」


 エンフォードの勢いに押された綾奈が頷いたのを見て、エンフォードが満足そうにこちらを振り返った。


「君のチームメイトはこの二人だったのか。君たちのチームは三人だと言っていたからこれで全員揃うことになるな」


 エンフォードが勝ち誇った笑みを浮かべる。


「山代総真! 君は確か決闘のことは一人では決められないと言っていたな。では、決めてもらおう。このチームメイトの二人にな!」


 二人に視線を向けてエンフォードが言う。


「ちょ、ちょっと待て! それはまずい!」


「なにがまずいのだ! お前が言っていたのだろう。二人の意見も聞くと!」


「その二人に意見を聞くのは――」


「総君が嫌って言ってるんでしょ? それなら駄目だよ」


 非常にまずいっと続けようとした瞬間、明華の声がそれを遮って響く。


「え?」


「は?」


 俺とエンフォードが、明華の方へ顔を向けた。エンフォード、そして俺も驚いた表情になっているだろう。


「なに? 私なにか変なこと言ったかな? ね、綾奈」


「い、いえ、別になにも。総真さんが拒否されるなら私もそれに賛同しますよ」


「な、な、なっ!?」


二人の意見を聞いて固まったままのエンフォードの肩にポンと手を置く。


「と、いうわけで決闘はなしだな」


 振り返ったエンフォードの瞳に映った俺の顔は、ものすごい悪人面だった。まぁ、それも仕方ないと言えるだろう。


「そ、そんなの認めんぞ!」


 エンフォードが俺の顔に向けて、ビシッと指を差す。


「お前は私と決闘するのだ! それにお前は男だろう! こんな風に逃げ回るとは臆病者め!」


「駄目なもんは駄目だ」


「この臆病者! 腰抜け! 弱虫! バカ! バカバカバカ!」


 ……だんだん悪口が幼児化して言ってるぞ。

 エンフォードのやりたいことは分かっていた。俺を挑発してその気にさせようと思っているのだ。しかしそのやり方、内容が子供の喧嘩レベルだ。

 この程度の挑発に、乗っかるやつがいるわけがない……。


「……今、なんて言った?」


 ……ん? 今なにか聞こえたような? そして、すごく嫌な予感がするのは気のせいか?


「今なんて言ったの!?」


 バンッと机を叩いて、明華が立ち上がる。その顔は怒りに燃えていた。


「総君が臆病者!? 腰抜け!? 弱虫!? バカ!? そんなわけないよ!」


 乗っかるやつがいたぁ! どれだけ単純なんだよ、お前は! 本人より怒ってるんじゃないよ!


「ふん! どうだかな。 実際にこの男は逃げているのだから」


 エンフォードが挑発対象を明華に変更したようだ。明華に向けて嘲るような笑みを浮かべる。


「ぐぬぬ……。そこまで言うなら……総君!!」


 明華が俺を睨みつけてきた。……睨む相手が違うだろ。


「こんな女、やっちゃって! 決闘よ!!」


「望むところだ!!」


「お前ら勝手に決めるな! 綾奈、なんとか言ってくれ!」


 一縷の望みを託して、綾奈に声を掛けた。暴走した明華を止めれる可能性があるとすれば、綾奈しかいない。


「……エンフォードさん、吠え面をかく準備はいいですか? 決闘です!」


「望むところだと言っている!!」


 綾奈も暴走しているのかよ! 吠え面って実際に言う人いるんだ! 


「チームメイトの同意は得たぞ! 山代総真、決闘だ!」


「ちょっと待て!」


 こんな冷静さを欠いた状態での二人の意見を採用されて決闘なんぞできるものか。

 その時、なにか策はないものかと逃げ道を探っていた俺の耳に聞き慣れた声が響いた。


「おいおい、さっきからうるせぇな。そんでもって、おもしろそうな話をしてるじゃないか」


 その声に俺たちは振り向く。


「……あなたは?」


「田賀崎先生!」


そこに立っていたのは剣術担当副主任の田賀崎麻美(たがさきまみ)教諭だった。無限軌道を描く髪型は相変わらずだったが、今日は黒のパンツスーツを着ていた。授業の時はいつも剣道着を着ているため、その姿は新鮮だ。手にはトレイを持っていて、その上には皿が乗っていた。食べ終わった後のようだが、串が残っている辺りたぶん三色団子かなにかを食べたのだろう。


「話は聞いたぜ、山代。決闘だってな」


「い、いや……」


 まずい……この人が絡むのはまずい……。なにせ戦闘が大好きな戦闘狂なのだから。


「よし! その決闘、私が受け持った!」


「いいのですか!?」


 田賀崎先生の言葉に、エンフォードが目を輝かせて聞く。


「おうよ! 今日の放課後、私の訓練所を開けてやる。必要な呪符やなんかも全部揃えてやっから」


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 教師って普通止める側じゃないんですか!?」


「私はいつだって挑むものの味方だ。それにおもしろそうだ」


 やっぱり、やっぱりこうなったか……。それにあんたの場合、間違いなく後者の理由だろうが。

 ニヤリとした笑みを向けてくる田賀崎先生に内心で毒づく。


「山代総真! 放課後、覚悟しておけ」


 あぁ……もうどうにでもなれ。


「決闘だ!」


 ガックリとうなだれる俺の耳にエンフォードの声が高らかに響いた。


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